3-6 報告
「いやー、流石は本家のご令嬢付きの守沢ですね。相変わらずのお掃除テクです」
「お世辞は結構です。貴方だって、真面目にやればこれくらい出来るでしょう? それより、頼んでいた事について報告をお願いします」
桃香の部屋が片付き、人心地ついてすぐに梓は桃香の元を訪ねた本当の目的を果たす事にする。
「相変わらずせっかちなんだからー。久しぶりの再会なんですから、可愛い後輩とちょっとした会話ぐらい楽しみましょうよ」
「貴方の部屋がキチンとしていれば、そのような時間も取れたのですが、掃除に時間を取られてしまってはそれもかないません」
桃香は口を尖らせてブーブー言うが、梓から冷たい視線を受けては黙るしかなかった。
「……詳細は報告書を用意してありますのでそちらを、取りあえず簡単に口頭で報告します」
これ以上、報告以外の事で時間を取らせたら、間違いなくお説教の延長戦だ。
桃香は大人しく報告を開始した。
「今回の査問会開催の訴えは金庫番の九重家と外部折衝担当の武部家によってされており、結城家、由紀様の関与は確認できませんでした」
スラスラと真面目な顔で梓から依頼された調査報告を始めた桃香は、スウェット姿の汚部屋の住人とは思えない、出来る女の顔をしていた。
試験採用の頃から梓に鍛え上げられた桃香は、本家のみならず、ほぼ全ての家の使用人の間を繋ぐネットワークを構築し、一族内の情報をその手に出来るまでに成長した。
その能力によって梓の貴重な情報源として重宝されており、守沢家から少々の事はお目こぼしして貰える立場まで確保している。
自堕落で適当な印象の桃香だが、本当に有能なのだ。
「査問会は五分家過半数の賛成が必要でしたね。賛成したのは九重家と武部家以外はどこですか?」
「査問会を開くのに賛成したのは、九重家と武部家以外では御剣家のみで、結城家はその点でも関わっていません」
「御剣家?」
梓は今日、到着早々突っかかって来た御剣家の三男を思い出す。
三男では家の意思に強く影響を与える事は出来ないはずなので、ひょっとしたら御剣家も結城家のようにもっと上の人間が由紀の派閥と関わっているのだろうか?
「御剣家は、家全体がカレンさんを敵視していますから……」
「ああ、そうでしたね」
梓は由紀を中心に考えるあまり、それ以前からある一族内の確執や柵の類が思考から抜け落ちていた。
過去に御剣家は立華家の令嬢であるカレンに許嫁をあてがおうとした事がある。
その時、カレンに許嫁候補を全てコテンパンに伸されて、大恥をかかされており、家としてカレンに恨みがあるのだった。
「九重家と武部家はなぜ査問会の開催を訴えたのかは分かりますか?」
「はい、九重家は莫大な工作費用の一部を立華家に負担させるために、カレンさんに過失を認めさせたいようです。武部家の方は、県立高校校舎の一部崩壊という醜聞をかぶってもうら為に随分と苦労したようで、その相手に責任を取らせない事には現場が納得しないようです」
「どちらも役目からしたら妥当な理由ですね」
ここにも由紀の意思は働いていなかった。
では、やはり査問会の開催自体は由紀に関わりなく決まった事で、由紀はその偶々訪れた機会を利用しようとしているだけなのだろう。
では、由紀はこの機会を利用して何をしようとしているのだろう。
「一虎さんが派閥に入った理由については何か掴めましたか?」
「申し訳ありません。一虎さんが由紀様の派閥に入った理由ははっきりしませんでした。ただ、由紀様の事を『櫻澤の血が濃い』と言っていたそうです」
梓はその言葉の意味が解らなかった。
「血が濃い? 別に御幸様と由紀様はご両親が違うというわけでもありませんし、どういう事でしょう?」
「さあ?」
梓は顎に手を当て、少し考える。
「その話はいつ頃されていたの?」
「一虎さんが由紀様の派閥に入る少し前の事なので、一年程前だと思われます」
「そうですか。言葉の意味はわかりませんが、時期的に見て、それが一虎さんが由紀様の派閥に入った理由なのは間違いないでしょうね」
「はい」
梓の予想はおそらく正しい。
弟である龍二が一虎の派閥入りに驚いていたのは、一虎が人一倍序列や仕来りといった一族に敷かれた不文律に拘る性格だからだ。
その一虎が女系長子相続が通例の櫻澤家において次女である由紀につく理由は結局、ハッキリとはわからなかったが、由紀は一虎に櫻澤としての資質の高さをどのようにかして示して見せたという事だろう。
一虎さえ納得させたものだ。
それが由紀にとっての切り札に違いない。
「それで、現在の由紀様の動きですが、ここ数日は屋敷には戻らず、結城家で過ごされています。周囲は一虎さんや派閥の面々に固められており、使用人はおろか、派閥に属さない者は例外なく遠ざけられて、何をされているのか探る事は出来ませんでした。―――報告は以上になります」
正体不明の切り札を用意し、このタイミングで身内で周囲を固めるという事は、由紀は完全に戦闘準備を完了しているという事だろう。
こっちは相手の用意した舞台に引き込まれた形であり、情報も準備も足りていない。
このまま受け身に回っていては後手後手になってしまう。
まだ姿すら見せていない相手を早急に舞台に引きずり出さなければならない。
その為には、さっさと査問会を終わらせる必要がある。
梓は桃香の報告からそう判断し、一つ頷くと、桃香を労った。
「短い期間で良く調べてくれましたね。ご苦労様でした。由紀様の派閥が大きくなる中、ネットワークの維持は大変だったでしょう。本当によく頑張りましたね」
梓の優しい言葉に桃香は顔を輝かせた。
「……あ、梓さーん。本当に、ほんっとーに大変だったんですよー。散々仕事手伝わせたり、フォローしてあげたのに情報出し渋るヤツは後を絶たないし、逆にこっちの情報抜きにかかるヤツはいるしー」
それまでのキリリとした雰囲気が崩れ、桃香は元のだらし無い後輩に戻り、甘えた調子で泣き言を漏らす。
「それで、それでー」
「はいはい、よくやりました。話は聞くので、まずはお茶を淹れましょう。お母様からお手製のパウンドケーキをお茶受けに分けて頂いて来ていますから」
「やったー! 久々に梓さんのお茶が飲めるー。それにお茶受けは奥様のパウンドケーキ! さいっこーじゃないですかー」
桃香はバンザイをして大喜びする。
「私はお茶の用意をして来ますから、貴方は着替えをして、身支度を整えておいてください。いい加減、見苦しいですよ」
「はーい」
梓はキッチンへ、桃香は先ほど整理したクローゼットから着替えを取り出し、洗面所へと向かうのだった。
◇◇◇
御幸は世話役の女性に案内された、本部から少し離れた場所にある来客用の宿泊施設の一室でお茶を飲んでいた。
窓の外は既に日も落ちており、まばらな照明が施設前のロータリーから続く道をぼんやりと照らしているのが見えるだけだが、用意された部屋からはテレビも撤去されていたし、持ち込んだ荷物は全て手元にないので仕方がない。部屋の壁を眺めながらお茶をするより、幾らかはマシだろう。
本部で査問会の為の事前聞き取りを終えてから、大きな騒ぎも起こっていないので、御幸はこのままなら初日は無事に終わると思い、ほっとしていた。
確かに、カレンは一応大人しく本部の用意した世話役の指示に従い、御幸と同じ建物の別フロアの部屋に居たが、梓が思いっきり反抗して現在単独行動中とは夢にも思わない。
御幸は明日からの事について考える。
事前聞き取りは思った以上に事務的で、そこにこちらを陥れたり、嫌がらせを仕掛けるような悪意は一切感じられず、軟禁状態の現状と印象がズレる。
カレンや梓の方もそうだったのだろうか? 確かめたかったが、接触を禁止されている以上、それは出来ない。
二人の様子が気になったが、気を紛らわす手段も無く、御幸はお茶ばかり飲んでしまう。
今はまだ査問会前の事前聞き取りの段階でしかない。
ここで気を抜いて、変に言質でも取られて後々、後悔するような事になっては笑えない。
相手にその気配が無くとも、気は抜くべきでは無いだろう。
こういった事をカレンや梓と話して、お互いにフォローし合っていきたいのだが、相手はそれをさせまいと現状のような措置を取ってきた。
本当に嫌らしい事をする。
思えば、カレンや梓とこんな風に会いたくても会えない状況になるのは初めての事だ。
梓は物心ついた頃にはすでに何時でも傍に居てくれたし、カレンも本家預かりになってからはずっと傍に居て、御幸が高校入学を機に本家を出た時も、本家の了承を取らずにではあったが付いて来てくれた。
そう思うと、御幸は一人で居る事が急に不安になってきた。
御幸は何時もカレンを嗜めたり、フォローしたりするポジションに立っていたが、本当はカレンの行動力に引っ張られてようやく前へ進めている事を自覚していた。
そして、梓が御幸に足りない部分をさりげなくフォローしてくれていた事も知っている。
二人が居ない事に心細さを感じて、御幸は身震いする。
これ以上、その事を考えると良くないと思い、御幸は早々にベッドで横になる。
そして、勝手に浮かんで来ようとする不安を無視し、頭の中で査問会のシミュレーションをしながら、眠気が来るのをじっと待つのだった。




