立華カレン(3) 馬鹿の末路
次話から第三章が始まります。
第二章から時は溯り、櫻澤本家での査問会に関わる話になり、カレンが中心の話になります。
「はい、いい感じだよー。じゃあ、次の衣装にうつろうか?」
もう十分に撮影したと思うけど、約束の三時間にはまだ余裕がある。
アタシは神代に促されて、衣装チェンジの為にフィッティングルームへ向かう。
用意されていたのは、サスペンダーで釣るタイプのかなり際どいミニにチューブトップ、しかも胸の谷間に切れ込みの入ったセックスアピールの強い衣装だった。
「こんな衣装、聞いてないわよ?」
アタシは神代の用意した衣装係に文句をつける。
「ああ、それは神代さんが特別に用意したやつですから」
「はぁ? 何よそれ」
アタシは手にした衣装を投げ捨てると、フィッティングルームを後にする。
「ちょ、ちょっと、アナタ!」
後ろから衣装係の喚き声が聞こえてくるが、相手にせず、スタジオまで一直線に進む。
「あっれー? カレンちゃん、僕の用意した衣装は?」
ニヤニヤと笑う神代。
いやらしい笑い方ね。
「あんな衣装、聞いてないわよ」
「うん、僕が特別に用意したやつだからね」
「あんな頭の悪い服着ないわよ。アタシのセンスが疑われるわ」
「ダメだよー。折角用意したんだから、着てくれなきゃーさ」
馬鹿はアタシとの距離を詰めると、目を覗き込んでくる。
「ねぇ、カレンちゃん。賢くなろうよ。あれを着てくれたらチャンスをあげるよ。あと、今晩は一緒にディナーに行こう。そしたら、もっと大きなチャンスが掴めるよ。君もただのモデルで終わりたく無いだろう? 君はタレント志望かな? それとも女優? 僕と仲良くしてくれたら、大きなチャンスが掴めるよ。ねぇ、カレンちゃーん」
馬鹿はわかりやすい要求を口にしながら、アタシの方に手を伸ばしてくる。
顔にはいやらしい笑みを浮かべたまま、その手がアタシの肩に触れそうになった瞬間。
「気安く触ろうとすんな!」
アタシは馬鹿の手をはたき落とす。
「チャンス? そんなもん要らないわよ。アタシはモデルを辞めたのよ! チャンスなんてのは本気でモデルをやってる誰かが掴むべきもので、ただの仕事としてやってたアタシが手を伸ばしていいものじゃ無いのよ! そのチャンスもアンタなんかが関わった所為で正当な人間に与えられないかと思うと、反吐が出るのよ!」
「なっ! このっ! 優しくしてやりゃ図に乗りやがって!」
馬鹿はまさか反抗されるとは思っていなかったのか、一瞬怯んだようだけど、すぐにアタシに掴みかかって来る。
エサに喰いつかなきゃ実力行使ってわけ? バッカじゃないの!
「触ん」
伸ばされた手に対して、右足を引いて体を躱す。
「なって」
アタシの正面を通り過ぎる馬鹿の右手首を掴み、
「言って」
一旦、馬鹿の進行方向に手を引き、加速させる事によってつんのめさせる。
「んで」
そのまま、両手持ちにして、体全体を使って右から下へすくい上げ、大きく円を描くように回してやる。
「お、おぉぉ?」
馬鹿の突進にアタシが手を引いた加速度が加わり、制御を離れた勢いに翻弄された馬鹿は妙な声を出す。
今更慌てても、もう遅いわよ。
「しょ!」
最後に左足を引いて体を反転させながら馬鹿の手を上へ、思い切り放り投げるように振り抜いて放す。
「うおぉぉぉ! っぎゃ!」
馬鹿は低空で前宙するように回転すると、背中から地面に落ちて悲鳴を上げた。
ったく、アタシに挑もうなんて、百年早いのよ。
「フン」
これで下らない事に付き合う気がすっかり失せたわ。
頼まれた仕事はほとんど終わっているはずだし、義理は十分果たしたでしょ。
アタシはさっさと帰る事にして、スタジオを出て行こうとする。
「げほっ、ぐぅほっ……、と、止めろ、お前ら、あいつ、捕まえろ!」
地面に転がったままの馬鹿が周りのスタッフに命令して、アタシを捕まえさせようとする。
「だ、か、ら、アタシに、挑もう、なんて、百年、早い、のよ!」
次々と突っ込んでくる馬鹿の手下どもを馬鹿と同じように、相手の突進の勢いを利用して転がしてやる。
打撃を使わないのは手加減が面倒だからだけど、あんまりにしつこいから、全員一撃で沈めてやりたくなってくるわね。
「すごい音がしてますけど、何をして……って、何なのコレは!」
ドタバタと人が転がる音は外まで響いていたようね。
時任が恐る恐るスタジオの扉を開き、顔を覗かせて、中の惨状に悲鳴をあげた。
「時任さん、どうしたんですか? ―――って、カレン、これは何事かしら?」
時任に続いて御幸がやって来て、スタジオ内の様子をぐるりと見まわし、ため息混じりに聞いて来た。
「馬鹿が汚い手でアタシに触ろうとしてきたから、ちょっとすっ転ばしてやっただけよ」
「貴方ねぇ……」
「神代さん!」
御幸は頭痛を堪えるように眉間を揉み、時任は地面に転がる馬鹿を見て顔を青くしている。
「御幸様、カレンさんは自衛しただけ、この惨状の原因はそこに転がっている下種です」
御幸が何か言おうとしたけど、梓さんがそれを止める。
「……どういう事?」
梓さんはここの給湯室でお茶の準備をしている時に馬鹿の悪評を本来のスタッフから聞いたらしく、スタジオに無線マイクを設置し、中の様子をずっと聞いていたって言うじゃない。
流石、梓さんね。
「神代さん、本当なんですか?」
「知らん! 出まかせだ!」
梓さんから話を聞いた時任が馬鹿に詰め寄るが、馬鹿はやっぱり往生際が悪いわね。
「お前! こんな事してタダで済むと思うなよ! 訴えてやるからな!」
馬鹿が喚き散らし、時任はどちらの言い分を信じるべきか分からずオロオロしてるだけ。
御幸達は当然、梓さんを全面的に信用しているから、馬鹿とその一味を厳しい表情で睨みつける。
「時任! お前の責任だからな! スタッフの治療費も、破損した機材の請求もするし、お前のとこの仕事は今後一切受けないから、そのつもりでいろよ!」
「そ、そんな……」
「あーあ、お前終わりだよ。絶対クビだし、この企画がポシャッたら特別号どうなんのかなぁ? 損害賠償ものかもな!」
アタシにヤラレた鬱憤晴らしのつもりか、青くなる時任をネチネチといびり続ける。
アタシはこういう抵抗できない相手を嬲るようなヤツが一番嫌いなのよ! もう二、三発食らわしてやろうかしら?
「気にする必要はありませんよ。時任さん」
アタシが馬鹿を黙らせようと一歩前へ踏み出そうとした時、梓さんが何かスティック状のモノを取り出した。
「さっきお話しした内容は、聞いていただけでなく、きちんと録音してありますから」
「え?」
「へ?」
時任と馬鹿が揃って間抜け面を晒す。
「有名カメラマンのスキャンダルです。貴方のような方ですから、怨みもたくさん買ってそうですし、きっと欲しい方は沢山居るのではないでしょうか?」
「あ、うぅ……」
馬鹿はぐぅの音も出ないようで、青い顔で呻いた。
「じゃあ、撮影出来るような状況でも無いでしょうから、帰りましょうか?」
「そうね。さっさと帰りましょう」
アタシが御幸に同意すると、御幸を先頭にゾロゾロとスタジオの出口に向かう。
馬鹿とその一味はあうあうと呻くだけで、意味のある言葉を話さない。
「ちょっと、時任!さっさとしなさい!置いてくわよ!」
展開について着ていなかった時任に声をかけてやる。
アイツはあのままここに居て、どうするつもりなのよ。
「え? あ、う?」
「さっさとする!」
「うえぁ! はいっ!」
「ま、待ってくれ!」
ようやくこっちに来ようとした時任を馬鹿がよびとめる。
「た、頼む。さっきの録音データは公表しないでくれ。いや、下さい。この通りです」
馬鹿は時任に向かって土下座して頼む。
「あんなものが世に出たらどうなるか……。僕の人生が終わってしまう。金なら言い値で払う。あのデータを買い取らせて下さい。どうか、どうかお願いします」
土下座する馬鹿と、それを気まずそうに眺める手下ども。
時任も少し怯んだ様子を見せたけど、目に力があるわね。これなら任せて大丈夫でしょう。
「神代さん、頭を上げて下さい」
時任の言葉に馬鹿が顔を輝かせる。
「謝罪するのも、頼むのも相手が違います。ウチも今回の事でどう対応するかはわかりませんが、音声データの所有権はカレンさんのお友達にあって、私に頭を下げられてもどうしようもありません」
馬鹿の表情が一瞬で凍りつく。
御幸達はもうスタジオを出て行っていたので、その視線はアタシの方を向く。
「アンタがどうなろうと、知った事じゃ無いわよ」
アタシはこれ以上、下らないやり取りに付き合う気なんて無いのよ。
仕事でも信用でも勝手に失ってなさいよ。自業自得でしょ?
アタシは時任を連れて御幸達の後を追ってスタジオを出た。
◇◇◇
後日、有名カメラマンのスキャンダルが発表され、そいつに関わったモデルや女優、タレントにまで飛び火する大騒ぎになっていたけど、アタシには何の関わりもないし、興味も無い事だわ。
雑誌の特別号はカメラマンを代えて撮影し直していたので、その騒ぎに関係なく、無事に発売された。
時任はスキャンダルを回避した功績で編集部を終わらずに済んだし、アタシも面倒な撮影に付き合わされた迷惑料込みの臨時収入を得た。
時任からモデル復帰の誘いが頻繁に来るようになったけど、アタシにその気はない。
鬼以外の迷惑事はゴメンなのよ。




