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真夜蒼月、幽界の門  作者: 今
第二章 決意
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2-5 出頭命令

「まあ、取りあえず今はカレンの言う通り、そういうものだと思って貰えればいいわ。―――そういうわけで、今週末、人の居ない時間帯に教室棟三、四階部分について破壊工作が実施されるの。週末から、週明けはその騒ぎで周囲がバタバタすると思うから、そのつもりでいてね」


 真夜での事が現世に及ぼす影響についての話はこれで終わりらしい。

 だが、この話を知らなかったのは真一と真言だけだ。今の事を伝えるだけなら、わざわざ全員を集め、食後の訓練時間を潰してまで話す必要は無い。

 つまり、御幸からの話は、まだ終わっていないという事だ。


「それで、ここまで大がかりの工作を必要とした事に対して、櫻澤本家から出頭命令が来たの」


 櫻澤本家。

 御幸の実家で、古くから鬼の討伐を生業として、国の中枢と太いパイプを築いて来た旧家だ。その詳しい実情について、真一と真言は聞いた事が無い。御幸の幼馴染であるカレン、龍二の二人は知っているだろうし、御幸が子供の頃からお世話をして来たという梓に至っては、櫻澤本家側の人間と言えるのではないだろうか。


 櫻澤本家、いつも四人が本家というそこについて、梓を除く三人が話す時、決まってその瞳の奥には否定的な感情が見え隠れする。その為、真一も真言も深く聞く事を避けて来た。

 その本家から、出頭命令が来たというのだ。

 いい話では無いのだろう。


「出頭を命じられたのは指揮官である私、校舎を破壊した本人であるカレン、現場状況を記録し、報告した梓さんの三名よ。私たちは来週火曜にこちらを出て―――」

「ちょっと待て」


 龍二が軽く手を上げて遮る。


「何故、三人なんだ? 俺もその時、現場に居ただろう?」

「現場に居たけど、出頭命令の原因である校舎破壊に直接関与していない上、その判断に影響を及ぼす位置に居なかったからよ」


 確かに、真言が龍二と会ったのも真夜を脱出した後、ホームに帰って来てからだ。

 現場には居ても、大勢に影響を及ぼす位置には居なかったのは明白だ。


「だが―――」

「ウッサイわね! 本家の陰険野郎どもにネチネチ言われないんだから、ラッキーぐらいに思っときなさいよ! それに、アンタまで居なくなったら、ソイツ等どうすんのよ?」


 それでも言い募ろうとする龍二の言葉をカレンがぶった切り、真一と真言を差して言う。


「大した事は起きないと思うけど、また何かあったら、絶対首突っ込むわよ? ソイツ」


 カレンの視線は真一に真っすぐ向いており、真一は気まずくて視線を明後日の方へ向けた。


「そうね。二人はもうチームの一員なのだから、そのフォローは先輩の役目よ。龍二」

「くっ、だが……」

「まだ言うの? 安心しなさいよ。あれはアタシの独断、事後承諾で無茶しただけなんだから、罰を受けるならアタシだけ。アンタの心配してる御幸はちょっと小言もらうくらいよ」

「なっ―――!」


 カレンはいつもの調子でさらりと言うが、龍二は顔を真っ赤にして声を詰まらせた。


「お、俺は別に、御幸だけを心配してるわけでは」


 龍二は口の中でもごもごと言っているが、そんな態度では丸わかりだ。

 真一と真言はそれまで、二人にそんな雰囲気を感じた事が無かった事と、いつも落ち着いている龍二の初心な反応に驚いた。


「はいはい。これはもう決定で、どうしようも無いから、龍二は諦めてね」


 それまでのやり取りを、さらりと流す御幸の様子を見ると、どうやら龍二の片思いのようだ。

 それでも、真言は自分以外のチーム内恋愛事情を垣間見て、目をキラキラさせている。


「それで、私たちは来週の火曜にこっちを出て、本家に向かうんだけど、帰りは早くても再来週になるから、そのつもりで居て。カレンと梓さんは、その間の高坂君と夕凪さんの訓練メニューを用意しておいて。龍二も二人の監督をするんだから、練習メニューに目を通して、梓さん達と打ち合わせしておいてね」

「はい」

「フン」

「……ああ」


 これで伝えるべき事は全てのようだ。

 御幸は一呼吸置くと、真一と真言に目を向ける。


「何か質問はある?」


 本家からの出頭命令に対する反応から、龍二、カレン、梓の三人はそこでどういった事があるのか理解している様子だったので、質問の時間は二人の為のものであるようだ。


「あの、随分かかるみたいですけど、本家ってそんなに遠いんですか?」


 本当に聞きたい事は他にあったが、真一は取りあえずは無難な質問をしてみた。


「いいえ、富士山の麓の街にあるから、そんなに遠くないわよ?」

「じゃあ、何でそんなにかかるんですか? 久しぶりの里帰りとかですか?」


 真言が真一の質問に乗っかる形で、少しだけ切り込む。

 おそらく、真言も本当に聞きたい事をズバリと聞くのは躊躇ったのだろう。


()()()()なのだから、そんなに良いものじゃないわ」


 御幸も二人が本当に聞きたい事が分かっているようで、どうでもいい事を聞く二人に苦笑いをしながら、自らその点に向かって話を進める。


「今回の鬼に対するにしては物的被害が大き過ぎるという事で、本家主導の査問会が開かれるの。私たちはそこで査問にかけられるのよ」

「被害が大き過ぎるって……あの時、カレンさんがああしなかったら、先輩は死んでたかもしれないんですよ? それなのに!」


 真言は真一の命を軽んじられたように感じて、咄嗟に反発する。


「ウッサイわね。コイツは越境者でしょ? 野良の越境者なんてそうそう居ないから、越境者のほとんどは鬼と戦う事を選んだ連中ばっかり。だから、越境者の命は軽く見られんのよ」

「先輩はあの時、その野良の越境者だったじゃないですか!」

「今はチームの一員。連中から見たら身内、っていうか手駒よ。それに、コイツが一般人だったとしても、同じことよ」

「何が同じなんですか!」


 カレンは食い下がる真言を面倒そうに見て、はっきり告げる。


「人一人助けるのに、校舎一つ半壊させたんじゃ割に合わないって事よ」

「そんな……人の命ですよ?」


 平和な世界では『人の命は地球より重い』などと言われる事もあるが、戦時下だったり特殊な環境では『人の命は弾丸一発より軽い』などとも言われる。

 流石にそこまでは言わないだろうが、本質は同じ事だ。


「アンタねぇ。アタシたちがどれだけ鬼と戦ってると思ってんのよ? 鬼は私達目掛けて突っ込んでくるわけじゃないのよ? 私たちが鬼に突っ込んで行ってんの。つまり、そこにはいっつも鬼に襲われてる誰かが居るわけ。そこで毎回、物ぶっ壊しまくって、その尻拭いしてたら即破産よ」

「ええ、鬼に襲われた二人には嫌な話だと思うけど、そんな事をしていたら、国が傾いてしまうわ。実際、私達も襲われている人より、周囲の被害を抑える事を優先した事も、鬼の討伐を優先した事もあるわ」


 自分を助けてくれた御幸達が、人を見捨てた事があると聞かされて、真言は大きなショックを受ける。


 一方、真一は真言程ショックを受けなかった。

 鬼に二度も襲われた真一は、彼らが出会った人々を全て救って来たとは思っていなかった。真一自身も、最初に襲われた時は重傷だったのにカレンに放置されたし、鬼がそんなに甘い相手では無い事は身を以て理解している。流石に、建物と人の命を天秤にかける話は驚いたが、冷静に考えれば納得は出来なくても、十分理解出来る話だと思ったのだ。


「アンタさ。アタシが校舎ぶっ壊したとこ見てたんでしょ?」

「はい。それが?」


 ショックで青くなり、目じりに涙を貯めながらも睨むよう目に力を入れる真言に、カレンは頬杖をついたまま続ける。


「あんな事出来たら、大抵の鬼なんてアタシ一人でどうとでもなると思わない?」

「思いますけど?」

「でもさ、鬼って人を襲う訳よ。つまり、街中にばっか現れんの。そこであんな事ばっかやってたら、どうなんのよ」

「それは……」


 真言の脳裏に、巨大化したロボが校舎に突っ込んだ場面が浮かび上がる。

 あの時、真言は怪獣映画を思い浮かべた。つまり、街中であれをやれば、怪獣映画そのままの世界が現れるという事だ。


「ま、そうゆー事よ。あん時は、広いグランドで、校舎に乗り込んだらお終いだったからやったけど、街中であんな事したら、街一つ廃墟になるわよ」


 更に青くなる真言に、カレンは手をひらひらさせて話を終える。


 真言の目から遂に涙を零れ、静寂が訪れた部屋にすすり泣く声が響く。


 カレンはそんな真言の事を気にした様子も無く、温くなったお茶を飲み、龍二と御幸は目を閉じ、表情を消している。

 梓は真言の頭を抱き寄せ、目を擦る真言の手を優しく退けると、ハンカチで涙を拭ってやる。

 真一はと言えば、正面で泣く真言を辛そうに見るが、梓が世話を焼いているので、特に手を出す事はしなかった。ただ、もし慰めるにしても、感覚的にはカレンに同意する部分が大きいので、それが上手く出来たかはわからなかった。


「ショックでしょうけど、これは鬼と戦う上で避けては通れない話だと思ったから、話したの。納得しろとは言わないけど、理解はしてちょうだい。でないと、今回のカレンみたいに本家で査問にかけられる事になるわ」


 まだ真言は泣き続けていたが、御幸が目を開き、厳しい声で告げた。


「査問って具体的には何をするんですか?」


 真一は真言の様子を気にしながら、質問をした。


「まずは報告書にある内容の確認ね。それで報告書に間違いが無い事が確認されたら、細かい点について、どうしてそう判断し、行動したか、問題点は何か、それを避けるにはどうしたら良かったか、みたいな事を延々と繰り返すのよ。それで、最終的に確定した問題に対しての処分が下されるの」

「ま、今回は御幸が監督責任で……減給ってとこかしら? 梓さんは参考人として呼ばれてるだけだから問題なし。アタシは前も同じような事やってるからどうなるか分かんないわね」

「どうなるか分からないって」

「あ、勘違いしないでね。一人でカレン並みの大規模破壊が出来る越境者なんて居ないから、前例が無いのよ。だから、どうなるか分からないって事よ」


 不安を煽るようなカレンの発言に、御幸が慌てて訂正を入れる。


「前もやったって言ってましたけど、前はどうなったんですか?」

「あの時はまだ子供だったし、状況的には仕方ない部分があったから、確か本家預かりになって、実家から離れて櫻澤本家で生活するようになったのよね?」

「そうよ」


 真一は思ったより軽い罰でホッとした。

 だから、不用意に聞かなくてもいい事を聞いてしまった。


「お前、そん時何やったんだよ」


 真一の質問に、カレンはニヤリと笑い、とんでもない事を言った。


「櫻澤本家の屋敷や施設を根こそぎぶっ壊したのよ」

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