3-1 査問会の裏
今回から第三章となります。
第二章の終わりからは少し時間が溯り、御幸、カレン、梓の三人が本家でどうしていたのかが語られます。
立華カレンはセダンタイプのレンタカーの助手席に座り、いつものようにサイドテールで纏めたアッシュブロンドの髪を左手で弄びながら、高速で流れる車外の景色を頬杖を突いてつまらなそうに眺めていた。
平日の昼間という事で、高速道路を使った道程は順調だが、窓の外を流れるのは防音壁の連なりばかりで、見ていて面白いものでは無いだろう。
しかし、カレンがつまらなそうな顔をしているのは、別に景色がつまらないものだからでは無い。
これから向かう、櫻澤本家がつまらない場所だからだ。
現在、カレンは五月の末に行った鬼の討伐時に、豊ヶ原高校の校舎を半壊させた件について出頭を命じられ、櫻澤御幸と共に守沢梓の運転する車に乗り、櫻澤本家へ向けて移動中だ。
櫻澤の家は遥か昔から鬼の討伐を生業とする家で、本家である櫻澤家を筆頭に、いくつもある分家の全てがそれに関わっており、カレンの生家である立華家もその一つである。
家業は特殊で人里離れた場所に居を構えてはいるが、外界との繋がりが薄い訳では無い。そのくせ、古い家にありがちな習わしや、家と家との柵で雁字搦めになったそこは、一種の他文化圏となっている。
そこでは世間一般の常識より家の仕来りや上位者の意見が優先される。
カレンのような我が道を行く者とはとことん相性の悪い土地なのだ。
豊ヶ原高校の教室棟を破壊する時、カレンにはこうなる事が分かっていた。
梓には後々のフォローをお願いしていたが、そんな事で済まされる規模の話では無い。
ただ、今回の査問に向けて報告書の穴を突かれないように、事前の備えをしてくれた御幸には迷惑をかけたと思っている。
カレンは後部座席で横になる御幸にちらりと視線を向ける。さっきまで移動中の車内で査問会の予想質疑に対する回答の確認を行っていたせいで、気分が悪くなってしまったのだ。
カレンは本家の連中や分家の代表達が何を言って来ようと弾き飛ばすつもりだが、御幸は性格的にも立場的にもそういった真似は出来ない。
そして、これは御幸の個人的な見解でしかないが、今回の出頭命令はカレンの査問が目的という事だが、どうもそれだけでは終わらないかもしれないと言う。
カレンは先週、ホームで御幸から出頭命令について伝えられた時の事を思い出す。
「それで、ここまで大がかりの工作を必要とした事に対して、櫻澤本家から出頭命令が来たの」
御幸のこのセリフで始まった出頭命令についての説明は、龍二が途中でごねたりしたが、カレンにとっては予想の範囲内で話は進んだ。
真言の反発は一般的な常識を持ったままの彼女には当然の事だろう。同じように最近チームに加わった真一から反発がなかった事の方が異常だ。
ただ、それが当然の事であっても、カレンからしたら龍二がただを捏ねるのと何ら変わらない、鬱陶しいだけ。その時は容赦無く、越境者の理屈でねじ伏せた。
だらだらした話が終わり、梓が泣いている真言と自室に引っ込み、真一が帰った後、ようやく今回の出頭命令について裏の話が始まった。
「実は今回の出頭命令について、由紀が関わってるかもしれないの」
御幸の台詞にカレンは驚かなかった。
由紀と言うのは御幸の二つ違いの妹で、御幸とカレンを敵視して何かにつけて突っかかってくる鬱陶しい存在だ。
特にカレンに対しては分家の者という事で、あからさまな嫌がらせも平気でやる。
今回のようにカレンを公然と貶められる機会を由紀が見逃すはずが無い。
「由紀にそんな権限ないだろう?」
龍二の言葉は正しい。
由紀は本家の娘と言っても次女だ。
女系一族である櫻澤家の長女で、次期当主である御幸とは格が違う。姉妹としての分を越える失礼は許されないし、一族内での権限も分家の連中と大して変わらない。
そんな由紀に一族の中心が関わる査問会の開催に関わる権利は無い。
「ええ、査問会自体は由紀の発案では無いわ。ただ、梓さんが仕入れた情報によると、由紀は今、一族の若手を纏めて一つの派閥を作ってるみたいなの。そこで査問会とは別にカレンの行いに反発する動きがあって、それを由紀が主導しているようなの」
「フン、裏でコソコソとアイツが好きそうな事ね」
カレンは灰色の瞳を眇め、鼻を鳴らす。
由紀は御幸と違い、櫻澤らしい櫻澤だ。
鬼と戦う自分たちを一般人より上に見る歪んだプライドの塊。だから、一族の中で自分より立場が上でありながら櫻澤のあり方に否定的な御幸や、分家の者でありながら本家や各家の当主達を何とも思っていないカレンを敵視する。
そして、そんな者は由紀以外にも大勢いる。
だから、昔から自らと考えを同じにする本家の娘である由紀は、一族の若者からは支持されていて、そんな連中と御幸やカレンに嫌がらせをよくしてきた。
「査問会は分家の当主たちが主導するでしょうけど、雑事は若手の仕事だから、色々と注意が必要でしょうね」
「ったく、面倒臭いわね」
カレンは由紀如きが何をして来たところでどうなるとも思っていない。一族の中心が相手でも意に介さないカレンが、そこに指先すらかからない連中に何をされようと困るとは思えない。
ただ、鬱陶しい事は鬱陶しい。
「御幸、大丈夫なのか?」
龍二が眉根を寄せて言う。
由紀は御幸を嫌っているが、御幸は由紀を妹として見ていて、その妹に嫌われている事がはっきりとわかる衝突があると、いつも落ち込んでいたから心配なのだろう。
「いつもの事だから」
御幸は苦笑いに失敗した、微妙な表情で返す。
「で、その派閥ってのはどれくらいの規模なのよ?」
カレンは相手が誰だろうと引く気は無い。だが、それは相手を舐めてかかるのとは違う。相手の事を知っておく事は必要だ。
「それが、ほぼ全ての家に根を張っているそうなの」
御幸はチラリと龍二を見る。
その様子でピンと来たようで、龍二は表情を曇らせる。
「結城家も、なのか……?」
「ええ、龍二も知ってると思うけど、結城家は当主こそ代替わりしていないものの、実質的な家の差配は長男の一虎さんが担っているわ。そして、一虎さんは派閥の中心人物だそうよ」
「なっ! 兄貴は人一倍序列に厳しい人だったはずだ。それが何で……」
「分からないわ。でも、由紀には一虎さんが味方するに足る何かがあるんでしょうね」
「そうか……」
龍二は兄である一虎が御幸と敵対する派閥に居るという事が、自分の知っている兄とは思えない行動だったため、困惑を隠せない。
御幸が龍二を連れて行かないのは今回の査問理由に直接的に係わりが無い事や、真一と真言の面倒を見る人間が必要なのも本当だが、これが一番の理由だ。
結城の家が由紀に付いた場合、龍二は御幸達と家との間で板挟みになってしまう。幼馴染と敵対するのも、生家と険悪になるのも御幸は望まない。
何にせよ、龍二の兄であり、結城家の実質的なリーダーが由紀に付いているという事は、査問会自体にも多少の意見が出せると言う事であり、良いニュースでは無い。
一虎はまだ二十代前半で、一族の中心人物達の中では圧倒的に若く、まだ正式に当主となっているわけでもない。
なので、一虎の意見に重さはないが、発言権があるのと無いのでは全く違う。
御幸達が本家を離れて三年。由紀はその間に無視できない力を付けていたようだ。
「由紀に取り込まれていない家は何処なんだ?」
龍二からの質問に御幸は首を振る。
「由紀に同調している者が居ない家はないわ。流石に一虎さんクラスの立場がある人物は居ないようだけど、若手トップの一虎さんを押さえられたら、その他は勝手について来るでしょうね。確実に同調していないと言えるのは、立華家くらいよ」
御幸と龍二はカレンを見るが、カレンは心底嫌そうな顔をする。
「アタシに変な期待しないでよ。立華の家に発言権は無いわよ」
「わかってるわ」
「お前にこういった事で頼るほど馬鹿じゃない」
御幸と龍二は揃って首を振る。
「フン」
そんな二人に対して、カレンは怒るでもなく、いつものように鼻を鳴らすだけだった。
「まあ、そんな訳で私は査問会よりもそっちの方が心配なのよ。校舎の件で何かしらのペナルティーを受けるのは仕方ないし、そうそう無茶な事にはならないと思うけど、由紀はそうじゃないわ」
由紀が御幸を敵視するようになって、もう十年以上が経つ。
その間、二人の溝は深く、広がり続けた。
もう、その溝を埋める事は出来ないだろう。
「由紀は私を蹴落とす為にずっと力を蓄えてきていて、今回、大きく動いた。つまり、私を蹴落とす準備が遂に整ったという事だと思うの」
櫻澤家は女系一族で、長子相続が通例だ。
それを覆すには今回の件程度では全く足りない。
それでも由紀が動いたという事は、もっと直接的な手段で片を付ける算段がついたという事だろう。
「きっと何かしらの騒動が起こると思うの」
「具体的に何か掴んでいるのか?」
「いいえ、具体的な事は何も分からないわ」
御幸は首を振る。
「でも、一虎さんを納得させたくらいだから、きっと由紀は私より自分が本家の次期当主に相応しいと示す為の何かを用意しているはずよ」
勿論、御幸達も由紀の派閥も同じ櫻澤家に連なる者達であり、これは内部の政治的な争いに過ぎず、鬼を相手取るように命のやり取りがあるわけでは無い。
そして、御幸は自分が本家の跡継ぎでいる事に価値を感じていない。
だが、御幸のわがままで本家の跡取りを降りる事など許されない。仮に出来たとしても、施しのように受け渡された権利を由紀が喜ぶとも思えない。
由紀は御幸を打倒して、地に這いつくばらせて権利を奪い取る事を望んでいるのだから、もはや両者が争わずに済む方法は無い。
「だから、査問会だけに気を取られていると、思わぬところで足を掬われかねないの」
御幸はカレンを心配そうに見る。
直接的な戦闘であれば御幸はカレンに絶対の信頼を寄せているが、今回の件は力だけでどうにかなる問題では無い。
自分を中心とした問題で、幼馴染に迷惑をかける事に気が咎めているのだ。
「フン」
そんな御幸の顔を見て、カレンは鼻を鳴らす。
「だから、何だって言うのよ。アタシは自分がやった事を後悔してないし、それに文句があるって言うなら、誰が相手だって聞いてやるわよ。それが年寄共だろうが、由紀だろうが関係ないわ。アタシを納得させられるだけのモノを用意できたなら、従うわよ」
カレンは別に自分が絶対的に正しいとは思っていない。
より良い方法があれば、それに従うだけの度量がある。
ただ、それが本当に『良い方法』であれば、の話だ。
「―――でも、もしそうじゃなかったら」
カレンは一旦言葉を止め、口の端を持ち上げる。
「後悔するのは相手の方になるだけよ」
サイドテールで纏められたアッシュブロンドの髪を後ろに打ち払い、カレンは宣言した。
それが、古臭い仕来りや掟といった自分たちだけの価値観によって勝手に決められたルールに反するから、などという下らないモノであれば、絶対に従う事は無い。
獰猛に笑うカレンを見て、御幸は額に手を当てる。
御幸はカレンの事が心配だ。だが、それと同じくらい本家で起こるであろう騒動で出る被害も心配だった。
御幸は心の中で、本家のお歴々と妹である由紀に対して、「どうか虎の尾を踏むような真似はしないでください」と願わずにはいられなかった。




