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真夜蒼月、幽界の門  作者: 今
第二章 決意
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2-19 甘く見てんじゃないわよ!

 翌日、龍二はホームで真言の代わりに家事をこなしながら、御幸からの連絡を待っていた。


 意外な話と言えば失礼だが、龍二は家事が出来る。

 それもいつかカレンが言っていたような意味で、だ。


 現在は綺麗になっている文化人類研究会の部室だが、あれを快適な場所にしたのは龍二だ。当初、標本や資料が雑然と詰め込まれた埃っぽい倉庫でしかなかったそこを、戦力にならない御幸を先に帰し、龍二一人で快適空間に改善したのだ。


 櫻澤(おうさわ)本家で育った御幸やカレンは梓のおかげで家事をやる必要が無く、そのスキルを身に着ける機会が無かったが、龍二は実家で育っており、将来各地に散って鬼と戦う事が決まっていたので、一人暮らしでも乱れた生活にならないよう、幼い頃から武術と同じように家事を厳しく叩きこまれていた。

 何より、龍二自身、家事が嫌いでは無い。


 家事は武術とは違う楽しさがあった。

 部屋を隅々までキレイにすると、清々しい気持ちになれるし、洗濯も意外と奥が深く、素材によって気を付けなければいけない事は無数にあり、衣類を傷めず、皺を付けず干すのもコツがいる。


 そして、料理だ。これは梓と真言が居るので披露する機会が無かったが、同じ料理でも食材の選択、味付けのアレンジ、火を通す時間、ちょっとしたひと手間、それぞれを工夫する事で無限の変化が楽しめる。何より、食べさせた相手から「美味い」と言って貰うと他にはない満足感を感じる。


 日曜日は真言を傷つけてしまい、真一とも微妙な空気になってしまった。その詫びというわけでも無いが、今回の件が片付き、御幸達が本家から戻ったら、仲間たちに腕を振るって見せるのも良いかもしれない。

 仲間が自分の料理を食べて笑顔になる様子を想像しつつ、龍二がダイニングテーブルを拭いていると、連絡待ちで立ち上げたままになっていたPCのディスプレイに、着信を告げるウィンドウがポップアップした。


 龍二は手を止め、PCの前に座ると、着信元は櫻澤本家になっていた。

 龍二は迷わずビデオ通話で応答を選択する。


「お疲れ様」

「ああ、お疲れ」


 画面に現れたのは少し疲れた顔をした御幸だった。


「大変な事になっているみたいね」

「まだ何とも言えん。そっちの方が大変そうに見えるが?」

「そう見える?」


 龍二が言うと、御幸は画面の外に視線をやってから答える。


 背景を見れば、御幸が本家の通信室の一角で通話している事が分かる。つまり、画面の外には監視要員が居る、という事だろう。


「カレンはどうしてる?」

「居るわよ。梓さんもね」


 御幸が体をずらすと、少し離れた場所でオフィスチェアに踏ん反りかえって座り、くるくる回っているカレンと、御幸の背後に控える梓が見えた。


「こっちは予想通りの展開よ。細かい事をネチネチ、ネチネチやって来るだけ。どうせ結論なんて初めから用意してんでしょうに、時間の無駄よ」


 監視があろうと好き勝手に振舞うカレンに、御幸は額を押さえて頭痛を堪えている。


「それはそうと、アンタ、何でエプロンなんてしてんのよ?」


 カレンは椅子を回すのを止め、椅子の足に付いたコロを使って、PC画面に近づいて来る。


「ホームの掃除中だっただけだ」

「アンタ、御幸だったからいいけど、本家のスタッフだったらどうするつもりよ」

「? 別に構わんだろ?」

「アンタの容姿でエプロンなんて似合わないのよ! 大体、何よそれ、見たことないわよ! まさか自分専用?」


 カレンは今回の査問で一番攻撃されている筈なのに、いつも通りで安心する。


「龍二さん。お掃除ありがとうございます。でも、何故、龍二さんが掃除を? 真言さんはどうしたのですか?」


 画面の中で梓が頭を下げ、当然の疑問を口にする。


 真言を可愛がっていた梓には言い難い事だが、言わないわけにはいかないだろう。


「実は昨夜、鬼が関わっているかもしれない病気の対処について、夕凪(ゆうなぎ)と揉めてしまいまして、チームを抜けると言ってホームを飛び出して行ってしまったんですよ」

「それは……」

「俺の言い方が良くなかったのでしょう。この件が片付いた後、話せば解るとは思うのですが……。こんな事になって、申し訳無い」


 龍二は画面の向こうの梓に向かって、頭を下げる。


「まあ、それについても聞きたいけど、取りあえずは一通り話してくれる?」

「ああ」


 御幸に(うなが)されて、龍二は一旦頭を上げ、鬼の関与が疑われる件の詳細と居残り組の現状を報告する。


「そう、そんな事になってるのね。タイミングが悪いというか、何と言うか……」


 全てを聞き終えた御幸は額を押さえて(うめ)く。


 チームの責任者である御幸に対する査問もカレンよりはマシにしても、優しいものでは無いだろう。

 反感を買う事を(いと)わないカレンを庇いつつ、自らの弁護もし、居残り組までゴタゴタしていると聞けば、頭痛や胃痛がしても無理ないだろう。


「すまんな」

「龍二の言い方がマズかったのは確かだけど、判断自体は私も同意するわ。あの二人を関わらせるには、不明な事が多すぎる。その場で動かなかったのは正解だと思うわ」

「ああ、鬼の関与の有無について確認するにしても、威力偵察のつもりで当たらなければ危険かもしれん。あの二人では経験が足りな過ぎる」

「そうね」


 御幸は伝え方こそ失敗したが、龍二の判断そのものは支持している。

 起こってしまった事は仕方ない。この後、どうするかが肝心だ。


「査問会はまだ続くのか?」

「ええ、詳しい予定は教えて貰えないけれど、まだ私と梓さんに対する報告内容の確認が終わっただけよ。カレンはそれすら終わっていないわ。現場に居なかった私と違って確認事項が多いから仕方が無いのだけど、ね」

「そうか。お前と梓さんだけ、一時的にでもこちらに戻る事は出来ないのか?」


 龍二の提案に御幸は画面の外に視線をやる。会話の内容を聞いている監視員に目で(たず)ねたのだろうが、答えはNO。眉尻を下げた御幸が首を横に振る。


「ダメみたい。この通信もスタッフの立ち合いがあるくらいだし、外部との接触を断って、私達にプレッシャーをかけたいみたい」


 よほど陰険にやられているのだろう。

 御幸も思わず本音が出てしまう。


「では、御幸から要請して、援軍を寄越して貰う事は出来るか?」

「ええ、それは可能よ。チームの責任者としての権限までは制限されていないから」


 御幸達が戻って来れない以上、そうするしか手は無い。

 流石に、ここで応援要請まで()ねる事は出来ないだろう。そんな事をすれば、鬼の討伐を生業にしている者としての存在意義に係わる問題になってしまう。


「ただ、要請してもそちらに援軍が着くのが何時になるか……」

「それは仕方が無いだろう。それまでは、眠り病に関する情報収集に努めて、援軍到着と同時に動けるように準備を進めておけばいい」

「そうね」


 方針は決まった。

 相談していた二人はそう思い、通話を終えようとする。

 が―――


「アンタらさぁ、そんな悠長な事、言ってていいの?」


 暇なのか、椅子に逆座りし、背もたれを抱えてくるくる回ったまま、カレンが不吉な事を言い始める。


「どういう事?」


 御幸は振り返り、カレンに問う。


「だーかーらー、アイツ等放っといて、そんな悠長な事やってて良いのかって言ってんの」

「真一と夕凪の事か? 放っておくも何も、あいつ等はこの件に関わらせない事に決めただろ」

「それはアンタと御幸の間だけの話でしょ?」


 それを聞いて、龍二は眉根を寄せる。


 思えば、カレンの組んだ訓練メニューはスパルタと言ってもいい内容だった。まさか、ここでも真一を実戦投入させろ、と言うつもりだろうか?

 流石にそれは認められない。これは訓練では無いのだ。

 死ぬ事だって珍しくない実戦に、一週間とはいえ面倒を見た後輩を実力が不十分なまま、連れて行く事は許容出来ない話だ。


「お前、あいつ等を連れて行くべきだと言うのか?」

「バッカじゃなの! そんな事言うわけないじゃない! ただでさえ戦力に不安があんのよ? 足手纏い連れてってどうすんのよ!」


 カレンは椅子と止め、勢い良く立ち上がりながら叫んだ。


 どうやら、龍二の早とちりだったようだ。

 では、何だと言うのだろう。


「アンタ等、アイツの事、甘く見てんじゃないの?」

「「?」」


 御幸も言っている意味が解らないようで、画面越しに龍二と顔を見合わせる。


「ええ、お二人は高坂さんだけで無く、真言さんの事も甘くみているようですね」


 梓にはカレンが言いたい事が解っているようで、カレンに同意する。


「どういう事? 梓さんは解っているの?」

「甘く見ているとはどういう事だ?」


 カレンは腕を組み、胸を逸らして御幸と龍二を見下ろすような恰好で言い放つ。


「アイツ等が大人しく引っ込んでるはず無いでしょ! 絶対に勝手に動いてるに決まってるわよ!」

「え?」

「なっ」


 御幸と龍二はそれぞれ声を詰まらせる。


「だ、だが、あいつ等二人で何が出来る?」


 そう、戦闘に関しても素人に毛が生えた程度の二人だが、それ以外の事に至ってはただの高校一年の男子と中学三年の女子でしかない。

 龍二だって、直接的な戦闘以外については本家の力を借りざるを得ないのに、真一達に何が出来ると言うのだろう。


「何でもやるわよ」


 カレンの答えは斜め上を行く。


「は?」

「だから、何でもやるわよ。眠り病の事が知りたければ、知ってそうな奴に聞きに行くだろうし、病院が分かれば忍び込むくらいやるわよ。アイツなら」

「はい、真言さんの友人が被害者であるなら、彼女もそうでしょう。いえ、この件に関しては彼女の方が無茶をするでしょうね」

「む、無茶って……」

「一人でもやる、という事です」


 龍二と御幸は絶句する。


「だから、言ったでしょ! 『また何かあったら、絶対首突っ込むわよ』って! ちゃんと人の話は聞いときなさいよ!」


 確かに、本家に三人だけで行くと言った御幸に龍二が反対した時、カレンはそう言っていた。

 しかし、カレンに人の話をちゃんと聞け、とは言われたくない。


「じゃ、じゃあ、もしかして……」


 御幸は恐る恐る、カレンに尋ね、龍二は言葉も無い。


「そうね。揉めたのが昨日の夜の話だし、今日から動いてるんじゃない?」

「そう言えば、真一の奴は、夕凪の様子を見に行くからと訓練を休んでいる……」

「じゃあ、二人一緒に動いてんでしょ」

「そんな……」


 いつものように鼻を鳴らし、ふんぞり返るカレンと、何故か誇らしげな表情で、目を閉じて頷く梓を他所に、龍二は呆然とし、御幸は頭を抱える。


 実際は、この通話をしている時点で動いているどころか、被害者との面会が出来る状態にまで話は進んでいたのだが、流石の教育係二人もそこまでは予想する事は出来なかった。

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