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真夜蒼月、幽界の門  作者: 今
第二章 決意
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2-6 二人の親友

 お昼休みの教室にはワイワイと生徒たちの賑やかな声が充満している。


 真言の通う豊野(とよの)市立崇化館(そうかかん)中学校は学校給食は無く、お弁当制になっており、四十分のお昼休みは皆、思い思いの場所で仲の良い仲間が集まってお弁当を囲む。

 とは言え、四十分しかない貴重な休み時間だ。大多数の生徒は教室内で仲の良いグループが机を寄せて集まる。

 真言もその一人で、仲の良いクラスメイト二人と机を寄せ、自作のお弁当を広げていた。


 食欲をそそる匂いが充満した教室の中、真言は珍しく失敗した卵焼きを頬張り、眉を顰める。

 焦げ目の付いた卵焼きは火の通し過ぎで固く、いつものふわふわした食感が無い。失敗の原因は、ホームで御幸からされた話と、カレンから自分の価値観をバッサリ切り捨てられた事が、週が明けても頭の片隅にこびり付き離れない所為だ。

 真言はあれからずっと、ふとした瞬間にそれらを思い出してしまい、何事にも集中出来ないでいる。


 御幸やカレンの言う事も、頭では理解出来る。でも、フィクションのヒーローに出会ったような気になっていた真言の気持ちは納得出来ず、裏切られたような気持になってしまう。

 これが自分勝手な話で、子供の理屈なのは真言だって解っている。


 だが、自分でもどうしようも無いのだ。


 真言はチームの先輩たちに失望に似た感情を持ってしまったが、それ以上に自分自身にも失望していた。

 現実とフィクションは違うと解っていたはずなのに、それらを混同していない自信があったはずなのに、こんな風に整理出来ない気持ちになってしまう自分に落ち込む。


 美味しくない卵焼きを飲み込んだが、苦い気持ちまでは無くなってくれず、箸を咥えたままの真言を見て、一緒に食事をしていた二人は顔を見合わせる。


「真言?」

「大丈夫?」


 二人は心配そうな顔で真言を見る。


「え? な、何が?」


 すっかり自分の世界に入っていた真言は、二人が揃って心配顔で自分を見ている事に気が付き、慌てて笑顔で返す。

 ただ、真言が思っているように笑えてはおらず、無理している事がバレバレのものだった。


「いや、さっきからぼーっとしてるし……」

「今日は口数も少ないようですし……」

「え? あ、いや、今日はお弁当失敗しちゃって、美味しくないなぁ~って、それだけだよ」


 確かに相槌くらいは打っていたと思うが、昼休みが始まってから、二人と何かを話した覚えが無い。

 まさかホームでの話を相談するわけにもいかず、真言は下手な作り笑顔のまま、誤魔化す。


「そうなのか? とてもそうは―――」

(ゆたか)、真言がそう言うならそうなのでしょう。あまり突っ込んだらダメよ」

「そうなのか?」

「そうなのよ」


 二人は真言の言い訳を信じてはいないようだが、それ以上は突っ込まないでいてくれた。


「え、えへへへ」


 真言はそんな二人に感謝しつつ、不器用に笑ってみせる。


 男の子のような口調と中学生とは思えないスラリとした長身で、女の子に人気のある、八畑(やはた)(ゆたか)。ヘアバンドで前髪を全て上げ、全開のオデコがトレードマークの優等生、南野(みなみの)京子(きょうこ)。二人は仲の良いクラスメイトというだけで無く、幼稚園の頃から付き合いのある幼馴染で大親友だ。 


「そう言えば、豊ヶ原高校ってどうなったんだ?」


 恕による唐突な話題転換。

 バレーで県代表に選ばれる程のスポーツ少女である恕は切り替えが早い。それ以上、聞かないと決めたらスッパリだ。 


 先週の日曜日、御幸の言う通り、豊ヶ原高校の教室棟は三、四階の廊下と一部の教室が崩壊した姿で、部活動の監督の為に早く登校した教師によって発見された。


 その事件はすぐに騒ぎになり、夕方にはテレビのニュースでも流れた。


 そうでなくても、崇化館中学は豊ヶ原高校のすぐ近くだ。現場を野次馬に行った生徒もかなり居る筈だ。


「ああ、校舎が崩れたってやつね。どうなったのかしら? 真言、どうなったの?」

「え? な、何で、私に聞くのかな?」


 事前にその事を知っていた真言は、京子からの質問に狼狽える。


「何でって、真言がハマってる料理サークルに豊高生が居るからじゃん」

(ゆたか)、違うわよ。真言の『想い人』が豊高生だから、よ」

「お、そうだった」

「お、想い―――」


 真言は二人のセリフに顔を赤くさせる。


「あれ? 違ったか?」

「ち、ちが―――」


 恕は女の子にしては精悍な顔に、人の悪そうな笑みを浮かべて、真言をからかうように言う。


「違わないわよね。だって、もっと上の高校狙えるのに、その人に出会って志望校を豊高に変えちゃうくらいだものね」


 京子が、押し上げた眼鏡を輝かせて追い打ちをかける。


「それに、私達に散々話して聞かせてくれたもんな。『高坂さん』だっけ?」

「そうだったわね。金曜土曜とメッセージに全く返事しないと思ったら、日曜に私達を急に呼び出して、惚気まくってくれたわね」

「ああ、あれは凄かった」

「『恕ちゃん、京子ちゃん、聞いて! 私、好きな人が出来たの!』」

「『私が怖い人に襲われそうになったのを、怪我をしてまで助けてくれたのよ!』」

「『私、絶対に高坂さんと上手くいきたいの! どうしたらいいと思う?』」

「ああああ、もう、もう止めて!」


 真一に助けられ、自分の気持ちを自覚して、御幸に頭を下げてチームに入ってと、色々あってテンションが上がっていた真言は、二人に鬼に関する事以外全部を話してしまっていた。

 出会いについては作り話を交えなければ説明出来ないので、今考えると自分でも恥ずかしい乙女チックな妄想の入った話になってしまっており、真言はそこら辺の話が出てくる前に慌てて止めに入る。


「で、どうなってるの?」


 恕と二人、悪い笑顔になっている京子が再度、真言に問う。


「せ、先輩とはまだ……」

「そっちじゃなくて、豊高の事よ」


 京子は呆れた顔で真言の勘違いを指摘する。


「え?」

「真言がどうしても話したいって言うなら、聞くけど?」

「あ、でもこの間みたくノンストップで惚気るのは勘弁な」

「~~~!」


 真言は真っ赤になった顔を覆い、嫌々する。


「フフフッ」

「ハハハッ」


 そんな真言を見て、二人は声を出して笑う。

 顔を覆って居る為、真言には二人の表情は見えていないが、そこには落ち込んだ様子だった親友が少し元気になったのを見て、ほっとしているような、優しい笑顔があった。


「コホン」


 しばらく嫌々していた真言が復帰して、ワザとらしく咳払いを一つして、会話に復帰する。


「だから、何で私が知ってると思うの?」

「またそれやるの?」


 豊ヶ原高校の事は鬼との闘いが原因だ。外向きの話はあるが、話の流れで真言が知っていたら不自然な事をポロッと言ってしまっては堪らない。

 なるべくなら話したくない真言だったが、京子は暗に、真一の事に話を移すぞ、と脅して来る。


「いいよ、もう! ―――三年生だけは受験に響くといけないから、近くの文化センターの会議室貸切ってるらしいけど、他の学年は校庭に建てたプレハブ校舎で授業やってるらしいよ」

「うへぇ、同じ受験生としては他人事じゃないな。ウチもそんな事になったら堪らないな」

「貴方はバレーで高校行くんでしょ? 他人事じゃない」

「まあね」


 恕はバレーの県代表選手なので、既に県内の強豪校からスカウトを受けて、入学がほぼ決まっている。

 京子にしても、全国模試で常に上位にいる秀才だ。今更、授業を受ける教室が変わったくらいで成績に不安は生じ無いだろう。


「貴方は学校の心配なんて必要ないから、怪我や病気に気を付けなさい。眠り病なんて奇病が流行ってるんだから」

「ああ、あれか」


 眠り病というのは、最近、豊野市内で流行りだした奇病だ。

 最初、睡眠障害と思われていたこの奇病だが、豊野市内という小さな範囲で流行した為、個人的な障害ではなく、病気ではないかと噂になっているものだ。原因不明の上、かかった人間が眠り続ける以外は健康的に問題が無い事から、まだ正式に病気として認定されたわけでは無いが、既に『眠り病』という名称が一般に認知され、奇病として扱われている。


「原因不明なんだよね?」

「そ、だから気を付けようにも、どうすればいいか分からん」

「あははっ」

「貴方って人は……」


 白い歯を見せてニカっと笑う恕に、真言は笑うが、京子は呆れ顔だ。


 だが、確かに恕の言う通り、気を付けようがないのだから仕方がない。

 一応、家に帰ったらうがい手洗いを心がけるように呼びかけがされているが、それが効果的だとは思えない。


 全員がこの時、市内で流行っている奇病ではあるが、自分たちには関係の無い話だと、根拠無く思っていた。


 その後も、話題は尽きる事無く切り替わり、三人は取り留めのない話をしながら、和やかに昼休みを過ごす。


 真言は二人のおかげでホームでの出来事を忘れて笑えた。それは短い時間だったが、ずっと沈んだままだった気持ちが上向き、少しだけ軽くなった。

 おかげで、まだ色々と整理出来ないが、午後は深く沈みこむ事も無く過ごす事が出来た。


 一度気持ちが上向きになると、考え方も少し前向きになれた。


(御幸さん達の言う事が仕方ない事だってのは解る。カレンさんだって何だかんだ言って結局、先輩を助けてくれたもん。みんながそのやり方が絶対に正しいって思ってるわけじゃないよね)


 そう。冷静に考えれば、あの日聞いた話は櫻澤本家の方針であって、チームのみんながそれに賛成しているわけでは無い事はそれまでの言葉や態度で明白だ。


(それに、先輩が自分を犠牲にしても私を助けてくれた事に変わりないもん)


 真言がチームに加わりたいと思った理由は二つ。


 フィクションの中にしか無いと思っていた世界がそこにあったから。

 そして、好きな人と一緒に居たかったから。


 先日の話は確かにショックだったが、その二つが無くなったわけで無い。


 真言は自分を心配しつつもいつも通り振舞って、日常を思い出させてくれた幼馴染二人に感謝する。


 学校が終わったら、一旦家に帰って家事を終えたらいつも通り豊ヶ原高校に真一を迎えに行くのだ。

 二人っきりで無いのは少し残念だが、今はそれで仕方ない。

 あの日以降、落ち込んだ姿しか真一に見せておらず、随分と気を使わせてしまった。早く真一に会って、持ち直した自分の姿を見せて、安心させたい。


 真言は元気になった自分を見て、ほっとした表情をする真一を想像して、クスクスと笑う。

 きっとそれはすぐに見れる未来の形。


 待ちに待った放課後、気持ちと一緒に軽くなった足取りで、学校を後にする。

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