3-11 査問会の終わり
翌日、朝八時になると世話役の女性が与えられた部屋へ迎えに現れ、本部の小会議室へと通された。
カレンは部屋の中央に置かれた椅子に腰かけ、目の前に並ぶ五人の顔を眺める。
武部と九重は穏やかな表情をしており、長船はいつもと変わらず自然体。一虎は腕を組んで目を閉じ、事の成り行きを静観する構えに見える。
査問会を通していいところが無く、昨日はカレンに一蹴された恭也だけが目を血走らせ、カレンを睨みつけている。
「査問を開始する前に、一つ言っておかなければならない事がある」
武部がそう前置きをし、九重もそれに同意するように頷く。
「勝手ながら、武部家と九重家は査問会開催の訴えを取り下げさせて貰った」
「よって、私達二家は立華君の責任については不問とするのが妥当という結論に至った事を先に宣言しておきます」
恭也は二人の言葉に顔を歪めるが、そこに驚きは無い。
昨日、恭也が退室した後の流れを一虎から聞いており、こうなる事は事前にわかっていたのだろう。
「本当に勝手な事ですね……」
「言い訳はせんよ。実際、勝手なものだからな」
「だが、これは正式な宣言です」
憎々し気に言う恭也に対して、武部も九重も穏やかなものだ。
「それで、長船さんはどうなんですか? やはり不問を支持するんですか?」
「はい、私の意見は初めから変わりません」
「はっ! 見上げた忠義心ですね! 既に無いも同然の家に拘って、ご苦労な事だ!」
恭也の暴言に長船とカレンから爆発的な怒気が立ち上る。
「訂正していただこうか。立華家にはお嬢様が残っておられる。それに仕える家もある。それのどこが無いも同然か」
「おっと、怒らせてしまいましたかね? 失礼、つい本音が漏れました」
「……貴様!」
「精鋭部隊の総長如きがこの俺を貴様呼ばわりか! 立華の家とやらも格が知れるな! 流石は無理矢理に薄い血を混ぜ合わせた紛い物の分家だ!」
恭也の暴言に我慢の限界を超えた長船は椅子を蹴倒して立ち上がり、カレンの影からロボが飛び出す。
「止めないか!」
小会議室にガラスを震わせる程の怒声が響き、横並びになった会議机の一つが叩き付けられた拳で真っ二つに割れる。
「そこまでにしてもらいましょう。御剣君も気持ちは解るが、暴言は謹むんだ。長船さんも冷静になって下さい」
声の主は一虎だった。
「立華君も、狼を引っ込めてくれ」
一虎の視線の先には、ロボに組み敷かれ、首筋に牙を浅くつき立てられている恭也が居た。
カレンはギロリと一虎を睨むと鼻を鳴らしてから、ロボを引っ込める。
「次にそいつが下らない事を言ったら、命の保証はしないわよ」
「わかっている」
一虎は壊れた会議机を横にどけると、腰が抜けたのか立ち上がれない恭也の腕を取って椅子に座らせる。
「それで、三家の代表が不問とすると言うのであれば、査問会の結論は既に出ているのではないですか? 査問会はこれで終了ですか?」
一虎の言葉に、一連の騒動に固まっていた武部がはっと気を取り直す。
「そ、そうだな。だが、これは我々の意見だ。結城家にも御剣家にも言い分はあるだろう。それを聞いて、決を採るべきだろう」
「……茶番だな」
「御剣君」
「ちっ、はいはい、わかってますよ」
恭也は一虎に窘められ、渋々ながら口を閉じる。
「では、私の意見を言わせていただきます」
一虎はそう前置きをして、自らの考えを語り始めた。
「立華君の行動は迅速に鬼を討伐する事を第一の目的とするのであれば、責める事の出来ないものであると思います。―――ただ、指揮系統を無視して、自己判断で行動した事は問題があると考えます。一分一秒を争う緊急事態であるのなら話は別ですが、立華君が現場に到着した時点では眷属鬼が逃亡に移っていた様子は確認されていない。班長である御幸様に指示を仰ぐ時間くらいはあったと思われます。よって、完全な不問では無く、独断専行に対して三か月の減俸が妥当な処分であると思います」
「なるほど、それは尤もな意見だな」
「立華君、何か反論はあるかね?」
「無いわ。梓さんに報告をお願いしたけど、自分でする事も出来たと思う」
カレンは反論する事無く、一虎の意見を受け入れた。
「では、御剣君、意見を」
武部に指名され、不貞腐れてそっぽを向いていた恭也が前を向く。
「俺が何を言っても、結論は覆らないでしょうけど、言わせてくれるっていうなら言いましょう。―――俺も立華君の問題は、独断専行にあると思います。ただ、それは立華君だけの問題ではなく、それを許している周囲にも問題があると思います。彼女は確かに歴代最強の越境者かもしれません。立華家の次期当主でもある。でも、それで何でもかんでも許されてちゃ堪らないですよ。独断専行? 彼女のそれは最早、自分勝手ですよ」
恭也はカレンでは無く、周囲に向かって語る。
「今までに彼女の勝手は全て許されてきた。十年前の厄災後は本家預かりになっていたはずなのに、勝手に本家を飛び出して、討伐班への所属だってなし崩し的に許されて、今度は班長を無視しての大規模破壊さえ許されようとしてる。そんなのおかしいでしょ? 彼女は一度、痛い目をみるべきですよ。でなかったら、彼女は自分が特別だと勘違いしたままだ」
恭也の主張は意外にも的を得たもので、それまでの感情的な発言からは想像できないものだった。
「では、御剣君は立華君の処分はどういった物が妥当だと考えているのかね」
九重の問いかけに、恭也はカレンを睨みつける。
「言ったでしょ。彼女には一度痛い目をみて貰います」
「具体的には?」
「立華カレンに決闘を申し込みます」
「何?」
理屈の通った話から、いきなりぶっ飛んだ発言に繋がり、一虎を除いた三名は顔を見合わせる。
「そんな処分は規定に存在しない」
「ええ、わかっていますよ。でも、俺が何を言っても処分は変わらない。だから、これは査問会と関係なく、御剣恭也個人として、立華カレンに突きつける決闘の申し込みです」
武部は恭也の目に宿る怒りの色を見て、処置無しとばかりに首を振った。
「返事はどうした。怖気づいたか、最強の越境者」
恭也はカレンを挑発するが、カレンがそれに釣られる事は無い。
「バッカじゃないの? 何でアンタと決闘なんてしなきゃなんないのよ。査問会が終わりだっていうなら、さっさと豊野市に戻るわよ。アンタなんかに構ってる暇なんて無いのよ」
カレンは冷めた目で恭也を見て、決闘の申し込みを却下した。
「昨日、結城家の次男から報告のあった件なら、既に解決済みだ。お前は聞いていないだろうが、今朝方連絡が入って、今頃、御幸様が詳しい報告を聞いているだろうさ。だから、そう急いで帰る必要は無い」
「だとしても、アンタに付き合う理由は無いわよ」
すげなく断られた恭也だったが、怒り出すでもなく、ニヤニヤ笑って見せる。
「そんな事、言っていいのか?」
「何よ?」
「高坂真一と夕凪真言、だったかな?」
「はあ?」
「お前のところの新人だよ。一人は越境者なんだろ? 家も誰かの所為で評判が落ちて人手不足なんだよ。適性を見て、優秀ならウチにスカウトしようかと思ってね」
「アンタ、アタシと梓さんが教育係に付いてるって知ってて言ってんの? それ」
「当たり前だろ? 俺だってきちんと報告書に目を通しているんだ」
通常、新人は教育係の家に所属しているものと見なされる。一人前になった後に自分の意思で移る自由はあるが、その前に横から手を出すのは禁止されていないが、マナー違反であり、家と家の不仲の原因となるので、どの家もそんな不作法は避ける。
つまり、恭也は立華家と守沢家に喧嘩を売っているのだ。
「上等じゃない」
個人的な挑発であれば、カレンは気にもしないが、立華の家に対して舐めた事を言う奴は決して許さない。
先ほどの暴言に対する怒りの残り火が派手に燃え上がり、カレンの目が暴力的な色に染まった。
カレンの影から獣の咆哮があがり、小会議室を重苦しいプレッシャーが満たす。
直接、殺気を浴びせかけられている恭也は顔を青くして、その額には脂汗が伝う。
「ちょっと待ってもらおう。こんな所で始めては十年前の再現になってしまう。決闘を受けるのであれば、きちんとルールを決め、しかるべき場でやるんだ」
一虎が二人の間に入って、その場を仕切る。
獣の咆哮が音量を落とし、室内を満たしていたプレッシャーが緩むと、恭也は詰めていた息を吐き出した。
「ル、ルールは三対三のチーム戦だ。お前だけでなく、お前の自分勝手を許している班員にも痛い目をみせてやる」
「フン! 上等じゃない。梓さんもアンタのさっきの発言を聞いたら許さないだろうし、ちょうどいいわ」
恭也は蒼い顔のまま精一杯虚勢を張って見せるが、カレンは怒りが収まらないのか、灰色の瞳をギラギラと輝かせて獰猛に笑う。
「では、決闘の場は里の修練場としよう。あそこなら広さもあるし、多少無茶をしても周囲に被害を及ぼす事もないだろう」
一虎が話をまとめにかかる。
「決闘の日時は修練場の空き次第となるので、私からおって双方に伝える事とする。それでいいかな?」
「ええ、いいわよ」
「はい」
一虎の仕切りで全てが決まって行くが、カレンはその事には触れずに了承し、恭也もそれに続いた。
「あー、もういいかね?」
ここで、事態に置いてけぼりを食らっていた武部が三人に声をかける。
「はい、こちらの話は一先ずまとまりました。勝手な事をして申し訳ありません」
一虎は議長役である武部に頭を下げた。
「では、決を採ろう。―――立華カレンに対する査問の結果、処分を不問とする事に反対する者は挙手を」
武部の言葉に、一虎と恭也が挙手する。
「では、賛成の者は挙手を」
今度は武部、九重、長船の三名が挙手した。
「賛成多数で、立華カレンへの処分は不問とする。―――以上で、査問会を終了する」
武部の宣言により、丸々一週間かかった査問会は終了し、カレンの処分は不問で決着となった。




