2-1 想像と違う高校生活
今回から第二章開幕です。
第二章は真言が中心の話となります。
県立豊ヶ原高校では、六限の授業後、生徒による校内清掃の時間がある。
自分たちが使う教室以外に、校内をいくつかのブロックに分け、各クラスが分担して毎日清掃するのだ。
真一は、中庭の生垣に突っ込まれたゴミを、火バサミを使って取りながら、こういう所は中学と変わらないな、と思った。
家族を失う前は新たに始まる高校生活について色々夢見ていたが、その時に思い描いていた程、高校生活は中学の頃と変わらないものだった。授業は難しくなったし、生徒の自主性という点で自由度は上がったが、それも想像していた程では無い。
テニスコートのフェンスに架かっている時計を見れば、後五分程で清掃時間が終わる。真一は集めたゴミを入れた袋を持ち、他のクラスメイトが居るであろう、中庭の入り口に向うことにする。
そこには既に真一以外、男女三名のクラスメイトが全員集まっていた。
「あっ」
その内の女子一人が、真一の姿を見て、小さく声を上げる。
その声で、他の二人も真一に気づくが、気まずそうに顔を逸らされてしまう。
それはそうだろう。さっきまで、三人で中々戻って来ない真一を誰が呼びに行くか押し付け合っていたのだ。気まずくて当たり前だ。
「えっと、ゴミ入れさせて貰っていいかな?」
微妙な空気に、真一は頬を掻き、三人が囲んでいる大きなゴミ袋を指さして言う。
「あ、うん。入れて入れて。そしたら、私が捨てて来るから」
「え? 大丈夫? 木の葉とか昨日の雨で濡れてて、結構重いよ?」
「大丈夫大丈夫。じゃあ、私ゴミ捨ててから、教室戻るから、ここで解散でいいよね?」
「あ、うん」
最初に真一に気づいたのとは別の女子が、いち早くゴミ袋を拾うと、真一のゴミを回収し、さっさとゴミを捨てに行ってしまう。
そして、もう一人の女子は慌ててその後を追った。
「あー、じゃあ、俺も教室戻るわ。お疲れ」
「ああ、お疲れ」
一人取り残された男子も、明後日の方を見ながら言い、その場を去る。
「はあ」
五月に起こった榊原紅子失踪事件解決後、ずっとこの調子である。
事件の真相を知っている身としては、彼らを恨む気持ちは無い。ただ、普通にしていてくれればいいのだが、真一に無実の罪を着せたと思っている方は、そうもいかないらしい。
本当に、真一の高校生活は夢見ていたものとは、かけ離れたものになってしまった。
真一は一人、掃除道具を片づけると教室に荷物を取りに戻る事にした。
豊ヶ原高校の校舎は大きく分けて、教室棟と特別棟とに分かれている。
教室棟は文字通り、各クラスの教室の入った校舎だ。一階には職員室、校長室、保健室、トレーニングルーム、購買、下足室が二か所、男女更衣室等があり、二階から四階までが下から三年、二年、一年の教室が並んでいる。
特別棟は特別教室棟を縮めた呼び方で、普通はみんな略称で呼ぶ。ここには各教科の教室と準備室、図書室、規模の大きい文化部の部室等が入っている。
では、運動部や規模の小さい文化部はどうしているかと言えば、運動部にはグラウンドの隅に部室棟と呼ばれる運動部の部室を集めた建物がある。これは『棟』といっているだけで、ボロいプレハブ二階建てでしかない。そして、規模の小さい文化部だが、それらは専用の部室は無く、特別棟にある各教室や準備室に間借りして活動している。
真一が先月末から所属している文化人類研究会も、規模の小さい文化部なので、地学準備室を活動の場としている。
地学準備室は特別棟四階の角にあり、同じ階では吹奏楽部が第一、第二音楽室を使っているだけで、他に部活で使っている教室は無い。その上、二つの音楽室は渡り廊下を挟んで反対の角に並んである為、放課後、地学準備室に近づく者は、文化人類研究会の部員のみとなっている。
真一がノックをして、地学準備室に入ると、中には既に文化人類研究会の部長である三年の櫻澤御幸と、一年で同級生の立華カレンが居て、クッキーを摘みながらコーヒーを飲んでいた。
「お疲れさまです」
「お疲れ」
「お疲れ様。高坂君もコーヒー飲む?」
「あ、自分でやりますよ」
「そう?」
真一の挨拶に、カレンは視線を向けずに一言返し、御幸は真一にコーヒーを勧めてきた。
真一はウォーターサーバーから電気ケトルに水を汲み、スイッチを入れる。
何故か地学準備室にある食器棚から、自分のマグカップとドリップコーヒーのパックを出していると、電気ケトルのスイッチが上がり、お湯が沸いた。
ゆっくり、のの字を書くようにお湯を注ぐと、コーヒーのいい香りが立ち上る。
「結城先輩は、まだ来てないんですか?」
真一はお湯を注ぎながら、準備室にまだ来ていない部員について尋ねた。
「龍二は柔道部の稽古を手伝うって言ってたから、今日は来ないわよ。何か用だった?」
「いえ、居ないから気になっただけで、そういうんじゃ無いです」
文化人類研究会の部員で二年の結城龍二は、恵まれた体躯と抜群の身体能力を有しており、運動部から様々な頼み事をよくされる。その為、放課後はそちらに参加して、地学準備室に顔を出さない事がままある。
彼も御幸のチームに所属する越境者である為、ホームに行けば会えるのだが、そういった理由で学校で会う事は少なかったりする。
真一がコーヒーの入ったマグカップを手に、会議机を回り込み、自分の指定席に移動しようとした所、あってはならないものが目に入る。
「お前、学校でロボ出すなよ」
呆れた声で、真一はカレンを注意する。部室に入った時は気づかなかったが、日当たりの良い窓際で、ロボが丸まって寝ていたのだ。
真一は既にロボが普通の犬ではなく、カレンの越境者としての能力で生み出された一種の使い魔である事を知っていたが、学校に居て良いものでは無い事に変わりは無い。
「はあ? 別にいいでしょ?」
「いいわけあるか! 学校だぞ? 誰かに見られたらどうすんだよ」
「誰も来やしないわよ」
「もし、来たらだよ!」
「ウッサイわね! アンタは大人しく『お勉強』でもしてりゃいいのよ!」
カレンは自分のマグカップに残ったコーヒーを一気飲みすると、それを机に叩きつけるように置く。
そのままの勢いで席を立つと、寝ているロボのすぐ横に据えられた地学準備室に不釣り合いな立派なソファーにスカートの裾を気にする事無く寝転がった。
どうやって持ち込んだのかは不明だが、このソファーはカレンの私物で、男子禁制の品だ。
真っ赤な革張りのソファーにカレンの絹糸のような髪が広がり、窓から差し込む光できらきらと輝く。
「ったく」
中身はどうあれ、カレンのような美少女が、だらしなくソファーに寝そべる姿は、年頃の男子には目の毒で、真一は誤魔化す様に嘆息して眼を逸らす。
「じゃあ、そろそろ始めましょうか?」
「あ、すみません。お願いします」
学校内における越境者達の拠点となっていて、活動実態の無い文化人類研究会だが、わざわざ放課後に集まって何をしているかと言えば、現在は越境者になったばかりの真一の教育が主な活動だ。
五月中、御幸と梓に詰め込みで越境者としての常識を叩きこまれた真一だが、短期集中で詰め込まれた知識は定着し難いので、こうして部活の時間におさらいをする事になっている。
「じゃあ、鬼の生態について、覚えている限りで説明して」
「はい」
真一は姿勢を正し、記憶の中から鬼に関する知識を掘り起こす。
「鬼は本来、俺たちが住む現世とは交わらない、幽界と呼ばれる世界に住んでいて、現世にやって来る事は出来ません。でも、現世と幽界の隙間に真夜を作り出し、そこに現世の人間を引きずり込む事で人を襲います。あと、人を材料に現世の因子を持ち、現世で活動できる眷属鬼を作り出し、現世に干渉する事もあります」
「人を襲う理由は?」
「ええっと、確認する事は出来ませんが、鬼の言い分を信じるなら、鬼は人間の感情や意思から生じるエネルギーのようなものを食料にしていて、幽界より現世の方がそれが豊富である為、現世の生き物を狙うようになったと言われています」
「そうね。幽界に食料が全く無いわけでは無いらしいわね。正しい例えかは分からないけれど、生きる為というより、人が外食をする感覚、美味しいものを食べる為に人を襲うと言われているわ」
「そんな風に言われてるんですか……」
真一は鬼に襲われ、死にかけた時の事を思い出し、顔を顰めた。
「まあ、昔から鬼が言った事をまとめて、繋ぎ合わせるとそうじゃないか、って程度の話で、本当かどうかは分からないけどね。じゃあ、鬼の分類について、もう少し詳しく」
真一の様子に苦笑いしつつも、御幸の授業はまだまだ続く。
「あ、はい。―――幽界出身の純粋な鬼を幽鬼と呼び、その幽鬼が真夜に引きずり込んだ人間を使って作った眷属鬼、幽鬼や眷属鬼が使役する意思の無い屍鬼が居て、基本的に上位存在の鬼が出した命令には逆らえません。あと、眷属鬼は人を材料にしていますが、生前の記憶は引き継がれません。そして、屍鬼は真夜を作り出す時に取り込んだ現世の情報に鬼が力を込めて作り出す為、現実に居る人間の姿をしています。ただ、そこに繋がりは無く、例えば俺の姿をした屍鬼を殺しても、現世の俺には全く影響しません」
「はい。大体、大丈夫ね。あと、さっきから眷属鬼の材料を人に限定しているけど、人に限らず、生き物なら何でもいいのよ」
「え? そうなんですか?」
「ええ、実際に日本では犬や熊、大陸だと虎なんかの眷属鬼も確認されてるわ。ただ、眷属鬼は現世での幽鬼の先兵だから、社会に溶け込み難い動物はあまり眷属鬼に向いていないと考えてるみたいで、数は少ないのよ」
「はあ、そうだったんですか」
他意は無いが、真一は日の当たる場所で寝そべるロボを見る。
「何見てんのよ」
こちらを気にした様子も無かったのに、カレンに気づかれ睨まれた。
「んん! じゃあ、次は―――」
御幸が咳払いをして、真一の意識を引き戻す。
こうして、真一のおさらいは部活時間一杯まで続くのだった。
◇◇◇
部活時間が終わり、真一はカレンと一緒に下足室で靴を履き替え、昇降口を潜る。
三年生と一、二年生の下足室は別になっているので、校門に近い三年の下足室がある昇降口へ二人並んで向かう。
タイミングが合えば、ここで龍二も合流するのだが、今日はそうならなかったようで、二人だけだ。
「アンタ、知識は付いてきてるみたいだけど、トレーニングはちゃんと続けてるんでしょうね?」
「ちゃんとやってるよ。毎日、朝は走ってるし、寝る前に筋トレも欠かしてないよ」
「ならいいわ。アンタがいつまでもひょろいと、アタシが迷惑するんだから、サボんじゃないわよ?」
「わかってるっつーの」
真一の教育は御幸と梓が座学的な事を、カレンが実戦的な部分を担当し、現場でも基本的にカレンと行動を共にするように言われていた。
ただ、真一の能力は分かっていない事が多い上、直接的な攻撃力が期待出来るものでもない為、現在は基礎体力の向上を図るに留まっている。
「何の話?」
「カレンに訓練をサボらないように注意されてたんですよ」
「高坂君、サボってるの?」
合流した御幸にカレンとの会話について伝えると、御幸は目を恐くさせる。
「いやいや、サボってませんよ。釘刺されたって意味ですから」
「そう。だったらいいんだけど、命に係わる事だから、しっかりお願いね」
「勿論です。もう、あんな思いはごめんですから」
御幸の目が緩むが、真剣さは衰えず、こちらからも釘を刺された。
真一は、これが信用されていないからでは無く、本当に命に係わる事で、心配されているからだと理解していたので、嫌な気持ちにはならなかった。
部活終わりの生徒が校門に向かう波に乗り、三人はいつものように連れ立って、校門に続く道を歩く。
「ほら、今日もお迎えが来てるわよ」
運動部の一団の向こうに校門が見えてくると、御幸が笑い含みに真一に言った。
制服や部活毎のジャージを着た、一目で豊ヶ原高校の生徒だと分かる学生ばかりが潜る校門の脇に、白いセーラー服を着た女の子が一人立っている。
それは近所にある中学校の制服で、数年前まではその制服を着ていた者も多く、そうで無くてもよく見かける馴染のある制服である為、周囲からは誰かの知り合いだろうと思われているのか、真一の見たところ、今は注目を浴びている様子は無い。
ただ、こう毎日だと、噂になるのは時間の問題だとは思っている。
「あ、先輩」
少女は人波の中に、真一達の姿を見つけると、小さく跳ねながら、大きく手を振って存在をアピールする。
少女が跳ねる度、小さなポニーテールもぴょこぴょこ跳ねる。
笑みを浮かべる顔の中で、大きな目が印象的な少女―――夕凪真言が、真一達三人と合流した。




