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真夜蒼月、幽界の門  作者: 今
第三章 櫻澤一族
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3-19 逆恨みの結果

 裕也(ゆうや)は焦っていた。


 御幸(みゆき)達が由紀(ゆき)の待ち構える広場にやって来た時に仕掛けた奇襲。あれは最高のタイミングだった。


 だが、奇襲は失敗に終わった。


 その失敗の原因は裕也があげた気合の声だ。

 もっとも、それが無くとも成功していたかは判らない。


 だが、今の時点で原因は何かと言われれば、そうなってしまうだろう。


 査問会の為に御幸達が里に来た初日、裕也は御幸を由紀の所に連れて行く事に失敗して叱責(しっせき)を受けている。

 挽回の機会として与えられた決闘の場でも失敗を重ねたとあっては、由紀に見限られてしまい、自分が御剣(みつるぎ)家の当主となれる可能性はゼロになってしまうだろう。


 裕也はここで御幸を討ち、功績を挙げる事が絶対に必要だった。


 御幸はカレンや(あずさ)が不意打ちを受けないよう、使鬼(しき)の放つ(つぶて)を障壁で防ぐのに掛かり切りで、隙だらけの姿を戦場に(さら)している。


 それを討つ。


 たったそれだけの事が出来ないでいる。


「くそっ!」


 裕也はもう何度目になるか判らない攻撃を防がれ、返す刀で手痛いしっぺ返しを食らい悪態を吐く。


立華(たちばな)が! どこまで俺の邪魔をしやがる!」


 裕也の攻撃を阻み、その都度体当たりで地面に転がしてくれるのは、連携して御幸を守る二体の黒狼だ。


 黒狼達は御幸を守る事を優先しているようで、地面に転がる裕也に追撃を仕掛けない。


 だか、何度も黒狼の体当たりを受け、地面を転がれば無傷ではいられない。

 裕也は既に満身創痍(まんしんそうい)と言ってもいい様子だ。


 裕也は痛む体を叱咤(しった)して、フラフラと立ち上がる。


「くそっ! くそっ! くそっ!」


 御剣家の者はカレンが大嫌いだ。

 その中でも、裕也は自分が最もカレンを憎んでいる自信があった。


 なぜなら、御剣家がカレンを嫌うようになった原因である騒動。

 御剣家が立華家を取り込む為にカレンに婚約者を当てがおうとして、ボコボコにされ、里の警備防衛を担う家としての面目(めんもく)を潰された件。

 その婚約者として用意されたのが裕也だったからだ。


 裕也は三男であり、御剣家の当主にはなれない。

 それは子供の頃からわかっていた事であり、それが他家への入り婿とはいえ、次期当主の伴侶として入れるというので大喜びした。

 だから、カレンに(そで)にされた時、何としてもカレンを手に入れようと躍起(やっき)になり、自らの取り巻き連中と既成事実(きせいじじつ)を作ろうと馬鹿な真似を仕出かした。


 最強の越境者とはいえ、女一人、修練場でもない場所で、複数の男で襲えば何とでもなると思い、犯行に及んだ。


 だが、裕也とその取り巻きは当時十二になったばかりのカレンにボコボコにされ、その全員が病院送りになった。


 完全に婦女暴行未遂であり、五分家(ごぶんけ)の者でも許されることではないが、カレン自身が気にも留めていないのと、未遂といえどそのような事件の被害者であると広く知られる事がカレンにとって良くない噂の元となるという事で、事件は袖にされた裕也がカレンに挑み、圧倒的な敗北を喫した事にして内々に処理された。


 勿論、五分家の当主など里の中心人物は真相を知っている為、御剣家の発言力は大きく減り、真相を知らない者も、大勢で挑みながら負けた御剣家の者達を里の警備防衛担当として頼りないと思うようになった。


 なので、裕也は家の者達からも恥晒しとして冷たく扱われる事となった。


 それらは全くの自業自得で、裕也のそれは完全な逆恨みなのだが、本人はカレンさえ婚約を断らなければ全て上手く行っており、現在の状況の責任は全てカレンにあると信じて疑っていない。


「お前さえ、お前さえ居なければ!」


 裕也は最後の力を振り絞り、御幸を守る黒狼に挑み掛かる。


 だが、残る力を振り絞った攻撃も、無傷の黒狼には全く通じず、裕也の刀は虚しく地に刺さり、本人は腹に黒狼の頭突きを食らい、吹き飛ばされる。


「ぐふっ」


 地面を二転三転して止まった裕也はピクリとも動かず、もう、恨み言も吐かない。


「執念はすごいけど、それは完全に逆恨みよ。でも、あんな事があったのに、カレンに全く覚えてもらえていなかったのには、少し同情するわ」


 御幸は完全に気絶した裕也をちらりと見て、そっと呟いた。




◇◇◇




 木々の間に身を隠し、姿勢を低くした梓は追跡者の様子をそっと(うかがう)う。


 刀を(たずさ)え、(やぶ)を踏み分けてくるのは恭也一人。

 二頭の黒狼の攻撃を捌きつつ、正確に梓の方へと向かってくる。


 梓は木の影から矢を放った。


 身を隠しての不意打ちだが、その(ことごと)くが恭也の刀によって払われ、全く攻撃が通らない。


守沢(もりさわ)さん、あんたの隠行は俺の感知には通用しない。あんたがどこに居て、矢がどう飛んでくるか、俺には手に取るようにわかる」


 梓は位置を変え、黒狼の攻撃に紛れさせ、再び矢を放つ。


「無駄って言ってるだろ」


 やはり矢は恭也には届かず、虚しく地に落ちた。


「力の相性の問題だよ。あんたは絶対に俺には勝てない。さっさと降参してくれないか? でないと由紀様が立華に痛い目をみせる場面に間に合わない」

「由紀様がカレンさんに勝てると思っているんですか?」


 梓は恭也に問いかける。


 梓の位置は恭也にバレている。

 隠れ潜む事に意味は無い。


「俺だって馬鹿じゃない。勝ち目があると踏んだから決闘を挑んだんだ」


 カレン憎しで御剣家の者が判断を誤るのは、最早、里の常識と言ってもいいくらい知れ渡っている。

 恭也の言葉を聞いて、それを信用する者が里にどれだけ居るだろう?


「その判断は誤りでしょう」


 カレンの強さを良く知る梓はすかさず恭也の言葉を否定する。


「あんたは立華がどれだけ強いか知っているんだろうが、由紀様の力を知ったのはついさっきだろ? 俺は立華の強さも、由紀様の力も知っている。だから、勝ち目は十分にあると言っているんだ。根拠を教えてやろうか?」

「特に興味はありませんが、言いたいならどうぞご自由に」


 梓は恭也と会話をしつつも絶えず立ち位置を変え、矢を放ち続けている。

 相変わらず攻撃は通らないが、梓はそれを止めるつもりは無い。

 

「立華の力が強力なのは俺だって認める。だが、今回のような決闘ではそれが仇になる。ルール説明であっただろう? 相手を殺しかねない攻撃は禁止って。―――つまり、立華は全力を出せないのさ。強力過ぎる力を抑えて戦うのはさぞ神経を使う事だろうな」


 だから、由紀に勝ち目があると恭也は言う。


 得意げに語る恭也に、梓は呆れ果てた。

 査問会に参加していたのに、カレンが全力で戦うという事がどういう事か解っていない。


 カレンは別に決闘の場でなくとも、全力など出せない。

 常に手加減をした状態で、命の危険もある鬼の討伐を今日までやってきたのだ。

 命の危険の無い決闘など、カレンにとって神経を使うどころか欠伸(あくび)が出る程、退屈だろう。


「俺に言わせれば、あんた達は立華の力を信じすぎている。そして、立華はその所為で調子に乗り過ぎている。ここらで一度痛い目を見るのが立華の為さ」

「逆恨みでカレンさんを嫌う御剣家の者らしい自分に都合の良い事ばかりのセリフですね」


 見当違いの演説を続ける恭也の言葉を、梓はバッサリ切って捨てた。


「言ってろ!」


 恭也は梓の放つ矢を苛立ち紛れに切り払い、感情を昂らせる。


「逆恨みだと? だったらどうした! 裕也が馬鹿な事をやったのは認めるが、それは個人の罪であって、御剣家全体がここまで(おとし)められる必要があったか?」


 恭也は裕也と違い、自分たちがカレンに向ける感情が理不尽なものである自覚があった。

 ただ、御剣家の次期当主として貶められた家名を背負い、里で生活しなければならなかった恭也は、その事を自覚しつつもカレンを恨まずにはいられなかった。


「立華に一矢報いなければ、御剣の家は役者不足の汚名をいつまでも負ったままだ。次期当主として、御剣の家に連なる全ての者の為に、俺はそれを成さなければならないんだ!」


 それは恭也にとって心からの叫びだったが、それは梓にとっては同情も、ましてや共感など抱きようも無い自己弁護の言い訳にしか聞こえない。


「全く以て、全てが間違っていますね。これは救いようがない」


 だから、梓は冷徹に恭也の言葉をそう断じた。


「あんたに何が解る!」

「では、四つほど貴方の間違いをお教えしましょう」


 梓は木の影から姿を現し、恭也と正対する。

 梓の両側には黒狼が立ち、梓を守る体勢を取る。


 黒狼に守られているとはいえ、まさか姿を見せるとは思っていなかった恭也は驚いた。


 梓は人差し指から小指までを立てた右手を恭也に見せ、まず人差し指を折る。


「まず、一つ目の間違いです。カレンさんが全力を出せないから勝ち目があると思っておられるようですが、カレンさんは常に手加減を強いられている為、そんな事はハンデにはなり得ません」


 次に中指を折り、続ける。


「次に、カレンさんが調子に乗っているとおっしゃられましたが、あれはカレンさんの性格であって、幼い頃から知っていますが、どんな苦境であっても変わる事はありませんでした。ですので、今更多少痛い目にあった所で変わりはしません」


 薬指を折って、梓の指摘はまだ続く。


「三つ目ですが、御剣家がいつまでも地位を回復しないのは、カレンさんに敗れたままだからでは無く、カレンさんを逆恨みして今回のように馬鹿な事ばかりするからです。たとえカレンさんに一矢報いようと、更に家名を落とすだけで、回復など見込めません」


 梓は御剣家は自らの手で家名を貶め続けていると言う。

 それは多くの里の者が思っている事だが、恭也にとって認める事の出来ない意見だった。


「ふっざけた事を!」


 恭也は刀を振りかぶり、梓に向かって突進する。


 感情に任せた攻撃に対して、黒狼も梓も迎撃の構えを取らない。


「最後の一つですが」


 梓は小指を折り、最後の間違いを恭也に教える。


「貴方と私の力は相性が悪いですが、勝敗はそれだけでは決まりません」

「言いたい事は、それだけ―――うぉぉっ!」


 後一歩で梓を攻撃範囲に捉えるという所で、恭也は突然、足払いを受けたような衝撃を受け、文字通り足元を(すく)われた。

 思いがけない衝撃に恭也は刀を取り落とし、体は宙に放り出される。

 

 感情的になっていたが、敵は全て真正面に揃っており、黒狼も梓もすぐに攻撃に移れるような構えを取っていなかった。

 恭也の力は感知だ。攻撃の意思を捉え損ねる事は無い。

 その状態から、恭也の足を払えるはずがないのだ。


 では、なぜ自分は足を払われたのか、そして、なぜ自分はまだ地面に倒れていないのか。

 恭也は逆さまになった視界に梓と黒狼を捉え、混乱した頭で何が起こったのか考えた。


「罠……か?」

「はい」


 恭也の右足首は丈夫そうなローブで括られており、ロープの先は高い木の枝まで続いていた。


 つまり、恭也は梓の張った罠にかかり、宙吊りにされているというわけだ。


「恭也さんの感知は他者の害意や殺気に反応するとの事でしたので、罠を張り、隠形で見えなくしておきました」

「じゃあ、矢を放ち続けたのは」

「罠に誘い込む為です」

「俺の考えを否定して挑発したのも罠に気付かせない為か」

「いえ、それは本心です」

「ぐっ……」


 速攻否定され、恭也は呻く。


 武器も手に無く、宙づりの状態では反撃は難しい。

 恭也は悔しそうに顔を歪める。


「では、止めといきましょう」

「は?」


 梓は腰に手をやり、コンパクトに縮んだ状態の警棒を引き抜くと、一振りして伸ばして見せる。

 シャキンと金属音を立てて伸びた警棒を見て、恭也の顔は青ざめた。


「ま、待て、武器も持ってない、拘束された俺をそれでどうするつもりだ?」

「? これで気絶して貰います」


 何を当たり前の事を聞くのだろう、と不思議そうな梓に、恭也は焦った。


「抵抗できない相手にそんな事をして、卑怯だとは思わないのか!」

「何を馬鹿な事をおっしゃるんですか? 仮にも討伐班で前線に出ている者が、越境者を宙づりにしたくらいで油断する程、甘いわけがないでしょう。敵は討てる時に討つ。当然の事です。それに―――」


 元々無表情な梓の目に冷たい光が宿る。


「カレンさんに決闘を挑む際、恭也さんは守沢の者が教育係に付いていると知りながら、真言さんに引き抜きを持ちかけるとおっしゃいましたよね? その落とし前は付けなければいけません」


 恭也は、その時の事を思い出し、更に血の気が引いた。


「ま、待ってくれ、それは立華を挑発する為に―――」

「だから、言ったでしょう? 御剣家の評判が回復しないのは、自らの愚かな行いの所為だと」


 梓は恭也の言葉を遮り、警棒を構える。


「恭也さん、貴方は守沢家を敵に回して敗れたのです。立華家に対するようにしても構いませんが、守沢家は立華家ほど優しくはありませんので、それなりの覚悟の上、挑んでくださいね」

「ひっ―――!」


 恭也は宙吊りのまま、腹に警棒の一撃を受け、意識を失った。


「さあ、私の目的は果たしました。さっさと恭也さんを拘束し直して、御幸様の元へ行きましょう」


 梓は警棒を縮めて腰に差すと、手早く恭也を降ろして拘束し直し、御幸の元へと駆けだした。

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