3-7 査問会初日
櫻澤一族と内部の者は自分たちの事を呼ぶが、櫻澤家が中心に居るだけで、全てが直接その血を受けているという訳では無い。
むしろ、櫻澤家と濃く血が通っている者の方が少ない。
組織の規模はかなりのものだが、それは長い年月をかけて、真一や真言のように鬼と関わり、戦いを選んだ者達を吸収していった結果だ。
それらの人々が戦いを選んだ理由は、幼くして天涯孤独となり他に生きる術が無かったからであったり、復讐であったりとまちまちだ。
それらの人々は櫻澤一族と生活を共にし、やがては家庭を持ち、子を成す。そのサイクルは連綿と続き、血は交じり合っていく。
なので、血の濃淡はあっても一族という呼び方が全くの間違いという訳でも無い。
ただ、その中で櫻澤の分家を名乗る事が許されているのは五分家と呼ばれる五つの家だけであり、その五家だけが直接、櫻澤の血を入れる事が許されており、それ以外の者は薄まった血しか交わる事を許されない。
越境者の精鋭部隊を有する立華家、全国に散らばる討伐班を統括する結城家、里の防衛や警備を担当する御剣家、一族の財務を担当する九重家、里の外部との折衝を担当する武部家、以上の五家が五分家であり、櫻澤本家と共に一族の中心に立っている。
現在、立華家のみ当主不在で本家預かりとなっているが、それ以外の家の当主が櫻澤一族各部門の実務的なトップを担っており、重大な決定はこの五分家が協議し、最終的な判断を本家当主がする形で一族は回っている。
今回の査問会についても、五分家がそれぞれ一名代表を出し、処分を検討する事となる。
「それでは、これより先月豊野市にて発生した眷属鬼討伐案件において、立華カレンの行動の妥当性に関する査問を開始する」
カレンの前には会議机に着いた各家の代表五名が並び、部屋の隅には記録係が二名。カレンの横にもう一脚椅子が用意されている以外は先週いっぱいかけて行われた事前聞き取りと同じ配置だったが、査問会本番という事で各家の代表の格が上がっていた。
査問会の開催を訴えた九重家と武部家は当主が、それに賛同した御剣家と当主が半ば引退している結城家は次期当主が確実視されている長男が、カレンの生家である立華家の代表は本家に指名された精鋭部隊総長が参加していた。
それらを見て、自分一人に対して大げさな事だ、とカレンは鼻を鳴らす。
大体、カレン達が里に着いたのが先週の火曜日、水曜から始まった査問会の事前聞き取りが三日続き、土日を挟んで月曜の今日、ようやく査問会本番とは、時間をかけ過ぎなのだ。
どうせ、各家で自分たちに都合のよいシナリオを用意しているに決まっている。その決着以外を認める気が無いくせに、大げさな茶番を用意して、時間と労力の無駄遣いでしかない。
「それでは、まずは報告内容について、改めて確認を行う。報告書の作成者を通したまえ」
五名の真ん中に位置する武部家当主は六十を超えて頭髪に白い物が目立ち始めた恰幅の良い男性で、落ち着いた声で会の進行を始めた。
そうやら彼が議長役を務めるようだ。
別室に待機していた梓がやって来て、カレンの隣に椅子に腰を降ろす。
「さて、提出された報告書と事前聞き取りで内容は把握しいるが、もう一度、討伐時の流れを君の口から報告してくれたまえ」
「はい、五月に豊野市で私達の班が討伐した眷属鬼の存在に気付いたのは四月二十日に溯ります。その後、眷属鬼の被害にあったと思われる失踪事件は―――」
梓が報告書の内容と同じ話をスラスラと語る。
事前聞き取りでカレンも何度も語った内容であり、梓もそうだっただろう。何度も語り、聞いた内容で飽き飽きするが、一部を省いたりすれば突っ込みどころになってしまう。
詰まらない話だが、手を抜いて話す事は出来ない。
「―――というのが討伐までの流れになります」
紅子は定期的に人を襲うタイプだったので、その存在に気付いてから討伐に至るまで一ヶ月程の時間を要した。鬼の存在に気付き、調査し、発見し、取り逃がし、網を張り、討伐した。その一連の流れを語るにはそれなりの時間が必要で、語り終えた梓が喉の渇きを感じる程だった。
「立華君、今の話に訂正すべき箇所はあったかね?」
「無いわね」
武部の確認にカレンは素っ気なく答える。
「では、質問に移ろう」
「ゴホン、守沢君に質問です」
武部の進行に従い、隣に座った九重家の当主が銀縁眼鏡の位置を直しつつ、咳ばらいを一つしてから質問を始めた。
「率直に聞きますが、君は今回の立華君の行動、具体的には豊ヶ原高校の校舎を破壊する事が必要だったと思いますか? 個人的な意見として、どう思うか聞きたい」
「必要か不要かと問われれば、どちらとも言えません」
梓は間を置く事無く、答える。
これは御幸の用意した予想質疑にあった質問だ。
「どういう事かな? 私は君の個人的な意見を聞いているだけで、複雑な質問をしたつもりは無いのだがね?」
「何を目的とするかを明確にして頂かなければ、その判断は出来ません」
「妙な事を言う。我々の目的は鬼の討伐に決まっているだろう」
御剣家の長男が馬鹿にしたように口を挟む。
「恭也君、報告者と責任者に対する質問は九重さんにお任せすると決めたはずだ。横から口を挟まないように」
恭也は武部にぴしゃりとやられ、不満顔ではあったが、大人しく口を閉じた。
「ゴホン、勿論、目的は迅速な鬼の討伐だ」
「では、必要でした」
「他に方法は無かったと? 校舎内には結城家の次男が居たし、君も現場に居たでしょう? 三名も経験豊かな越境者が居て、それでも必要だったと? 三名で協力して事に当たるという選択肢は無かったのですか?」
つまり、九重はこう言いたいのだ『鬼の討伐以外の目的の為にやったのではないか?』と。
「勿論、三名で事に当たる事は可能でした。ただ、その場合はまず救助した一般人を私が現場に置き去りにし、立華さんと共に結城さんの加勢に向かい、結城さんと合流後は協力して屍鬼の溢れる校舎内を四階まで昇る必要があります。これは迅速な対応と言えるでしょうか? また、今回の討伐対象であった眷属鬼はその前週に一度立華さんと戦闘しており、その際のデータから危険を冒さず、すぐに逃亡に転じる事はわかっていました。三名で時間をかけて事に当たった場合、ほぼ確実に眷属鬼に逃亡を許す結果となっていたでしょう。それを防ぐには、眷属鬼に逃亡の時間を与えず、電光石火での突入が必要であったと確信します」
「なるほど、よくわかりました」
梓の反論は的確で、九重は納得した。
「では、質問を変えます。……そもそも、何故一度目の戦闘で仕留められなかったと思いますか? また、どうしていれば仕留められたと思いますか?」
「一度目の戦闘で仕留められなかった理由は、眷属鬼が初めから戦闘を放棄し、逃げに徹した為です。これを防ぐには、真夜の発生を感知した公園の周囲を広い範囲で包囲し、網を張った後に突入すれば可能だったと思います」
「では、なぜそうしなかったのですか?」
「初めて当たる敵の行動を完全に予想する事は不可能です。その上で、最大戦力である立華さんを直接ぶつけ、そのフォローの為に私を含めた三名で公園を包囲しておりました。その網を抜けられたのは単純に眷属鬼が一枚上手だったからです。眷属鬼は手駒である屍鬼を大量に放ち、立華さんの足止めをさせ、自らは全速力で現場を離脱しました。私を含めて包囲にあたった三名では待機していた位置からその速度に追いつく事は困難でした。包囲を完全なものにするには人員が足りな過ぎです」
「包囲を完全にするにはあと何名必要だったと考えますか?」
「これは眷属鬼と一度戦闘した後だから言える事ですが、最低であと三名、万全を期すのであれば九名は必要でした」
「では、初めから全員で突入していた場合、どうなったと思いますか?」
「立華さん以外のメンバーは多数を相手にする戦闘に向きません。もっとあっさりと逃亡されていたと予想します」
「そうですか……。では、次の質問です」
このようにして、九重は次々と梓に質問を繰り返し、梓は淡々と返答していく。
その質問内容のほとんどが御幸の予想質疑の範囲内で、特に詰まる事は無かった。
昼休憩を挟み、午後になると梓に代わって御幸が質問を受ける番になった。
「では、次の質問です」
質問の内容は梓の時と変わらず、用意していた答えも同じなので、午前の焼き直しのような展開になり、カレンは本格的に眠気を感じ始めた。
質問されるのは梓と御幸ばかりで、カレンに対する質問は時折「今の話に間違いは無いかね?」という確認だけで、本当に自分がこの場に居る必要性があるのか、カレンには疑問だった。
「御幸さんは常々、人命を優先するように主張されていますが、今回の件について、特にそのような指示を出しましたか? 明言したわけでなくとも、暗にそう取れる発言はありませんでしたか?」
九重の質問は御幸と一族の方針の違いを突くものであり、御幸は一瞬、答えを言いよどむ。
「それは……作戦行動中の指示としてはありません」
「つまり、それ以外の時にはあったと?」
「先ほどおっしゃった通り、私は常に人命を第一に考えて行動したいと思っています。なので、普段の言動の中にそのような発言が含まれるのは当然の事であり、特に今回の事に限った話ではありません。ただ、私は目の前の被害者のみを優先して、その後の被害を容認するような指示を出した事も、作戦目的よりもそれを優先した事もありません」
人命はかけがえない物だが、全てを救えると考える程、理想主義者では無い。大を生かす為に小を見捨てる選択を躊躇った事は無い。
御幸は堂々と言い切った。
「今回の作戦目的は何だと考えていましたか?」
「一度取り逃がした鬼が相手ですので、確実な討伐だと考えていました」
「立華さんの強引な突入は被害者の命を救う為の行動といった印象がありますが、その点についてはどう考えていますか?」
「少し前の質問でお答えしましたが、今回の眷属鬼は戦闘より逃亡を選択する事はわかっていました。逃亡を防ぐ為には相手の予想を上回る速度での接敵が必要です。その結果、人命も救えるというなら、最も良い選択をしたと思います」
「事後承諾で甚大な被害の出る行動に出た事についてはどう考えていますか?」
「私の班は少人数で、私自身が前線に出る事も珍しくありません。その為、普段から現場の判断を容認しています。間違った選択をしたのなら責任を追及する必要がありますが、そうで無いのなら特に問題は無いと考えています」
その場の人命を優先して鬼を取り逃がし、その後も被害者が出続けるよりも作戦目標である鬼の討伐を優先する。そして、人命より優先する作戦目標が金銭と天秤にかけて持ち上がる事など有り得ない。
本音は違うだろうが、甚大な被害であっても金銭で解決する事である以上、一族の金庫番であっても間違っていたとは言えない。
それを言ってしまえば、鬼を討伐して、人々を救うという大義名分に陰りが生じてしまう。
その後も御幸に対する質問は続き、その日は梓と御幸への質問だけで終わってしまった。
カレンはほぼずっと座って聞いているだけで、口にしたセリフは時折される確認に対する「無いわね」だけだった。
何にせよ、査問会の初日は特に問題も無く乗り切った。
質問の内容も事前の予想質疑から大きく逸れるものは無かったし、あと何日続くのか解らないが、取りあえず順調な滑り出しと言えるだろう。
ただ、カレンから見ればお互いにセリフの決まっている芝居を見ているようなもので、下らないやり取りに時間を取られる事が退屈で仕方なかった。
こうも退屈だと、由紀の謀略による騒動でも待ち遠しくなってくる。
さっさと仕掛けてくれば、ちょっとは退屈も紛れるのに、とカレンは不謹慎な事を考えるのだった。




