3-16 不正の正体
黒狼四匹をそれぞれ距離を空けて先行させ、残り二匹を道案内役に、ロボはカレンの横を並走する。
その後ろ、御幸と梓はカレンから二、三歩後ろに付いて森を駆ける。
相手の匂いを記憶している黒狼の案内には迷いが無く、先行している四匹が攻撃される様子も無い。
ロボを通じてカレンはもう少し行った所にある、広場のように拓けた場所に二人が居り、そのすぐ横にはもう一人別の人間がいる事も感知している。
その事は御幸と梓にも伝えられており、そこに近づくにつれ、緊張感が高まる。
「もう着くわよ」
カレンの言葉が終わるか終わらないかという所で、前方に先行していた黒狼の内の一匹が見えた。
他の三匹もそれぞれ距離を取り、木々に身を隠して広場を半包囲している。
「ここで決着をつけようってわけ?」
カレンは広場の中央に並んで立っている二人とそこに加わった新たな人物に声をかけた。
二人は反応を見せないが、最後の一人が答えを返す。
「ええ、ここなら物見台から良く見えるでしょう? 貴方たちをここに誘い込む前に危うくやられてしまいそうになり、少し焦りましたが、無事について来てくれて安心しました」
由紀は黒狼に囲まれた状態で、味方が既に負傷しているにも関わらず、焦った様子も見せない。
「由紀、どんな仕掛けを用意しているか知らないけれど、こんな事をして勝った所で、誰も貴方を認めたりしないわ。馬鹿な事は止めて、せめて今からでも正々堂々挑みなさい。そうすればカレンに挑んだという意思の強さくらいは認めて貰えるわ」
御幸は由紀の説得を試みるが、由紀は御幸の言葉にキョトンとした顔をする。
「? 何をおっしゃっているのか意味が解りませんが、降伏勧告のおつもりですか? それもと挑発のおつもりですか? でしたら、もっと解り易くおっしゃってくださいな」
「は? 馬鹿にしてんの? アンタがした不意打ちの事よ!」
「決闘と言ってもこんなフィールドでの戦闘ですよ? 不意打ちくらい、卑怯でも何でもないでしょう。人命優先などと甘い事ばかり言って、そんな事も解らなくなってしまったとは、残念です」
どうも話がかみ合わない。
「不意打ち自体は問題ないわ。でも、決闘の場に事前に仕掛けを施すのは卑怯と言われても仕方ないでしょ?」
「え? 事前に仕掛け?」
御幸の指摘に由紀は本気で解らないといった様子だ。
「え? まさか……。ぷっ、く、フフフ」
由紀の反応に御幸が困惑し始めた時、由紀は何かに気が付いたようで、堪えきれないといった様子で吹き出した。
「ああ、失礼しました。フフフ、何か勘違いをしていらっしゃるようですね」
「何を勘違いしていると言うの? あんな攻撃を貴方が独力で出来るとは思えないわ。つまり、事前に仕掛けを施していたのでしょう?」
「違いますよ、御姉様」
由紀は御幸の疑いを否定する。
「それを証明してみせましょう。……行きなさい!」
由紀が腕を振り、傍らでカレン達を警戒していた二人をけしかける。
「蹴散らしてやるわ!」
それに応じてカレンがロボを従えて飛び出した。
「梓さん、カレンを援護して! 由紀はああ言っていたけど、私は周囲を警戒するわ」
「はい」
御幸の指示で梓はカレンの後方に立ち、ボウガンを構えてその突撃を援護する。
御幸は森の際まで下がり、次に不意打ちがあった場合、その正体を突き止める為に、戦場全体を見渡せる位置に着く。
広場の中央ではカレンとロボ、黒狼達が梓の援護を受けて二人とぶつかった。
由紀はそれを挟んで御幸とは反対側の森の際で高みの見物を決め込んでいる。
戦場の均衡が崩れるのは一瞬だった。
御幸達はカレン、ロボ、黒狼六匹、梓が突撃したのに対して、由紀側は負傷した二人だけ。
そんな状態では勝負にならない。
二人は押し寄せるカレン達を必死に防ごうと奮闘するが、大きく回り込んだ黒狼が戦線を抜け、それに気を取られている間に正面からも抜けられる。
二人をパスした黒狼が四匹、由紀目掛けて突進した。
四匹が歩調を合わせ、横並びになった、その瞬間、横ざまから再び無数の礫が飛来する。
前回とは違い、狭い範囲に密集した礫が幾つも飛び、まるで散弾銃の連続射撃だ。
横並びになっていた黒狼達はそれらをまともに受け、吹き飛ばされる。
ダメージは無いようで、四匹ともすぐに立ち上がり、身体を振って礫を振り落とすが、由紀との距離は離されてしまった。
「また!」
御幸は礫が飛来した方向の藪に目を凝らす。
今度こそその正体を突き止めて、由紀の不正を暴き、不毛な決闘をさっさと終わらせるつもりだった。
実の妹と争うのは嫌な事だし、何より誰からも支持されないであろう不正を止めたかった。
だから、御幸の注意はその事にのみ集中し、それに気づくのが遅れた。
「もらったー!」
「えっ!」
背後の藪を大きな音を立てて突き抜け、喜色の滲む叫びと共に何者かが御幸に迫る。
慌てて振り返った御幸の目に映ったのは、刀を振り上げ、喜びに顔を歪ませた裕也だった。
◇◇◇
「なっ!」
「これはどういう事だ!」
「裕也!」
物見台の面々は裕也の登場に驚きの声を上げた。
劣勢の息子達を苦り切った顔で見ていた御剣など、混乱で両者の間で視線を行ったり来たりさせている。
「一虎君! これはどういう事かね!」
「何がですか?」
責めるように言う武部に、一虎は涼しい顔で聞き返す。
「これは三対三の決闘なのに、由紀様側には四人居るではありませんか。これは明らかな不正でしょう?」
九重も由紀側の不正を糾弾するが、それでも一虎は涼しい顔を崩さない。
息子が慣例破りを宣言した由紀側に加担している上に、自らが申し込んだ決闘で不正までしていた御剣が顔を青くさせ、あわあわと狼狽えているのとは対照的だ。
「カレン様に勝てればそれでいいという事かな? だが、三人が四人になった程度で勝てる相手とは、見くびられたものだ」
不正が有ろうが無かろうが、カレンの勝利を疑わない長船だが、卑怯な行いを不快に思わないわけが無い。
その表情は侮蔑に満ちていた。
「皆さん、何か勘違いされてるのではありませんか? 由紀様は不正などしておりませんよ」
「何を言うか! 現に四人目があそこに居るではないか!」
武部が修練場を指差す。
一虎はそちらに一度視線をやってから、自らを責める武部達に向き直る。
「カレンさんも大狼と黒狼を出していますが、あれは良いのですか?」
「当たり前だ。越境者同士の決闘で力を使うのは当然の事であろうが」
「で、あれば何も問題ありませんね」
「何?」
武部達は一虎の言葉の意味を図りかね、顔を見合わせた。
「使鬼、ですね」
修練場での戦闘から目をそらす事なく、口論にも参加していなかった明乃が初めて会話に参加した。
そして、明乃の発した言葉は一虎を除くその場の全員に大きな衝撃を与えた。
「使鬼ですと……」
「そんな、馬鹿な……」
幾ら明乃の言葉でも容易には信じられない。
そんな空気が漂う中、一虎がゆっくりと、大きく頷いた。
「その通りです」
「由紀が私に見せたかったのは、これですか」
「はい」
一虎は明乃の反応を窺った。
しかし、明乃の表情には何の変化も無く、由紀の力に対して何を思っているのか、その表情から推し量る事は出来なかった。
「由紀様は昨年の成人の儀にて、越境者となられました。その際、身に着けた力は『他者へ自らの意思を伝える力』とされていましたが、それは副次的な力でしかありません。本当の力は―――」
「鬼を従える力、ですか」
一虎のセリフを明乃が先取りして言う。
「由紀様に隷属した鬼は使鬼となり、由紀様の意思に従って戦います。残念ながら、由紀様は修行の為に数回、私の指揮する討伐班に同行した事があるだけで、使鬼を多くお持ちではありませんが、それでもこの力は強力です。そして、この力は櫻澤家の初代様と同じもの」
一虎は興奮を隠しきれない様子で、その場に居る全員に問いかける。
「これ以上、次期当主として相応しい力は無いでしょう!」




