3-20 最悪の切り札
「どうよ!」
残心を解き、腰に手を当てたカレンは、胸を反らして由紀の突っ込んだ藪に向かってドヤった。
一発で勝負が着いたかに見えたが、そう簡単に話は終わらない。
「ロボっ!」
カレンの呼びかけに、ロボは一声応えて、カレンのすぐ横に身を滑り込ませる。
ドン! と衝撃音が響き、ロボの巨躯が少し揺らぐ。
「しぶといわね!」
カレンの睨む先には、刀を構える二体の使鬼。
カレンが由紀に突貫する際、ロボの前足で薙ぎ払われたにも関わらず、二体の使鬼は目立った傷を負っていなかった。
そして、二体が健在という事は、カレンに吹き飛ばされた由紀も無事という事だ。
「いきなり、やってくれますね……」
派手に突っ込んだ藪から、打たれた胸を押さえ、由紀が現れた。
使鬼と違い、無傷というわけにはいかなかったようで、足元はふらつき、表情は苦悶に歪んでいる。
直前に後ろに飛んでいたおかげでたまたま打撃の威力を半減出来たものの、戦闘の継続は困難なように見える。
「アンタ、その様子じゃあ飛んだり跳ねたり出来ないでしょ? そんなんでまだやろうっての?」
カレンは由紀の執念に、呆れたように言うが、それに対して由紀は不敵に笑って見せる。
「当然でしょう? 大見得を切っておきながら、一撃でやられるなんて事、あってたまるものですか。……それに、切り札はまだ残っていますから」
「だったら、さっさとその切り札ってのを切りなさいよ。じゃないと、温存したまま終わる事になるわよ!」
そう言いつつ、カレンは相手が切り札を切るのを大人しく待ってやるような事はしない。
二体の使鬼はロボに任せ、カレンは由紀に向かって行く。
「くっ、来なさい」
由紀の影が揺らぎ、新たな使鬼が二体現れる。
無手のそれらは拳を構え、軽快なステップでカレンの迎撃に出る。
一体目が挨拶代わりに早いジャブを放つのを、カレンは左に頭を振って避けつつ前進し、体の開いた使鬼と正面から向き合うような形で密着する。
ジャブを避けたカレンを右のストレートで撃ち抜こうと構えていた使鬼は、距離が近すぎてそれが出来ず、一旦、距離を置く為にバックステップをしようとした。
しかし、密着状態になったカレンは、それを読んでいたように左足を相手の又の間に滑り込ませており、使鬼はそれに足を取られ、上体が泳ぐ。
カレンはすかさずバランスを崩した屍鬼の鳩尾に、体重を乗せた右の拳を打ち下ろす。
重力とカレンの打撃によって、凄まじい勢いで地面に叩き付けられた使鬼はバウンドし、カレンの腰位の高さまで跳ね上がる。
「邪魔よ!」
そこに容赦の無い蹴りが放たれ、使鬼はもう一体の使鬼に向かって蹴り飛ばされた。
一瞬で相方を撃破された使鬼は、自らの方に蹴り飛ばされて来る相方を受け止めるしかなかった。
勿論、それはカレンが狙ってやった事で、気づいた時には動きの止まった使鬼のすぐ目の前に、鋭い踏み込みでカレンが迫っていた。
ドン、という踏み込み音と共に放たれる右の肘打。
基本的に動きは由紀に放った掌打と同じだが、踏み込みはより深く、打撃に使う部位も掌から肘に変わっており、その殺傷力は段違いだ。
受け止めた相方諸共吹き飛ばされた使鬼は地面を数度バウンドした後、空間に溶けるように黒い粒子となって散った。
ロボの方も片が付いたようで、刀を持った使鬼の姿は既に無い。
「無手で使鬼を瞬殺ですか……。本当に化け物ですね……」
四体の使鬼の犠牲によって時を稼いだ由紀は、カレンから距離を取る事に成功した。
しかし、時と距離を稼いだからといって事態が好転した訳では無い。
由紀を守る使鬼は全滅している。
それは、この場所だけの事では無い。
「カレン!」
梓を伴った御幸がカレンを呼び、その横に並ぶ。
二人の護衛と残りの使鬼に対する為に別行動を取っていた黒狼も全て無事にカレンの元に戻った。
全員が無事合流出来たカレンと違い、由紀の元には誰も戻って来なかった。
つまり、遠距離攻撃をしていた使鬼も含めて由紀以外は全滅、という訳だ。
そして、由紀自身もカレンの一撃を受けて、とても戦える状態では無い。
「由紀、勝負あったわね。この決闘はカレンの勝ちよ」
御幸の降伏勧告の意味を込めた勝利宣言に、由紀は嘲るように笑う。
「まだ、そんな甘い事を言うのですね。確かに味方は全滅、私自身も満身創痍ではありますが、私はまだ立っています。勝利宣言をしたいのなら、私を打倒してからにするべきでしょう」
御幸には由紀が強がっているように見えて、表情を曇らせる。
「これ以上は―――」
「そんな事だから、相手に切り札を切らせる隙を与えてしまうんですよ」
由紀を説得しようとする御幸の言葉を、由紀は不穏な言葉で遮った。
「炎鬼、来なさい!」
由紀の影が今までにない勢いで揺らぎ、その中から太い腕が突き出て来た。
「な、何なの、あれは……」
驚いて、誰に問うともなく呟いた御幸の目の前で、由紀の影から突き出た腕は地面に手をつき、残りの体を由紀の影から引き上げた。
全身を由紀の影から引き出したそれの横に立ち、由紀が不敵に笑って見せる。
「紹介します。これが私の切り札、炎鬼です」
そこに立つのは見上げる程の大男。恐らく三メートルに届く身長と、それに見合った太い手足。赤い蓬髪の中から水牛のような太い角が生えており、肩から掛けられた一枚布を体に巻き付けただけのような服装のそれは、想像上の鬼そのものに見えた。
「私もまだまだ力の制御は修行中でして、炎鬼を上手く扱うには他の使鬼を引っ込める必要があるので、中々使い所が難しいのですが、他の使鬼がやられてしまったのは丁度いいタイミングでした」
由紀は強がりで無く、そう言った。
「炎鬼は今まで出していた使鬼とは格が違いますよ。何せ、元が幽鬼ですから」
その言葉に御幸は驚き、大声で反論した。
「なっ! 馬鹿な事言わないで! 幽鬼が現世に出て来られるはずないでしょう!」
幽鬼は幽界に住む生粋の鬼だ。
だから、理の違う現世に来る事は出来ず、現世と幽界の間に真夜を作り出し、そこに人を引きずり込んで喰らう。現世に干渉する為には眷属鬼を用いなければならず、決して幽鬼自身が直接干渉する事は出来ない。
それは長い歴史が証明する絶対のルールのはずだ。
「ええ、幽鬼は現世には来れません。ですが、これは使鬼。私の力に縛られた存在です。ですから、現世にも持ち込めるのです。尤も、カレンさんの大狼と違って修練場や真夜以外では呼べないのですけど」
由紀は炎鬼の弱点を残念そうに語るが、それでも十分に驚異的な力だ。
御幸は予想外に強力な切り札に動揺した。
「御幸、ヘタレてんじゃないわよ!」
「カレン……」
しかし、カレンは違う。
由紀の力が想像以上だったからといって、驚いたりはしない。
歴代最強と言われるカレンに自ら挑んで来たのだ。
これくらいの切り札は持っていて当たり前とさえ思っている。
「アンタ、幽鬼が相手だからって、今まで退いた事があった?」
御幸はカレンに言われてはっとする。
御幸達のチームは今まで少なくない鬼を討伐している。
その中には数体ではあるが、幽鬼も含まれている。
強力な鬼である幽鬼だが、それを理由に引いた事は一度として無い。
予想外の事態に驚きはしたが、御幸とて決して怖気づいた訳では無い。
平静を取り戻した御幸は、カレンに向かってニヤリと笑う。
「無いわね」
「でしょ?」
落ち着きを取り戻した御幸に、カレンは満足げに鼻を鳴らす。
「さあ、いつもみたいにやるわよ」
「ええ、守りは任せて」
御幸は後方に下がりながら、カレンに応える。
「私は装備が不十分ですので、足手纏いにならないよう、下がります」
梓は冷静に状況を見て、自らが戦力外であると判断し、退いた。
表情からは読み取れないが、声に悔しさが滲んでいる。
「炎鬼を見て一人も戦意が衰えないとは流石ですね」
「幽鬼を一体出したくらいで得意になってんじゃないわよ。そいつをぶちのめして、下らない事に付き合わされた御礼にもう一発きついのかましてやるわよ」
「うっ」
素直に称賛したつもりだった由紀は、カレンの言葉に思わず一撃貰った胸を抑えて呻く。
「それは遠慮したいので、全力で抗わせていただきます。―――炎鬼!」
由紀の指示に従い、炎鬼は大きく息を吸い、カレン達に向かって吐きかける。
驚いた事に、炎鬼の口からはただの息では無く、炎のブレスが吐き出された。
「っ! 防げ!」
御幸の障壁が前方に展開し、炎鬼のブレスを防ぐ。
障壁越しでも伝わって来る熱気は相当なもので、そんなものを食らったら命にかかわる。
「由紀! 決闘のルールを忘れたの? 命にかかわる攻撃は禁止されているわよ」
「すみません、御姉様。まだ制御が完全ではないので、手加減が難しいんですよ。失敗したら、ごめんなさい」
「なっ!」
御幸の抗議に、由紀はとんでもない事を言う。
「だったら、さっさと引っ込めなさい!」
「ですから、制御が完全では無い、と言ったじゃないですか」
「まさか……」
「そう簡単には止まりません。頑張って、炎鬼の闘争本能を満足させてください」
「由紀!」
由紀は無責任な事を言って、悪びれる風も無い。
御幸は由紀を怒鳴りつけるが、それでどうにかなるわけでは無い。
御幸は必死で障壁を強化し、ブレスを防ぎ続けた。




