3-9 最小限の被害
龍二から居残り組の現状についての報告と応援要請を受けた日の午後、御幸達の状況に関係なく、査問会は武部の進行によって開かれた。
「これより立華カレン本人への査問を開始する。―――まずは恭也君からだ」
武部に指名され、恭也がニヤリと笑う。
御剣家はカレンの立華家を取り込む為に縁戚を結ぼうと、カレンに許嫁を宛がおうと無茶をし、カレンの反撃に遭って里の警備防衛担当としての面目を粉砕にされた過去があり、家全体でカレンを憎んでいる。
完全な逆恨みであり、公的な場でそんな私怨を晴らそうとするその態度は、更に評判を落とす事でしかないのだが、カレン憎しで目の曇った御剣の者にはそれが解らないらしい。
「さて、では質問だ」
出席者の誰もがうんざりした表情をしているのも気づかず、恭也は今にも舌なめずりしそうな表情でカレンを見つめる。
「率直に言って、お前は今回問題になっている校舎の破壊について、どう考えているんだ?」
「は? また他に方法が無かったかって話?」
今まで散々答えて来た質問かと思ったが、なんともふわりとした曖昧な聞き方をする。
カレンは質問の意味を図りかね、恭也に問い返す。
「そうじゃ無い。お前たちがそれが最善の手と考えている事はこれまでの質問でよーく解っている。そうではなくて、お前もその高校に通っている生徒なら解るだろ? そこに通う何の関係も無いたくさんの生徒の生活に影響を及ぼし、校舎という丈夫な建物も突然崩壊する可能性あるという誤った印象を世間に広めた。これは金でどうにかなる問題では無いだろう。そういった広く、大きな影響を及ぼした事に対して、お前はどう感じているかって質問だよ」
恭也の質問は表情に見合った、実にイヤラシイものだった。
しかし、カレンの行いが社会に及ぼした影響の大きさは確かに無視出来るものでも無い。
聞き方に問題はあっても、不当な質問とは言えない。
それに、これはカレンにある一点においての過失を認めさせるにはいい手である事も確かだ。
鬼の討伐を優先したといっても、明らかに社会に及ぼした影響は甚大だ。金銭的損失と人命を天秤にかければ本音はどうあれ、人命に傾く事を否定する事は出来ないが、社会不安と可能性でしかない未来の被害者であれば、規模次第だが天秤が逆に傾く場合もある。
果たして、カレンはこの質問にどう答えるのか、出席者はカレンの返答を待った。
しかし―――、
「バッカじゃないの? アタシに聞いてどうすんのよ。知んないわよ、そんな事」
「は?」
誰もがカレンの返答に呆気に取られた。
「アタシの仕事は鬼の討伐よ。被害を最小限に抑える努力はするわ。でも、全部を無傷で救える程、現実は甘くない。だから、出た被害に対して辻褄を合わせたり、補償したりすんのはアンタ等本部の人間の仕事でしょうが。現場にそっちの仕事の責任押し付けてんじゃないわよ!」
「ば、馬鹿な事を言うなよ! 校舎一つ半壊させといて何言ってやがる。そんなもんどうやって誤魔化せって言うんだ! 突然校舎が崩壊するんだぞ? 原因を調査した振りして、妥当な理由を付けなきゃ誰も納得しないだろうが! お前の所為で、どれだけの人間が無い責任取って処分されたと思ってるんだ!」
五分家の次期当主としての言葉遣いでは無いが、恭也の言葉に武部と九重は心の中で深く同意した。
対外折衝を担当している武部家は今回の件で方々に大きな借りを作る事になり、たくさんの人間が本来取る必要のない責任を取って処分された。それを本人に納得させるだけの金銭は九重家が管理する金庫からの持ち出しであり、工作費用の半分近くがこれに使われた。
それを知らないと、仕事しろとまで言われては堪らない。
だが、カレンの次のセリフで、そんな考えは吹き飛ばされた。
「そんなもん隕石が落ちた事にでもすりゃいいのよ! 下手にありそうな話にするから誰かが泥被んなきゃいけなくなるし、不安が広がんのよ! 天文学的確率でしか起こらない事だったら、誰にも責任は無いし、誰も不安になんて思わないわよ!」
とんでもない意見に、部屋に居た人間は全員、再び呆気に取られる。
「ば、馬鹿言うな! そんな事誰が信じるんだ!」
「信じるわよ。テレビも新聞もネットもそう言えば、みんな信じるのよ」
「そ、そんな馬鹿な事……あるわけが、無い……」
恭也は必死に否定しようとするが、カレンの言う事は正しい。
情報媒体が肯定すれば、それが真実になる。
それは様々な隠蔽工作をしてきた櫻澤の者なら一度ならず実体験している事だ。
恭也は感情でカレンを否定しつつも、理性で納得してしまい、声から力が失われて行った。
だが、部屋の中でカレンの言葉に最も衝撃を受けていたのは武部だった。
まさに目から鱗が落ちる思いだ。
乱発する事の出来ない飛び道具ではあるが、今回のように隠しようが無く、社会への影響が大きい場合は非常に有効な手であろう。
カレンの言う通り、天文学的確率であっても可能性がゼロで無い事であれば、情報操作で真実にする事が可能だった。そして、その場合は恭也の上げた問題の大半が発生すらしなかった。
これは、自分の失策と認める他ない。
(そっちの仕事の責任押し付けんな、か。その通りだな)
武部はこの瞬間、気持ち的にカレンの査問から降りた。
査問会の開催を訴えた二人の内、一人は自らの失策を認めて降りてしまったが、もう一人である九重はそうはいかない。
それが有効だったのは原因を発表する前の話であり、現在では使えない手で、既に使ってしまった工作費用は戻って来ないのだ。
カレンの案を推し、武部家の失策を追及して責任を取らせる形で損失の一部を負担させる事は可能だが、それは下策だ。
九重家の管理する金庫の金は使えば無くなる。補充するには外部とのやり取りが必要で、そこで武部家のアシストは必須だ。ここで短期的なプラスの為に武部家の懐に手を突っ込んで、恨みを買っては長期的に見てマイナスの方が圧倒的に大きい。
やはり狙うべき財布は立華のものでなければならない。
「確かに君の言う通り、失策によるものでは無く、最善手を打っても避けようの無かった社会的影響まで現場に責任を求めるのは無理がある」
「九重さん!」
自分の質問を的外れと言われた恭也は九重に食って掛かるが、九重はそれを手で制し、言葉を続ける。
「だが、本当にそれは最善手だったのかな?」
「どういう事よ」
「君たちが最善を尽くした事を疑っているわけでは無いが、君は一度、眷属鬼に肉薄しながら取り逃がしている。ここまで大がかりな事をして取り逃がす可能性は無かったのかね? 絶対に討伐出来る確信は何を理由に得たものか、それを教えて貰いたい」
九重の質問はここまでの過程で出さなかった隠し玉だ。
他の出席者もそうであろうが、御幸と同じように査問会の流れを誰もが事前に予想しており、昨日まではほぼその通りの流れで来ている。
そして、最終的な処分が決定されるカレンを査問に掛けるこの場で自らの目的を達する為の質問を用意してきている。
御剣の質問はカレンに一蹴されてしまったが、九重の用意したそれにカレンは何と答えるのか、部屋に居た全員がカレンの答えを待った。
「そんなもん、理由も何も無いわよ。アタシが本気になって眷属鬼一匹取り逃がすはず無いじゃない。アンタ、何言ってんの?」
馬鹿にしているとかでは無く、本気で不思議がっているカレンの態度に、九重は何を言っているのか理解出来なかった。
「お、お前! 一度取り逃がしておいて、よくもそんな事が言えるな!」
先ほどカレンに返り討ちに遭った恭也が、勢い込んで怒鳴る。
「はあ? バッカじゃないの? アタシが本気になればって言ってんでしょ? 状況が全然違うじゃない」
「お、おま、さっきも今も、馬鹿とは何だ、馬鹿とは!」
「馬鹿な事ばかり言うから、馬鹿って言ってんのよ」
「また!」
小学生のような言い合いをするカレンと恭也の姿に、固まっていた九重が再起動する。
「止めなさい。恭也君も興奮するのは解るが、君は御剣家の代表としてこの場に居るのでしょう? 家の格を落とすような発言は慎みなさい」
「くっ」
九重の言葉に、恭也は興奮と羞恥で顔を赤くしつつも黙る。
「立華君、私も君の言葉の真意を掴みかねています。そのまま聞けば、最初の接触時には本気では無かったという意味に取れる。それは手を抜いてみすみす眷属鬼を取り逃がし、防げたはずの被害を出してしまったと言っている事になるのだが、どういう事かね?」
九重の言葉にむすっとしたままだが、恭也も何度も頷いて同意を示す。
「それで合ってるわよ。公園で眷属鬼と戦闘した時は本気じゃ無かった」
「それはわざとかね?」
「当ったり前じゃない。あんなとこで本気で戦えるわけないでしょ?」
「「「?」」」
カレンの言葉に、九重、恭也、武部の三名は理解が追いついていなかったが、前線を知る一虎と長船はカレンの言いたい事を理解して、納得した様子を見せている。
「言っている意味が良く解らないのだが、最初の現場で本気を出してはいけなかったという事かね?」
「当ったり前でしょうが! アンタ、あんな住宅地のど真ん中にある小さな公園で、アタシが本気出したらどうなると思ってんのよ!」
「? どうなると言うのかね?」
本当に理解出来ていない三人に、カレンは大きなため息を吐き、呆れ顔で見やる。
「住宅地が更地になるわよ」
「は?」
「なっ!」
「馬鹿な!」
カレンの言葉に三人は驚く。
ただ、一抜けしていた武部は比較的他の二人より衝撃が少なく、一虎と長船が驚いていない事に気が付いた。
「本当かね?」
落ち着いている二人に武部が問いかけると、九重と恭也もそれに気づき、二人の答えを聞く姿勢になる。
「はい」
「本当、でしょうね」
二人揃っての肯定に、九重は顔を青くする。
住宅街が更地になった場合、その工作費用も社会的影響も今回の比では無い。
「で、では、豊ヶ原高校では何故、本気を出したのかね?」
「は? 本気なんて出してないわよ。本気を出せば確実に討伐出来るとは思ったけど、その前に決着が着いたのよ」
「なんと!」
校舎を半壊させておいて本気では無いと言う。
九重は驚きの連続で、遂に椅子から腰を浮かせてしまった。
「九重さん、カレンさんは本人の意思では無いとはいえ、十年前に一度里を壊滅させています。十年経った今、彼女はそれ以上の事を本人の意思で制御した上で出来るのですよ」
「フン」
長船は誇らしげに自らの主家の一人娘について語り、カレンは珍しく照れたように顔を背けて鼻を鳴らした。
長船の言葉に、呆然とした様子で九重は改めでカレンを見る。
アッシュブロンドの髪に灰色の瞳、十六歳にしては低い身長に華奢な体躯、人形のような、といっても語弊の無い容姿の少女。
九重はこの少女が歴代最強の越境者と言われている理由を改めて理解した。
全身から力が抜けた九重は、どさりと椅子に身を投げ出す。
「これは、興味本位の質問なのですが、本気を出していたら、豊ヶ原高校も更地になっていたのかね?」
「まあ、そうね。学校みたいなひらけた場所で本気を出したら一撃で決める自信はあったから、更地とまではいかないと思うけど、最低でも教室棟は全部崩れてたんじゃないかしら?」
「はは、それは勘弁して貰いたいものですね」
九重はそうなっていた場合の工作費用を思い、乾いた笑いを漏らす。
「だから、言ったでしょ? 被害を最小限にする努力はしてるって」
九重は笑いを引っ込め、再び呆気に取られる。
確かに、カレンは最初にそう言っていた。
だが、誰が解るというのだ。
校舎を半壊させたのが、カレンにとって本当に最小限の被害だったなどと。
出した被害が本当に努力の上で出てしまった最小限の被害であるのなら、カレンに責任を求める事は出来ない。
九重はここでカレンの責任を追及して、立華家から損失の一部を補填させる事を諦めた。




