1-15 乱暴の意味
真言は目の前で繰り広げられる理不尽に、目と口を大きく開き、呆然と見入る。
ついさっきまで、生きるの死ぬのと悲壮感たっぷりに言っていたのに、自分たちが驚異と感じていたそれらは、いっそ可哀想に思える程、呆気無く蹂躙されていく。
真言のすぐ横で、梓もスリングショットで周囲の屍鬼を撃ち抜いているが、その程度は誤差と言ってしまえる程の暴力だ。
瞬く間にグラウンドと校舎際にいた屍鬼の大半が地に伏し、暴れまわる獣たちの中から、一際大きな灰色の獣が真言と梓の前にやって来る。
遠目でもその大きさは感じていたが、目の前に来るとあまりの迫力に身が竦む。
見た目は犬のようだが、こんな大きさの犬など存在しない。背の高さはサラブレッド並みだが、サラブレッドのような細さが無く、がっしりとした体躯から物理的に押されているような圧を感じた。
「梓さん。ソイツが例の一般人?」
真言は、目の前の獣が喋ったのかと思い、一瞬ギョッとしたが、伏せる獣の背からアッシュブロンドの美少女が降りて来たので、すぐに彼女の声だと分かり、ほっと息を吐く。
「はい。彼女をホームに連れて行くつもりだったのですが、思った以上に屍鬼が多く、危ない所でした。救援ありがとうございます」
「あ、ありがとうごさいます。あ、あの私、夕凪まこ―――」
「そんな事どうでもいいのよ! アイツは?」
梓の礼も、真言の自己紹介も一言でぶった切り、カレンは真一の状況を確認する。
「私が最後に確認したのはカレンさんと通信した通りです。龍二さんからも連絡がありませんし、あの状況では自力での脱出は難しいでしょうから、生きていれば、まだ教室の前かと思われます」
「え? 生きていればって……」
梓の言葉に、真言は驚いた。てっきりすぐに助けが来る状況になっていると思っていたのに、そうではなかった事を今知った。
「守沢さん。生きていればって―――」
「アイツのクラスっていったら……あの辺りね」
「はい。しかし、校舎内はどこから屍鬼が現れるか分からない状態です。カレンさんの群狼は狭い場所では全力が出せないのでは? 龍二さんを回収していかれますか?」
「そんなまどろっこしい事してる暇は無いわ」
二人は真言を無視して話を続ける。
反応しない二人に、真言は声量を上げた。
「あの! 高坂さんは―――」
「アンタ、さっきからウッサイのよ! こっちはアンタに構ってる暇ないんだから! それくらい分かんなさいよ!」
カレンの怒号に吹き散らかされた。
真言を黙らせたカレンは、梓に向き直る。
「梓さん。結構無茶するから、後始末と本家への言い訳と御幸のフォローと、ついでにソイツの面倒、お願いね」
「はい。存分に」
結構な無茶振りを梓にして、カレンは再びロボに跨り、グラウンドの中ほどまで走って行く。
「―――な、何なんですかあの人! 助けてくれたのは、感謝してますけど、態度悪過ぎですよ。それに、高坂さんが生きていれば、ってどういう事ですか? 別の人が助けに行ってるんじゃなかったんですか?」
カレンの怒号で黙らされていた真言だったが、カレンが去った事でその呪縛は解かれ、梓に食って掛かる。
「彼女は私たちのチームのエースで、高坂さんの友人です」
どちらの評価についてもカレンは否定するかもしれないが、梓はあえてそう言った。
「友人って……」
「はい。実は高坂さんが夕凪さんを保護したと知った時、彼女は怒りました。高坂さんは一般の方より少し事情を知っていますが、戦えるわけではありませんから、心配だったんでしょう」
友人だったら仕方ないかもしれないが、真言は自分を助けたのが間違いだったかのように言われていたと知り、表情の選択に迷う。
「ただ、高坂さんが夕凪さんを逃がした時、私に夕凪さんを保護するように言ったのも彼女なんですよ」
「え?」
見捨てていればよかったという風な事を言ったのに、今度は真一よりも真言を優先する事を指示していたと言う。真言はカレンの事が分からなくなった。
「彼女は、高坂さんは自分を優先するべきだと思い、同時に私達は一般人を優先しなければならないと考えているんですよ」
「友達なのに、ですか?」
「高坂さんは一般人とは少し違いますから」
だから、自分たちの優先順位は真言が上で当然だと言う。
「その時、彼女はここから離れた所に居て、もう一人の仲間もすぐに高坂さんの元に行けない状態でした。それでも夕凪さんを優先する指示を出し、代わりに自分は屍鬼の溢れる道を全速力でここに急行した、というわけです」
友人よりも他人を優先する指示を出し、自分の力に友人の命を懸ける。カレンは二重の意味で真一の命に責任を負っていた。
「だから、少し乱暴になってしまうのは大目にみてあげて下さい」
そんな話をされては怒るに怒れなくなる。
ただ、素直に反省出来る程、真言は大人にはなれず、閉じた口が尖ってしまう。
「ここは少し危険なので、校舎から離れましょう」
「はい」
真言は梓の指示に素直に従い、そこかしこに倒れ伏す屍鬼を避けて、グラウンドの隅に移動する。
しかし、カレンが梓と話している間も、黒狼によって屍鬼への蹂躙は続いており、カレン達以外に動く者の無くなったグラウンドで、何が危険なのか、その意味を理解していなかった。
そして、グラウンドの隅に着き、振り返った真言は、ようやくその意味を知る。
「な、な、な―――」
あまりの光景に、言葉が上手く出ない真言は、口をぱくぱくと開閉させて驚きを表現する。
「何なんですかアレはー!」
ようやく出た言葉と共に、グランドに現れた巨獣を指さす。
「さっきまで―――も大きかったですけど、あれほどじゃなかったじゃないですか!」
グラウンドにはサラブレッド並みから大きく成長したロボが立っていた。
背までは十メートルに少し足りない位だろうか、四階建ての校舎に近い高さがあり、頭を入れると、完全に校舎を見下ろしている。
「そういう種類なんですよ」
「どんな種類ですか!」
梓渾身の冗談だったのだが、真言には通じなかったようだ。
そんな二人を他所に、カレンはロボの背から同じ高さにある四階の廊下を見て、状況を確認する。
次に、地上の二人が十分な距離を離れたのを確認してから、カレンはロボに命じる。
「ロボ! やっちゃいなさい!」
ロボは校舎に向き直ると頭を低くし、軽く助走をつけ、四階部分に頭突きをぶちかます。
学校は災害時に避難所に使われる程の強度を誇る。ちょっとやそっとの事で崩れたりしないが、設計者もまさか校舎と同等の大きさの獣に頭突きを食らうとは想定していなかっただろう。
ロボの額は見事、四階部分の廊下の一部をぶち抜いた。
ロボが校舎に埋まった頭を引き抜くと、ぶち抜かれた部分が崩れる轟音が響き、その衝撃で真言は腰を抜かす。
「な、何やってんですかー!」
「おそらく、校舎内を行くより早く、確実だと思ったんでしょう」
「だからって、アレは無いでしょう?」
完全にパニック映画から怪獣ものにジャンルが変わってしまっている。
「ですから、『少し乱暴になってしまうのは大目にみてあげて下さい』と言ったではありませんか」
「それって、私への態度の事じゃなかったんですか? この事だったんですか?」
「はい。彼女の態度はいつも大体ああですから」
「どっちにもびっくりですよ!」
真言は突っ込み疲れ、肩を落とす。
最初、真言はその容姿と口調で、梓の事をクールな美人だと思っていたが、実際はかなりボケた人だったようだ。
「って、アレ! 高坂さんは大丈夫だんですか?」
命の恩人に対して申し訳ないが、あまりの衝撃に真言の頭から真一の事がすっぽ抜けていた。
「大丈夫でしょう。彼女がそんな初歩的なミスをするはずがありません。おそらく、あの大きさにしたのは四階の廊下と視線を合わせる為でしょうから、きちんと内部を目視で確認してから攻撃しているはずですよ」
梓はカレンが生まれた時からの付き合いだ。豪快といっていい性格ではあるが、人の命が係わる事でいい加減な事は絶対にしないと信じられる。
「じゃあ、いいん―――いいんでしょうか? こんな事して」
真言は納得しかけたが、ロボの踏ん張りで抉れたグラウンドや、崩れた校舎を見てそれを引っ込めた。
今更な話だが、あの大きさになれるなら、校舎を崩さなくても、窓から入れたのでは? と思ってしまう。
「後始末は私の仕事ですから。まずは人命最優先ですよ」
真言は梓の言葉を聞き、こんな状態に対してどんな後始末をするのか、知りたいような、知りたくないような複雑な気持ちになった。




