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真夜蒼月、幽界の門  作者: 今
第三章 櫻澤一族
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3-10 決着は目前

 査問会二日目、午前中は豊野(とよの)市で発生している鬼の関与が疑われる案件について、龍二と対応を協議する為に査問会は開かれず、午後からの開始となった。


 家全体でカレンを恨んでいる御剣(みつるぎ)家代表である長男の恭也(きょうや)は呆気無く一蹴され、その時にカレンから発せられた対応策の代案によって武部(たけべ)家の当主もカレンの査問を降りた。

 そして、九重(ここのえ)家の当主は何とかカレンに一部でも責任を認めさせようと、温めていた質問をぶつけるが、カレンの規格外の戦闘能力を見誤っており、これもあっさりと返り討ちに遭った。


 五分家(ごぶんけ)の代表の内、三名がカレンを責める意思や手段を失い、残る二名は立華(たちばな)家を主家とする精鋭部隊総長の長船(おさふね)と、本当の目的は査問とは別にある一虎(かずとら)だけとなった。


 長船は元よりカレンを責める意思は無く、一虎も予想以上にあっさりと査問会を支持していた三家が倒れてしまった為、由紀(ゆき)に命じられていた提案を出すタイミングを計りかねていた。


 そういう訳で、誰も率先して査問を続けようとせず、なし崩し的にその日の査問会は早めに終了する事となった。


 最初にカレンが退室して、次に記録係の二名がさっさと本日の記録を書類に起こしまおうと機材などを抱えて部屋を出て、自分たちの事務室に向かった。

 残ったのは五分家の代表だが、恭也は完全にカレンにやり込められたのがよほどショックだったのか、顔色を悪くし、四家の代表に手短に詫びて退室した。


 本当は一虎もさっさと退室して、由紀に今後の事について相談したかったのだが、目論見(もくろみ)が破れ放心したように椅子に深く沈む九重とそれを気の毒そうに見る武部、何を考えているのか目を閉じたまま席を立とうとしない長船の様子を見ると、まだこの部屋で何かが起こりそうな予感がして、ここを離れる事を躊躇(ためら)った。


「私は五分家の当主と言っても越境者ではありません。金勘定にしか能の無い男です」


 唐突に九重が語り始めた。


「十年前の厄災にしても、人命救助とその後の復興に尽力した自負はありますが、本当の意味で前線の事など理解していなかった。校舎一つを半壊させて最小限の被害とは……」


 自嘲(じちょう)するように九重が力無く笑う。


 神経質そうな容貌で、鋭い視線で相手を威圧するような九重しか知らない一虎はその姿に衝撃を受ける。


「九重さん、私も外部との窓口を務め、一族に人一倍貢献(こうけん)していると自負していた。……いや、正直に言おう。現場の人間は暴力しか能の無い粗暴者ばかりで、その尻拭いをしてやっているつもりになっていた。奴らは好き勝手暴れて、物を壊し、面倒事は知らんふりだ。そう思っていたよ」

「武部さん……」


 武部は九重の肩に手を置き、とんでもない告白を始めた。


 本音なのだろうが、全国に散り鬼の討伐に命をかける討伐班を統括する結城(ゆうき)家と、強力な幽鬼(ゆうき)の討伐や緊急事態に対応する精鋭部隊の総長である長船の前で言っていい事では無い。


 一虎は武部の言葉に眉根を寄せ、長船は苦笑する。


「だから、今回の件には腹に据えかねる物があった。御剣君の意見も、言い方に問題はあったが、同意する部分も多かった。……だが、立華君の言葉で、他人に責任を求めるばかりで、自分の仕事がルーチンワークになっていたと気付かされたよ。今回の事後処理が大事になったのは、私の失策だ」

「!」


 武部は素直に自らの非を認めた。


 五分家の当主は数多くの部下を抱えている。その当主が自らの非を認めるという事は、多くの人間に影響を与えてしまう。そう簡単にしていい事では無い。


「九重さん、今回の工作費用について、全額は難しいが、ある程度の補填(ほてん)は武部家がしよう」

「なっ!」


 一虎は思わず声を出してしまった。


 外部との窓口を務める武部家は九重家程ではないが、かなりの資産をプールしているだろう。

 だが、今回の工作にかかった費用は簡単に右から左に移せる金額では無い。それを一部とはいえ補填しようとするなど、一家の当主として正気を疑う。


「武部さん、それは……」

「いや、させてくれ、今回気づいた事は私のみならず、現場をサポートする者が等しく戒めなければいけない事なのだ。インパクトは大きい方が効果的だ」


 武部の申し出に、一虎と同じように驚いている九重に、武部はいっそ清々しい表情で宣言した。


「それについてですが、私からも一つ提案があります」


 ここでそれまで黙っていた長船が口を開く。


「提案とは何かね? 長船君」

「今回の工作費用の補填ですが、立華家からも一部負担させていただきます」

「は?」


 長船からも費用補填の申し出を受け、九重はいよいよ混乱する。


 元々、九重はそれを目的として査問会の開催を訴えた。

 だが、それはカレンに責任の一端を認めさせ、処分として出させるつもりだったのだ。まさか、立華家の方から『出します』と言って来るとは思ってもみなかった。


「待ってください。長船さんにそんな権限はないでしょう?」


 一虎は妙な展開に慌てて待ったをかける。

 一日前にこの提案があったのなら、何の問題も無かった。


 それは金は出すからカレンの責任をこれ以上追及しないでください、と立華家から九重家へのお願いの代償としての金となるからだ。

 だが、このタイミングでは意味が全く逆になってくる。


 カレンの責任では無いけれど、九重家も大変でしょうから立華家もお助けしますよ、という事になり、九重家は立華家に大きな借りが出来た事になる。


 武部もカレンに妙な信頼を持ってしまっているようだし、このままでは立華家を中心に三家が纏まってしまう。

 それは、由紀にとって良い展開では無い。


「私に権限はありませんが、これは次期当主であるお嬢様からの提案であり、立華家の全てを預かっておられる御館(おやかた)様も了承している事ですので、何の問題もありません」


 一虎の待ったに、長船は動じる事無く答えた。


「そんな話を何時―――っ!」


 一虎は気づいた。


 今日の午前中、御幸とカレンは龍二からの連絡を受ける為に軟禁を解かれていた。

 話をするならそのタイミングしかない。


「それなら問題は無いな。それで、立華家はどれくらい補填に協力すると?」

「御館様は三分の一を負担すると仰っておられました」

「なるほど、では、我が武部家も三分の一を負担しよう」

「それは、ありがたいですが、本当に良いのですか? 三分の一といえど安くはありませんが……」


 九重はとんでもなく都合のいい展開に、困惑しつつ、武部へ確認する。


「工作の手配をしたのは武部家ですから、その金額は知っていますよ。大丈夫。私も当主ですから、口約束であってもそれを(くつがえ)すような事はしません」

「……では、九重家も三分の一を負担するべきでしょうね」


 場の空気に当てられたのか、九重までそんな事を言い出した。


「武部さんの言っていたように、私も現場の尻拭いをしてやっているつもりでいました。無駄金ばかり使わせるといつも(ののし)っていたのですよ。十年前に前線の悲惨さを嫌という程、目にしたと言うのにね。私は金勘定の事ばかり考えて、現場の者達に手枷(てかせ)を付けて戦場に送り出していたわけです。武部さんの言う通り、九重家も戒めが必要でしょう」


(何なんだこれは……)


 一虎は混乱する。


 武部家の者が現場を下に見ている事も、九重家が討伐で出た被害の工作費用を無駄金だと思っている事も知っていた。

 それに対して、一虎は現場を知らない青瓢箪(あおびょうたん)共が、と苦々しく思っていた。


 それが何だ、カレンに言い負かされたくらいで、こんなに簡単に反省して、傲慢(ごうまん)な武部家がその態度を反省し、金の亡者である九重家が自ら自腹を切ると言う。


(青春ドラマじゃないんだぞ? これは査問会であって、中学の学級会とは違う)


 だが、当主が一度口にした事だ。武部の言うように今更無かった事にはならない。

 この流れは止められない。


 武部家と九重家はカレンへの査問を取り下げるだろう。

 残ったのは御剣家だけだ。


 御剣家は私怨でカレンへの査問に賛同した。

 だから、これはそうそう取り下げられる事は無いが、さっきの様子では恭也に期待は出来ない。


 シナリオの大幅な変更が必要だ。


 一虎は変に慣れ合う三人を残し、小会議室を後にした。




◇◇◇




「―――と、いうわけで武部家と九重家については丸く収まりました。残るは御剣家ですが、恭也さんではここまで出来上がった流れを変える事は不可能かと思われます」


 長船は武人らしく、背筋の伸びた正座の姿勢で、本日の査問会について報告を終える。


「そうですか」


 長船の報告を受け、明乃(あけの)は満足気に頷いた。


「お預かりしたこれを使う必要もありませんでした。正直、事の成り行きに驚きつつもほっとしています」


 長船が取り出した書類は四部、それは立華家以外の五分家に属する者が裏で行っていた不正についての詳細な報告書だ。

 例をあげれば、有力な政治家とのコネを作る為に不正に越境者の力を使用したり、工作費用や必要経費を水増しして差額を懐に入れていたり、といったものだ。

 各家はその事実を知りながら、内部で処理していていればいい方で、必要悪として黙認していたものもある。


 勿論、櫻澤(おうさわ)一族は清廉潔白な正義の組織、というわけでは無い。時には汚い事も平気でやる。

 だが、それは裏での話だ。

 それらが表に出て来ては処分する他ない。


 本来の予定では、武部家の失策の責任を追及し、立華家と武部家と本来の予算の三つの財布で三等分して工作費用の補填をするよう提案する予定だったのだ。

 そして、これに難色を示す者が居れば、脅しのネタをチラつかせて黙らせるように明乃から指示を受けていた。


 それが(ふた)を開けてみればどうだろう。

 カレンに言い負かされ、勝手に反省して、自ら金を出すと言い出すでは無いか。それも武部家だけでなく、九重家までがだ。


 これには長船も驚いて、危うく立華家も金を出すと言いそびれるところだった。


「私もこの結末には驚いています。貴方はここまで予想出来ていたのですか?」


 明乃は部屋の隅で正座をしている梓に問いかけた。


「いいえ、私は各家の狙いを探り、用意しているシナリオを盗み見て、カレンさんに伝えただけです。質問の答えもカレンさん自身の言葉ですし、狙ってこうなったわけでは無いと思います」


 査問会の事前聞き取りからずっと、一人自由だった(あずさ)桃香(ももか)と共に、由紀の動向だけでなく、五分家全てを調べ上げていた。

 そこで手に入れた不正の証拠を使い、各家に場外乱闘を挑もうとしていたのだが、タイミング良く御幸とカレンに会う事が出来た為、裏から手を回す事も無く正面対決でほぼ勝負を決める事が出来た。


 もしも梓が暗躍していたとしたら、こんな風に穏やかな形には収まらなかっただろう。


「では、何故、立華家の負担額を三分の一としたのですか?」

「カレンさんの中で被害について責任を追及された場合、自らが負うべき責任の割合がそれくらいだと判断したようです」

「あの子は最善を尽くしたのでしょ? 三分の一も責任があるのですか?」

「カレンさんが言うには、この件で責任を取らなくてはいけないとするなら『やった奴』『失敗した奴』『組織の頭』の三者だそうですから」

「だから、立華と武部と本来の予算で三等分する予定だったのですね」

「はい」

「あの子はいつも面白い事を言う」


 明乃はコロコロと笑う。


「それで、査問会の開催を支持していた三家の内、二家から取り下げの申し出がありましたが、残る御剣家はどうするつもりなのですか?」

「はい、一虎さんが御剣家に接触したようなので、明日には決着が着くと思われます」

「何もしないのですか?」

「カレンさんは小細工を好みませんから」

「あの子らしいですね」

「はい」


 長かった査問会も明日で決着が着くだろう。


 御幸とカレンは軟禁を解かれ、ホームへ帰る事が出来る。

 ホームに残して来た仲間がトラブルに見舞われているのだから、こんな下らない事はさっさと片づけ、助けに戻らなくてはならない。


 梓は友人が倒れ、不安に思っているだろう真言(まこと)の事を思い、早く明日になれと願うのだった。

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