2-4 今週末、校舎が崩壊します
真一は御幸のチームに入ってから、身体能力を鍛える為の訓練を続けていた。
訓練は辛いだけでは無かった。同じ距離を走っても、同じ強度の筋力トレーニングを行っても、日毎に辛さは減り、自分の体が作り替えられていくのを実感するのは楽しい。
ただ、短い訓練期間で大きな効果が出過ぎているのは気になった。
中学の頃はバスケ部に所属していた真一は、トレーニングの効果はもっとじわじわと発揮されるもので、今のようにやればやるだけ効果が出る、というものでは無い事を実感として知っていた。
訓練を始めてすぐに、この点に違和感を感じた真一はチームのフィジカル担当である、カレンと龍二に相談した。
二人も真一の訓練を見ていて違和感を感じていたようで、真一からの相談でその疑念を確信に変えた。
そして、真一の話を聞いた二人が出した結論は、真一の治癒の力の所為である、という事だった。
訓練が結果を出すには、肉体の破壊と再生を繰り返し、鍛え上げる必要がある。そして、科学的なトレーニングはこのサイクルの効率化を目指すものなのだが、真一の肉体は破壊される端から再生してしまう為、このサイクルが異常に早く、やればやるだけ効果が上がっていたのだ。
ただ、それにしては腑に落ちない事がある。
それは真一の見た目が全く変わっていないという点だ。
そんな速度でトレーニング用語でいう所の超回復が起こっているのであれば、筋肉量がとんでもない事になっているはずなのに、そうはなっていない。
これについては確実ではないが、真一の超常の超回復は力によるものなので、通常の超回復のように、破壊された筋肉がより太くなるのではなく、同量でありながらより強靭な筋肉に作り替わっているのではないか、という仮説が立てられた。
真一は短期間でボディビルダーのようなマッチョになるという、気味の悪い超進化をしなかった事にはホッとしたが、自分の体が人でないものに変わっていっているような不気味さも感じていた。
だからといって、一度戦うと決めた以上、出来る事はやっておかなければ、いざという時に後悔する事になる。
真一は自分の体を不気味に思いながらも、今日も訓練に励むのだった。
◇◇◇
「これで、後はオーブンで様子を見ながら二十~三十分焼けば出来上がりです」
真言は六皿のグラタン皿を二百二十度に熱した大きなオーブンの中にセットして、一息吐いた。
訓練の終了時間を目安にオーブンに入れたので、出来立てを味わってもらえるはずだ。
「真言さんは本当に手際がいいので、お姉さんは教える事が無くて、少し寂しいです」
「え? いや~そんな、慣れてるだけですよ~」
「ですよ?」
「だけだよ~。お姉ちゃん」
一人っ子である真言は姉妹の距離感と言うものを知らないので、よくこういった風に梓に指摘される。
真言にとって、梓は命の恩人だし、年上で大人な相手に気安く接するのも慣れない。
ただ、それが嫌かと言えばそうでは無い。
一人っ子にありがちな話だが、真言も兄弟が欲しいと思っていた時期があり、弟か妹を両親にねだった事もある。ただ、本当は優しい兄か姉が欲しかった。
実際に兄、姉の居る友達は『そんないいものじゃない』というが、彼女たちは兄、姉に怒れた話をする時も、どこか楽しそうに見えた。
だから、梓の『お姉ちゃん』呼びも、慣れていないだけで嫌では無いのだ。
梓と共に料理後の片づけをしていると、リビングが騒がしくなってきた。
訓練を終えた真一たちが戻って来たのだろう。
時計を見れば、グラタンをオーブンに入れてから二十分。
焼き具合を確かめて、良ければ出来上がりだ。
オーブンののぞき窓から中を覗くと、チーズに綺麗な焼き目が付いていた。
「よし、完成。じゃあ、配膳しちゃおう。お姉ちゃん」
「はい」
梓と共に、温め直した野菜スープと表面を軽く焼いたバゲットを盛った籠を二つ、一つ一つ木製のプレートに乗せたアツアツのグラタン皿を配膳用のワゴンに乗せ、リビングに運ぶ。
リビングのダイニングテーブルには事前に各自の食器が並んでおり、真言はバゲット籠をセットすると、梓と二人で各自にスープをよそい、グラタンを並べる。
「おお、美味そうだ」
「ええ、ぐつぐつ言ってるけど、出来立てなの?」
「はい。訓練が終わる時間に合わせてオーブンに入れましたから」
「アンタ、やるわね!」
三人から褒められて、真言はまんざらでもない様子だ。
食事に関してはカレンも素直に褒めるので、真言はこういった所で憎み切れないんだよな、となぜか負けたような気になって笑った。
「訓練の後って腹減るから、美味しいご飯がすぐ食べられるように用意して貰えるのは、ありがたいな。最近、すごく腹が減るんですよ」
「腹減るのは当たり前だが、お前のそれはたぶん、力のせいもあるぞ。壊れた筋肉を作り直すのにエネルギーを凄い勢いで消費してるのだろう。先月、ここに運び込まれた時も、目が覚めた後、対象の食事を必要としただろ? そのせいだ」
「そうなんですか? 俺はてっきり晩飯食ってないせいだと思ってました」
そんな話をしている内に、食卓の準備が整った。
六人掛けのダイニングテーブルは大体席が決まっていて、奥から御幸、梓、真言、その向かいにカレン、龍二、真一となっている。
それまでは各自好きに座っていたそうだが、真一と真言がチームに入った後、何度か食事と共にしている内に、自然とこの形に決まった。
「それでは、いただきましょう」
御幸の号令で、全員手を合わせる。
「「「「「「いただきます」」」」」」
食事は終始和やかに進んだ。
食器が下げられた後、食後のお茶を楽しんでいると、御幸が少し真剣な調子で切り出した。
「みんな、このまま少し話を聞いて」
御幸の声の調子で、訓練時間の前に言っていた話が始まるのだと思い、全員、御幸に顔を向ける。
「ニュース等で知って驚くといけないので、先に伝えておくけれど、今週末、豊ヶ原高校の教室棟は施設の老朽化に伴い、崩壊するわ。教室棟には入れなくなるので、荷物は各自、今週中に全て持ち帰るようにね。その後、校庭に仮設のプレハブ校舎が建てられる予定となっているので、当面はそちらで授業を受ける事になると思うわ」
「は?」
「へ?」
とんでもない話だったが、驚きの声を上げたのは真一と真言だけだった。
「えっと、うちの学校って、そんな古かったんですか? て言うか、今週末って、そんな事なんで分かるんですか?」
「当然の疑問ね。真一君は見ていないから知らないだろうけど、先月の件で、カレンが教室棟四階の廊下を半分程と三階の廊下を一部ぶち抜いちゃったのよ。それで、現世にフィードバックされる前に壊さなきゃいけなくなったの」
「え? あれって真夜の中でしたよね? 真夜の出来事って現世にフィードバックされるんですか?」
真言は校舎の壊れっぷりを思い出し、疑問を口にする。
真一と真言が習った範囲では、そういった話は無かったはずだ。
「これはまだ教えて無い事なんだけど、真夜で起こった事は現世にフィードバックされるわ」
「え? だって、屍鬼は倒しても大丈夫って……」
「順を追って説明するわね。まず、真夜はどういった世界だったかしら? 夕凪さん」
学校の授業のように、質問形式で真言が差される。
「は、はい。えっと、真夜は現世と幽界の隙間に鬼が作る世界で、現世の物質的な情報と幽界の法則を鬼の力で混ぜて作られる世界です。そこでは精神力? みたいな、感情や記憶、意思なんかが重要なエネルギーになります」
「そうね。付け加えるなら、私達みたいに越境者なら出たり入ったりする事は出来るけど、真夜を作れるのも、解けるのも鬼だけよ。―――じゃあ、鬼が討伐されて、強制的に真夜が解かれたらどうなると思う? 高坂君」
「えーっと……」
「まだ教えて無い事だから、想像で言ってみて」
「あ、はい。鬼が討伐されて、強制的に真夜が解かれたら……、真夜がはじける、とかですか?」
「残念」
真一は分からないなりに考えて答えたが、不正解だった。
「正解は、現世と幽界の要素が混じったまま、現世と幽界に吸収される」
「吸収……ですか?」
世界が吸収される情景を想像しようとするが、どうなるのか全く分からなかった。
「想像し辛いわよね。私もどういう状態なのか分かっている訳じゃないの。ただ、昔、鬼が喰らう感情とか意思とかの精神エネルギー、その人は『気』って呼んでたみたいだけど、それを認識できる越境者が居たんだけど、その人が確認したのよ。鬼を討伐して真夜が解かれた場で、幽界の法則を纏った気が現世側の物質的な情報に交じったまま、コピー元に吸収されたんですって。そうなると、どうなると思う? 夕凪さん」
「もしかして、真夜でそのコピー元に起こった事が起こるんですか?」
「正解」
初めに校舎崩壊の話を聞いていたので、真言は正解することが出来た。
ただ、真言は何かカンニングしたようで、先ほど不正解だった真一に悪い気がした。
「ただ、フィードバックはいつ起こるか分からないの。その確認した越境者の著書には『運命に干渉する』って書いてあったわ。どういう事かと言うと、真夜で壊れた物はいずれ、そのように壊れる『運命に変わる』っていう事。運命だから、これは絶対よ」
「だから、さっさと壊しちゃうって事ですか?」
「そう。いつ壊れるか分からない状態で置いておくわけにはいかないでしょ?」
真言は、校舎の壊れっぷりを思い出し、ぞっとする。
いつか必ず、ああなる上、それがいつかは分からないのだ。そんな場所ではおちおち勉強していられないだろう。
「じゃあ、屍鬼はどうなるんですか?」
真一はいずれ鬼と戦う事になるのだ。屍鬼を倒して、その元になった人を死ぬ運命に変えてしまうのは、理不尽な死を嫌う真一には許容できない事だ。
「屍鬼ってどう書くか教えたわよね?」
「あ、はい。屍の鬼って書くんですよね?」
「そう。つまり、死体の鬼なの」
「既に死んでいるから大丈夫って事ですか?」
「ええ、真夜でズタボロになった屍鬼のコピー元の死因が病死だったりしてるのを確認してるから、大丈夫よ。だから、屍鬼のフィードバックについては死体をずっと残しておいたら、そのように損壊すると考えられているわ。勿論、死体をずっと放置して確かめたわけじゃないから、仮説だけどね」
想像し難い話だったため、真一と真言は顔を見合わせて、難しい顔をする。
「納得出来ない?」
「納得出来ないって言うか~」
「理解しきれないって言った方がいいです」
難しい顔をする二人に、自分も完全に理解出来ているわけでは無いので、御幸も苦笑いする。
「理解する必要なんてないわよ。そういうもんだと思ってなさい」
カレンが投げやりな意見でまとめてしまう。
「んな、乱暴な……」
「そうですよ。それじゃあ、ただの思考停止ですよ」
「だったら、アンタらテレビが何で映るか知ってんの?」
「そりゃ、液晶が―――」
「電波だか信号だかが映像になる理屈説明出来んの? そこまで知ってテレビ見てんの? 大体の理屈が分かりゃ問題ないのよ」
不服そうな二人の意見をカレンはいつものように乱暴な理論でぶった切る。
「テレビで人は死にませんからね」
カレンに簡単に同意するのが嫌で、真言はぼそりと呟いた。
「じゃあ、車でいいわ。車も走る仕組みを完全に理解してなくても、安全に走らせれる。でも、交通ルールを知らないと、事故が起こる。これと一緒よ。屍鬼や建物をいくらぶっ壊そうが、大丈夫。でも、建物は放置してたらぶっ壊れて事故が起こる。どう? 理解出来た?」
「うぐっ」
真言のつぶやきをカレンは聞き逃す事無く、キレイに言い返す。
ちょっとズレてる気もするが、妙に説得力のあるカレンの理論に、真言は呻く事しかできなかった。




