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真夜蒼月、幽界の門  作者: 今
第二章 決意
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2-7 デート(1)

 今日は土曜日。

 平日は放課後にホームへ向かうのだが、土日祝日の日中は完全にフリーで、訓練に参加するなら夕方五時までにホームに顔を出せばいい。

 そして、この訓練にしても強制では無く、自由参加となっている。


 そんな休日、真一はいつもなら日中は部屋の掃除等、平日にやりきれない家事を片づけ、夕方から訓練に参加するのだが、今日は珍しく豊野市駅のロータリーまで出て来ていた。

 夕方からの訓練には参加するつもりだが、日中は珍しく予定が入っているのだ。


 市営バスやタクシーが引っ切り無しに行き来する休日の駅前ロータリー。その中心にある噴水と一体型の時計塔の前に立つ真一の恰好は、インディゴ・ブルーのジップデザインデニムに白のVネックシャツ、その上からグレイの五分丈ダブルジッブパーカーを羽織ったさっぱりとした服装で、一応それなりに気を使って選んだものだった。


 真一は落ち着かない様子で、何度もちらちらと時計塔を見上げる。


 現在時刻は午前十時二十六分。

 待ち合わせ時間まであと五分を切っているが、待ち合わせの相手はまだ現れない。


 真一が待っている相手とは真言だ。

 金曜の夜、いつものように真言を家まで送る途中、真言からデートの誘いを受けたのだ。




「先輩、明日って何か用事はありますか?」

「ん? 予定ってほどの事は無いけど、土日はいつも平日に出来ない家事を片づけて、後は夕方まで家でのんびりしたり、必要な物があれば買い物に出かけたりするくらいかな」


 真一はここ最近の週末の過ごし方を話す。


「えっと、それって、予定があるって事ですか? 無いって事ですか?」


 だが、真言は明確にイエス・ノーでの回答を求めていた。


「ああ、別にどれも明日じゃなければダメって事は無いから、予定は無いって事になるかな」


 やる事はあるが、予定という程の事では無い。

 やらないならやらないでも済まされる程度の事でしかない。


 真一の答えに真言はほっとした表情を浮かべた後、足を止める。

 突然立ち止まった真言に続き、数歩進んだ先で真一も立ち止まる。


「ん? どうしたの?」


 振り返った真一が見たのは、下を向き、顔を真っ赤にする真言だった。


「じゃ、じゃあ、あ、明日、わ、私とデ、デートしてくれませんか!」


 真言は音量の調節の出来ていない声で、(つか)(つか)えながらも一気に言葉を吐き出した。


「え?」


 唐突な誘いに、真一は意味が解らず、固まってしまう。


「あ、えっと、その、デート、と言いますか、あの、お礼を……。そう! お礼です!」

「お、お礼?」

「はい、随分遅くなってしまいましたけど、五月に私を助けてくれたじゃないですか。そのお礼をしなきゃって思って、もし先輩が明日暇なら、一緒にランチに行きませんか?」


 恥ずかしさでテンパってしまっている真言の言葉は纏まりが無かったが、言いたい事は大体解る。

 真一は拍子抜けしてしまう。


 突然、デートだと言うから驚いてしまった。


「ああ、そんな事いいのに。いつも美味しい晩御飯用意してくれてるし、貸し借りの話をするなら、既に俺の借りの方が断然多いよ」

「いいえ! 私にとって先輩は命の恩人ですから。それくらいの事はお礼になりません。それに、晩御飯の用意はチーム内での私の仕事ですから、借りにはなりませんよ」

「う~ん、でも、本当にお礼とかいいから。気にしないでよ」


 顔を真っ赤にして「お礼をしたいので、一緒にお出かけしませんか?」なんて、気のある相手を誘う時の言い訳でしかないのに、鈍感な真一はそれに気が付かない。


 可哀想なのは真言で、必死に遠回しに誘っても真一は全く気付かない。


「いやいや、本当に、気にしなくていいから」


 折角、勇気を出して誘っても全く気付いてくれず、頑なにお礼を固辞する真一に、真言は遂にしびれを切らす。


「もう! 先輩の鈍感! お礼何て口実ですよ! 明日、一緒に出掛けましょうって、デートの誘いに決まってるじゃないですか! 何で気づいてくれないんですか!」

「え、ええ? ええええぇ?」


 一応、真一を弁護するが、年頃の男子などというものは馬鹿みたいな理由で、女子から好意を寄せられているのでは? といった妄想を抱いてしまう。

 次に、少し冷静に周囲を見られるようになると、そんな妄想も抱かなくなり、むしろ恥ずかしい勘違いをしない為に好意に対して必要以上に鈍感に振舞うようになってしまう。「もしかして」と思いながら、「いやいや、そんな訳ないから」といって自分を戒めるのだ。

 だから、真一が特別鈍感なのではなく、年頃の男子としては一般的な反応で、仕方がない事なのだ。


 ただ、そんな男子の生態など、真言には関係ない。


「何で、何で~」


 真言は遂に泣き出してしまう。


「え? あ? あれ? いや、その、ごめん。え~っと、大丈夫! そういう事なら、明日は予定も無いし、大丈夫だよ。うん、一緒に出掛けよう!」


 真一の混乱は全く収まっていなかったが、泣いている年下の女の子を見ると、どうしようも無くなってしまう真一は、必死に真言を宥める。


「ほ、本当、ですか?」

「うんうん! 本当! 明日だよね。大丈夫だよ。で、どうしようか? 何時に何処集合にする?」


 顔を掌で覆ったまま、指の隙間から涙に濡れた目だけを見せる真言に、真一は必死の笑顔で話を進める。


「じゃ、じゃあ、明日、午前十時三十分に駅前ロータリーの噴水前でお願いします」


 真言の提案に、真一は一も二も無く頷いた。 




 と、いう訳で、本日は真言とデートの約束なのだが、真言はまだ姿を見せない。


 もしかしたら、都合が悪くなってしまったのかもと思い、何か連絡が入っていないかスマホを確認するが、メールも電話も来ていない。


「まあ、まだ待ち合わせ時間にもなってないし―――」


 真一が独り言を呟いた瞬間、背後の噴水が勢いよく噴き上がり、宙に綺麗なアーチを描く。


 この噴水は各時間の零分と三十分に大きく噴き上がり、零分の時は更に時計塔上部の扉が開き、中から人形の音楽隊が現れて時報代わりの音楽を聞かせてくれる。


 噴水が噴き上がったという事は、つまり、たった今、待ち合わせ時間である午前十時三十分になったという事だ。


「ま、まあ、十分くらいの遅刻はよくある話だよな」


 誤魔化す様に呟き、もう一度スマホを確認しようとしたその時、バス停が集まっている一角からバタバタと慌てた足音を響かせて、真一の待ち人が現れた。


「はぁ、はぁ、せ、先輩、お、お待たせ……しま、した」


 よほど慌てて来たのか、はぁはぁと息を切らし、膝に手をついて息も絶え絶え言うのは、真一をデートに誘った相手である、夕凪真言だ。


「す、すみません。身支度に、時間が、かかってしまって、バスを一本乗り遅れ、ました」

「だ、大丈夫? 真言ちゃん。たった今、時間になったばっかりだから、遅刻って程じゃないよ」


 中々息が整わない真言の様子を見れば、どれだけ急いで来たのかは一目瞭然だ。

 そんな相手に高々一分かそれ以下の事を遅刻だ何だと言うつもりは真一には無かった。


「いいえ、今日は私からお誘いしたのに、遅刻するなんて……」


 真言は本当に申し訳なさそうな顔で頭を下げる。


「いやいや、大丈夫だから。むしろギリ間に合ってるから」

「でも……」

「折角のデ……お出かけなんだから、楽しく行こうよ」


 真一はデートと言いかけたが、何故か恥ずかしくて「お出かけ」なんて言葉に変えて言う。

 真言からは明確に「デート」としてお誘いを受けたのだから、はっきりと言っても問題ないし、真言もその方が喜ぶはずなのだが、こういった経験値の低い真一に、それはハードルが高すぎた。


「すいません」

「もういいって、ね?」

「……はい、ありがとうございます」


 真一が笑いかけると、真言は済まなそうな顔のままだが、素直に許される事にしてくれた。


 中途半端に頭を下げた格好で、眉をㇵの字にしたまま、上目遣いで苦笑いする真言に、真一はどきりとした。


 真言の恰好は当たり前だがいつもの制服姿では無く、白いシフォンブラウスに水色のフレアスカートとシンプルながらも清潔感のある女の子らしさを感じさせる装いだ。髪も基本はいつもの短いポニーテールだが、前髪を花柄のピンでまとめて横に流していて、特徴的な大きな目が強調されて見える。

 何より、薄っすらと化粧をしているようで、急いて来たからだけで無い桃色の頬も、艶やかな唇も、いつもの年相応の女の子に少しの色っぽさが加わって見える。


 あらためて見ると、カレン程飛び抜けてはいないが、真言も十分に可愛い部類に入る女の子だ。


 真一は急にスピードを上げた鼓動に戸惑い、赤くなった顔を見られないように、真言に背を向ける。


「じゃ、じゃあ、まずは何処に行こうか? 一応、近場で遊べる場所は幾つか探しておいたけど、真言ちゃんは何か希望はある?」

「え? 先輩、下調べしてくれたんですか?」


 急に背を向けた真一を訝しんだ真言だったが、真一の言葉に驚いた。

 無理矢理頷かせたようなものだったのに、まさか下調べをして来てくれているとは思っていなかったからだ。


「勿論、真言ちゃんが行きたい所があればそれでいいけど、折角一緒に出掛けるんだから、ノープランで詰まらない休日にはさせたくないからね」

「先輩……」


 背を向けた真一の顔も赤かったが、真言の顔はそれ以上に赤くなった。


「えっと、嬉しいです」


 真言は胸がキューっとなる、初めての感覚に震え、胸を押さえる。


 なんだか、わけが分からないが、真一の背中に飛びつきたい気持ちでいっぱいだった。

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