第1.4章:またしても、脱出計画。
長い沈黙が、今の僕がいる場所の壁の内側に残っていた。
「……」
「……ん?」
僕は目を開けた。
「ガァァァァスプ――」
途中で、僕は即座に息を飲み込んだ。
周囲を見回し、自分がまだどこにいるのかを理解して、気まずく笑う。
「まだここか……けど、また何かおかしいな。なんで僕は……ものすごく平気なんだ? しかも、ものすごく……幸せ? 僕の正気なんて、とっくの昔に消し飛んでいるはずだし、身体だってそうだ……外傷どころの話じゃない。動くことすらできないはずなのに」
試しに身体を動かしてみる。
動いた。
「いいね……まあ、それはそれでいいか。でも、なんで僕の身体は、たった今実際に味わったあの恐ろしい外傷を忘れているのに、僕だけは覚えているんだ? ここの技術、ちょっとばかり凄すぎるんじゃないか……それとも、夢だった?」
手足がちゃんと残っているか、身体のあらゆる部分を調べ、どこか持っていかれた部位がないか確認したあと、僕はようやく部屋の中を見回した。
そして、また彼女を見つけてため息をつく。
「……看護師」
「ひゃっ!? はいっ!?」
彼女は椅子で浅く眠っていたらしく、びくりと肩を跳ねさせた。
「もしかして貴女は、数時間前に僕が廊下とこの部屋で、優雅に恥を晒しているところを目撃した、あの同じ看護師だったりするのかな?」
僕は荒い息の合間にそう尋ねた。
「あ、はい? そうですけど……どうしてですか?」
「何でもない! 僕が! そして僕として! 尋ねたことは! 忘れたまえ! それと、君の背後にあるそのかっこいい機械は何だ? ちょっとイケてるじゃないか」
彼女は、僕が指さした先を見るために振り返った。
「ああ、これですか? これは――んんんんっ!?」
彼女が視線を逸らした、その瞬間。
僕は飛びかかった。
後ろから彼女を捕まえ、喉元に腕を回す。
言葉の途中ごと、彼女の声を押し潰した。
永久に傷つけない程度に。
けれど、意識を落とすには十分な強さで。
彼女は激しく抵抗し、僕の腕に深く噛みついた。
痛みに顔が歪む。
そのせいで僕は、さらに強く押さえ込まざるを得なかった。
そして、ようやく彼女の身体から力が抜けた。
これができたのは、彼女が僕よりも小柄だったからにすぎない。
僕は、純粋な沈黙の中で、彼女の上に立っていた。
血のにじむ腕をさすり、息を吐く。
「親愛なる謝罪を捧げよう……君はどうにも少し怪しすぎる。あるいは、ただ単に、僕をとてもとても苛立たせるだけなのかもしれないが……」
僕は、意識のない彼女の耳元でそう囁いた。
「さて……へへへへへへ――ぐっ!」
壊れた喉が激しく痙攣し、僕の邪悪な笑いを途中でぶった切った。
「ともかく、やるしかない! 僕は帰りたいんだ!」
僕は彼女の医療用制服を脱がせた。
勘違いするなよ。
それと同時に、何かが妙に引っかかるような感覚もあった。
けれど僕は、その考えを押しのけた。
ゴミ箱の裏を探り、さっき踵で隠しておいた魔法瓶の破片を拾い集める。
自分で手を切らないように、小さな欠片まで残さず集めた。
看護師はまだ倒れたままだったから、物音を立てないように、できる限り静かに。
そのとき、足が自分の脱ぎ捨てた服に触れた。
こんなものを見える場所に放置しておくわけにはいかない。
僕は丸まった服の塊をベッドの奥へ蹴り込み、完全に影の中へ消えるまで押し込んだ。
床にしゃがみ込み、割れたガラス片をジグソーパズルみたいに組み合わせていく。
なんとなく瓶っぽく見える形になるまで、鋭い断面をできるだけ合わせた。
片側を立てれば、もう片側がすぐ倒れる。
その繰り返しだった。
永遠みたいに時間がかかった。
いつ誰かが入ってくるかもわからず、僕は狂ったように汗をかいていた。
奇妙なラベルを読み取る。
そして、コートのポケットから残り三本の無事な小瓶を取り出し、割れたものも含めて四本をタイルの上にきれいに並べた。
変なぐにゃぐにゃ文字をじっと見つめる。
修復したガラスに残った文字の形と、割れていない瓶の文字を見比べる。
少し考えたあと、僕は組み合わせた瓶を手に取り、近くの金属製カートから追加で二本の小瓶をひったくった。
さらにトレーの上にあった重そうな金属器具を握りしめる。
そして、思いきり振り抜いた。
ガッシャァァァン!
病室の重い窓が、派手な音を立てて砕け散った。
その破壊音は、忌々しい廊下の奥まで響き渡ったに違いない。
まずい、まずい、まずい!
警備員どもが、あと数秒でこの部屋へなだれ込んでくる!
冷たい外気の中へ足を踏み出し、僕は発光する液体の入った小瓶を丸ごと一本、草むらへ流し込んだ。
自分が立っていた場所に、大きくて汚い水たまりが残るようにする。
次に、空になった小瓶を割れた窓枠の上へ放り投げた。
鋭く割れたガラスのすぐそばに、わざと引っかかるように置いておく。
そして最後に。
標準反転魔法の小瓶を、部屋のど真ん中へ投げ込んだ。
ちょうど魔法の効果が発動し始めた瞬間だった。
まばゆい閃光が床一面にはじける。
罠は仕掛け終わった。
さあ、逃げる時間だ!




