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真夜蒼月、幽界の門  作者: 今
第一章 越境
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1-14 脱出劇

 学校という施設は、よく考えると特別な施設かもしれない。

 そこを利用する人間のほとんどが同年代で構成され、専門的な学校で無い限り、その男女比もほぼ一対一となる。在籍している間は気づきにくいが、ここまでの規模のこういった構成の集団は他にはほぼ無いだろう。

 そして、学校に属する人間はほぼ同じスケジュールで過ごす為、人は無人の校舎に普段と違う印象を持つ。それが夜の学校を怪談の舞台としてスタンダードな存在にしているのだろう。


 そんな無人の、ただの夜では無く、真夜の校舎内を真言は土足で走る。

 時折、物陰から現れる屍鬼のせいで、ホラーというよりパニック映画のようだが、どちらにしろ夜の学校にトラウマを持ってしまいそうな状況だ。


 学校帰りにドラッグストアで買い物をしていただけなのに、何故かこんな状況に陥ってしまった。

 真一がした、かいつまんだ説明では抜け落ちている情報も多かったが、人より漫画やアニメ、ゲーム等に()()興味のある真言にとっては問題では無く、足りない情報は勝手に想像で補完し、この異常な状況についても正解に近い理解をしていた。


 紅子に騙されて逃げ場の無い場所に引き込まれた事についても、真一の所為だとは思っていない。クラスメイトが実は敵の親玉で、なんてフィクションではよくある展開だが、真言は現実とフィクションを混同していないので、紅子を初めから疑ってかかるのは有り得ないと分かっている。

 それに、真一は身を挺して真言を逃がしてくれた。あの状況で、残った真一が自力で逃げる事は、ほぼ不可能だ。それが分かっていて、たまたま行き合っただけの他人の為に残った英雄的な行為に真言は感動すら覚えた。これもフィクションではよくある展開だが、実際に命が懸かった場面でそれを選ぶ事が出来る人間がどれ程居るだろう?


 だから、真言もあの場を去る時、真一に助けを呼ぶ事を約束した。真一は期待していないかもしれないが、真言は絶対にやり遂げるつもりで約束をした。


 真言は生まれも育ちも豊野市で、家も豊ヶ原高校の近くだ。真一に聞いたマンションの場所も、そこに行く為のルートもすぐに思い浮かぶ。裏道、抜け道を駆使して絶対に辿り着いて見せるつもりで、少々の危険や怪我も覚悟の上だった。


 しかし、現在、真言は黒いライダースーツの表情が無い女性に先導され、安全な場所を目指してパニック映画さながらの校舎から脱出する為、走っていた。


 バリケードを抜け、気合十分に廊下を駆け、階段に辿り着いた真言は踊り場で待ち構えていた彼女に出会った。

 最初、表情の無い彼女を見た時、屍鬼だと思って悲鳴を上げかけたが、口元に人差し指を立てる仕草と明確な意思を持った目を見て、彼女が生きた人間だと気が付いた。


 彼女―――守沢(もりさわ)(あずさ)は女性にしては長身で、細身の体を黒いライダースーツで包んでおり、表情の無さと合わせて特殊部隊の隊員か、暗殺者のような雰囲気があった。実際、腕に装着したスリングショットで次々と現れる屍鬼を打ち抜いて行くその様は、一流のスナイパーを思わせる風格があった。


 梓が真一の言っていた人達の仲間だと聞き、真言はあっけなく目的が達成出来た事に拍子抜けした。

 そして、真一は別の仲間が救出に向かっているので、真言は梓と共に避難するように言われ、現在に至る。


 実際、屍鬼に襲われながら校舎内を移動していると、自分一人でホームに向かう事がどれだけ無謀な事だったか思い知らされる。梓が居なければ、校舎からの脱出も難しかっただろう。


「もうすぐ昇降口に着きますが、私は開けた場所で多人数を相手にする戦闘には向いていません。ですから、既に敵が集まっている校門には向かわず、校舎伝いに裏へ回り、裏門を目指します」

「はい」


 梓から方針が伝えられ、真言は神妙に返事を返す。


「あの、高坂さんは大丈夫でしょうか?」

「先ほどお伝えした通り、仲間が二名、救出に向かっています。どちらもチームの優秀なアタッカーです。屍鬼を大量に操るしか能の無い鬼に後れを取る事はありません」

「よかった……」


 真言は真一の元に向かったのが優秀な人材だと聞き、安心する。


 一方、梓はその二人は真一が無事な内に間に合う可能性が低いと知っていたが、あえてその事は伝えずにおいた。今、引き返す等と言われない為の措置だったが、安心して小さく笑顔を見せる真言を見て、心に痛みを感じる。


「今は自分自身が助かる事だけを考えてください。不安にさせるつもりは有りませんが、私自身の戦闘力は決して高くありません。油断していると危険です」

「は、はい。……すみません」


 罪悪感を誤魔化す為の言葉だったが、思いの外、キツイ言い方になってしまった。これは真一が危機に陥った原因の一つが、自分たちの秘密主義である為、余計に強い罪悪感を感じていた所為だろう。

 これ以上、八つ当たりのような真似をしないために、梓は口を閉じると昇降口の扉を開け、屋外へ踏み出した。


 二人は身を引くして、警戒しながら校舎沿いを移動していく。

 幸い、屋外を徘徊する屍鬼はまばらで、スリングショットの射程距離に入るなり、梓に狙撃され、撃ち倒される。


 順調に進むと思われた脱出劇だが、校門の方向から聞こえた不穏な音を合図に、雲行きが怪しくなる。


「あれって……」

「おそらく、校門が開いた音でしょう」


 二人は校舎沿いに植えられた生垣から校庭の向こうにある校門を窺う。


 そこには、門扉が大きく開かれ、校門の前に集まっていた屍鬼がグランドに大挙して押し寄せる、悪夢のような光景が広がっていた。


「先を急ぎましょう」


 幸い、校門は開いたばかりで、屍鬼の群れと二人の間にはグラウンドが広がっている。二人の位置まで到達するにはまだ時間がかかるはずだ。

 そう思い、先を急ぐ二人だったが、事はそう簡単に進まない。


「キャッ―――」


 突然、二人の目の前に人―――ではなく、屍鬼が降ってきた。驚きのあまり真言は悲鳴を上げかけ、慌てて飲み込んだ。

 だが、静まり返った真夜で真言の悲鳴は思いの外大きく響き、校門から入って来た屍鬼たちもそれに気づいたようで、一斉に二人の方を向く。


 梓は目の前に屍鬼が落ちて来た原因を確認する為、上を向き、息を呑んだ。


「危ない!」


 警告の言葉と共に、梓は真言の腕を引き、校舎際から離れる。

 次の瞬間、さっきまで二人が立っていた位置に、再び空から屍鬼が降って来た。真言は湿った音を立て、どろりとした血溜まりに沈んだ屍鬼から視線を逸らし、恐る恐る上を見る。


 そこで、真言が目にしたのは二階、三階全ての窓から身を乗り出し、今にも降って来そうな屍鬼の群れだった。それらの視線はしっかりと二人を捕らえ、届きもしないのに伸ばしたその手で宙を掻く。


 真言が呆然とそれを見ていると、二階の群れから一体の屍鬼が、窓枠に足をかけ、宙に飛び出した。


 足で窓枠を蹴った屍鬼は前の二体より飛距離を伸ばし、校舎際から離れた二人にもう少しで届きそうな位置に落下する。


「あ、あぁ……」


 屍鬼とはいえ、人の形をしたものが飛び降りる様子の一部始終を見てしまった真言は、真っ青な顔でうめき声をあげる。


 しかし、事態は悠長にショックを受けていられるほどの余裕を与えてくれはしない。

 校舎から次々と、二人めがけて屍鬼がダイブを開始したのだ。勿論、校舎際を離れた二人に届く事は無いが、落下した屍鬼が積み重なり、すでに落ちても無事なものが出てきている。


「こちらへ」


 悪夢のような光景に固まってしまった真言の手を取り、梓は校舎から距離を取って走り出す。


 最悪、背後に建物を背負って戦う事が出来る校舎際から押し出される形になってしまったが、校舎から離れなければ、落ちても無事だった屍鬼に囲まれてしまう為、仕方が無い。

 ただ、あまり校舎から離れると、今度は校舎裏へ回り込む事が難しくなり、脱出が出来なくなってしまう。

 ここは、屍鬼の数が対処不能になる前に、校舎の前を全速力で駆け抜け、校舎裏に抜けるしかない。


 しかし、躊躇いの無い屍鬼のダイブは梓が予想するより早く、多くの屍鬼を地上に届けてしまう。

 校舎の裏へ抜ける為には教室棟と特別棟の間に架かる渡り廊下を潜らなくてなならないのだが、このままではそこを抜ける前に塞がれてしまう。


 梓はすぐに方針を変える事を決める。

 こうなったら、グラウンドを抜け、校門からも校舎からも離れたフェンスを越えるしかない。


 フェンスを上っている間はスリングショットが使えなくなってしまうので、避けたい所だったが、こうなってしまっては仕方ない。

 ただ、そこは諦めるにしても、この案にはまだ問題があった。

 それは、結果的に右往左往しただけになったこの時間で、校門から侵入した屍鬼が随分近くまで来ており、もう少しで校舎側の屍鬼の群れと合流してしまうという事だ。


 こうなっては本当に仕方がない。

 梓は覚悟を決める。


「夕凪さん。このままでは私たちが抜ける前に、校舎裏へ続く道が塞がれてしまいます」

「えぇ?」

「ですので、グラウンドを抜け、あちらのフェンスを越えて脱出を図ります」

「グラウンドって……」


 グラウンドには既に屍鬼が居る。動きの速さに個体差がある為、まだ疎らな場所があるが、フェンスに辿り着くまでそのままという事は無いだろう。


「迷っている暇は有りません。私が出来るだけ援護するので、全力で駆け抜けてください」

「それって、守沢さんはどうするんですか?」

「当然、私も行きます」

「スリングショットって、走りながら撃てるんですか?」

「……撃つときは立ち止まります」


 始まってしまえばすぐにわかる事だ。

 隠しても仕方がないので、少し間があったが、梓は正直に答えた。


「そんな……!」

「言い合っている暇はありませんよ? この状況は悪くなる事は有っても、これ以上良くなる事はありません。むしろ躊躇った時間だけ状況は悪くなります」

「そんな言い方って、ズルいです」

「すみません。ですが、夕凪さんが気にする必要は無いのですよ。私は鬼を討伐する事を生業とする家の女です。あなたのような一般人を守り、果てるのは当たり前の事なのです」


 梓は本当に当たり前の事を言っているつもりだった。


 勿論、命を捨てる事を当然と思っているわけでは無い。生きる道があるならば、全力を尽くす。ただ、その上で命を失う場合があるのは当然の事と覚悟をしているに過ぎない。


 だが、その淡々とした調子と無表情が、真言には生きる事を諦めているように見えて、認め難かった。


 真一の自己犠牲の上で逃がされ、ここで梓に同じように助けられる事には同意し辛かった。

 この時間が自分以上に梓の生存率を下げる事は分かっていたが、頷く事が出来ない。

 真言は別の方法を考えようとするが、焦って考えが纏まらない。

 答えが出ないまま、真言は口を開く。


「他に、他に方法は無いんですか?」


 結局、そんな事しか言えない。

 これでは子供が駄々を捏ねているだけだ。


「例えば……例えば、校舎に逃げ込んで、籠城するとか」

「夕凪さん」

「高坂さんを助けに行ってる人が、高坂さんを助けてくれるまで耐えたら、こっちも助けて貰えるんじゃないですか?」

「夕凪さん」


 梓が真言を呼ぶが、真言はそれ以上言わせないように、闇雲に言葉を続ける。


「そうですよ。守沢さんも、優秀な人だって言ってたじゃないですか。それなら―――」

「夕凪さん」


 遂に梓は真言の肩を掴み、言葉を遮った。


「だって、そんな事したら、守沢さん死んじゃいますよ……」

「夕凪さん。もういいんです」

「いいなんて事―――」

「いいえ、もう助かったので、大丈夫です」

「え?」


 梓は真言の肩から手を外し、校門の方を指さす。


 その指を追うように、校門の方に視線を向けた真言が見たものは、コメディタッチのアクション映画の悪役のように、宙を舞う屍鬼と、屍鬼を跳ね飛ばしながら飛ぶように走る獣の姿だった。


「なっ、何ですか? あれ!」

「ウチのエースです」

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