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真夜蒼月、幽界の門  作者: 今
第三章 櫻澤一族
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3-4 守沢は譲らない

 櫻澤(おうさわ)本家の当主たる明乃(あけの)への挨拶を終えた三人は、屋敷内にある御幸(みゆき)の部屋に引き上げた。


 畳敷きの床にラグマットが敷かれており、その上に置かれたソファーに座って、御幸はカレンと共に(あずさ)の用意したお茶を飲み、一息ついた。


「お祖母(ばあ)様、相変わらずだったわね」


 御幸はどこか呆然とした調子で呟くように言う。


「そうね」


 三人掛けのソファーに足を投げ出して寝転がったカレンは、天井を見上げて返事をする。


 いつもと違って丈の長いスカートを履いているおかげで中身が見えそうな危うさは無いが、膝を立てている所為で裾からは白い脹脛(ふくらはぎ)が覗き、リボンタイを緩めて首元のボタンを外しているので、ブラウスの合わせ目からは胸元がちらちら見える。アイボリーの上等なソファーにはアッシュブロンドの髪が広がり、キラキラと室内灯の光を反射している。

 きちんとした服装を着崩し、だらしない格好で寝そべっている気だるげな姿は、下手な露出があるより色気がある。


 お茶を一杯飲む間に御幸は復活したようで、一度居住まいを正すと、カレンへと話しかける。


高坂(こうさか)君の件、どう思う?」

由紀(ゆき)の派閥に知られたら面倒だぞ、ってやつ?」

「ええ」

「知んないわよ、そんな事。由紀が何考えてるかなんて、興味も無いわ」

「カレン、高坂君はチームの仲間なのよ。それは冷たすぎるんじゃ無い? それに、由紀が高坂君に何かするつもりなら、貴方だって無関係ではいられないわよ」


 (とが)める御幸に、カレンは鼻を鳴らすだけだ。


「差し当たっては、今回の査問で高坂さんの将来性については未知数、能力については報告書にある事以上は分かっていない、としてはいかがですか?」


 梓の意見に御幸は頷いて同意する。


「私もそうするのがいいと思うわ。カレンもそれでいいわね」


 カレンが手をひらひらさせて、おざなりな了解を示したのを確認すると、御幸は荷物から書類の束を引っ張り出し、机の上に広げた。


「高坂君に関する部分で、その辺りの事に触れている、()しくは突っ込まれそうな箇所が無いか、もう一度確認しましょう」

「お手伝いします」


 梓が率先して御幸の広げた書類へと手を伸ばす。


「カレン、貴方も手伝って」

「はいはい」


 御幸に(うなが)されたカレンは、億劫(おっくう)そうにではあるが、文句も言わずに身を起こし、書類へと手を伸ばした。


「査問会は明日からよ。予想外の事はどうしたって起こるわ。でも、私たちに後ろ暗い所なんて無い。私たちの基本方針は人命優先。次に鬼の討伐。突っ込まれて困るのは、高坂君の能力に関する事と、私たち自身がこの方針に外れた事をしたり、言ったりした場合だけよ」


 目に力を込めて宣言する御幸に、梓は頷き、カレンは鼻を鳴らす。


 御幸は二人に自分の意思が十分伝わっている事を確認すると、自らの手にある書類に視線を移す。


「じゃあ、始めましょうか」



◇◇◇




 翌日、朝食を終えるとすぐに呼び出しを受けた。


 食後、御幸の部屋に集まっていた三人は、本家の使用人に本部からの呼び出しが来ている事を告げられ、屋敷を出た。

 渡り廊下の先には何処の家の者かは判らないが、査問会に関わるスタッフが六名、三人を待っており、それぞれが二名ずつのスタッフに案内され、別の部屋へと連れていかれる。


 そこはまるで企業の面接会場のような雰囲気があった。


 御幸が通された部屋は二階にある小会議室の一つで、正面には横並びに繋げられた二台の会議机に五名の男女が、部屋の隅には一台の会議机に二名の女性がおり、部屋の中央にポツンと椅子が一脚置いてある。


「まずは掛けてください」


 五名の内、中央の男性から椅子を勧められ、御幸は大人しく部屋の中央にある椅子へ腰掛けた。


「では、ご挨拶を、私は武部家に連なる家の者で、相葉(あいば)と申します」


 男に続き、残りの四名もそれぞれ所属する家と自らの名を名乗る。

 五名の所属する家はそれぞれ別で、五分家(ごぶんけ)から出された人員のようだ。


「彼らは本家から出された記録係です」


 名乗らなかった部屋の隅に居る二名の女性へと御幸が視線をやると、相葉から説明があった。


「今から行うのは査問会を円滑(えんかつ)に進める為の事前聞き取りであり、ここでの発言は全て記録されます。そのつもりで発言してください」


 おそらく、三人を別々の部屋に通したのは、それぞれの証言に食い違いが無いか確かめる為だろう。


 事前準備はしっかりした。

 基本的にありのままを報告しているので、口裏を合わせる必要は無いが、それが一応の安心感を与えてくれた。


「では、質問させていただきます。―――」




 査問会の事前聞き取りは昼休憩を挟み、夕方六時まで行われた。


 淡々と投げかけられる質問は報告内容を確認したり、補強する為の物でしかなく、査問会という言葉から受ける印象より、ずっと事務的なやり取りが延々と続いた。


 少し拍子抜けした御幸だったが、いざ部屋へと引き上げようと小会議室を出た所で、それはやってきた。


「どういう事?」


相手の言葉に御幸は聞き返す。


「ですから、査問会終了まで、御幸様他二名は来客用の宿泊施設を利用していただき、互いに接触も控えていただきます」

「部屋にある荷物は?」

「本家にて保管していただいています」

「着替えとかスマホとかもあるのだけど? というか、私、今何も持ってないのよ?」


 本部から付けられた世話役と名乗った二十代の女性から事務的な口調で決定事項としてそれらを告げられ、御幸は面食らっていた。


 御幸達は査問会に出席する為に屋敷を出た。

 財布すら荷物の中だ。


「着替え等、生活に必要な物はこちらで用意しております。携帯は外部との不必要な接触が懸念される為、お渡しする事は出来かねます。どうしても必要な場合はお申し出下さい。本部の通信室をご使用いただけます。その他、必要な物があれば何なりとお申し付け下さい。可能な限りこちらでご用意させていただきます」

「ああ、そう」


 御幸は抵抗を諦めた。


 部屋を分けられるのは仕方ないにしても、これでは軟禁(なんきん)だ。

 この、過剰な対応は由紀の仕業だろう。


 御幸はため息を吐き、他の二人を心配した。

 カレンは自らの行動を制約される事を嫌うし、梓も頑固なところがある。


「二人共、大丈夫かしら?」




◇◇◇




 事前聞き取りのスケジュールは三者とも共通であり、御幸が世話役の女性から引き留められていた頃、他の二名も同様の話を聞いていた。


 意外な事に、カレンはこれに反抗しなかった。


 カレンの理屈で言えば、三人を引き離す理由も、外部との不必要な接触を断つことも、査問会の性質を考えれば大げさであっても、不当とは思わなかった為だ。


 ただ、衣類に関しては事前に準備されていたものを拒否し、自らが用意した物と同等の物を要求した。


「別に用意出来ないならいいわよ。部屋に取りに行くだけだし。別に構わないわよね? スマホや他のものには手をつけないし、アンタが監視で同行すれば、おかしな真似もできないでしょ?」


 流石(さすが)にすぐにカレンの指定するショップセレクトのアイテムを(そろ)える事は不可能であり、その程度のことで、カレンが大人しく従ってくれるならと、この要求は簡単に許可が下りた。


 相手側は最も警戒していたカレンがあっさりと従った事に気を(ゆる)めたが、全く警戒していなかった梓に思いの外てこずる事になる。




「その要求は断固として拒否させていただきます」


 世話役と名乗った女性が何と言っても、梓はその全ての要求を跳ね除けた。


「これは! 本部の決定なのです! 拒否する事は許されません!」


 カレンのように多少(ゆず)る部分を見せるようなら、相手も折り合いを付けようとするのだろうが、梓のように一ミリも譲らないようではそうもいかない。


 こうなると世話役の女性も意地だ。


「貴方は査問会に協力する意思はないのですか? 仮にも守沢家の者でしょう」

「守沢の者だからこそ、です。私達は主人以外の誰からも命令を受けない権利を持ち、それを誇りとしています。それに、私は報告書の作成者であり、現場での目撃者として査問会に出席しています。初めから査問の対象では無く、協力者です。私はこの場に来て、証言する以上の義務はありません。違いますか?」

「そ、それは……」


 梓の主張に世話役は反論できずに口籠(くちごも)る。


「では、私はこれにて失礼致します。」

「まっ、待ってください!」

「まだ何か?」


 世話役の女性も命じられた役目がある。

 言い負かされて、はいそうですか、と引き下がるわけにはいかないのだ。


 だが、咄嗟(とっさ)に引き止めたものの、梓を黙らせるだけの言葉も無い。

 世話役は足を止める梓を見て、口を開いては閉じ、開いては閉じするだけだ。


「何も無いようでしたら、私はこれで」

「梓、その方もお役目があるのだから、あまり困らせてはいけない」


 再び(きびす)を返そうとする梓に世話役とは別の声がかかった。


「お父様」


 声の主は正孝(まさたか)だった。


「その方もお役目。少しは譲って差し上げないと、無用な(いさか)いの元になる。それはお前の主人にとっても得にはならないだろう。お前はもう少し組織の中での立ち振る舞いを身につけないといけないな」


 自分を助ける正孝の言葉に世話役はほっとした表情を浮かべかけるが、当主の側仕えがこんな所にいる理由が解らず、困惑(こんわく)した表情へと変わる。


「それに、お前は何処へ行こうというのだ」

「当然、御幸様の元です」

「であれば、無駄だから止めておきなさい。お嬢様もカレンさんも既に来客用の宿泊施設へ入られた。本部の言う査問会の公正さを保つ為、お前が会う事は出来ない」


 正孝の話を聞いて、梓は世話役の女性をキッと睨む。


「だから、それは止めなさい。その方は本部の命令で動いているに過ぎないのだから」

「では、誰に掛け合えば良いと言うのですか?」

「少なくとも、この方では無いよ」


 そんな事は梓も承知している。

 そもそも、今回の査問会はどの家が中心で采配(さいはい)しているのか聞かされていない。この機会に、それを確認しようと、梓は正孝に質問した。


「どちらの家が今回の査問を取り仕切っているのですか? そこの当主に(じか)に交渉します」

「さっきも言ったが、お前はもう少し組織での動き方を知るべきだね。この程度の事で騒ぎ立てて、相手に借りを作ってどうする。こういった場合は素直に従い、後々、貸しとして取り立てるのだよ。今は、お前にしか出来ない事をし、いざという時に主人の助けとなる準備をしておくべきだ」

「私にしか出来ない事……」


 梓は正孝のアドバイスを受け、少し考える。


「お父様、ありがとうございます。少し頭が冷えました」

「それは良かった。それで、お前はこれから何処に行くつもりなのかな?」

「本家の使用人宿舎へ顔を出そうと思います」

「ふむ、それは何故かね?」

「折角、戻って来たのですから、電話やメールでしか連絡を取っていなかった後輩に直接会っておこうかと思っております」

「そうか、それは良い考えだと思うよ」


 正孝は梓の答えの真意に気付いたようで、満足げに微笑んだ。


「はい、では、私はこれで失礼します」


 頭を下げ、去って行く梓の背が見えなくなって、呆然と親子のやり取りを見守っていた世話役がはっとする。

 梓に凄い目で睨まれ、親子のよく解らないが不穏(ふおん)なやり取りに呆気に取られてしまい、梓を見送ってしまった。


「あっ……」


 思わず梓の去った方に手を伸ばすが、とうにその姿は見えなくなっている。反射的に伸ばした手は(むな)しく(ちゅう)彷徨(さまよ)うだけだった。


「君、もう諦めた方がいい。それに、梓を止める事は道理にも反する。何とかお嬢様やカレンさんとの接触を諦めさせた、と報告すればそれほど叱られる事はありませんよ」

「は、はい……そうします」


 一瞬、梓を追おうとしたが、正孝の言葉を聞き、世話役はその通りにする事にした。


 頭を下げてから去って行く世話役を見送り、正孝は梓の去った方の通路を見る。


「さて、我が娘は一族内の動きをどう見て、どう動くだろうか。それによって、ひょっとしたら次代の櫻澤の在り方は大きく変わるかもしれない」


 正孝はそう呟くと、用は済んだとばかりに元来た道を戻って行くのだった。

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