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真夜蒼月、幽界の門  作者: 今
第三章 櫻澤一族
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3-14 決闘の開始

 櫻澤(おうさわ)の里にある修練場は各分家が独自管理しているものを除けば五つある。


 第四第五は里の中心近くにあり、大きな武道場のような造りで、第四が十〜十四歳の年長者用、第五がそれ以下の年少者用となっており、町道場のような訓練で日々使用されている。


 第一は遥か昔、里ができる前から櫻澤家が使っていた修練場で、真夜と同じ条件のフィールドが常時展開されており、半ば異界化したそこは成人の儀と呼ばれる特別な儀式以外ではほとんど使われない。


 第二、第三が成人の儀を終えた者達が使用する修練場で、第二がより実践的な訓練の為に都市に見立てたハリボテの建物が立ち並ぶのに対し、第三にある建物は物見台が金網の外にあるだけで、自然環境をほぼそのまま残した形が取られている。


 御幸(みゆき)達は開始位置に向かって、適度に手の入った森の中を移動していた。


 適度に間引かれた木々が立ち並び、一応視界は効くが、所々に藪や木々の密集地がある。かと思えば、逆に拓けた場所もあり、それなりに地形効果を考えた戦略が必要になる場所だ。


御剣(みつるぎ)家の二人は候補として上がっていたわよね」

「はい、長男の恭也(きょうや)さんは剣術が得意で索敵系の力を持つ越境者(えっきょうしゃ)、三男の裕也(ゆうや)さんも剣術を使いますが恭也さん程の腕は無く、捕縛系の力で相手の動きを封じて剣で仕留める戦い方をするそうです」


 (あずさ)桃香(ももか)の力を借り、この二日で決闘に参加する可能性のある者をリスト化して、その力などを調べ上げていた。


「恭也さんの力は梓さんと相性が悪いわね」

「はい、私の力は隠行(おんぎょう)ですが、恭也さんには通じないかと思います」


 御幸(みゆき)と梓は相手側の情報を確認しあっているが、カレンは特に意見を出さず、歩きながら二人の話を聞いているだけだ。


「こっちのアドバンテージは三人での連携に慣れてる点にあるわ。相手側がどう出てくるか解らないけど、基本戦略は三人の連携による各個撃破としましょう」

「はい、御剣家の兄弟は仲が悪い事で有名ですから、連携という点では確実にこちらが(まさ)っているでしょう」


 基本的な方向性が決まったところで、カレンが口を開く。


「ねえ、アタシは聞いたことが無いんだけど、由紀(ゆき)って越境者なの?」

「由紀様は現在十五歳。昨年、成人の儀にて越境者となっています。ただ、その力は統率系で集団に己の意を伝えるといった直接的な戦闘に向かない力でした」

「ふーん、それでよくあんな啖呵(たんか)が切れたわね」


 カレンは感心したように言う。


「指揮官としての能力を見せる、ということでしょうか?」

「解らないわ。でも、あのメンバーなら指揮官に由紀、前衛に恭也さん、サポートに裕也さん、という形になるのが自然でしょうね。不安材料である二人の連携を由紀の指揮で埋める事が出来るかどうかは解らないけど……」


 そうこう言っている間に指定された開始位置に到着した。

 後は、開始の合図を待つだけだ。


 三人は口を閉じ、その時をじっと待った。




◇◇◇




「何だったのだ、由紀様のあの物言いは」

「若い者達が由紀様を中心に何やらやっているのは知っていましたが、次期当主を狙っていたとは……」


 物見台に上がった武部(たけべ)九重(ここのえ)は、決闘開始を待つ間、先ほどの由紀の言葉について意見を交換していた。、


「何やら現状に不満がある様子であったが、鬼の殲滅とは何をするつもりであろうか?」

幽界(ゆうかい)に攻め入る術もなし、殲滅とは大言(たいげん)でしか無いのでは?」

「ふむ、しかし、結城(ゆうき)家が由紀様につくとは……」

「結城家だけではありませんよ。御剣家もそうでしょう」


 名を挙げられた御剣家の当主は、その言葉にギョッとした。


「何を馬鹿な事を! 家はそんな企みに加担するつもりは毛頭ありません!」

「だが、次期当主とされている恭也君だけでなく、三男も由紀様と共に決闘に(のぞ)んでいるではありませんか。これは由紀様の陣営に(くみ)しているという事でしょう?」


 九重の言う事は(もっと)もだが、御剣にとっては本当に寝耳に水で、身に覚えのない話なのだ。


 裕也が由紀の派閥に参加している事は知っていたが、恭也はそうでは無かった。

 今回の決闘も相手がカレンでなければ次期当主として軽率な行動は控えるように叱り飛ばしていた事だろう。


「今回の決闘は一虎(かずとら)君の入れ知恵! 家は立華(たちばな)の娘をやり込める好機と聞いて参加したに過ぎません。仕来(しきた)りを無視した行為に加担する気など一切ありません!」


 御剣家がカレン憎しで目が曇るのは何時もの事で、この発言は武部と九重を一応納得させる。


 ただ、五分家の現当主がカレン一人をやり込めるのに躍起(やっき)になり、大事な跡取り息子が自ら妙な事に足を突っ込むような真似を許すとは、頭が痛くなる思いだった。


 ギャーギャーと騒がしい当主連中を余所(よそ)に、明乃(あけの)とその両側に控える正孝(まさたか)長船(おさふね)の三人は静かに決闘の開始を待っている。

 明乃は由紀の発言や諸々(もろもろ)の行動に何も言わず、二人もそれについて聞く事は無い。


 それ程待つ事無く、物見台に上がる階段から足音が一つ昇って来て、一虎が姿を現した。


「お待たせしました。両者が配置に着き次第、決闘を開始しますので、立会人の皆さまは今しばらくお待ちください」


 一虎はそう言って、両者が配置に着くのを確認する為に物見台の一番前に立つ。


「一虎君、一つ聞いていいかね?」

「はい、何でしょう?」


 武部の言葉に、一虎は振り返る。


「結城家は由紀様が当主となる事を望んでいるのかね?」

「いえ、父は特にそういった事は望んでいないかと」

「しかし、君は由紀様と随分親しくしているではないか。現在も由紀様は結城家の屋敷に滞在されているし、由紀様が恭也君に仕掛けさせたと言った今回の決闘についても君が取り仕切っている。これは君が由紀様の企みに加担している事を意味しているのでは無いのかね?」

「企みとは物騒な言い方をなさいますね。由紀様はただ、現状を変えようと努力されているだけですよ。何も悪事を働いているわけではありません。そして、由紀様と親しくさせていただいているのは否定しませんが、それは私個人の話です」


 屁理屈のような一虎の物言いに、武部だけでなく、九重や一虎に巻き込まれて二人から身に覚えのない疑いを駆けられた御剣も鼻白む。


「仕来りを無視して、里に混乱をもたらすのは悪事では無いと言うのかね?」

「正式な代替わりはまだでも、君は当主代行だろう。そんな言い訳が通用するわけがなかろう」

「目的を隠して我が家を妙な事に巻き込んでおきながら、その物言いは何だ!」


 現当主三人に責められても一虎は涼しい顔をしたままだった。


 確かに由紀の望みは仕来りを無視したもので、褒められた事ではないが、特に責められる悪事というわけでは無い。

 自然とそう思う自分に、一虎は少し驚いた。


 以前の一虎であれば、三人の言葉に同意していた事だろう。

 だが、現在の一虎は以前のように序列や仕来り、古くから里に()かれた不文律を絶対の物だと思えなくなっていた。


 一年と少し前、由紀の力を知り、由紀を当主に推す事を決めた。

 そして、由紀に付き合う内に、その望みが絵空事で無い事を確信した。


 古くから続く決まり事は、現状を維持する為には有効なものであると今でも思っている。

 しかし、現状に変化を望むのであれば、それは障害にしかならない。


 だから、現在の一虎は序列にも仕来りにも重きを置いていない。


 自分を責める三人は以前の一虎だ。

 それを見て、一年と少しで随分と自分も変わったものだ、と小さく笑う。


 一虎がそんな風に思い、答えを返さないでいると、焦れた三人は言葉を重ねる。


「聞いているのかね?」

「君は自分の立場をもっと考えて行動するべきだ」

「本当に立華の娘に一泡吹かせられるのだろうな? こんな事に利用され、また無様を(さら)してはいい恥晒しではないか!」


 一人勝手な事を言っている者も居るが、苛立つ三人の声で物見台は決闘直前とは思えないほど騒がしい。


「皆さま、もう六人が開始位置に着くようですよ?」


 そんな騒ぎの中、不思議と通る声で正孝が修練場から目を離している四人の注意を本来あるべき場所へ引き戻した。


「静かになさい。それぞれに言いたい事はあるでしょうが、全てはこの決闘が終わった後でよいでしょう」


 静かになった物見台に、明乃の(りん)とした声が響く。


「由紀はこの決闘で力を示すと言っていました。それを見てからでも、遅くは無いでしょう」


 明乃の言葉に、一虎を責めていた三人は顔を見合わせると、素直に従う事にした。


 一虎は明乃に頭を下げてから、修練場を見て全員が開始位置に辿り着いたのを確認する。


「それでは、これより決闘を開始いたします」


 物見台に集まる全員に宣言し、一虎は空に向かってピストルを構えて空砲を撃つ。


 乾いた音が修練場に響き渡り、次の瞬間、修練場の六人が一気に動き出した。

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