3-8 応援要請
査問会二日目となる火曜日の朝、御幸は前日と同じように与えられた部屋で朝食を済ませ、食後のお茶を楽しみながら世話役の女性が迎えに来るのを待っていた。
壁に掛けられた時計を見れば、八時を回った所だ。
いつもなら、もう迎えが来てもいい頃なのだが、今日は少し遅れているようだ。
さて、今日の査問会はどう展開するのだろう。
昨日は午前中に梓が、午後は御幸が報告書と事前聞き取りの内容について九重家の当主から質問を受けた。
カレンは御幸の横で大人しくしていたし、質問の内容もこちらの言質を取ろうとする意図は透けて見えたが、無茶な理屈でごり押ししてくるような事も無く、大人しい物だった。
議長役の武部家当主も質問役の九重家当主も五十を超えた壮年の男性で、冷静な進行を心がけており、カレンに遺恨のある御剣家の代表で、まだ若い恭也を押さえていたのが大きいだろう。
結城家の一虎は由紀派閥の中心人物という事で警戒していたが、査問会の進行を二家の当主が主導している以上、滅多な事は出来ない。
立華家の当主代行を任されている精鋭部隊総長の長船は、カレンの祖母が当主を務めていた頃から立華家に仕えていた重鎮だ。主家の一人娘であるカレンの不利になるような事をしない安心感はあるが、下手な擁護も出来ないだろう。
この状況なら、査問会自体はこのまま順当な結末を迎えるように思える。
そうなると、初日の出迎えと御幸達を軟禁状態にした以外に動きを見せない由紀の存在が気になってくる。
査問会中に仕掛けるのは難しいだろうから、何かしてくるとしたら査問会が終了した後だろう。
軟禁状態で外部との接触を断たれ、情報も入って来ない以上、由紀の動きは一切解らない。
御幸に出来るのは、査問会後に気を抜かないように心掛ける事くらいだ。
お茶を飲みながら、つらつらとそんな事を考えていると、部屋の扉がノックされた。
時刻は既に八時半を回っている。
「どうぞ」
「失礼します」
御幸が返事をすると、扉の鍵が開錠され、世話役の女性が部屋に入って来た。
「今日はいつもより遅いのね」
「はい、実は昨夜の内に結城龍二さんから連絡が入りまして、本日の査問会は午後のみとなりました。午前中は本部通信室を使用して、班との連絡を取っていただきます」
「え? どういう事? 龍二が連絡って、何かあったの?」
思いがけない話に、御幸は思わず椅子から腰を浮かせる。
「私も詳細は知らされておりませんが、豊野市内で鬼の関与が疑われる事案が発生しているそうで、その対応を協議したいと本部に連絡があったそうです」
「そう、まだ確定では無いのね?」
「はい」
確定で無いならまずは調査から始めなければならないが、新人二人を抱えて龍二一人で調査までする事は難しいだろう。
恐らく、龍二の相談とは応援の要請だろう。
早急に対応が必要だが、緊急性は低い話だと判断して、御幸はほっと息を吐く。
「で、当然、カレンや梓さんも同席出来るのよね?」
「私たちも立ち会わせて頂きますが、本部の許可は出ています」
「良かった」
別に初めから口裏を合わせるような真似をするつもりも必要も無いので、誰が立ち会おうが支障は無い。それより、一週間ぶりに二人に会えるのが素直に嬉しくて、ほっとした。
「じゃあ、早速行きましょうか」
御幸は世話役の女性を伴って部屋を出て、本部の通信室へ向かった。
御幸が本部の通信室に入ると、部屋の中にはカレンと梓、それと二人に付いている世話役と思われる女性が二名がすでに居た。
梓は軟禁も世話役も拒否していたのでカレンの世話役と梓を案内して来た女性二名なのだが、御幸はそんな事は知らない。
ただ、本来世話役として梓に付くはずだった女性が妙に疲れた顔をしているな、と思うだけだった。
「お待たせ」
御幸が二人に声をかけると、カレンはオフィスチェアに逆座りをして回りながら手をひらひらさせ、立ったままだった梓は腰を折ってお辞儀をする。
「二人共、事情は聞いてるわね?」
「はい、新たな鬼が出現したかもしれないと聞いています」
「どうせ応援要請でしょ?」
カレンも御幸と同じ予想を立てていたようだ。
久しぶりに馴染の相手と普通の会話をして御幸は肩の力が抜けていくのを感じる。
どうやら、自分で思っていた以上に一週間の軟禁生活でストレスを貯めていたようだ。
「それはそうと、カレン」
「何よ」
「昨日はスルーしたけど、貴方の恰好は何よ」
「はあ?」
カレンは椅子に座ったまま、自分の恰好を見下ろす。
七分の袖にジッパーの付いたオフショルダーのシャツにアシンメトリーのミディアムスカート、厚底の編み上げブーツと明らかに自前の服を着ているカレン。
御幸は軟禁状態で世話役が用意した飾り気のないシャツと膝下まであるフレアスカートしか着る物が与えられていないのに、どういう事なのか。
昨日もカレンの服装を見て突っ込みたかったが、まさか査問会の場でそんな事をするわけにいかないので、ぐっと堪えたのだが今日はそうではない。
「別に普通でしょ? 何かおかしい?」
「どう考えてもおかしいでしょ!」
きょとんとするカレンに指を突き付け、御幸は叫んだ。
「それ私服よね? どうやって手に入れたのよ!」
「は? 初日に一回部屋に戻って服だけ回収しただけよ?」
「はあぁぁぁ~?」
御幸にしては珍しく、顔を歪めて巻き舌で疑問と不満を満載した声を上げる。
「どういう事よ! 私には部屋にも行かせられないって言ったわよね! 貴方!」
御幸は自らの世話役に詰め寄る。
「そ、それは、私もそう指示を受けてましたから……」
御幸の世話役はカレンの世話役に視線で問いかける。
「どういう事なの?」
御幸は世話役の視線を辿って、カレンの要求に折れた犯人を特定すると半眼で問いかける。
「い、いえ、私も初めは断ったのですが、衣類だけは拘りがあるとの事でしたし、それさえ回収すれば後は大人しく従うと言うので、許可が下りました」
「な、何よ、それ~」
御幸は自らの世話役の肩を掴み、前後に揺すり始める。
「ねえ、どういう事よ。暴れた者勝ちって事? カレンの要求は通って、私には許可が出なかったのは、私は拒否しても暴れたりしないから? 真面目な人間は損するの? ねえ? そうなの?」
「み、み、御幸、さ、ま、ゆす、るのは、や、止め、て、くださ、い」
御幸に揺すられて、世話役は頭をがくがくさせながらなんとか言葉を紡ぐが御幸は聞いていない。
「そんな不公平ってある? おかしいでしょ? おかしいわよね? どうなの?」
「お、お、おかしい、です。で、でも、許可、したのは、私、じゃ、ありません、から~」
御幸は服にそこまで拘りは無い。とんでもなく変な服を着せられたわけでも無いので、与えられた服はそこまで気にならなかった。
ただ、下着だけは別だ。他人が用意した下着を身に着けるのはどうしても不快感があった。それでも仕方ないと我慢した。
それなのに、目の前に自分と違う対応をされた相手が居る。
それは無いだろう。
御幸は軟禁状態になってからの諸々のストレスを爆発させた。
「御幸様、落ち着いてください。カレンさんという前例があるのです。今なら衣類の回収は許可されるでしょう」
梓が荒ぶる御幸に語り掛け、世話役に視線で問いかける。
「は、はい! 大丈夫です!」
「本当?」
「はい! 勿論です!」
「そっか」
必死で頷く世話役の顔を見て、御幸はにへらっと締まりの無い顔で笑う。
相当ストレスだったのだろう。若干幼児退行している。
「……? ところで梓さん」
「はい、何でしょう?」
「梓さんの服も見覚えがあるのだけど……」
梓の服装は本家使用人のお仕着せだったが、襟とカフスリンクスに特徴があり、それは梓専用だったような気がする。
「はい、私の制服ですから」
「梓さんまで~」
御幸は膝から崩れ落ちた。
カレンだけでなく梓まで自分の服を着ていた事を知って膝から崩れ落ちた御幸は、梓にいたっては軟禁状態ですら無かった事を知り、完全にいじけてしまった。
ただ、そんな状態で長くは居られない。
通信室の使用が許された理由を忘れる程、御幸は無責任になれないのだ。
少しの呼び出しの後、通話が繋がり、通信室のPCの画面にエプロン姿の龍二が映し出される。
「お疲れ様」
「ああ、お疲れ」
御幸は画面越しにもう一人の幼馴染と一週間ぶりの再会を果たす。
「大変な事になっているみたいね」
「まだ何とも言えん。そっちの方が大変そうに見えるが?」
「そう見える?」
御幸が疲れて見えるのは査問会の所為というより、先ほどの騒動の所為なのだが、そんな事は知らない龍二は心配そうな顔をする。
御幸達はお互いに状況を伝えあった。
龍二の用件は事前に予想していた通りのもので、援軍の要請だ。
御幸と梓だけでも帰れればいいのだが、それは許可されなかった。
となれば、御幸から本部の討伐班統括部に援軍を要請するしかない。
その実質的なトップが由紀派閥の一虎であるのが引っかかるが、まさか鬼に関わる要請に対して変な細工をしたりはしないだろう。
取りあえず、方針は決まった。
後は、その方針に沿って動くだけだ。
御幸と龍二が頷き合い、通話を終了しようとした所で、それまで黙っていたカレンが口を開いた。
「アンタらさぁ、そんな悠長な事、言ってていいの?」
暇なのか、椅子に逆座りし、背もたれを抱えてくるくる回ったまま、カレンが不吉な事を言い始める。
「どういう事?」
御幸は振り返り、カレンに問う。
カレンは真一が絶対に首を突っ込むと言いきり、梓まで真言なら無茶をしでかすと言う。
カレンは真一が最初に鬼に襲われ、どんな状態になっていたかを知っている。
普通の人は喉を食い破られて、再びその相手に挑もうなどと考えない。それなのに、真一は御幸の忠告を無視して真言を救う事を選択し、最後は時間稼ぎに命を投げ出すような奴だ。真言が一人でも鬼の関与を確かめるというのであれば、無茶と知りつつそれに付き合うだろう。
そして、梓も真夜の中で真言がどのように行動し、どんな選択をしたかを知っていた。
大量の屍鬼に追い立てられ、命からがら逃げだした先で、再び訪れた絶体絶命のピンチ。梓が血路を開き真言だけでも逃がそうとした時、真言はその提案に飛びつく事無く二人で生き残る道を必死で探した。ごく普通の女子中学生が非日常の世界に放り込まれて、何度も命の危険を感じる場面を乗り越え、その先でそれが出来るものだろうか?
普段はごく普通の少女にしか見えないが、真言は間違いなく強靭な精神を持っている。その彼女が、大切な友人を救う事を簡単に諦めるはずが無い。
カレンも梓も確信を持って言う。
「アイツ等が大人しく引っ込んでるはず無いでしょ! 絶対に勝手に動いてるに決まってるわよ!」
「はい、真言さんの友人が被害者であるなら、彼女もそうでしょう。いえ、この件に関しては彼女の方が無茶をするでしょうね」
いつものように鼻を鳴らし、ふんぞり返るカレンと、何故か誇らしげな表情で目を閉じて頷く梓を他所に、龍二は呆然とし、御幸は頭を抱える。
「早急に応援を要請して、眠り病患者の搬送先を調べて貰うわ。情報が揃い次第、龍二は状況の確認をして。無いとは思うけど、二人が既にそこに行きついていたら危ないかもしれないわ」
「ああ、わかった」
この時は、まさか本当に真一と真言が予想より早くそこに辿り着くとは思ってもいない二人だったが、カレンと梓の確信に満ちた顔から不安になり、そうする事に決めた。
「じゃあ、すぐに応じられないかもしれないけど、報告を待ってるわ。そんな事は無いと祈っているけど、緊急時なら待たされる事も無いでしょうから、その時もよろしくね」
「ああ、昨日の今日だ。きっとまだ俺たちの方が早い」
「そう願うわ」
「じゃあ」
「ああ」
通信を終え、御幸は眼鏡を外すと目元を押し揉む。
緊急性の無い話だと思っていたが、もしかすると思ったよりマズイ状況になっているかもしれない。
「さあ、こっちもさっさと用件を済ましてしまいましょう」
「はい、既に討伐班統括部と情報部には連絡を入れてあります。後は、御幸様から正式に要請をしていただければすぐに対応するとの事です」
眼鏡をかけ直し、髪を掻き上げて気持ちをリセットした御幸に、梓がすかさず報告する。
本当に有能な秘書のような働きをする。
「ありがとう。じゃあ、行きましょうか」
「フン」
「はい」
御幸はカレンと梓を引き連れて、通信室を後にした。




