2-12 月曜日
月曜日の午後五時を過ぎ、部活を終えた生徒が三々五々に下校していく中、真言と京子は自分たちの教室でそれぞれ椅子を横に向け、窓の外を見ながら時間を潰していた。
日曜の内に、京子の友達のバレー部員を通して、恕が眠り病で倒れた現場に居合わせた部員を紹介して貰えるように渡りを付けておいた。相手は誰か聞いていないが、練習が終われば教室に来てくれるそうだ。
ちなみに、真言たちの通う、豊野市立崇化館中学校の女子バレー部は県内でも強豪校として知られており、特別に一時間延長しての練習が認められている。
だから、真言も京子も自らの部活後、こうしてバレー部の練習終了を待たなければならなかった。
部活後に荷物を教室まで取りに来る者は殆どいないので、校舎全体が静まり返り、外から聞こえる下校中の生徒の声ばかりが大きく聞こえる。
幼馴染三人の内、二人集まれば話題が尽きる事はなかったが、それは残りの一人が元気であればの話だ。教室に集まってから、二人の間に会話らしい会話は無い。
「……真言、昨日はごめんなさい」
沈黙に耐えかねたように、京子がぽつりと言う。
もしかしたら、京子の沈黙はこの一言を言い出し辛かった事も含めていたのかもしれない。
「ううん、私も同じ立場だったら、何でってなっちゃうと思うから。それに、昨日も謝って貰ったよ」
「そう?」
「そうだよ」
笑いかける真言に、京子は力無く微笑む。
「今日もサークル休ませてしまったわね」
「……実はね、サークルはしばらく休む事にしたの。……もしかしたら、そのまま辞めるかもしれない」
「え?」
京子は驚いた顔で真言に向き直る。
真言は横を向いたまま、京子の方を見ずに続ける。
「何かね、恕が眠り病で倒れたって知ってから、サークルの楽しいって気持ちとか、やる気みたいなものが急に萎んじゃったの。今日は、確かに恕の事を聞くために休んだんだけど、このまま気持ちが戻らなかったら、辞めちゃおうかなって思ってる」
真言は親にもまだ言っていない事を、京子に伝えた。
チームを抜ける話をしているのに、心が昨日程騒がない。心の天秤が親友の方に傾いているのを感じ、本当にもうダメかもしれない、と真言はこの時初めて実感した。
「……私のせい、よね」
「え?」
「私が昨日、責めたからでしょ? あの時は本当にごめんなさい。確かにそういう気持ちが無かったと言えば嘘になるけど、八つ当たりだって自覚してるの。あんなに楽しそうにしてたじゃない、辞めるなんて言わないで」
京子は真言の肩に手を置き、身を乗り出して語る。
真剣に真言の翻意を促す京子に、真言は驚いたような顔を向けた。
「何? そんな、びっくりした顔をして。私が反対するのはおかしい?」
「そうは思わないけど、恕ちゃんがこんな事になったのに、私がサークル続けるのは……」
「何それ? これからの人生、楽しい事全部諦めるつもり?」
「いや、そこまでは言わないけど……」
それは飛躍し過ぎていると真言は思ったが、京子はそうではなった。
「そういう事でしょ? 今、真言が言った事は。昨日、取り乱して貴方を責めた私が言っていい事じゃないかもしれないけれど、恕が倒れた事と、貴方がサークル活動を楽しんでいた事は全く関係が無いわ。その関係の無い事を恕を理由にして諦めるのは、貴方の自己満足よ」
京子は厳しい口調で真言を諭す。
昨日は取り乱していたが、本来の京子は理性的で、合理的な性格をしている。
「それに、恕が起きた時に何て言うつもりよ? 恕の為にサークルを辞めたって言うの? 怒るわよ、あの子」
「そう、だね」
「そうよ」
真言は一応、京子に同意したが、これで「じゃあ、やります」という事にはならなかった。理由は分からないが、それは何か違う気がするのだ。
ただ、真言がそんな事を考えているとは知らない京子はホッとした表情で微笑んだ。
時計を見ればもう六時を過ぎていた。
女子バレー部の練習も終わっているはずだ。そろそろかもしれない。
そう思っていると、静かだった校舎の中で、人が言い争うような声が聞こえて来た。
真言と京子は顔を見合わせ、揃って立ち上がると、廊下へ出た。
教室を出ると、女子二人が言い争う声がはっきりと聞こえて来る。
その内容を理解すると、二人は急いで声のする方へ向かった。
「だから、嫌だって言ってんじゃん!」
「あんた、昨日は大丈夫って言ってたでしょ? 相手待たせてるんだから、ここまで来てそれは通じないでしょ!」
「他の奴らは帰ってんじゃんか。何で、あたしだけ逃がしてくんないわけ?」
一階と二階の踊り場で言い争う女子は二人共白い女子バレー部のジャージを着ていた。
一人は一階へと降りようとしていて、もう一人がその腕を掴んで引き留めている。階段を下りようとしている方はバレー部にしては体格が小さく、腕を振りほどきたくても、逃げられないようだった。
「あんた、恕と仲良かったじゃない」
「他の奴らだってそうじゃん。みんなで部活帰りにコンビニで買い食いするくらいには、全員仲良しだよ」
「それに、エースの恕とリベロのあんたで攻めの八畑と守りの新山って崇化館女バレの二枚看板だったでしょ? 恕に義理は無いの?」
「関係ないでしょ! それ!」
どうやら、他にも恕が倒れた現場に居た部員がいるようだが、それらには何故か逃げられたようだ。
そして、最後に残った部員―――新山も逃げようとしている。
「あんただって、今日の練習見てたらわかるだろ? 知られたくないんだよ。眠り病で倒れた時に一緒に居たなんて」
それを聞いて、真言は今日、女子バレー部で何が起こったか、大体わかった。
つまり、発病した人だけでなく、それと接触した人も含めて、原因不明の奇病に係わるのは皆ごめん、という事だ。
真言が声をかける事が出来ずに固まっていると、京子が怖い顔をして真言の隣を離れ、二人の前に姿を現す。
「河合さん。その人が紹介してくれるって言ってた眠り病で恕が倒れた時に一緒に居た人?」
京子は二階から、踊り場に居る二人を見下ろしながら、わざと新山が嫌がりそうな言い方で、女子バレー部員の友達―――河合に確認を取る。
「きょ、京子、ごめん待ったよね? そうそう、コイツが紹介するっていてた奴で、新山」
京子の登場に、それまでの話を聞かれた事を悟った河合は、気まずそうに新山を紹介する。
紹介する相手に見られた事で諦めが付いたのか、緩んだ河合の手を乱暴に振り払っても、新山はその場を去ろうとはしなかった。
「あんたさぁ、その言い方止めてくれる? 昨日は安請け合いしちゃったけど、今はホントに眠り病なんかに関わったなんて、知られたくないんだわ」
新山は先ほどの言い方で、京子を敵認定したようで、下から睨みつけるようにして言う。
「そう。じゃあ、今度から気を付けるわ」
京子の方は、そんな新山を相手にしていない事を示すように、さらりと言ってのける。
一瞬で二人の間に険悪な雰囲気が流れる。
「あ、あの、ここだと先生に追い出されちゃうから、一旦外に出ない?」
真言は慌てて姿を現し、場の空気をリセットする為にそう提案した。
実際、下校時刻は過ぎているので、教師が見回りに来たら追い出されてしまう。
「ああ、そうね」
「私達、教室に荷物を置いてきてるから、先に下足室に行ってて、すぐ追いつくから」
「わかったわ」
場の空気を変えたかったのは河合も同じだったようで、真言と二人でさっさと決めて、取り得ず険悪な二人を引き離す事にした。
「新山さん、ちゃんと待っててね? 帰ってしまったら、明日、教室まで話を聞きに行かないといけないから」
「お前!」
折角、まとまりかけた所で、京子が新山を挑発してしまう。
「京子ちゃん!」
「新山! 行くよ!」
真言と河合は慌てて二人を遮り、手を引いてそれぞれ階段から離れる。
京子は本来、理性的な性格をしているのに、恕の事があってから少し情緒不安定な様子だ。
真言は京子の手を引き、教室へと戻る。
「ごめんなさい。あの人の言い方を聞いてたら、お母さんの事を思い出してしまって、抑えられなかったの」
「ううん、大丈夫。だけど、新山さんに話して貰わないといけないから、もう喧嘩は止めてね」
「出来るだけ、気を付けるわ」
京子は自分が喧嘩を吹っ掛けないか自信が無いようで、明言は避けた。
そんな京子の様子に真言はこんな状態で話を聞いていいのか不安になる。
ともかく、二人は急いで荷物を持って教室を出て鍵を職員室に返した後、河合と新山が待つ下足室へと急いだ。
真言と京子が下足室に到着した時、二人は既に靴に履き替え、昇降口の外で待っていた。
「遅い」
「ごめんね。教室の鍵を職員室に返しに行ってたんだ」
新山は京子に向かって言ったが、真言が間に入って、答える事で遮った。
「取りあえず、学校からは出よう。近くのファミレスでいい?」
「いや、もう諦めたから逃げないけど、出来るだけ人が居ないとこがいい。学校の下の遊歩道にベンチがあったでしょ? そこでいいよ。長居する気は無いし」
河合の提案は新山に却下され、新山の希望通り、遊歩道のベンチを目指し、四人は歩き出した。




