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真夜蒼月、幽界の門  作者: 今
第二章 決意
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2-18 鬼の気配

「真言ちゃん!」


 スタッフステーション前の長椅子に真言と真一が並んで座ってから三十分と少し、エントランスの床を靴底で叩く音と共に、(ゆたか)の母親が駆けて来た。


「院内はお静かに! あと、走らないでください」

「あ、はい、すみません」


 スタッフステーションに詰めていた看護師さんから注意された恕の母親は謝り、走るのを止めるが、それでも気が急くのか、かなりの速足で二人の元にやって来た。


「真言ちゃん。病院から面会の許可を取り付けたって本当?」

「はい」

「実はね……私、恕と会っていないの……」

「はい」

「眠り続ける恕の姿を見るのが怖くて、現実と向き合う事から逃げていたの……」


 恕の母親は複雑な感情で顔を歪め、真言から顔を逸らして独白のように言う。


「私も、貴方みたいに、恕の回復を信じるべきだったわ。母親なんだもの。もし、恕が回復の見込みがなくても、信じて着いていてあげるべきだった……」


 顔を上げ、真言を真っすぐ見つめ、恕の母親は吹っ切れたように優しく微笑む。


「真言ちゃん。貴方が恕の友達で、よかった。まさか、土下座や病院の窓に梯子をかけようとするなんて、やり過ぎだけど、そこまで恕の事を思ってくれている貴方がいたから、私も恕に会う勇気が持てたわ。……ありがとう」

「はい……って、え?」

「本当に、本当に、ありがとう」


 恕の母親は真言の手を握り、涙まで浮かべてお礼を言い続けた。


 だが、真言は彼女が言った言葉の方が気になって仕方ない。

 土下座の件はいい。それはまだいいのだ。必死で頼んだ行為でしかないから、しかし、梯子は()()かけていない。確かに、断られたらやる覚悟だったが、それが非常識な行為だという自覚はある。

 だから、そのまだやってもいない非常識な行為を既にやった事で話が広がるのは勘弁して欲しかった。


八畑(やはた)さん、土下座も梯子も困ります。今回は()()()許可しただけですよ。毎回こんな事しませんからね」


 スタッフステーションから師長さんがやって来て、恕の母親の言葉に釘を刺す。ただ、その口元には苦笑が浮かんでいたので、言葉程、印象はきつく無い。


「あの、梯子の話って……」

「え? ああ、どうして許可が出たんですか、って聞かれたから、娘さんのお友達が窓に梯子をかけてでも面会しようとするので、って答えたのよ」

「それって、既にかけようとした後のように聞こえますけど!」

「ああ、そういう風にも聞こえるわね」

「聞こえるわねって……」


 師長さんはカッコいいだけで無く、お茶目な人でもあるようだった。


「まあ、いいじゃない。断られたらやるつもりだったんでしょ? 貴方」


 師長さんの言葉に、真言は口をへの字にして黙る。


 恕の母親の誤解は落ち着いてから解けばいいか、と気持ちを切り替えて、未だに真言の手を握っている恕の母親を宥めにかかる。


 その様子を目を細めて見ていた師長さんは真一の方を見ると、何かの用紙を挟んだバインダーを差し出した。


「はい、これ書いてね」

「何ですか、これ?」

「面会前のチェックよ。病気してないかとか、そういうやつよ」

「ああ」


 真一は三人分の用紙とボールペン、バインダーを受け取った。


「書けたらスタッフステーションに持って来て」

「はい」


 真一は自分の分を手早く書くと、真言と一応落ち着きを取り戻した恕の母親に用紙を渡す。


 チェック項目は最近病気をしたか、とか、現在の体調を問うものがほとんどで、特に迷う要素が無いので二人もすぐに書き終わり、三人でスタッフステーションに提出した。


「うん、うん、うん、特に問題無し、ね。じゃあ、これ付けて、手指の消毒をしてちょうだい」


 三人は師長さんから受け取ったマスクを付け、ジェル状の消毒液で手指を入念に消毒する。


「じゃあ、行きましょうか」


 師長さん自ら立ち会ってくれるようで、三人は彼女について病室へ向かう。


「失礼します」


 患者は皆眠っているので、返事をする者は居ないが、師長さんはきちんとノックをしてから扉を開け、三人を部屋へと迎え入れた。


「八畑さんは右の列の窓際のベッドよ。短くて悪いけど、面会時間は十分でお願いね」

「はい、ありがとうございます」


 師長さんは入り口に立ったままで、俺達だけがベッドに近づく。


「恕……」

「恕ちゃん……」


 真言と恕の母親がベッドの横に立ち、恕の顔を覗きこむ。


 恕は眠り始めてまだ三日だからだろう、頬もふっくらしており、顔色も悪くない。本当に寝ているだけで、肩を揺すれば今にも目を覚ましそうだ。


 恕の母親はベッドの横に跪き、布団に仕舞われた手を外に出すと、両手でそっと握る。


「恕、真言ちゃんたちがお見舞いに来てくれたわよ。あんたが寝てばっかだから、心配してくれてんのよ。お母さんも、しん、ぱい、よ。恕、恕、お願い」


 恕の母親は恕の手を頬に当てたり、口づけたりしながら語りかけていたが、堪えきれずに涙を溢した。

 恕の手を握ったまま、祈るように額に押し当て、さめざめと泣く姿を見て、真言も口元を抑える。


 涙が零れそうになったが、ここに来た理由を思い出して堪える。


「先輩、どうですか?」


 ベッドには近づかず、一歩引いていた真一の方へ下がり、小声で尋ねた。


 しかし、真一からの返事が無い。


「? 先輩?」


 真言は不審に思って真一の方へ顔を向ける。


 病室に入り、恕の様子ばかり気にしていたので気づかなかったが、真一は険しい表情で眉根を寄せていた。


「先輩、どうしたんですか? まさか」

「ああ、これは鬼の仕業で間違いない」


 真一の言葉に真言はやっぱり、と思った。


 龍二に反発してホームを飛び出し、恕の母親に頭を下げ、師長さんに土下座をして、ようやくたどり着いた確定情報だ。自分は頭を下げただけだが、恕を救うために役に立てた事が嬉しかった。


 あとは、龍二に報告して、何とか動いてもらえるように頑張るだけだ。

 それが一番大変そうだが、鬼の仕業だと確定しているので、ひょっとしたら御幸達を呼び戻せるかもしれない。

 真言は希望で満ちた想像をするが、真一の様子がおかしい。


 目的を達したのに、表情が強張り、顔色も悪い。


「先輩?」

「鬼の仕業で間違いないんだが、これは残り香なんてものじゃない」

「え?」

「初めて鬼の気配を探る俺がはっきりわかるくらいに濃い気配が漂っているだ。……間違いなく、ここには、今現在も、真夜が展開してる」


 真言は真一の言葉に息を呑んだ。




◇◇◇




 月曜の夜、真言を追って真一がホームを飛び出して行ってから、龍二は櫻澤(おうわさ)本家へ電話をした。

 御幸に現状を報告し、今後の対応を協議する為だ。


 しかし、電話口に出た担当者に御幸への取次ぎを拒否された。


 査問期間中であり、外部との接触はさせられない、というのがその理由だ。

 勿論、龍二は鬼の関与が懸念される事態が発生しており、即時の取次ぎを要求したが、これに対する回答は「即時の応対は出来ない、明日、こちらから連絡をするので、それまでは現場の判断に任せる」といった物だった。


 現状戦力では未知の鬼に対して心許ない事も加えて主張したが、全くの徒労に終わった。

 龍二にはその決定を覆すだけの力が無く、大人しく明日を待つしかなかった。


 真言の(いきどお)りはよく分かる。

 龍二も守りたいものの為に戦っているのだから、当然だ。


 しかし、真言に言った事も本当だ。


 バックアップが期待できない今、最悪の事態を想定して動かなければならない。

 自分一人の事ならいい。だが、チームに入ったばかりの、ひよっこの二人をそんなリスクの高い場所へ連れていけるはずが無い。


 二人の訓練を監督するようになってから、まだ一週間しか経っていないが、二人は龍二にとって可愛い後輩なのだ。


 真一は弱音や文句を言う事も多いが、何だかんだ言いつつ、命じられた訓練メニューを(こな)して来た。

 正直、カレンの組んだ訓練メニューは龍二でさえ眉を(ひそ)めるもので、これでは一日で潰れてしまい、翌日は使い物にならないと思っていた。

 それなのに、休む事無く続けている。


 治癒の力による超常の超回復のおかげもあるだろう。だが、それは肉体的な回復の話だ。カレンはその回復を見込んで、日々、負荷が増えるようにメニューを組んでいる。これではいつまで経っても楽にはならない。


 そして、楽にならない訓練は成果を感じさせず、心を折る。


 カレンから言われていたので、龍二もそのやり方に(なら)ったが、真一が折れたらカレンには悪いが、龍二のやり方でやるつもりだった。

 しかし、真一は一向に折れなかった。


 それは自覚は無くとも、確実に力になっている。これから成長を続けて行けば、どれだけ伸びるのか龍二も楽しみになって来た所だ。


 そして、真言だ。

 正直、龍二は初め、真言のチーム入りには反対だった。理由は御幸と同じで、一般人を鬼との戦いに巻き込むのは違うと思っていたからだ。その考えは今でも変わらない。


 ただ、真言は自ら言った通り、梓と共にメンバーのサポートを十分に果たしてみせた。

 本人のやる気も十分だ。


 訓練内容を見れば解るが、梓はゆくゆくは御幸に代わって戦闘時に無線で仲間を繋ぐ役目を真言に任せる気でいるようだ。

 そうなれば、御幸が戦闘に集中出来る様になり、チームの戦力は飛躍的に上がるに違いない。


 そんな将来に期待させる二人を、こんな不完全な状態で前線に出すわけにはいかない。


 今回、恨まれる事になろうとも、龍二は二人をこの件に関わらせるつもりは無かった。


 ただ、真言の友人に限らず、眠り病が鬼の仕業であったなら、龍二は見逃すつもりは無い。

 最悪、自分一人で対処する事になろうとも、だ。


 それを伝える前に二人はホームを出て行ってしまったが、龍二はこれはこれで良かったと思っていた。

 龍二が動いている事を知らなければ、情報を共有する必要も無い。素人に毛が生えた程度の二人が独力で鬼に辿りつける筈も無く、二人を関わらせないつもりの龍二には都合が良い。


 しかし、龍二も自殺志願者では無い。

 まずは櫻澤本家に居る御幸と協議してからだ。


 明日には御幸と連絡がつく。

 それを待って、龍二は動くつもりだった。

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