↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
遊び人公爵様は、オテンバ妻を溺愛したい  作者: からねこ
第1章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
25/36

第25話:新しい庭師

フローリスが宮廷魔法局から王太子エーリヒの執務室へと向かい、血生臭い陰謀の全貌に怒りをたぎらせていた頃。

王都の一等地に広がるヴェイン公爵邸の裏庭では、全く別の、のどかで穏やかな空気が流れていた。

「ふっ! はあっ! ……しぃっ!」

鋭い呼気とともに、風を切る重い音が連続して響く。

広大な庭園の一角、美しく手入れされた芝生の上で、公爵夫人であるキアラは一心不乱に木刀を振るっていた。

窮屈なコルセットも、足にまとわりつく重いドレスも今は着ていない。動きやすい簡素な修練用の衣服に身を包み、額に汗を滲ませながら、流れるような剣の型を反復しているのだ。

(フローリスが王宮へ出仕している間は、屋敷が静かで集中できるな)

キアラは木刀を構え直しながら、小さく息を吐いた。

誤解のないように言っておくと、夫であるフローリスは、キアラが武術の鍛錬をすること自体を止めるような男ではない。むしろ逆である。

彼女が庭で木刀を振り始めると、フローリスはいつもどこからともなく特等席(日傘とふかふかの椅子つき)を用意して現れ、「キアラちゃん、今日もすっごく綺麗だよ! 汗をかいてる姿も最高に可愛い! ああっ、今の踏み込み、まるで踊る妖精みたいだった!」と、アイドルの熱狂的なファンのように目を輝かせて見守ってくるのだ。

夫が自分の趣味(実戦訓練)を肯定し、ニコニコと応援してくれるのはビジネスパートナーとして非常にありがたいのだが、いかんせんフローリスのテンションが高すぎて、少しばかりペースを乱されるのも事実だった。

「よし、次は足捌きの確認だ。……ん?」

木刀を上段に構え直したキアラは、ふと、視界の端の茂みがカサリと揺れたのに気づき、動きを止めた。

警戒して視線を向けると、そこには一人の見慣れない青年が立っていた。

「……あ。申し訳ありません、奥様。修練のお邪魔をしてしまったでしょうか」

小首を傾げ、やんわりとした、耳に心地よい優しい声で謝罪してきたのは、新しく雇われたらしい庭師だった。

キアラは思わず、その容姿に目を奪われた。

色素の薄い、雪のように真っ白な髪。そして、人形のように整った、中性的なほど可愛らしくて綺麗な顔立ち。ひどく儚げな印象を受けるが、その手には庭師が使う剪定用の大きな鋏がしっかりと握られている。

「いや、構わない。私はただ素振りをしていただけだ。フローリス……旦那様がいないから、今のうちにみっちり体を動かしておこうと思ってな。お前は、見ない顔だな。新しく入った使用人か?」

「はい。数日前から、こちらの庭園の手入れを担当させていただくことになりました。アニスと申します」

アニスと名立った庭師の青年は、鋏を脇に抱え直すと、ふわりと柔らかく微笑んで深く一礼した。

その仕草はとても洗練されていて、荒事とは無縁の温和な雰囲気を漂わせている。

「そうか。私はキアラだ。この庭は広くて手入れも大変だろうが、よろしく頼むぞ、アニス」

「もったいないお言葉です。……それにしても奥様、素晴らしい剣筋ですね。重心が全くブレておらず、無駄のない美しい動きに見惚れてしまいました。邪魔にならないよう端の方で作業をしておりますので、どうかお気になさらず、続けてくださいませ」

「おお、そうか? お前、剣の良さがわかるのか!」

キアラの赤い瞳が、パァッと嬉しそうに輝いた。

フローリスの「妖精みたいで可愛い!」という愛妻フィルター全開の盲目的な褒め言葉も悪い気はしないが、武人としては、こうして『重心』や『無駄のない動き』といった技術的な面を真っ直ぐに褒められる方が、何倍も血が湧き立つというものだ。

「ええ、少しだけですが。奥様がどれほど真摯に武と向き合っておられるか、そのお姿を見ればすぐにわかります」

「ふふっ、お前は本当にいい奴だな。お世辞でも嬉しいぞ」

それからというもの。

フローリスが王宮での陰謀の調査で留守がちになったこともあり、キアラは毎日のように裏庭へ出て鍛錬を行うようになった。そして、庭の手入れを担当しているアニスとは、必然的に顔を合わせる機会が増えていった。

「奥様、少し休憩になさいませんか? 冷たいお水をお持ちしましたよ」

「おお、すまないなアニス。助かる」

二時間ほどぶっ通しで木刀を振り、汗だくになったキアラが木陰のベンチに腰を下ろすと、アニスが良いタイミングで水とタオルを差し出してくれる。

キアラがタオルでガシガシと豪快に顔を拭いている間も、アニスは嫌な顔一つせず、穏やかな微笑みを浮かべて隣に立っていた。

「アニスはよく気が利くし、静かでいいな。うちの夫などは、私が少し汗をかいただけで風魔法で無理やり涼ませようとしたり、手作りの謎の超高級栄養ドリンクを飲ませようとしたりと、少々過保護で騒がしすぎるのだ」

キアラが苦笑交じりにこぼすと、アニスはくすりと上品に笑った。

「旦那様は、それほどまでに奥様を深く愛していらっしゃるのですね。ですが、こうして日々鍛錬を欠かさない奥様のお姿も、私はとても素敵だと思います。旦那様のいらっしゃらない時間は、私がしっかり奥様のサポートをさせていただきますね」

「ああ、頼りにしてるぞ、アニス」

アニスは出しゃばらず、キアラの武術への情熱を静かに、的確に肯定してくれる。

そのやんわりとした優しい口調と、白髪の可愛らしい顔立ちも相まって、キアラにとって彼はすっかり『気の置けない、便利な庭師の弟分』のような存在になりつつあった。

ビジネスライクな夫婦関係(と本人は思っている)を築いているキアラにとって、熱烈すぎる夫の愛から少しだけ離れ、一人の武人として落ち着いて接することができるアニスとの時間は、良い息抜きになっていた。

(本当に、この屋敷での生活も悪くない。フローリスは有能なビジネスパートナーだし、アニスのように私の鍛錬を静かに見守ってくれる使用人もいる。……あとは、この実戦勘を鈍らせないよう、いつでも戦える準備をしておくだけだな)

王都の地下で、自身の命を狙う不気味なカルト教団が暗躍していることなど露知らず。

そして、愛する夫が自分を守るために王宮で殺意を振り撒き、血眼になって裏社会の掃除を始めていることなど、欠片も想像していないキアラ。

「奥様? どうかされましたか?」

「いや、なんでもない。さあ、休憩は終わりだ。次は短剣の型を見直すぞ。アニス、そこの木の枝ぶりだが、もう少し左側を落としてくれるか? 踏み込む際に少し邪魔になりそうでな」

「かしこまりました。すぐに調整しておきますね。……無理をなさらないよう、応援しております」

優しく微笑む白髪の美しい庭師に見守られながら、キアラは今日もご機嫌で木刀を構える。

フローリスが必死に守ろうとしている「お姫様の平穏」は、キアラ自身の逞しさと、新しく現れた謎めいた庭師・アニスとの穏やかな交流によって、フローリスの全く知らないところで、少しずつ新たな関係性を築き始めていたのだった。

明日の20時更新予定です!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。