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真夜蒼月、幽界の門  作者: 今
第三章 櫻澤一族
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3-18 それぞれの目的

「この決闘わね。立華(たちばな)の家と守沢(もりさわ)の家に唾吐いた馬鹿を、ブチのめす為に受けた決闘でしょ? 余計な事に気を取られてんじゃないわよ!」


 そう、カレンにとって、この決闘の意味はそこにしかない。


 決闘前から言っていた事であるし、御幸(みゆき)(あずさ)由紀(ゆき)の目的を探っているのに特に協力しなかったのは、そういった事に向いていないという事もあるが、それを知る事に意味を見出さなかったからだ。


 大体、カレンに言わせれば御幸は中途半端なのだ。


 当主になりたいわけじゃ無いと言いながら、その権利を由紀に譲ったりしないし、由紀が何を考えて決闘を画策(かくさく)したかを気にしたりする。

 当主になる気がないなら、由紀が当主になりたいと思って何をしたって気にする必要は無い。放っておけばいいのだ。


 今だって、由紀が得意げにぶった演説に衝撃を受けて無様を見せる。

 全く理屈に合わない。


 勿論、御幸には御幸の言い分があるだろう。


 本部が重視する慣例(かんれい)に逆らって関係を(こじ)らせる事になれば、チームの活動が維持できないとか、いい加減な相手に譲っておかしな事になってはいけないとか、御幸が考えそうな事は想像がつく。


 だから、カレンは納得できなくとも、その事自体に文句を言った事は無い。


 だが、今回は違う。


 これはカレンが挑まれて、カレンが受けた決闘だ。

 由紀がこの機会を利用して何かを企んでいる事は初めから解っていた事だが、身内までがこの決闘の意味を歪めてどうするというのだ。


「由紀が当主に相応しいかどうかなんて知らないわよ。そんなもの、それに価値を見出す連中だけでああだこうだ言ってればいいのよ。アタシはそんな事どうだっていいの! 目の前に目的の相手が居て、遠慮なくぶちのめして良い場所が用意されたのよ。やる事は一つでしょうが!」


 この場に居る櫻澤(おうさわ)の直系と五分家(ごぶんけ)の者にとって、理由は様々だが一族のトップに誰が就くかは無視できない問題だ。

 それを無視して気に入らない相手をぶちのめす事の方が大事だと言う。


 由紀など、幼い頃からの望みを叶える為、当主の座を狙って来た。

 そして、遂に堂々とそれを一族の中心に立つ者達に宣言し、その資格を示そうとするこの場で、そんな事はどうでもいいと切って捨てられ、唖然(あぜん)として声も無い。


 人によって反応の大小はあったが、大体がカレンのセリフに由紀と同じように唖然としていた。


 ただ、この決闘の目的をカレンと共有している者が一人だけいた。


「そうですね。完全にとは言いませんが、私もカレンさんに同意します」

「……梓さん?」


 カレンが決闘を受けるまでの経緯を査問会の記録を見て知り、カレンから直接話を聞いた時、梓も静かに怒りに燃えた。


 守沢の家が軽く見られる事は実は珍しくない。


 本家の者、それも自らが選んだ主人以外に(こうべ)()れないと言っても、使用人は使用人だ。

 守沢の実態を知らない者に軽く見られ、無礼な態度を取られる事はままある。


 そういった場合、守沢は必ず報復する。

 必ず、だ。


 そうでなければ主人以外に従わなくとも良い、という事が権利として補償されていても早々に有名無実な権利に成り下がっていた事だろう。


 梓も守沢の者として、後に続く守沢の為に引く訳にはいかなかった。

 何より、新たに迎えた妹に無遠慮(ぶえんりょ)に手を伸ばすと宣言する相手を許す理由は無い。


「当主の座がどうでもいいとは言いませんが、今回、この場において、そういった話をするのはは無意味でしょう。由紀様の力が初代様と同じだからといって、そのまま当主として適任である証明にもなりませんし、カレンさんが言ったようにこの決闘はそれを(はか)る為のものではありません。由紀様が勝手に言っておられるだけですから」


 カレンのように感覚的なものでは無く、論理立てた梓の言葉に、一同は冷静さを取り戻す。


「カレンさんも梓さんも言いたいように言ってくれますね……」


 由紀は得意絶頂だった所に水を差され、苛立った表情を見せる。


 恭也(きょうや)裕也(ゆうや)も勢いに乗って、そのまま押し切れるかと期待していたのに、ロボの一撃で使鬼は一蹴され、カレンの啖呵(たんか)で雰囲気まで持っていかれてしまい、表情に焦りが見える。


「……そうね、そうだったわね」


 一方、味方二人が泰然(たいぜん)とした態度である御幸は落ち着きを取り戻し、どこか気の抜けた様子だ。


「別にこれが当主選定の場というわけではないし、由紀が当主に相応しいかどうかは私が決める事じゃなかったわ。そもそも、由紀が問題の根本を取り除こうとしているなら、それは良い事だけど、だからといって私がやって来た事が間違っていたとは思わない」


 問題の根本的な解決を図ることは間違っていない。


 だが、今、目の前で起こる悲劇を放置しなければならないというわけでもない。

 櫻澤一族はそこまで小さな組織ではないのだ。

 どちらか一方だけを選ばなければならないわけも無い。


 カレンの言う通り、目的があるなら、それ以外は全て些事。

 御幸だって、ただの理想主義で人命優先と言い続けて来たわけでは無いのだ。

 誰になんと言われても譲れないものがある。


 越境者として討伐班の一つを率い、活動している内に薄れてしまった初心を思い出し、御幸の意思は固まった。


「由紀」


 御幸は先ほど自分を圧倒する意気(いき)を見せた妹を、真正面から見る。


「貴方は貴方の信じる道を行きなさい。私は私の道を行きます。私は貴方が当主になる事を否定しないけれど、私の道を曲げようとするなら、全力で抗わせてもらうわ」


 御幸は今も当主になる事を望みはしない。

 由紀がなりたいと言うならなればいい。

 ただ、自分は自分の信じる道を行くだけだ。


 それは決闘前に思っていた事と同じだが、決闘前と違い、そこには芯の通った決意があった。


「それは、御姉様も当主を目指すと言う事ですか?」


 由紀は望みを叶えるには当主になるしか無いと考えているようだが、御幸はそうは思わない。


「違うわ。誰が当主になろうが、櫻澤一族の目的は一つ。鬼の討伐よ。そこを間違わなければ、誰が当主になっても望みは叶う」

「また綺麗事ですか?」

「貴方にはそう聞こえるのね」

「そうとしか取れません」


 由紀は己の望みを叶える為に、自らが当主となり、一族の総力を以って事に当たるつもりだ。そうでなければ目的は達成できないと思っている。


 だから、自らが当主となれば人命優先などとまどろっこしい事を許すつもりは無い。


「また、アンタ達はそんな話しして! アタシの言った事理解してないわけ?」


 また当主がどうの、望みがどうのと言い始めた二人に、カレンが呆れたように言う。


「まどろっこしい話は十分よ。さっさと決着を着けるわよ!」


 ロボが一声吠え、場の空気を戦闘時のそれに引き戻す。


「この場でいくら話しても平行線でしょうし、その点に関しては私もカレンさんに同意ですね」


 由紀も見切りをつけたようで、ロボに吹き飛ばされて散っていた使鬼に集合をかける。


「では、仕切り直しといきましょう」

「ええ、終わらせましょう」


 御幸も由紀の言葉に同意し、梓もボンガンに矢をつがえる。


 最後まで落ち着きを取り戻さなかった恭也と裕也も慌てて構えを取り、その場の全員が戦闘の備えを整えた。


「さあ、行きますよ!」

「一瞬で終わらせてやるわ!」


 由紀の号令で使鬼が一斉に攻撃を開始する。


「遠距離攻撃で私の障壁を抜けると思わない事ね!」


 飛来する礫は御幸の張った障壁に阻まれ、御幸達の元まで到達しない。


「先程、あっさり破られた人の言う事ですか?」


 由紀は阻まれても礫を放つのを止めない。


 先程と違い、精神が安定している御幸の障壁は堅牢(けんろう)で、礫の乱撃に小揺るぎもしない。

 しかし、マシンガンのように四方から放たれる礫に掛り切りになり、他に気を配る余裕は無くなった。


「援護します」


 梓が礫を放つ使鬼を狙い、ボウガンで矢を次々放つが、御幸達が恭也、裕也と勘違いした刀を持った使鬼がその護衛に着き、空中で矢を迎撃する。


「そっちに気を取られすぎですよ」

「今度こそ!」


 礫を防ぐのに集中している御幸を狙い、本物の恭也と裕也が刀で切りかかってくる。


「甘いのよ!」


 しかし、実戦経験の豊富な越境者は後衛をあっさりやられる程、間抜けではない。


「ぐぁっ!」

「ぎゃあっ!」


 御幸の護衛についていた二体の黒狼によって、攻撃体勢の二人はあっさり吹き飛ばされた。


 六頭の黒狼を御幸と梓の護衛に二頭ずつ、遠距離攻撃をする使鬼に対して二頭配置し、カレンはロボと共に二体の使鬼に守られた由紀の前に立つ。


「アタシの黒狼と同じって事は、アンタを倒せば使鬼は消えるのね」

「ええ、そうですよ」

「だったら、話は早いわ。アンタをぶっ飛ばして、さっさと終わらせる」

「そう簡単に終わらせません!」


 身を低く構えていたロボが巨躯(きょく)に似合わぬ速さで飛び出し、由紀の前に立ちはだかる使鬼を二体纏めて前足で薙ぎ払う。


「くっ」


 あっさり守りを失った由紀は後ろに飛び退(すさ)って距離を取ろうとするが、ロボと共に飛び出していたカレンに追いつかれる。


「ぶっ飛びなさい!」


 踏み出した左足で地面を強く叩き、突進の勢いに一発でブレーキをかける。その反動は左足から体に伝い、捻った腰で回転の力へと変化する。

 流れるように反転する体に、淀みのない力が螺旋を描き、カレンの体は勢いのまま反転し、前へ出た右足は由紀の足ものまで伸びて地面を叩き、ドン、という人が踏み出した音とは思えない大きな音を響かせる。


 ブレーキ、腰の回転、右足の踏み込み、それら全ての力は突き出されたカレンの右掌に集約され、由紀へと叩き込まれた。


「かはっ!」


 衝撃で無理やり息を吐かされた由紀は、悲鳴のような呼気(こき)を吐き、車にひかれたような勢いで、背後の藪まで吹き飛ばされた。


「どうよ!」


 残心を解き、腰に手を当てたカレンは、胸を反らして由紀の突っ込んだ藪に向かってドヤった。

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