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遊び人公爵様は、オテンバ妻を溺愛したい  作者: からねこ
第1章

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第24話:内通者

宮廷魔法局の局長室を後にしたフローリスは、王宮の長い回廊を、足早に、そして周囲の空気を凍りつかせるような冷徹な足取りで進んでいた。


(西の森の結界は、外側から人為的に解除されたテロ……。王宮内に、俺たちを、いや、俺の愛するキアラちゃんを危険に晒そうとした『内通者』がいる)


ノアから聞かされた事実が、フローリスの内側でドス黒い怒りとなって渦巻いている。

もしあの時、自分が一瞬でも魔獣の出現に気づくのが遅れていたら。もし、殲滅魔法の発動が間に合っていなかったら。

最愛の妻が、あの薄汚い獣の牙にかけられていたかもしれないのだ。


(※実際には、キアラが自ら短剣を抜き放ち、ドレス姿のまま完璧な体術で魔獣の脳天をかち割っているのだが、フローリスの強固な『愛妻フィルター』はその事実を「恐怖に震えながら俺を守ろうとした捨て身の行動」と完全に改ざんして記憶している)


「……絶対に許さない。キアラちゃんの平和な日常を脅かすクズどもは、俺が一匹残らず灰にしてやる」


ギリッと奥歯を噛み締めるフローリス。

しかし、その冷酷な怒りの裏側には、もう一つの、ひどく情けない焦燥感が入り混じっていた。


(それにしても……俺のバカ! なんであんな大事な夜に、気絶なんかして寝落ちしちゃったんだよぉぉぉっ!!)


狩猟祭初日の夜、王太子エーリヒからのプレッシャー(とフローリスは解釈している)に晒された後、ホテルで妻を押し倒したフローリス。

だが、張り詰めた緊張の糸が切れた彼は、あろうことかキアラに覆い被さったままスヤスヤと眠りに落ちてしまったのだ。

そして数時間後、目を覚ました彼を待っていたのは、自らネグリジェをはだけさせ、「私から義務を果たしてやろう! 脱げ!」と武将のような顔で迫ってくる妻の姿だった。


(あんなに情熱的に俺を求めてくれたのに! キアラちゃん、俺のことが好きすぎて理性を吹っ飛ばしてくれたのに! 俺ってば、嬉しすぎて二度目の気絶(ショート)を起こすなんて……っ! 新婚の初夜を二回もふいにするなんて、俺のバカアホ貧弱!!)


キアラの「王太子からの跡継ぎの重圧を感じている夫を助けようとするビジネス的配慮」を、フローリスは「情熱的な逆アプローチ」と爆速で超解釈し、歓喜のあまり許容量を超えてしまったのである。


(早くこの面倒な調査を終わらせて、今度こそキアラちゃんを俺の腕の中に……!)


ドス黒い殺意と、ピンク色の情熱。

二つの極端な感情を同時にたぎらせながら、フローリスは王宮の最奥、厳重な警備が敷かれた王太子専用の執務室へとたどり着いた。

彼は護衛の騎士たちを冷ややかな視線で威圧して道を開けさせると、重厚な扉をノックもせずに押し開けた。


「失礼しますよ、エーリヒ殿下」


「おや。ノックもなしに入ってくるとは、相変わらず行儀が悪いね、フローリスくん。君のそういう直情的なところは、学生時代から少しも変わっていないようだ」


部屋の奥、山のように積まれた国政の書類を前にして、豪奢な執務机の向こう側で優雅に紅茶のカップを傾けていたプラチナブロンドの青年——王太子エーリヒは、手を止めて静かに微笑みながらフローリスを迎え入れた。

病に伏せる国王に代わり国政を担う彼の、その細められたアイスブルーの瞳の奥には、すべてを見透かすような、絶対的な支配者の光が宿っている。


「前置きや皮肉は抜きにしましょう。先ほど、宮廷魔法局の局長から直接報告を受けてきました。狩猟祭初日の西の森に出現したブラックウルフの件……あれは野生の迷い込みなどではなく、人為的な結界解除によるテロだと」


フローリスが冷ややかな敬語で言い放つと、エーリヒは優雅にソーサーへカップを戻し、フッと意味深な笑みを浮かべた。


「……なるほど。どうやら魔法局も、ようやくその事実に辿り着いたようだね」

「ようやく、ですか。では、主催者である殿下は、すでにその事実を掴んでいらっしゃったと?」


フローリスが執務机の前の来客用ソファにドカッと腰を下ろし、鋭い視線を向ける。エーリヒはゆっくりと立ち上がり、執務机の引き出しから、厳重に封印が施された一つの木箱を取り出した。


「僕の直属の暗部が、狩猟祭の直前に少しばかり『薄気味悪い』情報を手に入れていてね。魔法局の公式な裏付けが取れたなら、いよいよ君と共有しておいた方がいいと思っていたところさ」


エーリヒはその木箱をフローリスの前の応接テーブルに置き、封印の呪符を指先で弾いて解いた。


「これは……?」


フローリスが眉をひそめながら箱の中を覗き込むと、そこには黒く変色し、異様な魔力の残滓を放つ『石の欠片』と、不気味な文様が描かれた古い羊皮紙が入っていた。

石の欠片からは、嗅ぐだけで吐き気がするような、淀んだ血の匂いが漂ってくる。


「王都の地下水路で発見された、何かの儀式に使われた痕跡さ」

「儀式……? ただの黒魔術のガラクタに見えますが」


「そう思いたいところだけれどね。この羊皮紙に描かれているのは、王国の北方に古くから伝わる『狂信者』たちの教義の断片だ。魔獣の精神を破壊し、特定の標的に向かって強制的に暴走させる……いわば『生きた凶器』を作り出す禁術の陣だよ」


エーリヒの言葉に、フローリスの黄金色の瞳が微かに細められた。

「禁術……。それが西の森の結界解除とどう繋がるというんですか」


「今回の結界解除に使われた魔力の周波数と、この石の欠片に残された術式の魔力波長が、完全に見一致しているのさ。つまり、あのブラックウルフは、ただ放たれただけでなく、明確な『標的』を与えられて結界のほころびへと誘導された」


エーリヒは執務室の窓辺へと歩み寄り、冷ややかな夜空を見上げながら静かに語った。


「そして、ここからが薄気味悪いところなんだが……彼ら狂信者たちの教義には、ある『贄(にえ)』の条件が記されていてね」

「贄、ですか?」

「ええ。至高の魔獣を降臨させ、神の怒りをもって王国を浄化するためには、『深紅の瞳を持つ、気高く優れた武人』の血肉を捧げなければならない……とね」


その言葉を聞いた瞬間、フローリスの心臓がドクン、と不快な音を立てた。

深紅の瞳。

その条件に当てはまる人間など、フローリスの世界にはたった一人しかいない。


「……エーリヒ殿下。それは、どういう意味ですか」


フローリスの声が、地を這うような低い声音に変わる。部屋中の空気が急激に冷え込み、テーブルの上のティーカップが、カタカタと微かに震え始めた。


「言った通りの意味だよ。あの日、あの時間帯、西の森にいたのは君たちヴェイン公爵夫妻だけだった。そして君の愛する妻、キアラの瞳は、美しい真紅だ」

エーリヒは振り返り、アイスブルーの瞳で真っ直ぐにフローリスを射抜いた。


「『優れた武人』という条件には、今の公爵夫人である彼女は結びつかないかもしれない。だが、学園時代の彼女の剣の腕を知っている者からすれば、彼女ほどその条件に合致する人間はいない。……つまり、あのテロの真の標的は、君の妻だった可能性が高いということだ」


(——キアラちゃんが、俺の知らない頭のおかしい狂信者どもの『贄』として狙われた?)


ピキッ、と。

フローリスの足元の絨毯が、無意識に漏れ出した極低温の魔力によって凍りついた。


(優れた武人? いや、キアラちゃんは俺が守ってあげなきゃいけない、か弱くて可愛いお姫様だ。でも、あの綺麗な赤い瞳は……キアラちゃんしかいない)


フローリスの脳内で、怒涛の殺意が駆け巡る。

王都の地下に潜む得体の知れないカルト集団が、あろうことか、自分の最も愛する存在を、魔獣の餌にしようと企んでいた。

その事実が、フローリスの理性を完全に焼き切った。


「……どこのどいつですか」


フローリスの全身から、黄金色の莫大な魔力が、目に見えるほどのオーラとなって立ち昇り始めた。

バリバリバリッ!! と、部屋の窓ガラスに巨大なヒビが走り、執務机の上に積まれた書類が突風に煽られたように宙を舞い、重厚な家具が軋むような悲鳴を上げる。


「落ち着き給え、フローリスくん。ここで僕の執務室を吹き飛ばしても、君の愛しい妻は喜ばないよ」


圧倒的なプレッシャーの中でも、エーリヒは防御魔法を微かに展開させながら、優雅な微笑みを崩さなかった。


「力任せに王都の地下を破壊すれば、民衆に被害が出る。それに、忘れてはいないかい? そもそも王室直属の結界を無傷で解除できたのは、魔法局も推測している通り、王宮内に『手引きをした内通者』がいるからだ。君が派手に動けば、実行犯は潰せても、王宮に潜むネズミは尻尾を隠して逃げてしまう」


エーリヒの冷静な指摘に、フローリスの殺気がピタリと止まり、その黄金色の瞳に冷徹な理知の光が戻ってきた。

空中で乱舞していた書類が、バサバサと床に落ちていく。


「……内通者。ノアちゃんもそう言っていましたね」

「そう。実行犯である狂信者どもと、王宮内で彼らに手を貸した裏切り者。この両方を同時に炙り出し、一網打尽にしなければ、根本的な解決にはならない」


エーリヒは歩み寄り、フローリスの前のテーブルに両手をついた。


「だから、フローリスくん。僕と協力しないか。僕の暗部を使って、王宮内のネズミの洗い出しと、狂信者たちのアジトの特定を行う。君は、王国一の天才魔法使いとして、その圧倒的な武力で実行犯を確実に叩き潰す。……君は妻を守れるし、僕は王宮の掃除ができる。悪くない取引だろう?」


腹黒い王太子の提案。

それは明らかにフローリスの力を都合よく利用しようとするものだったが、今のフローリスにとって、キアラの安全を確保できるのであれば、相手の思惑などどうでもよかった。


「……いいでしょう。その取引、乗ってやりますよ」


フローリスはソファから立ち上がり、普段のヘラヘラした仮面を完全に捨て去った、冷酷な『公爵』の顔でエーリヒを見下ろした。


「ですが、勘違いしないでくださいよ、殿下。俺はあなたのためでも、王国のためでもなく、ただキアラちゃんの平穏を守るために動くだけです」

「ええ、分かっているとも。君のその重すぎる愛は、時に国家権力よりも強大だからね」

「それと」


執務室を出ようとしたフローリスは、ふと足を止め、振り返らずに低く凄みのある声で言い放った。


「キアラちゃんには、指一本触れさせません。万が一、この陰謀に殿下が裏で糸を引いていて、俺たちを試すような真似をしているのだとしたら……その時は、王太子殿下だろうと容赦なく俺の魔法の餌食にして差し上げますから、覚悟しておいてくださいね」


その脅し文句すら優雅な笑みで受け流しながら、エーリヒは再び執務机に戻り、散乱した書類を一瞥してため息をついた。

「やれやれ、恐ろしい愛妻家だこと。……せいぜい頑張りたまえよ、フローリスくん。君のその奮闘が、退屈な宮廷生活の良い気晴らしになることを期待しているよ」


エーリヒの声を背に聞きながら、フローリスは王太子専用の執務室を勢いよく飛び出した。


(狂信者どもめ……! よくも俺とキアラちゃんの平穏な新婚生活を邪魔してくれたな。おまけに、俺の二度目の気絶の遠因にもなったんだから、絶対に許さない)


早く家に帰って、キアラを抱きしりたい。彼女の温もりを確かめ、今度こそ、今度こそ最後まで愛を伝えたい。

燃え上がる復讐心と、妻への焦がれるようなピンク色の想いを胸に、フローリスは夜の王宮の回廊を猛スピードで駆け抜けていく。


(待っててね、キアラちゃん。君を狙う不愉快な連中は、俺が全部、裏で綺麗にお掃除しておくから)


彼の愛する武闘派の妻が、邸の庭で木刀を振り回しながら「そろそろ私も実戦勘を取り戻さねばな」と、自ら敵陣に斬り込む気満々であることなど、フローリスは全く理解していない。


「妻を箱入りのお姫様として守り抜く」と決意を固めたフローリスと、その裏で「有能なビジネスパートナーの背中を守る」と誓っているキアラ。

互いを守るために全力ですれ違う最強の公爵夫妻の、新たな、そして盛大な勘違いに満ちた戦いが、ここから静かに幕を開けようとしていた。

今回は少し長くなりました……

次回は明日の20時更新予定です!よろしくお願いいたします!

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