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真夜蒼月、幽界の門  作者: 今
第一章 越境
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1-13 疾走する獣

 真一が真夜に引きずり込まれたと、真一に張り付いている守沢(もりさわ)(あずさ)からの報告が入ったのは、カレンがエレベーターから一階のエントランスに出ると同時だった。


 報告はハンズフリーで複数同時通話状態のスマホでされた為、チーム全員に情報共有がされ、一瞬で全員が臨戦のテンションに切り替わった。


 展開された真夜の範囲はすさまじく広い。こちらが待ち構えていたように、相手もこの一週間で入念に準備をしていたようだ。

 梓はその報告をした直後、通話を抜け、真一を見失わない為に真夜に入った。

 敵が既に動き始めたのなら、ぐずぐずしている暇はない。


「御幸。アタシも真夜に入って、さっさとアイツを保護するわ。そっちは眷属鬼の方をお願い」

「ええ。分かったわ」


 御幸と簡単に方針を決め、カレンも真夜に入る。


 空は早送りのように暮れ、星の無い、蒼い月だけが浮かぶ夜に沈む。それまで意識しないだけで感じていた人の気配が薄れ、それに伴い真夜を展開した眷属鬼の気配が薄っすら空気に混ざる。


 カレンはエントランスを抜け、外に出ると眉を顰めた。


「何よ、これ」


 そこには先週、紅子を追い詰めた時の比では無い量の屍鬼が道を封鎖していた。


「フン! 用意していたのは真夜の拡張だけじゃなかったって訳ね。上等じゃない」


 カレンは鼻を鳴らすと、胸を逸らし、腕を振る。


「ロボ! 蹴散らして!」


 カレンの呼びかけに応え、ロボは六頭の黒狼(こくろう)を従えてカレンの影から飛び出すと、一斉に前方の屍鬼に躍りかかる。

 カレンはロボが広げた空間を悠々と進みながら、ハンズフリーのイヤフォンマイクとスマホをしまい、代わりに小型無線機を装着した。


 チャンネルを梓に合わせて通信ボタンを押す。


「梓さん、こちらカレン。現在の状況と位置を教えて」


 少しのノイズの後、梓からの返事が返って来る。


「カレンさん、こちら守沢。現在、高坂さんは真夜に引きずり込まれた少女を保護し、市街地を西に向かって屍鬼より逃走中。もうすぐ豊ヶ原高校の前を通過します。おそらくですが、ホームを目指しているものと思われます」

「少女を保護ってどういう事?」

「高坂さんが真夜に引きずり込まれた時に、すぐそばで同じように引きずり込まれ、困っていたのを見かねたようです」

「何よそれ! バッカじゃないの! そんなの鬼の罠に決まってるじゃないの! 足手まとい連れてどうするつもりよ!」


 カレンは梓に言っても仕方がない事を、無線機に向かって怒鳴る。


「引きずり込まれた一般人を保護するのは私たちの仕事です。こちらで保護すべきでしょうね。ただ、私はもしもの時に備え、合流せずに監視を続けるように御幸様より指示されておりますので、出来ればそちらで合流をお願いします」

「わかった。こっちで合流する。でも、屍鬼が物凄い量で道を塞いでるから、少し時間がかかると思う。もしもの時はそちらで対応して。あと、状況が変わったら連絡をお願い」

「了解しました」


 カレンは梓との通信を終えると、周囲の状況を確認する。


 ロボと黒狼達の連携の取れた戦闘力は圧倒的で、取りあえず危険な距離の屍鬼は全て処理されており、現在はカレンから離れすぎないように注意しつつ、近付いて来る屍鬼を始末しているところだった。


「ロボ! 状況が変わったわ。少し無茶するわよ! アンタたちは戻りなさい」


 カレンから与えられた新たな支持を受け、風のような速さでカレンの元へ戻ると、六匹の黒狼は全てカレンの影へ潜り、ロボはカレンの前で伏せをした。


 カレンはショートパンツのベルトに押し込んであるグローブを手に嵌めると、両手を数度握り込み、手に馴染ませた後、ロボに跨った。


 すると、ロボの体躯は見る見るうちにその大きさを増していく。急速に成長するロボの体は跨ったカレンを持ち上げ、最終的に大型犬サイズからサラブレッド並みに成長し終えた時には、伏せの姿勢でもカレンの足は地面から五十センチは浮いていた。


 カレンが背に体を倒し、首筋の長い毛をしっかり掴むと、ロボは伏せの姿勢から立ち上がる。


「ロボ! 気合入れて行くわよ!」


 カレンの気合に応えるようにロボは一つ遠吠えを響かせ、駆けだした。


 その巨大な体躯はそれに見合うパワーを備えており、一気に加速したロボを阻む事は何者にも出来ない。ロボ達が制圧した範囲を出ればまだまだ大量の屍鬼が溢れていたが、そんなものは障害物にもならない。

 鋼のような爪を使うまでも無く、速度と体重差だけで屍鬼は、風に吹かれる木の葉のように宙を舞う。全く速度を落とす事無く、ロボは屍鬼の溢れる道を突き進んだ。




◇◇◇




 立華カレンはよく気が短いと言われる。


 カレンと一定の距離があり、あまり関わりの無い人間、例えば同学年の違うクラスの人間等は、カレンが怒っている所しか見た事が無い者も多いだろう。

 しかし、ある程度以上、カレンと付き合いのある人間は、ほとんどの場合、怒鳴っているだけで怒っていない事を知っている。確かに表現が激しく、声が大きいので怒っているような印象を受けるが、カレンはどうでもいい事では怒らない。

 鼻を鳴らすのも、怒っているのではなく、ただの癖だ。そして、不機嫌そうな場合は興味が無く、退屈しているだけなのだ。


 そんな怒ってばかりの印象があるカレンだが、実は情の深い所がある。

 一旦、懐に入れた相手にはとことん情をかける。それは相手を甘やかすという事では無く、本当に相手が必要とする手助けをしたり、良い事があれば共に盛大に喜び、悲しい事があれば少し乱暴にだが、励ます。

 そして、間違った事をすれば、怒る。

 言いにくい事もはっきり言うし、手を出す事に躊躇いが無い。

 ただ、決して見捨てない。


 立華カレンは短気では無く、情け深い少女だ。


 そんなカレンは今、怒っていた。


 原因は真一が少女を保護した事だ。

 確かに行いは立派だ。しかし、それは本当に少女を助けられたらの話だ。


 真一は越境者になったが、その力の詳細は不明。扱いにも慣れておらず、自分に何が出来て、何が出来ないかもわかっていない状態だ。

 そんな中途半端な奴が鬼と対峙して無事でいられるとは思えない。


 もし、真一が自分の力を過信してそんな無謀な行動に出たのであれば、真一だけでなく、共に居る少女すら危険に晒す事になるだろう。


 真一に会ったらその辺りの事を問いただし、場合によってはぶん殴ってやるつもりだった。


 しかし、いつまでたっても合流出来ない。


 既に豊ヶ先高校の前を通り過ぎてしまった。

 高校周辺からホーム周辺にかけて、道を埋め尽くしそうな屍鬼が配置されていたので、そのまま進むのを諦め、引き返したのかと思い、ドラッグストアに向かって進んだが、屍鬼の密度が落ちるだけだった。


 そして、そこまで来る間に遭遇した屍鬼の動きも、カレンの姿を見て向かって来るだけで、誰かを追っている様子は無かった。


 カレンは周囲の屍鬼を蹴散らすと、ロボの背から降り、黒狼達を呼び出す。


「無線を使うから、安全を確保して」


 ロボに自身を守らせ、黒狼達に屍鬼の相手を命じると、無線の通信ボタンを押す。


「梓さん、こちらカレン。アイツが居ないわ。どうなってるの?」


 二度ほど同じ通信を送り、三回目の通信を送ろうとした頃、梓からの返信が入る。


「カレンさん、こちら守沢。応答が無いので通信を控えていました。すみません」

「こっちこそ、ごめん。屍鬼がやたら多いから、ロボに乗って豊ヶ原高校まで走ってて、通信に気が付かなかったわ」

「いえ、大丈夫です。それで、現状ですが、高坂さんは豊ヶ原高校の四階、ご自身のクラスで眷属鬼と対峙しています」

「どうしてそうなんのよ!」

「鬼がクラスメイトの姿で誘い込んだのです。私は締め出されてしまって、先ほどようやく校舎内に進入出来たのですが、廊下がバリケードで封鎖されていて、助けに入れないでいます。龍二さんが応援に向かってくださっているのですが、校内にも多数の屍鬼が潜んでいて、まだ到着しておりません」


 カレンは空に浮かぶ蒼い月を睨みつける。


(御幸。これがアンタが選んだ結果よ)


 心の中で、幼馴染の親友に向け、厳しい言葉を投げかける。


「この後、私は屋上からの侵入を試みます。カレンさんも―――」

「どうしたの?」


 途中で言葉を切った梓にカレンが問いかける。


「状況に変化がありました。高坂さん達と鬼が居る教室に屍鬼が突入して、高坂さん達が廊下に出てきました。―――保護した少女を逃がすようです。少女がバリケードを潜ってこちらに来ます」

「アイツはどうしてるの?」

「どうやら、少女が逃げる為の時間を稼ぐつもりのようです。バリケードの穴の前に陣取って屍鬼と戦闘に入りました」

「フン! やるじゃない」


 一応、最後まで責任を取るつもりのようなので、カレンは満足げに笑った。


「梓さんは、その子を保護してあげて」

「よろしいのですか?」

「ええ。アイツは一応、越境者よ。一般人の方が優先順位が高い。鬼とアイツは龍二とアタシで対処するわ。アタシは急いでそっちに向かうから、御幸には梓さんから伝えてちょうだい」

「了解しました」


 カレンは梓との通信を終え、黒狼を回収すると再びロボに跨がる。


「さあ、こっからが本番よ。気合入れなさい!」


 カレンに発破をかけられ、ロボは全身の毛を波立たせる。


 目標が定まった今、真一を見落とさないように力をセーブする必要は無くなった。

 ロボは全力で駆ける。


 この場合、ロボの進路は道に限らない。

 圧倒的な脚力で飛び上がれば、容易に住宅の屋根に飛び乗る事が可能で、そこから別の建物の屋根に飛び移り、電線を飛び越え、目的地への最短距離を一直線に駆ける。


 カレンも周囲を気にする余裕は無く、全力でしがみ付いていなければ簡単に振り落とされてしまいそうだ。


 それ程無茶をして、カレンは現場に急いだ。

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