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遊び人公爵様は、オテンバ妻を溺愛したい  作者: からねこ
第1章

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第11話:キアラの本音(番外編)

グランツ王国において、ヴェイン公爵家とモーランド公爵家という二大貴族の縁組が発表された時、当人たちの胸中は同じように絶望に染まっていた。

ヴェイン公爵家の末っ子・フローリスは、王都でも名高い稀代の遊び人である。特定の恋人を作らず、毎晩のように美しい令嬢たちと浮き名を流していた彼は、親から下された突然の結婚命令に心底うんざりしていた。

(結婚なんてしたら、もう女の子たちと自由に遊べなくなる。歴史と伝統に縛られたモーランド家の令嬢なんて、どうせ分厚い本を抱えたガチガチの堅物に違いない)

それが、顔合わせに向かうまでのフローリスの偽らざる本音であった。

一方、モーランド公爵家の令嬢・キアラもまた、別の意味で頭を抱えていた。

彼女は幼い頃から英雄に憧れ、ドレスよりもズボンを穿いて剣を振り回すことを好む、活発で男勝りな性格であった。しかし、厳格な家風の中ではその本性を隠すしかなく、社交界では完璧な『大人しく淑やかな令嬢』の仮面を被り続けていたのだ。

(相手はあの有名な女たらし。どうせ政略結婚の妻になんて興味も持たず、外で遊び歩くに決まっている)

キアラはそう予測し、顔合わせさえ「つまらない堅物の女」としてやり過ごせば、あとは邸宅で放置され、密かに自分の好きなように振る舞えるはずだと企んでいた。

しかし、両家の顔合わせの日。

ホテルの特別室で二人が対面した瞬間、フローリスの脳天を凄まじい稲妻が貫いた。

深紅のドレスに身を包んだキアラは、フローリスの想像を遥かに超える美しさだった。燃えるような赤茶色の髪、黄金色の瞳、可憐に伏せられた目元。そのすべてが完璧にフローリスの心を撃ち抜き、それまで「結婚なんて最悪だ」と嘆いていた遊び人の男は、一瞬にして消滅したのである。

「初めまして、キアラ嬢。ああ、なんて美しいんだ。君のような素晴らしい女性と出会えたなんて、俺は世界一の果報者だよ。まさに運命だね」

フローリスは無意識に歩み寄り、キアラの小さな手を取って熱烈な口づけを落とした。

甘く、とろけるような眼差し。それは、一目惚れした相手に対する純度百パーセントの愛情表現だった。

だが、キアラの受け取り方は全く違った。

(な、なんて軽薄な男なんだ……! 初対面の政略結婚の相手にまで、こんな夜の店のような営業スマイルと手口を使うとは! おそろしい!)

顔を真っ赤にして震えるキアラの姿を、フローリスは「奥ゆかしく恥じらう令嬢」として愛おしく受け止めたが、キアラの内心には警戒心しか生まれていなかった。二人の壮大なすれ違いは、ここから始まったのである。

* * *

華々しい結婚式を経て新婚生活が始まると、ヴェイン公爵邸の空気は奇妙なものとなっていた。

「おはよう、俺の可愛い奥さん。今日も世界一綺麗だね」

「ひゃっ!? だ、旦那様……っ、近いですわ!」

毎朝、至近距離でのモーニングキス。朝食の席では向かい合わせの席があるのに隣に座り、日中も暇さえあれば背後から抱きしめてくる。

フローリスのキアラに対する溺愛は、留まるところを知らなかった。彼は夜の街へ出かけることをピタリとやめ、仕事以外の時間はすべて妻のそばにへばりついていた。

「キアラちゃんはいい匂いがするねぇ。ずっと抱きしめていたいよ」

フローリスは、大人しく控えめな妻を愛でることに至福の喜びを感じていた。

しかし、愛でられる側のキアラにとっては、それは地獄のような窮屈さだった。

(この男、いつになったら『甘い新婚夫婦ごっこ』をやめるんだ!?)

キアラはフローリスの行動を、すべて「遊び人の暇つぶし」だと解釈していた。まさか彼が本気で自分に惚れ込んでいるなどとは微塵も思わず、いつボロを出して本性がバレるかとヒヤヒヤしながら、必死に『か弱い令嬢』を演じ続けていたのだ。本当なら「暑苦しい、離れろ!」と背負い投げを決めてやりたいところを、グッと堪えて。

夜会に出席すれば、すれ違いはさらに加速した。

フローリスはキアラに美しいドレスや宝石を惜しみなく買い与え、会場では彼女の腰にぴったりと腕を回して離れなかった。他の男が少しでもキアラを見ようものなら、笑顔のまま絶対零度の殺気を放ち、彼らを震え上がらせて追い払った。

「俺には勿体ないくらい、愛しくて可愛くて、誰にも触れさせたくない自慢の妻だよ」

フローリスのその言葉には、純粋で重すぎるほどの独占欲が込められていた。

だが、キアラの耳にはこう変換されて届いていた。

(『俺の持ち物を見るな』ということか。貴族特有の傲慢なプライドだな。彼にとって私は、自分の体面を保つための高級なブランドバッグと同じなんだ……!)

愛されているという自覚など皆無である。キアラは、いつか自分が『偽物のブランド品(ただのガサツな女)』だとバレた時、この見栄っ張りな夫が烈火のごとく怒り出すだろうと怯えていた。

* * *

そんな限界の日々が数ヶ月続いたある日の午後。

フローリスが領地の視察のため朝から外出しており、キアラはついに鬱憤を爆発させた。

重いドレスとコルセットを脱ぎ捨て、クローゼットの奥に隠しておいた乗馬用のズボンとゆったりとしたシャツに着替える。

誰にも見られないよう、庭園の奥深く、木々が鬱蒼と茂るエリアへと足を踏み入れた彼女は、手頃な木の枝を拾い上げると、それを剣に見立てて勢いよく宙を斬った。

「とうっ! はあっ! そこだああっ!!」

風を斬る鋭い音。木々の間を軽やかに走り抜け、高い木の枝にヒラリと飛び乗る。

「ふふっ、ははは! やっぱり体を動かすのは最高だな! お茶を飲んで微笑んでいるだけなんて、私の性に合わないぞ!」

偽りの仮面を脱ぎ捨てたキアラの顔には、太陽のように眩しい、心からの笑顔が浮かんでいた。

しかし、運命は残酷だった。

キアラに会いたい一心で予定を前倒しにし、馬を飛ばして早く帰宅していたフローリスが、偶然にも庭の奥へ入っていく妻の姿を見つけて後を追ってきていたのだ。

茂みを掻き分けたフローリスの目に飛び込んできたのは、男物のズボンを履き、木の枝を振り回して豪快に笑う妻の姿。

「あれ、キアラちゃん……? そんなところで何してるの?」

フローリスの声を聞いた瞬間、キアラの全身から血の気が引いた。

(お、お、お、終わったァァァァァァッ!!!!)

パニックに陥ったキアラはバランスを崩し、木から滑り落ちた。咄嗟に駆け寄ったフローリスが両手を広げて彼女を受け止めるが、キアラの顔は絶望で真っ青に染まっていた。

「キアラちゃん、大丈夫!? ケガはない!?」

フローリスは心配そうに彼女の体を確認するが、キアラはガクガクと小刻みに震えながら、ボロボロと大粒の涙をこぼし始めた。

「ご、ごめんなさい……っ! 騙すつもりはなかったのです……でも、わたくし、本当はこんな、ガサツで、男勝りで……っ」

キアラの脳内では、すでに最悪のシナリオが完成していた。高級なブランドバッグだと思って手に入れた妻が、実はガサツな偽物だった。縄張り意識の強い彼のことだ、烈火のごとく怒り出し、実家に送り返されるに違いない——と。

「ごめんなさい、ごめんなさい……っ、本当の私は、全然、可愛くなんてないんです……っ」

顔を両手で覆い、怯えて泣きじゃくるキアラ。

フローリスは、目の前で起きている事態を必死に理解しようとした。

淑やかだと思っていた妻が、男勝りな本性を隠していたこと。そして今、まるで恐ろしい罰を与えられる罪人のように震えていること。

しばらくの沈黙の後、フローリスの口から漏れたのは、怒声でも冷ややかな言葉でもなく。

「…………ぷっ。あはははははは!!!」

それは、爽やかな、心からの大爆笑だった。

驚いて顔を上げるキアラの前で、フローリスはお腹を抱えて笑っていた。

「あー、びっくりした! キアラちゃん、木登りなんてするんだね!? しかもその格好、すっごく似合ってるし、さっき木の枝振り回してた動き、めちゃくちゃキレが良かったよ!」

「えっ……? 怒って、ないのですか……?」

「怒る? どうして?」

フローリスは優しく微笑み、キアラの目元の涙を指で拭った。

「だって、わたくし……大人しくて淑やかな令嬢じゃないんですよ!? こんなオテンバで、品がなくて……」

「そんなの、関係ないよ」

フローリスはキアラの頬を両手で包み込み、まっすぐにその黄金の瞳を見つめた。

「俺はね、初めて君を見た時から、君の全部に惹かれてたんだ。大人しく微笑む君も、綺麗で儚げで好きだった。でも……」

フローリスの瞳に、今まで以上の強烈な熱と愛しさが灯る。

「さっき、心の底から楽しそうに笑って、元気いっぱいに走り回ってる君を見たら……もっと、もっと好きになっちゃった。なんだ、俺の奥さん、太陽みたいに明るくて最高に可愛い子じゃないか、って」

「旦那様……」

「俺の前で、無理して猫かぶってたんでしょ? 苦しかったよね。気付いてあげられなくてごめん。……これからは、俺の前では『本当のキアラちゃん』でいてよ。どんな君でも、俺は世界一愛してるから」

その言葉を聞いて、キアラは「は?」と大きく目を瞬かせた。

怒鳴られることも、実家に送り返されることもなかった。それどころか、夫は満面の笑みで自分の本性を受け入れてくれた。

(……えっ? えっ……?)

けれど、キアラの脳内にある『女遊びが激しい稀代の遊び人で、政略結婚の妻などただの飾りか暇つぶしにしか思っていない夫』という前提は、そう簡単に覆りはしない。

(ま、待てよ……? 怒らないのは、ここで下手に怒ってスキャンダルになるのを避けたいためか? それとも、私が『ガサツな偽物』だとバラさない代わりに、お互い干渉しない秘密の契約でも結ぼうっていう遠回しな脅し……!? いや、待て待て待て、そんな大人の裏事情があるのかも……っ!)

夫の言葉の裏に隠された「本当の意図」を、キアラは必死に疑いにかかっていた。

(そうに違いない! 私がショックで寝込んだりしないように、とりあえず優しく大人な対応をして体面を取り繕っているんだ! なんて抜け目のない、恐ろしい男なんだ……っ!)

真っ赤な顔で顔を背け、ぶるぶると身体を震わせるキアラを見て、フローリスは「うわ、照れてる姿もやっぱり可愛いなぁ」と、ますますハートマークを飛ばしてメロメロになっている。

そんな夫の様子を、キアラは(こ、この男……どこまで計算づくで私を言いくるめる気だ……!)と、相変わらず「自分は愛されている」などとは微塵も思わず、むしろ持ち前の警戒心をさらに厳重に固めるのであった。

政略結婚から始まった二人の生活は、すれ違ったまま、今日も賑やかに続いていく。

いつも閲覧ありがとうございます!

次は明日の20時更新です。フローリスの親が出てきます!

宜しければ感想など貰えると嬉しいです!

よろしくお願いいたします(>人<;)

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