一斉検挙
出荷の朝は、静かに来た。
六時、収容者四人が廊下に並ばされた。ひかりは列の前、俺は最後尾。搬出口の外で、ワンボックスのエンジンがかかる音がした。貴島が欠伸をしながら、端末で「積荷」を照合していく。
俺は耳だけを外に向けていた。来るなら、今しかない。エンジン音、鳥、遠くの波──そして、来た。タイヤの音。一台ではない。舗装を踏む重さが、明らかに警察車両の隊列のそれだった。三十四年聞き続けた、世界で一番安心する騒音だ。
「──警察だ! 全員動くな!」
搬出口が弾け、紺色の波が雪崩れ込んできた。怒号、無線、倒れる貴島、逃げようとして厨房で網にかかる白衣。三分で、倉庫は倉庫でなくなった。
俺は騒ぎの中で、ただの保護された被害者として、毛布を被せられた。段取り通りだ。氷見アヤの存在は、裁判が終わるまで表に出ない。
毛布の隙間から、ひかりが保護されるのが見えた。彼女は泣かなかった。他の三人の背中をさすり、警察官に人質の構造を説明し、最後に自分が車に乗った。あの子は最後まで、ああいう人間だった。
──久我の確保は、同時刻、警視庁の廊下で執行されたと後で聞いた。参事官が直々に、出勤してきた久我の前に立ったそうだ。「訓練回線」からの一報から四十八時間、小田切と参事官は一睡もせずに内偵の裏を取り切った。組織は末端の運転手から海外の送り先まで、二十九人が挙がった。
数日後。病院の面会ロビーの隅で、俺は退院していくひかりを、柱の陰から見ていた。会うつもりはなかった。氷見アヤは捜査上存在しない人間だし、真壁鉄雄は書類の上で死んでいる。
だが、ひかりは、ロビーの真ん中で立ち止まった。そして、振り返って、まっすぐ柱の陰の俺を見た。
「……あの。施設で、逃げ道を教えた人ですよね」
見つかっていたか。俺は観念して、頭を下げた。
「その節は。おかげで助かった」
「私のほうこそ」ひかりは深々と礼をして、それから、少しだけ首を傾げた。「あの、変なことを聞きますけど……私たち、どこかで会ったこと、ありませんか。なんだか、その……手の置き方が、昔お世話になった交番のおじさんに似てて」
手の置き方。二十年前、宿題のノートの横に置いていた手か。よく見ている。字の綺麗な子は、目もいいのだ。
「──人違いだ。だが、そのおじさんは、あんたが元気なら喜ぶだろうよ」
ひかりは数秒、俺の目を見た。それから、何かを飲み込むように微笑んで、もう一度だけ深く礼をして、光の中に歩いていった。
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