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遊び人公爵様は、オテンバ妻を溺愛したい  作者: からねこ
第1章

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第35話:囚われの少女

時を遡ること三日前。

ヴェイン公爵邸のサンルームで、不器用な夫婦がようやく互いの本音をぶつけ合い、真の意味で心を通わせた翌日のことである。


フローリスの元に、宮廷魔法局の局長であるノアから一つの極秘情報がもたらされた。

王都の外れ、北の山脈の麓にある打ち捨てられた廃村に、カルト教団の残党が潜伏している疑いがあるという。さらに、そこには強烈な『黒魔術』の痕跡が確認されたとのことだった。


「俺が直接出向いて、結界ごとネズミどもを炙り出してくるよ」


フローリスが屋敷を出る準備を整えながらその事実を告げると、キアラは当然のように愛用の短剣を腰に帯び、動きやすい漆黒の修練着を身に纏ってフローリスの前に立ち塞がった。


「私も行く。お前が戦う時は、共に背中を守り合うと約束しただろう?」


凛とした赤い瞳で真っ直ぐに見つめてくるキアラ。以前のように「お留守番してて」と過保護に遠ざけることは、もうしないと誓ったばかりだ。

フローリスは嬉しそうに目を細めると、「うん。頼りにするよ、キアラちゃん」と笑って彼女の手を取った。

こうして、ヴェイン公爵夫妻の初めての『共闘』が幕を開けたのである。


---


王都の外れにある廃村は、薄気味悪い静寂に包まれていた。

その最奥にひっそりと建つ、一見するとただのボロボロの山小屋。だが、王国の筆頭魔法使いであるフローリスの目には、その小屋全体を覆う悍ましい呪いの結界と、淀んだ血の匂いがはっきりと視認できていた。


「結界の要は俺が解除する。中にいる連中は……」

「任せろ。生け捕りだったな?」

「うん。情報が欲しいから、できるだけ死なせないようにね」


フローリスが指先一つで空中に魔力の陣を描き、小屋を覆っていた黒魔術の結界をあっさりと打ち破る。

パリンッ! とガラスが割れるような音と共に呪いが弾け飛んだ瞬間、小屋の中から数人の黒外套の男たちが慌てふためいて飛び出してきた。教団の下っ端の魔術師たちだ。


「な、結界が破られた!? 貴様ら、何者——」

「遅い!」


男たちが呪符を取り出すよりも早く、キアラの体が地を蹴った。

フローリスの風魔法による身体強化の支援を受けたキアラの動きは、もはや凡人の目で追える速度ではなかった。瞬きをする間に敵の懐に潜り込み、短剣の峰と重い蹴りで、次々と男たちの鳩尾や顎を撃ち抜き、意識を刈り取っていく。


「ぐはっ!」

「ひぃっ!? ヴェイン公爵……ッ! なぜこんな場所に!」


キアラの猛攻から逃れ、背を向けて逃げ出そうとした者たちの足元からは、フローリスが発動させた茨の魔法が生き物のように這い出し、容赦なくその体を簀巻きにして縛り上げた。


「はい、おしまい。キアラちゃん、怪我はない?」

「これしきの雑兵で後れは取らんさ。お前の魔法の支援も完璧で、ひどく戦いやすかった」

「えへへ、キアラちゃんに褒められちゃった」


初めての夫婦での実戦は、欠伸が出るほどにあっけなく、そして完璧な連携で幕を閉じた。


捕縛した下っ端たちを外の地面に転がしておき、フローリスとキアラは黒魔術の悪臭が漂う小屋の内部へと足を踏み入れた。


「ひどい魔力の淀みだ……。気を付けて、キアラちゃん。まだ奥に何かある」


フローリスの案内に従い、小屋の奥に隠されていた地下室への重い鉄扉を蹴り破る。

カビと鉄錆、そして血の匂いが充満する地下室の床には、禍々しい赤い塗料で描かれた巨大な『黒魔術の魔法陣』が、まるで心臓のようにドクドクと不気味な光を放ちながら脈打っていた。


そして、その魔法陣の中央。


「……人間?」


キアラが息を呑んで呟いた。

陣の中心に据えられた冷たい石床の上で、重々しい鉄の足枷を両手足に嵌められ、ぐったりと座り込んでいる人影があった。


色素の薄い、雪のように真っ白な髪。すり切れたボロボロの衣服から覗く手足は、折れてしまいそうなほど華奢で細い。泥と埃に塗れてはいるが、その顔立ちは人間離れした愛らしさと、息を呑むような神秘的な美しさを備えていた。


「……生贄、いや、違う。この陣は、この子から魔力を強制的に吸い上げて、別の呪術の動力源にするためのものだ」


フローリスは即座に魔法陣の術式を解析し、忌々しげに舌打ちをした。

教団の連中は、この少女を自らの禁術を起動させるための『電池』のように扱っていたのだ。


「おい、しっかりしろ! 大丈夫か!」


キアラが迷わず魔法陣の中に踏み込み、足枷に繋がれた少女の体を抱き起した。

その温もりに反応したのか、少女がゆっくりと重い瞼を持ち上げる。

現れたのは、透き通るような美しい『赤い瞳』だった。


少女の赤い瞳と、キアラの赤い瞳が交差する。

その瞬間、虚ろだった少女の瞳に、微かな光が宿った。彼女はキアラの顔をじっと見つめ、ひどく懐かしいものを見るような、安堵の笑みを浮かべていた。


「……キアラ、ちゃん……?」


掠れた、鈴の転がるようなか細い声。


「え?」

突然親しげに名前を呼ばれ、キアラは戸惑いに目を丸くした。


少女はキアラの服の袖を震える細い指でギュッと掴み、涙ぐんだ赤い瞳で嬉しそうに微笑んだ。


「やっと……迎えに、来てくれたんだね……」

「……お前、私を……?」


キアラが問い返すよりも早く、少女は限界を迎えたようにふっと力を抜き、キアラの腕の中で完全に気を失ってしまった。


「おい! しっかりしろ! フローリス、早く!」

「キアラちゃん、とりあえずそのまま動かさないで。今、足枷と魔法陣を壊すから」


よく分からないといった顔で混乱するキアラを落ち着かせながら、フローリスは繊細な魔力操作で拘束の術式と物理的な鎖を粉々に打ち砕いた。そして、気絶した少女に治癒魔法をかけながら、フローリスは彼女の脈を探り——その異質な魔力の波長に、小さく息を呑んだ。


(この魔力の純度……人間じゃない。『精霊』だ。しかも、かなり高位の)


なぜ、こんな高位の精霊がカルト教団に捕まり、魔力を搾取されていたのか。

そして何より、なぜ彼女は初対面のはずのキアラの名前を知っていて、あんなにも親しげに、待ち焦がれていたような言葉を口にしたのか。

謎は深まるばかりだったが、今はここで考え込んでいる場合ではない。


間もなくして、フローリスが事前に支援として手配していた王宮の騎士団が到着した。


「閣下、ご苦労様であります! 賊はこちらで引き受けます!」

「うん、よろしくね。連中は王宮の地下牢の最下層にぶち込んで、絶対に自死させないように厳重に拘束しておいて。後で俺が直々に『お話』を聞きに行くから」


フローリスが笑顔で放った背筋の凍るような命令に、騎士たちは「は、はいっ!」と直立不動で敬礼し、気絶したカルト教団の下っ端たちを荷馬車へと放り込んでいった。


「キアラちゃん、その子を連れて帰ろう。屋敷で保護する」

「ああ。……だが、私は本当にこの少女に見覚えがないのだ。学園時代にも、こんな目立つ容姿の者はいなかったはずだが……」


腕の中で眠る白髪の少女を見つめ、キアラは首を傾げる。


「今は気にしなくていいよ。目を覚ましたら、事情を聞いてみよう」

フローリスはそう言ってキアラを気遣いながらも、内心では鋭く思考を巡らせていた。


---


王都のヴェイン公爵邸へと極秘裏に帰還したフローリスたちは、その足で屋敷の奥深くにある、最も警備が厳重な客間へと少女を運び込んだ。

彼女の存在が教団の残党や王宮内の内通者に漏れるのを防ぐため、使用人の中でも口の堅い家令や筆頭メイドなど、ごく一部の位の高い者にのみ事情を伝え、絶対に他言無用とする厳命を下した。


ふかふかのベッドに寝かされ、メイドによって汚れを拭き取られた少女の顔立ちは、泥が落ちたことでより一層、その人間離れした美しさを際立たせていた。


「不思議な子だな……。私のことを知っていた気になるが、どこか、他人のような気がしない」


ベッドの傍らで少女の寝顔を見つめながら、キアラがポツリと呟いた言葉に、フローリスは小さく頷いた。

実は、フローリス自身も彼女を見た瞬間から、強烈な既視感を覚えていたのだ。


(白い髪、透き通るような赤い瞳。そして、この中性和で美しい顔立ち……。間違いなく、最近どこかで同じ特徴を持つ人間を見た……)


フローリスの脳裏に、先日キアラを庇って凶刃に倒れた、あの気弱で心優しい『庭師の青年・アニス』の姿がフラッシュバックする。

フローリスは窓辺に立ち、月明かりに照らされる夜の庭を見下ろしながら、自身の頭の中で急速に繋がり始めた点と線に、冷ややかな視線を向けた。


(なるほどね。……そういうことか)


この時、フローリスが密かに辿り着いた『確信』。

それが、三日後の現在——アニスを執務室に呼び出し、彼の正体を丸裸にするあの対峙へと直結していくのである。

いよいよアニスとフローリスの対決です!(殴り合いじゃないよ)


続きは明日の21時投稿予定です!よろしくお願いいたします!

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