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真夜蒼月、幽界の門  作者: 今
第二章 決意
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2-15 新たな決意

 食事の間は、真言が休むと言いつつホームに顔を出した理由については触れず、今日の訓練で龍二から言われた衝撃発言の事や、豊ヶ原(とよがはら)高校のプレハブ校舎についての愚痴等、雑談の類に終始した。


 そして、食後のお茶の時間が訪れると、真言は真剣な表情になり、次のように切り出した。


「結城さんと先輩は『眠り病』って知ってますか?」


 真言は龍二と真一に土曜の夜から始まった親友に関する事の全て、勿論、チームを抜けるか悩んでいる事に関しては伏せているが、それ以外の事は全て、話した。


「私には今回の眠り病が鬼の仕業に思えるんです。根拠は(ゆたか)が眠る前に言った『空が暗い』っていう言葉だけです。それにしたって、その時の恕の姿はそこに居た全員が見ていて、真夜(しんや)に引きずり込まれた様子もありません。でも」


 真言は言葉を詰まらせる。


 根拠は恕の言葉、などと言っているが、実際は自分の勘、と言った方が正しいだろう。

 自分でも根拠の無い話をしているのは十分に解っているのだ。


夕凪(ゆうなぎ)、その友達は病院に入院しているのか?」

「はい。家族しか面会出来ないらしくて、どこの病院に居るのかまでは分かりませんが、救急車で運ばれていますから」

「そうか」


 龍二は真言の答えを聞くと、腕を組み、目を閉じて沈黙した。


「あの、さ。恥ずかしながら、俺は学校で孤立してるし、家にテレビも無いから、その眠り病? っていうのに詳しくないんだけど、どんな病気なの?」


 沈黙してしまった龍二に代わり、真一が真言に質問する。


「はい、私も恕の事があって京子と、いろいろ調べてみたんですけど、科学的な根拠のある話は多くなかったです。今、確実に言えるのは『患者は眠り続け、目を覚ました者は一人も居ない』『豊野(とよの)市内のみで流行っている』『原因、感染の有無、治療法は全て不明』です」

「それは、一般で言う睡眠障害とは違うの? 寝てるだけで亡くなった人は居ないの?」

「亡くなった人はまだ出ていません。でも、人ってずっと寝てて生きていけるんでしょうか?」


 それは確かにそうだ。

 植物状態でも人を生かす事は出来る医療技術はあるだろう。だが、それは機械や人の介護があってこその話だ。その状態をずっと継続していけば、自力では生きていけない体になってしまうのではないか。


「それで、ずっと寝てしまう睡眠障害ですけど、実は調べてみたらあったんです『眠れる森の美女症候群』って、正式名称は難しくって覚えてないんですけど、何日も眠り続けてしまう奇病が。これも確実な原因も治療法も分からない病気なんです」

「じゃあ、それじゃないの?」

「いえ、この病気は世界でもごく少数の症例しかなくて、こんなに小さな範囲で、噂になるほどの人数がかかる病気じゃないんですよ」

「う~ん」


 真一は判断が出来ず、唸ってしまう。


 正直、鬼だったら何でもありな気もするが、龍二が何も言わないのでは、真一のような経験の浅い越境者にはお手上げである。


 真一としては本当に鬼の仕業であれば、なんとしても真言の友達を含めた眠り病の患者を救いたいという思いはあった。

 しかし、今回の件は鬼の仕業と断定する根拠が薄い上、患者は生きている。

 真一も真言も、過去の鬼の事件についてはそれなりに勉強している。それらの事例から考えて、鬼が人を襲いながらもわざわざ生かしておいた事例は皆無だ。


「せめて、鬼の仕業かどうか、分かる方法があればいいんだけど……」


 考えても、今ある情報だけでは判断が出来ない。

 正直に言って、どちらかと言うと鬼の仕業では無い可能性の方が高いと言える。


 そんな思いから、出た真一の呟きに、それまで黙っていた龍二が口を開いた。


「あるぞ。鬼の仕業かどうか分かる方法なら」

「え?」

「あるんですか?」


 そんな方法があるなら、悩む必要などないではないか。


 そんな思いで真言は龍二に詰め寄った。


「だったら、だったらお願いします。確認してください。それで、もし鬼の仕業だったら、恕ちゃんを助けて下さい。お願いします」


 真言は龍二に頭を下げ、頼む。

 だが、龍二は腕を組み、目を閉じたままだ。


 頭を下げたままの真言と、黙ったままの龍二。


「結城先輩?」


 真一は龍二の名を呼んだ。


「俺たち越境者は鬼の気配を肌で感じる事に長ける。それは真夜での経験が、俺たちの本能に刻まれ、鋭敏になった越境者の感覚がそれを捕らえるからだ。そして、その鬼の気配が濃厚に溶ける真夜の空気に至っては、現世に居てさえ感じられる。だから、越境者は鬼を追う事が出来る」


 先月の件で初めて鬼や真夜と関わった真一には、その感覚が理解出来なかったが、経験豊富な龍二が言う事なので、間違いないだろう。


「今回の件が鬼の仕業であったなら、方法は分からないが、被害者は眠りに落ちる前に鬼、若しくは真夜に接触しているはずだ。現在もそうであるかは分からないが、最近の被害者であれば、残り香くらいは感じられるだろう」

「ゆ、恕は、土曜の夕方に眠り病で倒れました!」

「丸二日か……微妙なところだが、明確に断定出来なくとも、違和感くらいは感じるだろう」


 龍二の言葉に、真言と真一は喜色を浮かべ、顔を見合わせる。


「だったら―――」

「ダメだ」


 勢い込む真一の言葉を最後まで言わせず、龍二は強い口調で遮った。


「な、何でですか!」


 気勢を制された真一は龍二に食って掛かる。


「鬼の仕業かわかるんですよね? 鬼の仕業じゃなかったら、俺達にはどうしようもありませんけど、もし、鬼の仕業だったら、逆に俺達にしか対処できないじゃないですか!」

「未知の相手に対処するには戦力が足りない」


 身を乗り出す真一に対して、全く動じることなく、先ほどまでと全く同じ姿勢で、静かに龍二は言う。


「鬼の仕業と仮定して話すが、今回、まず鬼が被害者を襲った方法が不明だ。現在も目を覚まさないという点も気になる。通常、鬼は獲物を真夜に引きずり込み、そこで喰らった後は真夜内に放置する。真夜に取り残された遺体が真夜が解かれた後、どうなるかは分かっていない。だが、現世で発見された事は一度として無い。今回のように鬼に襲われながら真夜に引きずり込まれる事無く、生きたまま現世に居る、などという事は異常なんだ」

「そりゃあ、分からない事も多いですけど、確かめるくらいは……」


 それでも食い下がる真一に、龍二は閉じていた目を開き、じろりと睨む。


「鬼を舐めるな」


 大声でも、激しい言葉でも無いが、その眼力と重い口調に真一は黙らされる。


「確認に行った先で、俺たちも眠り病患者と同じ状況にならないと言い切れるか? 俺たちが倒れた後、御幸達が帰って来て、三人で対処出来るか?」

「カ、カレンなら……」

「カレンの物理的な戦闘力は圧倒的だ。歴代の越境者の中でも一、二を争うだろう。―――だが、相手が正面から当たるとは限らない。姿も見せず、こちらの手の届かない場所から一方的に攻撃されるかもしれん。カレンであっても、無敵というわけでは無い。未知の敵を相手取る事を甘く考えるな」


 全くもって正しい。


 真一は反論する言葉を持たなかった。

 少し体は出来てきたが、自らの力で事態をどうこう出来ると過信はしない。結局、現段階で戦闘になれば、チームの先輩を頼るしかないのだ。


 真一は己の無力に悔しそうに顔を歪め、下を向く。


「だったら、どうするんですか? ……恕ちゃんの事、見捨てるんですか?」

「真言ちゃん……」


 龍二と真一のやり取りを黙って見ていた真言が絞り出すように言葉を紡ぐ。


「櫻澤本家が先輩より校舎の事を大事にしたみたいに、恕ちゃんも見捨てるのが正解なんですか? だったら、私はチームを抜けます! チームに居ても恕ちゃんが助けられないなら、鬼に襲われた人を見捨てなきゃいけないなら! そんなチームに居ても、意味ないですから!」


 先日は思いを寄せる相手を建造物と天秤に乗せられ、今回は幼い頃からの大親友を救わない選択をする。

 真言は自分が憧れた物語の中の存在を投影したチームの仲間が、らしからぬ発言をする事で感じていた不満が爆発した。


 結果、チームを抜ける事も考えていた為、咄嗟に極端な選択をしてしまった。


「失礼します!」

「真言ちゃん!」


 真言は乱暴に荷物を掴むと、椅子を倒しそうな勢いで立ち上がり、リビングを出る。

 後ろから真一が真言を呼ぶ声が聞こえたが、振り返る事もせず、玄関の扉を乱暴に閉め、真一の声を断ち切る。

 エレベーターのボタンを押すが、箱が到着すのを待てず、涙を拭いながら、階段を駆け下りる。


 裏切られた気がした。

 真一と違って、真言はチームを正義の味方のように捉えている所があった。


 フィクションの世界が好きな真言だったが、自分は現実とフィクションを混同しない、と思っていた。

 現実は空想の世界のように夢で溢れていないし、自分に都合のいい事なんてそうそう無い。劇的な事は起こらないし、物事は順当な結末が訪れる。ずっとそう信じていた。

 だが、突然それまでの常識に無い事態に巻き込まれて、そこでフィクションの登場人物のような人たちに会った。


 だから、御幸達が櫻澤本家に出頭命令を受けた理由がショックだった。

 そして、その理由を受け入れざるを得ないチームの先輩たちが可哀想だと思った。

 彼らも納得していない方針に従わされているだけだと思っていた。


 しかし、龍二は真言の友人を、恕を見捨てる判断をした。


 確かに、先週、出頭命令を受けた事を聞いた場で、そういった判断をした事があると聞いてはいた。

 だが、目の前で、それも真言の友人を切り捨てる判断を見せられると、その時とは比べものにならないショックが、聞いた事の現実を強烈に真言に実感させた。


 真言は溢れて止まらない涙を拭いながら、必死で走った。


 そして、前も見ずに走る真言は、何も無い道で(つまず)き、手をつく事も出来ずに転んだ。

 こんな見事に転んだ事は子供の時でも無い。

 

「痛っ―――」


 起き上がろうと手をつき、身を起こした真言は、手と膝に痛みを感じて動きを止める。

 痛みを感じる部分を見れば、右膝と右手の小指から手首にかけてを擦り剥き、血が出ていた。


「もう、嫌だ……」


 真言は立ち上がる事を止め、その場でへたり込む。

 乾いたアスファルトに涙が次から次へと零れ落ち、濡らしていく。


 しゃっくりをあげながら、黙って小さな水滴が零れるのを眺めていると、後ろから、誰かが走って来る足音が聞こえて来た。


「真言ちゃん!」


 真言はのろのろと顔を上げて振り向く。


「うっく、せん、ぱぁい……ひっう」


 涙で顔をぐちゃぐちゃにして、地面にへたり込む真言の姿を見て、真一は慌てて駆け寄った。


「うわっ、血が出てるじゃないか!」


 盛大な泣き顔のインパクトが強く、すぐには気が付かなかったが、近付けば右手、右膝を擦り剥いているのはすぐにわかった。


 真一は顔を(しか)めて、しゃがみ込み、傷の様子を見る。

 どうやら、表面を擦り剥いただけのようで、消毒して絆創膏でも貼っておけば大丈夫だろう。取りあえず手当てが出来る場所へ行く為に、真言を立たせようとする。


「せん、ぱい……恕、ちゃん、どう、なっちゃうんでしょう? もし、鬼、の仕業だったら、もう、目が覚めない、んですか?」


 手を取って、立たせようとする真一に、真言は答えられない質問をする。

 真一を見る目は、否定して欲しがっているような、(すが)りつくような弱々しいものだった。


 そんな真言を見て、真一は胸が締め付けられる思いがした。


 真一自身、龍二の決定に心から納得出来なかった。言っている事は分かるが、感情が反発する。

 そして、真一があの日、真言を助けようとしたのは、チームに入ろうと思ったのは、こんな理不尽を拒絶する為だったはずだ。

 それに、先日、真言の事を妹分として扱うと決めたのだ。真一は守るべき相手が理不尽に泣いている時に見捨てる事は決してしない。


 真一はこの時、理性より感情を優先する事を決めた。


「確かめよう」

「え?」


 真言を立たせようと掴んでいた手に力を込め、真一は言う。


「真言ちゃんの友達を眠り病にしたのが、鬼の仕業かどうか俺達で確かめるんだ。俺じゃあ鬼に勝てないかもしれない。でも、今回の件が鬼の仕業かどうか確かめる事だったら出来るはずだ」


 真一は真っすぐ真言の目を見て続ける。


「鬼の気配だって何時までも残ってないんだ。確かめるなら今しかない。戦力を整えて、それから動くなんて遅すぎる。今はまだ、寝てるだけだって、いつまでもそうとは限らない。被害者が居る以上、動くなら早くしないとダメだ」


 真言の目が驚きで開かれる。

 こんな風に言って貰えるとは思っていなかった。


「やろう。俺じゃ頼りないだろうけど、最低でも原因を突き止めるくらいはしてみせるから」

「せ~ん、ぱ~い」


 真言は真一に抱き着いた。

 不安定な体勢でそんな事をすれば、どうなるかは分かり切っている。


 真一は真言をしがみ付かせたまま、後ろにひっくり返る。

 しゃがみ込んでいたおかげで、それ程の衝撃は無かったが、二人して道で倒れ込む事になった。


「せんぱいせんぱいせんぱい、せんぱい!」


 真言の顔が埋められた右の肩が、真言の涙で濡れるのを感じながら、真一は真言の頭を撫で、気が済むまで好きにさせる事にした。


 泣いてる女の子を慰めるのは慣れている。

 だが、妹を失った時には、再びこんな風にする事があるとは思っていなかった。


 真一は自分が無茶な事をしようとしている事は分かっていたが、それでも止めるつもりは無かった。

 一度は失いかけ、一度は捨てた命だ。

 逃れようが無くなるその瞬間まで、目の前で起こる理不尽に抗い続けてみようじゃないか。


 そう真一は心に決めたのだった。

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