3-17 決闘の意味
「もらったー!」
「えっ!」
振り返った御幸は迫る白刃を視認すると同時に、両手を突き出して全力で力を振るった。
ガキンッ!
「うおっ!」
金属同士がぶつかり合ったような硬質な音が響き、裕也は藪の方へ弾き飛ばされた。
「はぁ、はぁ、はぁ~……」
御幸は両手を突き出した姿勢のまま、荒い息を吐く。
奇襲に対して咄嗟に対応出来たが、御幸の思考は混乱していた。
戦場に視線をやると、カレンと梓は御幸の方を気にしつつもマントを纏った二人と戦闘を継続している。
では、御幸に奇襲を仕掛けた裕也は何なのか……。
「馬鹿が! 不意打ちをするのに大声で教えてやる奴があるか!」
「くっ! 気合が入りすぎてつい……」
藪の中から奇襲に失敗した裕也を責めながら恭也が、バツの悪い顔をして若干フラつきながら裕也が現れた。
「御幸様の力は防御に特化している。不意打ちでなければ正面から仕留めるのは困難なんだぞ!」
恭也の言う通り、御幸の越境者としての力は防御に特化している。
半径五メートル程の範囲で、任意の場所に障壁を貼る事が出来、攻撃力は無いが、その障壁の強度は折り紙つきだ。
正面からの単純な攻撃で御幸の防御を破る事は難しい。
「貴方達、何で……」
「御幸! 下がりなさい!」
カレンと梓の相手をしていると思っていた恭也と裕也の出現に、御幸は訳が分からず混乱していたが、カレンの声ではっとして、慌てて下がる。
マント姿の二人と戦闘していたカレンと梓も一旦戦闘を止め、下がる。
戦場の中央に御幸達は集まり、その周囲を黒狼が固める。
数の上ではまだ倍の差があるが、挟み込まれた形になってしまった。
「これはどう言う事?」
御幸は由紀を睨みつつ、問いかける。
「罠を仕掛けていたのではなく、人を伏せていたの? こんなあからさまな不正をして、言い逃れは出来ないわよ」
混乱から覚めた御幸は、悔しそうに言う。
別に予想が外れていたから悔しいわけでは無い。
決闘前、由紀から感じた気持ちの強さが、こんな形で表に出てしまった事が悔しいのだ。
由紀は御幸の人命優先の考えを否定するが、御幸は由紀の当主になりたいという想いの強さを認めており、それだけの想いがあるなら譲る事に躊躇いは無かった。
だが、自分の望みを叶えるためなら卑怯な手でも堂々と取れるというのなら、話は違う。
「これが礫の正体だったのね」
悔しそうな御幸を見て、笑みを浮かべていた由紀が首を横に振る。
「お二人が礫を放ったわけではありませんよ」
由紀はそう言って手を挙げる。
由紀の合図を受け、恭也と裕也が出てきたのとは別の方向の藪がなり、また別の方向でも藪が鳴る。
それは戦場を囲むように広がり、すぐに藪の中からマントを纏った者が五人現れた。
御幸達は挟み込まれた状態から、包囲された状態になってしまった。
その上、味方と敵の数は同数に並んだ。
カレンの黒狼が同数の敵に遅れを取るとは思わないが、直接戦闘に向かない御幸や援護を得意とする梓を含めての同数だ。
さっきより状況的に悪くなっている事は否定できない。
「紹介しましょう。彼らは元鬼にして、現在は私の使鬼。人でも鬼でも無く、カレンさんの黒狼と同じような存在です」
由紀がそう言うと、足元に落ちる影が揺らめき、その中から新たに二体の使鬼が召喚された。
「屍鬼?」
「いいえ、屍鬼ではなく使鬼です。私の意思に従って戦うお人形ですよ」
由紀はニッコリと、それは嬉しそうに笑う。
「私は成人の儀で越境者となり、手に入れた力が『自らの意思を他者に伝達する能力』であった事に納得できませんでした。何故なら、越境者の力とは自らの願望を世界に押し付けて、自然の理をねじ伏せる事によって発現するものであり、私の望みはそんな事では無かったからです」
越境者の力は精神に依存する。
だから、発現する力はその者の望みを叶える為のものとなる。
由紀の望みは鬼の駆逐。
普通に考えれば戦闘に特化した力が発現するはずだ。
「ですから、私は再び第一修練場に潜り、櫻澤家初代当主と同じ、この力を手に入れたのです」
御幸は由紀の言葉に驚く。
越境者としての力が変化するなど聞いた事が無い。
しかし、現実に由紀の影から使鬼が現れた。
由紀の力が『自らの意思を他者に伝達する能力』ではなく、使鬼を扱うものである事は間違いない。
何にせよ、その力を由紀が持つという事で、謎が一つ解けた。
一虎が言っていたという『血が濃い』とはこの事だったのだ。
櫻澤家を起こした初代当主と同じ力。
越境者の力は精神に依存し、遺伝はしない。
しかし、だからこそ初代と同じ精神を持つ由紀こそが櫻澤家の次期当主に相応しい。
一虎がそう考えたとしても無理はない。
「現世にやって来た鬼をただ討伐するのではなく、捉え、隷属させ、相手の情報を丸裸にして、戦力を削り、こちらの戦力とし、やがては幽界へ攻め入ります。私たちが受けた痛みを奴らにも味あわせてやるのです」
由紀は自らの言葉に酔ったように、次第に興奮し、声量が上がっていく。
「そして、教えてやるのです。私達は食料などでは無く、手を出したら手痛い反撃をされる相手だと。そこまでやる事こそ、櫻澤の本懐と言えるでしょう」
由紀は胸を張り、堂々と宣言する。
「私ならこの力を以って、それを実現出来るのです。よって、私こそが当主に相応しいと宣言します」
御幸は由紀の決意に圧倒された。
自分は目の前の被害を減らす事に腐心していたが、由紀は被害の元を断つつもりだったのだ。
そして、その手段も用意されている。
目的を達するまでには多くの痛みを伴うだろう。だが、本当に鬼が二度と現世にやってこないのであれば、その犠牲も報われるのではないか。
そう思った。
「では、私の力のお披露目も済んだ事ですし、そろそろお喋りはお仕舞いにして、決着をつけましょうか?」
由紀の意思に従って、周囲の使鬼が構えを取る。
「やりなさい!」
藪から現れ、御幸達を包囲していた五体の使鬼が腕を突き出すと、周囲にあった石や先ほど放たれた礫が宙に浮き上がり、彼らの周りに集まっていく。
それらはあっという間に幾つもの塊となり、それらが一定数集まった次の瞬間、前触れもなく加速し、御幸達に向かって飛んで来た。
背後からの不意打ち、使鬼の存在、由紀の宣言、自らの予想や考えを覆され、目まぐるしく進む展開に御幸の頭は処理が追いついていなかった。
乱れる思考のまま、目の前の危険に対して障壁を張るが、越境者の力は精神の力。乱れた心では十分な効果は発揮されない。
御幸の状態を見抜いているかのように、飛来する礫は前回、前々回のように密集するのでは無く、まるでマシンガンのように連射される。
一つ一つは大した威力ではないが、連続して与えられる衝撃に、御幸の張った障壁は、早々に揺らぎ始めた。
「くっ」
「さあ、御姉様。いつまでそうしていられるかしら?」
明滅する障壁の揺らぎを見て、由紀は得意げになって煽る。
障壁が破られるのに時間はかからなかった。
澄んだ破砕音を立て、空中に揺らめきを散らしながら障壁は砕け、防ぐものの無くなった礫が御幸達に殺到する。
「ああっ!」
「今よ!」
御幸が悲鳴をあげ、由紀は残りの使鬼達に突撃を命じる。
無数の礫が御幸達に到達し、打ち据えるかと思われた、その瞬間。
「舐めんじゃ無いわよ!」
カレンの怒号が空気を震わせた。
それまでずっと黙って姉妹のやり取りを見守っていたカレンだったが、無抵抗で攻撃されるつもりは無かった。
主人の声に呼応して、ロボは咆哮し、二メートル程だった体躯が一瞬で三倍にも膨れ上がる。
小山のような大きさになったロボが、太くしなやかな尾を一振りすると、障壁を破って飛来する礫諸共、突撃して来た使鬼は残らず弾き飛ばされた。
「アンタ、さっきからギャーギャーうっさいのよ」
圧倒的な威圧感を放つロボを従え、胸を逸らすカレンは由紀を見据えて言い放つ。
「初代当主と同じ力だから何? 幽界に攻め込む? 知らないわよそんな事。好きにしたらいいわ。アンタが当主になりたいならなればいいわよ。御幸だって当主になりたいわけじゃ無いもの。勝手にやってなさいよ」
カレンは最強の越境者だ。
ロボの一撃で一蹴された事に驚きはない。
だが、一族のトップの座も、達成したい望みも、そんな事と、勝手にしろと切って捨てられ、由紀は怒ることも忘れて唖然とする。
「御幸、アンタも変な流れに惑わされてんじゃないわよ」
「え?」
名を呼ばれた御幸はカレンが何を言いたいのか解らなかった。
「これはそういう決闘じゃないでしょ? 櫻澤の当主とか、鬼の駆逐とか、全然関係無いじゃない」
カレンに指摘され、御幸はカレンがどうしてこの決闘を受けたのか思い出す。
「この決闘わね。立華の家と守沢の家に唾吐いた馬鹿を、ブチのめす為に受けた決闘でしょ? 余計な事に気を取られてんじゃないわよ!」




