2-13 病の原因
遊歩道へは裏門から出た方が近いので、校舎をぐるりと回り込み、裏門を出て、遊歩道へと続く急な坂を下る。
遊歩道に入ると、緑に囲まれた道の端にベンチが点在していた。
四人は道沿いのベンチを避け、周囲から一段高くなっている東屋に入る。
「で、話すのはいいけど、具体的に何が聞きたいわけ?」
四人でベンチに腰を降ろすと、さっさと済ませたいとばかりに新山は本題へと入った。
新山の言葉に、真言と京子は顔を見合わせる。話を聞こうと言っていた二人だったが、具体的に何を聞くかは決めていなかった。
「取りあえず、部活が終わった所から順を追って話してもらえる? 質問があればその都度聞くわ」
京子がそう言うと、新山は顔を顰め、ショートの髪をがしがしと掻いてから、話し出した。
「あたしらは部活が終わった後、よくコンビニで買い食いするんだ。何せ、練習がハードだからな。家まで持たないんだよ。で、あの日もそうだった。二、三年ごちゃ混ぜで、恕とあたしも含めて、いつも帰りが一緒になる五人で、ほら、あそこ、スーツ売ってるデカい店の隣にあるコンビニ、あそこに寄ったんだ」
「部活の練習中とか、帰り道で恕の様子がおかしいとかは無かったの?」
「あ? うーん、練習中、ずっと見てたわけじゃないけど、あたしが見てる範囲ではいつも通りだった。スパイクもバンバン決めてたし、調子が悪いって風には見えなかったな。帰りもそう。いつも話の中心に恕がいるから、調子悪そうだったらすぐに誰かが気づくって。河合はどう思う? あの日、恕って調子悪そうだったか?」
新山が河合に話を振ると、河合は首を横に振って答える。
「ううん。新山の言う通り、むしろ調子は良さそうだったよ」
「だよな」
二人が二人共そう言うのなら、間違いないだろう。
「ありがとう。続けて貰ってもいい?」
「ああ、で、コンビニ入って、それぞれ菓子パンだのカップ麺だのを買って、外で食ってたんだ。あたしら声がでかくて、何回も注意されてっから、あそこのコンビニの飲食スペース使わせて貰えないんだわ。だから、外で車止めとかに座って食ってたんだけど、急に恕があたしにもたれ掛かって来たんだ。あたしは最初、あいつがふざけてんのかと思ったんだけど、揺すろうが叩こうが起きねぇの。で、息はしてるけど、これはおかしいって話になって店に頼んで救急車呼んで貰ったってわけ」
「恕は何を食べてたの?」
「あいつはいつもビッグ焼きそばだよ。馬鹿みたいにでかくて安いカップ焼きそば」
背が高くて、人より運動量の多い恕は大食いで有名だ。
真言や京子は恕と一緒に食事に行くと、恕が食べているのを見るだけでいつもお腹が一杯になった気がしていた。一時期は恕ダイエットなんて言って、真言と京子は笑い合ったものだ。
部活中も、帰り道でも調子は悪くなさそうだった、コンビニで買い食いした物も、いつもと変わりない。
では何故、恕は眠り病で倒れたのか、一緒に居た他の四人は平気だったのに、何故、恕だけが。
「そういえば、どうして恕ちゃんが眠り病だってわかったの? 京子ちゃんが河合さんから聞いた時間からして、すぐに分かったんだよね?」
真言は取りあえず、気になった事を聞いてみる。
恕たちは五時に部活を終えて学校を出ている。コンビニには十分もあれば着くだろう。そして、買い物をして、食べる。
恕はいつも五時半過ぎには家に帰っていたと母親が言うのだから、買い食いと言ってもいつも長居はしていなかったのだろう。
そうすると、京子がバレー部の友達である河合から恕の事を聞いた六時半頃まで、約一時間の間に恕は眠り病と診断された上、現場に居なかった河合の所まで連絡が回っていた事になる。
河合に連絡したのは誰か? 当然、バレー部員で、その場に居た誰かだろう。
つまり、恕にはその場で眠り病と判断される何かがあったはずだ。病院で診察しての診断であれば、家族でも無いバレー部員に病名を明かしたりはしないはずだ。
「ああ、救急隊員がそう言ってたのを聞いたんだよ。まあ、間違ってなかっただろ?」
「良かったわね、間違ってなくて。誤情報だったら問題よ。その行動」
「あたしが言いふらしたみたいに言うんじゃねえよ!」
「あら、違ったの?」
「違げぇよ!」
話している間は落ち着いていた二人だが、また言い合いが始まってしまった。
「ちょ、ちょっと、二人共止めてよ。夕凪さんも止めて」
河合が二人の間に入るが、真言は口元に手を当て、思案顔で聞いていない。
「真言?」
それに気が付いた京子が声をかけ、新山も真言の様子が違う事に気づき、口を噤んだ。
「あの、新山さん」
「な、何?」
真言は口元から手を離し、新山の方を見て質問する。
「救急隊員の人は、どうして恕が眠り病だって判断したの?」
「え? そりゃあ、揺すっても叩いても起きないからだろ?」
「でも、それって意識不明とは言うけど、眠り病とは言わないよね?」
真言の言葉に、三人ははっとする。
「で、でも、確かに救急隊員は眠り病って言ったんだ。あたしだけが聞いた訳じゃないよ。他の連中だってそう言ってた」
「全員が聞き間違えるはずないわよね?」
「当たり前! バカにしてんのか?」
「確認よ」
今度は喧嘩というより、二人共興奮しているだけのようなので、河合も止めに入らず、自分なりに考えているようだ。しきりに首を傾げてうんうん言っている。
「あ、そう言えば!」
「え? 何? 何か心当たりがあったの?」
急にひらめいた新山に、京子が詰め寄る。
「あたしはその時、他のやつと話してたから、よく聞いてなかったんだけど、恕があたしにもたれ掛かって来る前に『空が暗い』って言ってたんだと」
「空が暗い?」
「ああ、空が暗い、こんな時間なのにおかしいって言ってたらしい。きっと、その時から目だか意識だかがおかしくなってたんじゃないかって言ってわ」
「じゃあ、その症状が眠り病の判断基準?」
「それは知らんけど、そうかもな」
三人は救急隊が恕を眠り病と診断したのは、それが判断材料だったんじゃないか、と話しているが、真言はそんな事より、大変な事に気づいてしまった。
午後五時過ぎ、暗くなるには早すぎる時間だ。
そんな時間に暗くなるのはどうしてだ? その答えを、真言は一つしか知らない。
だが―――
「新山さん」
「ん?」
「その時、その場にいた他のみんなは空が暗く見えなかったの? あと、恕ちゃんは急に居なくなったりしなかった?」
「はぁ? あたしらも眠り病って疑ってんの? 全員、ちゃんと明るく見えてたよ! だから、おかしいって話になってんだろ? それに、恕が居なくならなかったかって? 居たよ、ずっと、あたしの横に! 寄っかかって来るくらいぴったりくっついてて、立ち上がったらすぐに気づくに決まってんだろ」
誰も恕を見失っていない。それなのに、恕には空が暗く見えていた。
「お、おい!」
「真言? 顔が真っ青よ!」
「大丈夫?」
訳が分からない。
突然、顔を真っ青にして、頭を抱えた真言を見て三人が騒ぎ出すが、真言はそれを遠い世界の事のように感じていた。
これは原因不明の奇病、眠り病の症状なのか?
それとも、鬼の仕業なのか?
恕の言っていた事は真夜を思い起こさせる。しかし、恕が真夜に引きずり込まれた様子は無い。
普通に考えれば、病気の所為で目がおかしくなったと考える。
だが、真夜を、鬼を知っている真言には、眠り病そのものが鬼の仕業に思えてならなかった。
根拠など無い。
強いて上げるなら、恕が見たと言った暗い空だが、それが真夜だとしたら、恕が現世から居なくなっていなければおかしい。
本当に、普通に考えれば、病気の所為なのだ。
だが、もし、これが鬼の仕業だとしたら、恕は病院では救えない。
真言は、心配する三人を他所に、この件を鬼の仕業として動く事を決めた。




