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真夜蒼月、幽界の門  作者: 今
第三章 櫻澤一族
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3-13 決闘直前

 緑深い山奥に里を構える櫻澤(おうさわ)一族、その所有する土地は広大で、連なる山々、その見渡す限りが一族の所有となっている。

 五分家(ごぶんけ)の屋敷を中心にそれに仕える者たちの住居が建ち並ぶ、拓けた土地はそのごく一部であり、未開拓の土地の方が多い。


 そんな広大な土地の中で、元の自然を残しつつ、適度に人の手が入った区画がある。

 それが今回の決闘の場である第三修練場だ。


 修練場は小さな野球場が入る程度の大きさで、その敷地を切り取るように金網が張ってあり、場外との境界線がはっきりしている。


 修練場使用時に使用者以外の立ち入りは危険であるが、里の者しか入れない土地の奥にあり、修練場を使う者以外は近づく意味も無い場所で、そこを仕切る理由は使用者以外の立ち入りを防ぐ為では無く、使用者が修練場から誤って出てしまわない為だ。


 櫻澤一族の歴史は長く、そこに所属した越境者(えっきょうしゃ)の数も膨大だ。

 歴代の越境者の中には戦闘では無力だが、それ以外で活躍した者たちも多くいる。


 真夜(しんや)の仕組みを解き明かした者、鬼の研究を進めた者、様々な道具を生み出した者等の事だ。


 そういった先人たちの遺産の一つに擬似的な真夜を作り出す道具がある。


 櫻澤の第二、第三の修練場にはそれが設置されており、使用時、その金網の内側では真夜と同じだけの力を発揮できるようになっている。

 だから、誤ってその範囲を出て、力の制御に失敗しないように、わかりやすく区切っているというわけだ。


 午前九時半、その第三修練場の入り口に十一人もの人が集まっていた。


「結構大事になってるのね」

御剣(みつるぎ)家の次期当主が挑んだ決闘ですし、挑んだ相手が他家の次期当主にして最強の越境者と呼ばれるカレンさんですから。その上、決闘を申し込んだのが査問会の場では、こうならない方がおかしいです」


 御幸(みゆき)のぼやきに(あずさ)律儀(りちぎ)に答えた。


 修練場の前には、決闘を行う六名の他、武部(たけべ)九重(ここのえ)、御剣の当主三名、結城(ゆうき)家からは一虎(かずとら)、精鋭部隊総長の長船(おさふね)が集まっていた。


「それに、どっちの側にも櫻澤家直系のお嬢様がおられますし」

「まさか、自分で出てくるとは思わなかったわ……」


 御幸と梓は、多過ぎる立会人達を挟んで反対側に立つ決闘相手の三名を見る。


 到着から今までの間、ずっとカレンを睨みつけて無視されているのは御剣家の長男と三男、恭也(きょうや)裕也(ゆうや)の二人。

 どうやら、恭也だけでなく裕也も決闘に参加するようで、二人共戦闘に備えてプロテクターが付いている警備隊の制服を身に纏っている。


 問題はその二人に守られるように一歩後ろに立つ少女だ。


 少女は真っ白なワンピースを身に纏い、こちらも真っ白な鍔広(つばひろ)の帽子被っており、肌さえ抜けるように白い。それとは対照的に、背に流れるストレートの髪は艶やかで、濡れたように黒く輝いている。

 細くしなやかな手足がすらりと伸び、小ぶりなパーツで構成された顔は非常に整っており、その美少女っぷりはカレンといい勝負だ。


 ただ、深窓の令嬢を思わせる容姿の中で、目だけがゆらゆらと熾火(おきび)のように危険な気配を漂わせていた。


 彼女こそが御幸の妹、櫻澤由紀(ゆき)だ。


「お久しぶりですね。御姉様」

「そうね。私が里を出た時が最後だから二年ぶりになるわね」


 由紀は笑顔で御幸に挨拶するが、その目は笑っていない。

 それに気づいていた御幸は苦笑する。


「貴方も決闘に参加するのね」


 立ち位置的にそうとしか考えられないが、一応は確認しておく。


「ええ、御剣家の言い分は私も同意するものですから」


 由紀はカレンをちらりと見る。


「カレンさんは少し勝手が過ぎると思います。それに、それを放置している御姉様も問題です。櫻澤の次期当主と言われながら、人命優先などと世迷言(よまいごと)を並べ、部下の管理もいい加減。私の元にはそんなお二人に不満を持つ方々が多く相談にいらっしゃるのですよ。ですから、これはいい機会だと思いまして、参加させていただく事にしました」

「フン、アンタが仕組んだ決闘なんだから、いい機会も何も無いわよ」

「あら、気づいておいてでしたか」


 由紀は隠す気も無いようで、カレンの嫌味をあっさりと肯定した。


「そうです。この決闘は私が恭也さんにお願いして場を設けていただきました。里に、一族全体に、次期当主は誰が本当にふさわしいかを示す為に」


 昨日、一昨日と梓が情報収集し、御幸が頭を悩ませた決闘の目的が由紀の口から語られた。


 しかし、決闘によってその目的が果たされるとは思えない。


「より強いものが当主に相応しいとでも言うつもりなの?」


 御幸は由紀の考えが解らなかった。

 強いものが上に立つ。現代の日本で櫻澤一族のように巨大で、その上人目を忍んで活動するような組織の長を力で選んでいては早々に立ち行かなくなるだろう。


 そう思っての発言だったが、由紀はそれを笑い飛ばす。


「そんな訳無いじゃないですか。もしそうなら、当主はカレンさんになってしまいますよ」

「だったら、決闘でどうやって当主の器を計ると言うの?」


 由紀は御幸を(あざける)るように笑った。


「それは―――」


 由紀がそれに応えようとした、その時。


「現当主である私を抜きに、面白い話をしていますね」


 (りん)とした声が会話に割って入る。


 第三修練場の前に集まっていた面々は、正孝(まさたか)を伴って現れた明乃(あけの)に気づき、驚きの声を上げる。


「由紀、貴方は櫻澤の当主になりたいのですか?」


 (ざわ)めきを意に解することなく、明乃は由紀に問いかけた。


「……はい。御姉様より私の方が当主に相応しいと思っています」


 問いかけられた由紀は一瞬、息を飲むが、明乃をキッと睨むように見て、ハッキリと自分の意思を口にする。


「当主になって、何をするのですか?」

「鬼を駆逐(くちく)します」


 今度はノータイムで答えた。


 そこには、確固たる信念を感じさせるだけの強さがあった。

 それを見て、御幸は由紀の意思の強さに驚いた。


 そもそも、御幸は当主になりたい訳ではない。

 由紀がやりたいと言うなら、譲る事に何の抵抗もない。


 御幸の望みは鬼の被害を少しでも減らす事。それは当主でなくとも出来る。むしろ、当主として里に(こも)って組織の運営に回るより、現場に立ち、一人でも多くの人を救いたいと思っている。


「それはこれまでも目指して来た事です。貴方が当主とならなくとも、これからも変わらずに続いて行くでしょう。ならば、慣例に従って御幸が当主となっても、問題ないのではありませんか?」


 明乃の指摘に、由紀は口元を歪めて(わら)う。


「人命優先、などという理想論にこだわる御姉様が当主になって、鬼の討伐がこれまで通りにやっていけると、本当にお思いですか? 私はそうは思いません。それに、これまで通りではダメなのです。現世にやって来る鬼を探し、討伐するような対症療法では、いつまで経っても戦いは終わりません。私の望みは、鬼が現世に二度と来ようと思わない程、徹底的に駆逐しつくす事です」


 由紀の宣言に対する反応は立場によって様々だった。


 その意気に高揚して頷く者、若者の無謀な望みに首を振る者、現状維持の大変さを理解しない若者に呆れる者。


 しかし、由紀の意気を受けても、櫻澤家の現当主である明乃は特に反応せず、静かに問う。


「では、貴方にはそれが出来ると?」

「はい」


 由紀は気負いも無く、答えて見せる。


 五分家の当主たちが再び(ざわ)めく。

 それは思いあがった小娘に対する反発だったが、明乃との会話に割って入る無礼を避け、小さな騒めきに留まった。


「この決闘は私が望みに向かって踏み出す第一歩です。私もこんな事だけで望みが叶うと思う程、楽天家ではありません。でも、確実に今日、私は望みに一歩近づくのです。私の力をご覧いただければ、お祖母(ばあ)様には、その意味が解っていただけると思います」


 明乃の視線を真正面から受け止め、由紀は(ひる)みもせずに言い切った。


「……そこまで言うのであれば、見せて貰いましょう」


 先に視線を逸らしたのは明乃だった。

 だが、それは明乃が由紀に譲ったという事を意味しない。

 なぜなら、明乃が視線を外した瞬間、明らかに由紀がほっとした表情を見せたからだ。


 対して、明乃は全くの自然体。

 外した視線を御幸に定め、御幸にも問う。


「御幸、望む望まないとに関わらず、貴方は櫻澤の次期当主として産まれました。そして、それに異を唱える者が現れた。貴方はどうするのですか?」


 正直、由紀が望むならそんなモノは譲ったって構わなかったのだが、まさかこの場でそんな事を言う訳にはいかない。


「由紀も言っていた通り、こんな決闘だけで櫻澤の当主が左右される事は有り得ません。ただ、私は私の仲間の名誉と自身の信念を守る為に戦うだけです」


 御幸は少し間を空けて、無難な答えを返した。


「そうですか。では、私も皆も暇な立場ではありません。早々に始めましょう。―――一虎さん、貴方が仕切りなさい。私は他の立会人と共に、上へ上がります」


 明乃は一虎にその場を任せ、正孝の先導で、他の立会人を引き連れて、剥き出しの鉄骨を組んだだけの物見台へと去って行った。


「んんっ! ……では、決闘について、最終確認です」


 場の空気を仕切り直す為に咳払いを一つして、一虎が残った六人に向かって最終確認を始めた。


「本決闘は三対三のチーム戦です。最終的に残った者のチームを勝利とする、殲滅(せんめつ)戦とします。決闘は両者が修練場の両端に離れた後に開始されます。開始後は命に係わる攻撃以外は制限されません。実戦と同じように、各自、力と戦略を駆使して相手の殲滅を目指してください。基本的に命の危険が無ければ私からの止めは入りません。ただし、私が止めに入った場合は両者速やかに戦闘行為を停止してください。―――以上ですが、何か異議やご質問は?」


 一虎は六人を順番に見渡し、誰からも意義、質問が無い事を確認する。


「無いようですので、両チーム共、開始位置に向かって下さい。両チームの準備が整い次第、空砲にて開始の合図をさせていただきます。開始位置に着いたら聞き逃さないよう、気を付けてください」



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