1-18 エピローグ
夏至が近づくにつれ、日は長く、夜が短くなっていく。
蒼い月が浮かぶ真夜を体験してから、真一は夜になると月の色を確認する癖がついてしまった。
あの日、真言が保護され、カレンが突入するまでの間、教室棟四階廊下で何があったのか、誰も知らない。
真言を保護するまで真一に張り付いていた梓も、真一を救出したカレンも、真一が暴走していた間の事は知らない。
真一自身は絶望から立ち上がり、教室棟四階の廊下を埋め尽くす屍鬼に向かって突っ込んだ時から、真一の記憶は途切れていた。次に思い出せるのは、ホームの客間に敷かれた布団で目を覚ました所からだ。ただ、詳細は分からずとも、カレンが間に合わなければ死んでいた事は理解していた。
結局、自分の事すら守れなかった真一は、以前、御幸に誘われた通り、鬼を討伐するチームに所属する事を決めた。
これほど危険な目に遇いながらも、そのような決断をしたのには理由がある。
真一は紅子に襲われた時、自分の死に納得せず、抵抗する事を選んだ。
しかし、その気持ちは自分だけに向けられたものでは無かった。どうも自分は、目の前にある理不尽な死が許せないらしい。自らの行動で、それを覆す事が出来るなら、無茶も無謀も省みずに行動してしまうのだ。
今度もし、同じように鬼に襲われている人が居たなら、必ず助けようとするだろう。
その時、無力のままではどうしようも無い。
それに気が付いたら、もう仕方なかったのだ。
榊原紅子行方不明事件についてだが、既に公式に解決された事になっている。
カレンが紅子を始末した翌週月曜日、豊ヶ原高校では緊急集会が開かれた。
その会で校長から発表された事件の顛末は、真一を驚かせるのに十分な内容だった。
曰く、榊原紅子は遠方に実家があり、豊ヶ原高校に通う為、市内で一人暮らしをしていた。しかし、急に父親が亡くなった為、紅子を一人暮らしさせながら高校に通わせる事が難しくなってしまった。
父の葬儀や母親の実家に引っ越す準備等、立て込んでおり、学校を無断欠席する事となってしまったが、警察が動くほどの大事になっているとは本人も思っておらず、非常に驚いていたそうだ。
そして、友人達にお別れを言えないのは心苦しいが、このまま豊野市には戻って来ないとの事だった。
それを聞いた真一は驚いて、開いた口が閉じれなくなった。
この嘘八百の決着は、御幸達が言うには、御幸の実家である櫻澤本家の仕業らしい。
古くから続く、鬼の討伐を生業にする櫻澤家だが、その性質上、国の上層部と太いパイプを持っているそうで、人間社会に根を張った鬼を討伐した場合、こういった処理をするそうなのだ。
校長が話した内容も、紅子が学校に潜り込むために用意した設定を元にしており、そうそうボロの出るものではないそうで、芸が細かい。
さて置き、紅子の行方不明に関して、全校生徒から疑いの目で見られていた真一の容疑はこうして晴れたわけだが、何もか元通りとはいかなかった。
真一は舞台裏を知っているので、そこまで気にしていなかったのだが、周囲はそうはいかない。
特に、完全に犯人扱いしていたクラスメイトなど、真一を腫れもの扱いするので、以前とは別種の居心地の悪さを感じる破目にあっている。
そして、そんな状態でオリエンテーション合宿を迎える事となった。
実は真一は休むつもりだったのだが、御幸が学校行事を休む事を許してくれず、強く参加を命じられた。
御幸以外、誰も望まない真一の参加により、参加者全員に最悪の思い出が提供された。
そして、月が替わって六月に続く。
五月中は、事後処理等で忙しい御幸や梓の時間に合わせて、越境者としての常識を教えて貰う、座学的な事ばかりしてきたが、これからは本格的に越境者としての活動が始まる。
真一の心は高鳴っていた。
勿論、鬼との戦闘に命の危険が伴う事は承知している。
何せ真一は紅子に襲われた二度とも、死にかけているのだから、既に身を以て嫌という程学んだ。
だが、自らの力で誰かに降りかかる、理不尽な死を跳ね除ける事が出来るのだ。
それは、危険を冒しても手を伸ばす価値のある事だ。
それは、家族を失い、鬼に見初められる程に絶望と無気力に浸った真一にとって、生きる理由としても、死ぬ理由としても掲げるに十分な目的だった。
こうして、期待を胸に、真一の六月は始まるのだった。
今回で第一章が終了となります。
次章からは真言を中心とした話です。




