2-8 デート(2)
「私、いいお店知ってるんです。まずはそこでお昼にしましょう」
遅刻したしないの話を終えたら、次は何処へ行こうかという話になる。
そこで真言からされた提案に、真一は思わず時計塔を見上げた。
時刻は午前十時三十分を回ったばかり。
お昼にするには少し早すぎる気がしたのだ。
「えっと、そのお店は十一時からランチタイムになるんですけど、結構人気のお店で早目に行かないと席が取れないんですよ」
そんな真一の動きに気づいた真言が言葉を足す。
「ああ、そういう事」
真一はその言葉に納得して、頷く。
「で、どうてしょう?」
「うん、わかった。じゃあ、最初はそこに行こう」
「はい!」
真言はパッと顔を輝かせて頷いた。
真一がこちらに越して来る前の話なので、以前の事は知らないが、豊野市の駅前は三年程前に再開発がされ、シャッター商店街になっていた一部を中心に若者向けの施設や商店、小洒落た飲食店が立ち並ぶ街の顔に生まれ変わった。
綺麗な街並みと、まだ育ちきっていない街路樹がその若さを物語る。
休日の街は若者達や家族連れで賑わっており、時折すれ違う同年代の男女連れを見て、真一は自分と真言もあんな風なカップルに見えているのかと思うと落ち着かない気持ちになる。
今までもホームや訓練後の帰り道など、真言と二人きりになる時間はそれなりにあったが、こんな風に意識した事はなかった。
真言は真一の亡くなった妹と同い年で、真一はこれまでそれに近い感覚で接していた。
しかし、真言と妹とは特に容姿が似ているという事もなく、歳も真一と一つしか変わらない。こうして普段着で会う事によって、同年代の女の子なんだと否応無く理解させられてしまったのだ。
真言を今までと違った目で見てしまう自分に戸惑う真一だったが、真言は真言で初めてのデートに舞い上がってしまっており、真一の変化に気づかない。
今の真言の頭の中は、どうやったら真一と手が繋げるかという事でいっぱいなのだ。
そんな二人では会話が弾むはずもなく、ポツリポツリと散発的な会話があるだけで、目的の店まで着いてしまった。
「あ、ここです」
真言が指差した店はこじんまりとした大きさで、外装は全体的に落ち着いた色合いの木材を使用しており、シックな雰囲気に包まれている。
まだ開店前のようで、入り口の扉にはクローズの札が掛けられていたが、店の前には既に二組のカップルと女性が一人並んでいた。
「まだ人が少なくて良かったですね。これならすぐに席につけますよ」
真一はラーメン屋以外の飲食店で列に並んだことが無いような人間なので、こんな店一人では絶対来ないな、と失礼な事を考えながら、真言と二人列に並ぶ。更に、カップルばかりの列に女性が一人並んでいて、居心地悪く感じないかなどと余計な心配までする真一だったが、二十代前半の眼鏡をかけた女性は特に気にした様子もなく、手にした文庫本に目を落としている。
真一は、自分だったらこんな小洒落た店に一人で並び、周りがカップルだらけになったら落ち着いては居られないだろうと、女性の様子に感心してしまった。
そんな益体も無い事を考えている内に、開店時間になったようで、モノトーンの制服らしき格好をした若い女性スタッフがクローズの札をひっくり返してオープンにしてから、並んで居た客を順番に店内に招き入れた。
小規模な店らしく、ホールスタッフはその女性だけのようで、真一と真言は席に案内されるまで少し待つ事となる。
その間に真一達の後ろには次々と人が並び、あっという間に短いながらも列ができてしまった。
「オープンまでそれほど待たなかったし、最高のタイミングだったね」
席に着き、メニューを広げながら真一が言うと、真言もそれに同意する。
「はい、オープン十分前に着くとこんな風に丁度いい感じなんですよ」
「ここにはよく来るの?」
「よくって程じゃないですけど、友達と休みの日に外食する時で、タイミングが良かったら来るようにしてます。流石にあの列に並ぶのは嫌なんで」
店内の席は既に満席で、更に外には四、五組の客が並んで居た。
それを見て、真一は納得して頷く。
まだオープンしたてで、あれだけ並んでいると、最後尾の客が昼食にありつけるのは何時になるのだろう。
そう思うと、あんまりのんびりメニューを選ぶのも悪い気がして来る。
「真言ちゃんのおススメって何かある?」
真一は手っ取り早く、店を利用した事がある真言のおススメにしてしまう事にした。
「おススメですか? そうですね。ここはパスタが有名なんですが、実はピザも美味しいんですよ。イタリアから輸入した石窯を使っているそうで、かなり本格的なピザが出てきますよ」
「じゃあ、俺はピザにしよう。真言ちゃんは何にするの?」
「えっと、私もピザにするので、良かったら分け合いませんか? そうすれば二種類の味が楽しめますし……どうでしょう?」
会話の流れ的に自然な提案だったが、実はこれ、真事がこの店を選んだ目的の一つだった。
真言はこの店を利用する度に見かける、仲の良いカップルが二人でシェアしてピザを食べる光景に憧れており、真一に恋をしてからは真一と二人でそれをする事を目標の一つとしていたのだ。
「じゃあ、そうしよう。俺は特にこれってのが無いから、二枚とも真言ちゃんが選んじゃっていいよ」
真言が勇気を振り絞ってした提案に、真一はあっさりと同意する。
「じゃ、じゃあ、私のおススメで二枚選ばせてもらいますね」
上手い事進んだ話に、真言は心の中でガッツポーズを取り、手早く注文を済ます。
本格的なピザだという事だったので、出来上がるまでそれなりに時間がかかるのかと思ったが、二枚のピザはドリンクと同時に席に届けられた。
宅配ピザしか知らない真一からすると生地が薄く、乗っている具材も少ないように感じる。
「こちらがマルガリータになります」
真言の前にトマトソース、モッツアレラ、バジルの乗ったオーソドックスなマルガリータが置かれる。
「こちらがビアンカ ネーベになります」
真一の前には、トマトソースの乗っていない生地の上に盛られたルッコラとモッツアレラを覆うように生ハムが乗せられたピザ。
「ごゆっくりどうぞ」
ホールスタッフの女性が席を離れると、真一は目の前のピザを興味深そうに眺め、真言の前のピザと見比べる。
「マルガリータは分かるけど、こっちのは聞いた事ないな。これが真言ちゃんのおススメ?」
ピザと言えばトマトソースが基本だと思っている真一は、珍しいピザだから勧められたのかと考え、真言にそう質問する。
実際はビアンカと呼ばれるピザは基本的なピザの一つであり、珍しくも何ともないのだが、真一はそんな事は知らない。
「実はそっちが二番手で、こっちのマルガリータが超おススメなんですよ! シンプルなのに飽きの来ない美味しさなんです。本当はもっといろいろなピザを試したいのに、ここに来るとついついこれを頼んじゃうんですよ」
「へー」
「でも、今日は先輩とシェア出来るんで、もう一つ楽しめてお得です」
マルガリータについて語る真言の目はキラキラしていて、本当にそれが好きなんだと素直に感じられた。
「あ、早く食べないと冷めちゃいますね。いただきましょう?」
「そうだね。じゃあ、最初は真言ちゃんおススメのマルガリータからいただこうかな」
シンプル過ぎると思っていたが、真言の様子を見て、真一はマルガリータを選んだ。
「あ、私が取り分けますね」
「あ、お願い」
「……はい、どうぞ」
「ありがとう」
「いえいえ」
ホームで毎日夕食を共にしていて、その場では真言と梓が配膳するので、初めてのデートで、初めてのシェアであるにも関わらず、二人は慣れた様子で取り皿の受け渡しをする。
真一は真言が自分の取り皿にマルガリータを乗せるのを待ってから、アツアツのピザを頬張った。
薄焼きの生地なので、出来立てでも既に食べごろの温度になっており、熱くて口の中を火傷するような事は無い。
熱の代わりに口いっぱいに広がったのは、爽やかなトマトソースの酸味と、モッツアレラの濃厚な味わい。一噛み、二噛みする内に、そこに爽やかなバジルの風味が現れ、口に残った濃厚な味わいを綺麗にリセットしてくれて、次の一口も新鮮な味わいで楽しめるようになる。
「んー!」
真一はシンプルな組み合わせなのに、しっかりとそれぞれが主張し合いつつ、ぶつからないという不思議な感覚を初めて味わった。
「美味い!」
これは文句なく美味い。
「ですよね!」
真一の反応に真言のテンションも上がる。
「うん、何て言っていいかわからないけど、とにかく美味い! それはわかる!」
「そうなんですよ! 友達とかにおススメしようにも、何て言っていいかわからないんですけど、美味しいんですよ。食べればわかるとしか言えなくて、いっつも自分の表現力の無さにイライラしちゃうんですよ」
「でも、それが正解だよ。この感覚は食べないとわからないよ」
「ですよね! ですよね!」
美味しいを共有した二人は、大盛り上がりで、マルガリータをぺろりと平らげ、次のビアンカ ネーベも弾む会話の合間に片づけた。
「あー、美味しかった」
「ほんと、美味かった。食べ物に対してこんな言い方するはおかしいかもしれないけど、衝撃的な体験だった」
真一はマルガリータの味を思い出しているのか、少し遠い目をしている。
「連れて来てくれて、ありがとうね」
「や、そんな。お礼何て」
笑顔で礼を言う真一に、真言は照れたのか、顔の前で手をパタパタさせてくねる。
そんな仕草をすると、やっぱり真言は年下の女の子で、食事中の砕けた会話で取り戻したいつもの空気と合わさって、真一は食事の前まで感じていたドキドキが幻だったかのように思えた。
(見た目で錯覚してたけど、真言ちゃんはやっぱりまだまだ子供だよな)
別に真言を意識したからといって、何の不都合も無いのに、その感覚に真一は安心する。
「じゃあ、お昼も済んだし、長居すると待ってる人たちが可哀想だから、次に行こうか?」
「そうですね。折角ですから、次は先輩が考えてくれた場所に連れてってください」
「えー、あのマルガリータの後だと、案内し辛いな」
真一は豊野市の事をまだよく知らない。
今回、下調べした場所もお決まりのデートスポットでしかなく、生まれも育ちも豊野市の真言に対して自信を持って案内出来るような場所ではない。
「いや、別にびっくりさせて欲しいわけじゃないんで。先輩が私の為に考えてくれた場所っていうのがいいんですよ」
そんな事を言い、上目遣いに微笑まれると、ドキリとしてしまう。
(あれ? やっぱり意識してんのか? 俺……)
去ったはずのドキドキが復活して、真一はまた落ち着かない気持ちになる。
そもそも、これはデートだし、真言は別に好きになったからといって問題のある相手でも無い。なのに、真言を女の子として意識する事に妙な後ろめたさを感じてしまう。
真一は自分の心の動きが分からなくなってしまった。
それと同時に、真言に対してどう接していいのかも分からなくなる。
そんな状況なので、いよいよ次の行先に困ってしまった。




