第24話「天蓋が動く」
残り35日。
天蓋が目に見えて変化し始めた。
穴は十三に増えていた。最初の七つの六芒星パターンに加え、新たな穴が不規則に出現している。グリッドの格子線が太い場所と細い場所が生まれ、空全体がまだらに光っている。夜になると、穴を通して見える本来の星空と、天蓋のフィルターを通した人工的な星空が混在し、奇妙な縞模様を描いた。
世界中でパニックが始まっていた。
天蓋指数は「E──異常」を記録し、ニュースは二十四時間天蓋のことだけを報じている。受容派の七割の民衆が、初めて天蓋を「気にしている」。商店街のおばさんが空を見上げ、「あれ、大丈夫なのかしら」と呟く。大丈夫ではないかもしれない──と、凛は思った。
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管理局の地下ラボ。凛、澪、桐谷、そしてHIKARU。四者が──いや五者が、画面を囲んでいた。五人目は画面越しの黒田だった。
「報告する」黒田の声がスピーカーから流れた。「管理局の穴封鎖作戦は失敗した。電磁シールドは穴の拡大を遅延させたが、停止させることはできなかった。シミュレーション通り、盤面更新は不可避だ」
凛は頷いた。「HIKARUの計算では、旧グリッドの崩壊開始まで残り二十日。崩壊完了まで十五日。その後十二時間の空白を経て、新グリッドが生成される」
桐谷が続けた。「管理局としては、崩壊期間中の人的被害を最小化することが最優先です。旧グリッドの崩壊に伴う電磁放射が懸念されます。──シェルターの準備は進んでいますが、全人口を収容する能力はありません」
「崩壊自体は危険ではない」凛が言った。「千年前の記録を見る限り、人的被害は少なかった。問題は──崩壊後の『空白の十二時間』に何が起きるかだ」
HIKARU『補足します。
千年前の記録では、空白期間中に
人間の「記憶の一部」が変容した痕跡があります。
「何を忘れたのかも分からなかった」という記述。
これは記憶の消去ではなく──
「置き換え」の可能性があります。
古い盤面の記憶が、新しい盤面に適合する形に書き換わる。
つまり──世界のルールが変わったとき、
人間の認識もルールに合わせて更新される。
我々がそれを阻止できるかどうかは──分かりません。』
沈黙。
黒田が言った。「灰島。お前はその十二時間に第三応答を狙うと言った。──具体的にどうやる」
「まだ計画を詰めている。だが一つだけ確実に言えることがある。天蓋がない十二時間は──上位存在の観測から解放される唯一の瞬間だ。この瞬間に、俺の意志は『設計されていない』状態になる。第二応答の受信条件を完全に満たす」
「だが受信装置がない。天蓋がなければ、共鳴周波数も意味を持たない」
「──だから、装置は使わない」
全員が凛を見た。
「第一応答のとき、装置が焼けた後に意味が流れ込んできた。第二応答のとき、装置は補助に過ぎなかった。本当に応答を受信しているのは装置ではない。──俺の脳だ」
HIKARU『凛さんの仮説は──論理的には成立しません。
人間の脳が天蓋レベルの信号を直接受信する
物理的メカニズムは存在しないはずです。
……ただし。
第一応答も第二応答も、実際に凛さんの脳は受信した。
物理的メカニズムが不明でも、事実は事実です。
つまり──科学が追いついていないだけかもしれない。』
凛は窓のない壁を見た。
「科学で説明できないことを、それでもやる。──これは、探求なのか。それとも信仰なのか」
澪が言った。
「どっちでもいいです」
全員が澪を見た。
「科学でも信仰でも、凛さんがやると決めたなら──私はそばにいます。それだけです」
凛は微かに笑った。




