3-15 遭遇戦
「行くわよ!」
決闘開始の空砲の音が修練場に響き渡ると同時に、カレンは影から六匹の黒狼を呼び出すと、二メートル程の大きさになったロボに跨り、四匹の黒狼を従えて森へと飛び込んだ。
「私達も続きましょう」
「はい」
梓は少しの助走の後、近場の木の枝に飛びつく。
そのまま勢いを殺す事なく、逆上がりの要領で更に飛び上がり、少し上にある太い木の枝に着地する。
驚くべき身の軽さだ。
御幸が二匹の黒狼に守られながら、森へと駆け込むのに歩調を合わせ、梓はその少し前を木の枝から木の枝へ、危なげもなく飛び移って進む。
第三修練場はそれほど広いわけでは無い。
会敵するのはすぐだ。
いくらも進まないうちに、前方から激しい戦闘音が聞こえてきた。
「囲んで潰しなさい!」
御幸と梓が現場に到着した時には、すでに戦闘は始まっており、木々が疎らな場所で、カレンとロボ、黒狼達が敵とやり合っていた。
カレンの指示に従い、四匹の黒狼は一人を囲み、距離を取りながら、前後左右から不規則に攻撃を仕掛ける。
木々の間を素早くすり抜け、円を描くように周囲を駆け回る黒狼に刀を構えた相手は狙いが絞れず、剣先をフラフラとさせる。
その隙に、背後や左右から飛び出した黒狼が、爪を引っ掛けて一撃離脱で駆け抜ける。
じわじわの嬲っているように見えるが、これが狼本来の狩りの仕方だ。
ダメージが蓄積し、相手が注意力散漫になったり、焦ったりしたら大きな一撃を決める。
地面に転がったりしたら、それが最後、周りを囲む狼全てに飛びかかられ、二度と立ち上がる事は出来ない。
集団で狩りをする狼には大型の獣でも単独で太刀打ちは難しいだろう。
もう一方はというと、カレンを下ろして身軽になったロボと正面から相対していた。
身を低くして唸るロボの眉間に剣先をピタリとあわせ、ゆっくりと周囲を回るロボを牽制しつつ、自らもそれに合わせて摺り足で移動する。
ロボが相手を挟んでカレンとちょうど反対の位置に来た瞬間、相手が先に動いた。
剣を腰だめに引くように構えたかと思ったら、そのまま体を反転させ、カレンへと斬りかかる。
腰の位置に来ていた刀は右足を引くようにして反転した勢いを乗せ、横薙ぎにカレンの胴めがけて振るわれる。
大きく飛び退ってそれを躱したカレンに、相手は振り抜いた刀を背中で回し、大上段から斬り下ろす。
剣速十分の振りだったが、体勢を崩していないカレンにそんな大振りが避けられないはずがない。
カレンは越境者としての力のみで最強の称号を得たのではない。その体術も一級品だ。
相手は半身になって躱したカレンへ更に追撃を仕掛けようとするが、途中でそれを止め、地を蹴って距離を取る。
二回三回と地面を蹴り、飛び跳ねるように距離を取った相手が構え直す先、カレンの横にはロボが在り、その足元の地面は爪で大きく抉られていた。
あのままカレンへ追撃を仕掛けていたら、背後から襲い来るロボの爪にかかり、勝負がついていたところだ。
一瞬の攻防であり、そのどちらもが相手を仕留めてもおかしくない攻撃であったが、お互いに無傷。
相手も素人では無いという事だ。
「黒狼の相手が裕也さん、カレンの相手が恭也さんかしら」
「剣の腕からして、恐らくはそうでしょう」
一連の攻防を見て、御幸と梓はそう判断した。
なぜそんな予想が必要だったかといえば、相手の二人がフード付きのマントのような物を身に纏っており、その姿から判断が出来なかったからだ。
「あのマントは何のつもりかしら? 決闘なのだから、正体を隠す意味があるとは思えないのだけど……」
「暗器の類を隠しているのでは?」
「決闘にそんなもの使うかしら? それに、隠し持つなら相手に警戒されるようなマントはむしろ必要ないんじゃない?」
「それもそうですね」
マントを纏う理由も解らないが、もう一つ気になることがある。
「由紀の姿が見えないわね」
「直接的な戦闘を避けているのかもしれませんが、ここが見える場所となると……」
戦闘が繰り広げられている場所は少しまばらだが木々で囲まれており、状況を見ながら指揮を取ろうと思った場合、かなり現場に近づく必要があるが、そんなに近くに居て、ロボが気付かないはずがない。
「もしかしたら、カレンの接近が早すぎて、思惑と違う場所でぶつかったのかもしれないわね」
「はい」
「何にせよ、三対ニで戦えるのは大きいわ。カレンを援護しましょう。まずは裕也さんを片付けるわ」
御幸の指示で梓は木の上からボウガンを使って矢を裕也に向けて放った。
黒狼の攻撃で体勢を崩していた裕也にそれを避ける余裕は無く、太腿に矢を受け、そのまま地面に倒れた。
黒狼達はその隙をに逃さず、裕也に殺到する。
倒れた裕也はそのままの姿勢で刀を振り、包囲の輪を一気に縮めようとする黒狼を牽制するが、そんな苦し紛れはいつまでも続かない。
剣の振り終わりを狙った黒狼の体当たりを横ざまに受け、大きく吹き飛ばされてしまう。
「引きなさい!」
仕留められるかと思ったその時、新たな指示がカレンから飛び、詰めに入っていた黒狼は一旦攻撃を止め、その場から下がる。
次の瞬間、黒狼と裕也の間に冷たい銀光が線を引く。
そこには先ほどまでロボと相対していた恭也が剣を振りぬいた姿勢て立っていた。
その左腕はだらりと力無く垂れており、使い物になる状態には見えない。
味方の窮地に、左腕一本を犠牲にしてロボを振り切り、救援に駆け付けたのだ。
「仲が悪いって聞いてたけど、左腕を差し出して助けに入るなんて、中々の兄弟愛じゃない」
してやられたカレンが挑発するが、相手はそれに構わず、立ち上がった裕也と共にじりじりと後退を始めた。
「カレン」
「やっと来たわね」
後退の隙を窺う相手と相対する位置で、御幸と梓もカレンに合流する。
手傷を追った二人に対して、カレン達は三人と七匹。
このままここで仕留めるには十分な戦力差だ。
カレンは広く黒狼を展開させ、梓はsボウガンに矢をつがえ、逃走を図ろうとする二人の動きを牽制する。
「多勢に無勢よ。これ以上、無駄に負傷しない為にも降参してくれないかしら?」
御幸がそう呼びかけるが、二人は何の反応も示さない。
「由紀に何と言われたか知らないけれど、同族でいがみ合って―――」
「御幸!」
「キャッ」
説得を試みる御幸の言葉を途中でカレンが遮り、黒狼が御幸を地面に押し倒すと数匹がかりで伸し掛かる。
「何を―――」
御幸が苦情を口にしようとした瞬間、無数の礫がその場に降り注ぐ。
「くっ、な、何が起こったの?」
「やられたわ」
降り注いだ礫が巻き上げた土煙が晴れたそこに追い詰めた二人の姿は無かった。
黒狼達は御幸の上から退き、その身に残る礫を体を振るって振り落とす。
「石? こんな物どこから……」
「さあ? でも、姿が見えなかった由紀の仕業でしょうね。どうやって状況を見てたのか知らないし、こんな事をした方法も分からないけど、まんまと逃げられたわね」
無数に地面に転がる親指の爪ほどの大きさの石を見て、御幸は困惑した。
石は半径二メートルほどの範囲に集中して転がっている。
これだけの数を密集してぶつけるなど、普通に投げて出来る事では無い。由紀の力が礫を飛ばすものであれば何の不思議も無いが、そうで無い以上、力以外の方法でやったはずなのだが、どうやったのか見当もつかない。
風切り音に気付き、カレンが黒狼で庇ってくれなければ、やられる事は無くとも怪我を負っていた。
カレンはロボが盾になり、梓は素早く木の影に身を隠してやり過ごしており、全員無傷だったが、追い詰めていた二人に逃走を許してしまう結果となった。
「まあ、相手の匂いは覚えてるから、すぐに追いつけるわよ」
カレンは再びロボの背に跨り、追撃に出る構えだ。
「二匹を案内に置いて行くわ」
「カレン、待ちなさい!」
速攻で追撃に移ろうとするカレンを御幸は慌てて呼び止める。
「何よ?」
「裕也さんは梓さんの矢で足を負傷しているから、そんなに早く移動できるとは思えないわ。速攻を仕掛けるまでもなく追いつくはずよ。それより、相手はこっちを完全に補足しているのだから、さっきと同じように仕掛けるのは罠を張ってくださいって言っているようなものよ」
「だったら、どうすんのよ? 罠を張るって言うなら、追いつくまで時間がかかった方がダメじゃない」
「思い出して。この決闘は由紀が仕掛けて来た事で、仕切りは由紀の派閥の中心人物である一虎さんよ。さっきの石にしたって、由紀一人が自力で投げられるようなものじゃ無かったわ。昨日、一昨日と仕掛けをするには十分時間があったのだから、幾つもの仕掛けが開始前から用意されていた可能性が高いわ」
御幸は先ほどの礫が人の手では無く、何か投石器のような仕掛けで行われたのではないかと考えていた。
「それでは決闘の公平性が無くなるのではありませんか?」
梓の意見は尤もだが、由紀がどんな形でも勝ちを取りに来ている可能性もある。
御幸だってそんな事をして勝っても意味が無いと思うのだが、さっきの石の件を考えると事前の仕込みを疑わざるを得ない。
「由紀が何を考えているのかは解らないけど、仕掛けに誘い込もうとしているなら、一人で行くのは危険よ」
「三人で行ったら全員で罠に嵌るんじゃないの?」
カレンの指摘に御幸は首を横に振る。
「ここで一番避けたいのは、カレンを封じられて、私たちが各個撃破される事よ。戦力の分散は避けて、全力で相手の罠ごと撃破しましょう」
「ふーん、そういうもん? 別にいいけど」
カレンがロボから降りる。
「じゃあ、追撃に移りましょう」
話はまとまり、全員での追撃が始まった。




