第21話「脱出」
凛が独房の外に出たとき、最初に見えたのは蛍光灯の白い光だった。
次に見えたのは澪だった。
廊下に立っていた。凛のコートを手に持って。目が赤い。泣いた後だ。
「──迎えに来た」
凛は澪を見た。色を失った部屋で八日間を過ごした後に見る澪は、眩しかった。
「どうやって」
「黒田局長と話した」
「話しただけで出させたのか」
「話しただけ。──私、口は達者なので」
凛は笑った。八日ぶりの笑いだった。
---
管理局の廊下を歩きながら、澪が経緯を説明した。黒田との対話。「設計でもいい」という言葉。対等な協力関係の提案。
凛は黙って聞いた。
「──反対ですか」
「いや。澪さんの判断は正しい。管理局のリソースは——今の俺たちには必要だ」
「珍しく素直ですね」
「八日間、白い壁を見つめて考えた。一人では限界だと、骨の髄まで分かった」
通路の角を曲がると、別の人影があった。拘留施設の別エリアから出てきたらしい──桐谷翔。顔に疲労が浮かんでいるが、その目は折れていない。
「灰島さん。──お久しぶりです」
「桐谷。無事か」
「拘留されていた以外は無事です。黒田局長の指示で、僕も釈放されました。──ただし、分析官の職は解かれました。いわゆるクビです」
桐谷は苦笑した。
「でも、管理局の顧問として再雇用されるそうです。灰島さんとの協力プロジェクトの連絡役として」
凛は黒田の手際に感心した。桐谷を処罰しつつ、能力は手放さない。管理者としての合理性。
---
管理局の正面玄関を出ると、空が広がっていた。
八日ぶりの空。八日ぶりの天蓋。蒼白いグリッドが午後の光に透けている。
凛は空を見上げた。天蓋の格子が──凛の直上だけ、微かに明るくなった。追従反応。まだ見ている。
「見てるな」凛は呟いた。
澪が横に来た。「天蓋が?」
「ああ。俺を追跡している。前からだ」
澪も空を見上げた。
「……見えない。私には」
「特定の分光範囲でしか検出できない。肉眼では分からない」
「でも──凛さんが見えているなら、あるんでしょうね」
澪は微笑んだ。受容派の微笑みだった。見えなくても信じる。信じるのではなく──信じている人を信じる。
---
神崎から連絡が来たのは、その夜だった。
凛の暗号タブレットは管理局に押収されたが、桐谷が新しい端末と暗号プロトコルを用意してくれた。管理局公認の──だが神崎には秘密の通信経路。
灰島。出てきたか。
穴が動いた。知っているか。
太平洋上空──ハワイ沖の上空に移動した。
そしてもう一つ。穴の周囲に新しい穴が出現し始めている。
小さなものが三つ。直径数百メートル。
天蓋が──剥がれ始めている。
俺は動く。穴に近づく。
管理局が何をしようと関係ない。
だが、もし協力できるなら──考えてくれ。
俺は壊したい。お前は理解したい。
目的は違うが、やることは同じかもしれない。
── 神崎
凛は桐谷と澪に通信を見せた。
「三者協力、か」凛は言った。「探求と管理と否定。全部を合わせて──盤面更新と向き合う」
桐谷が言った。「管理局は神崎を指名手配しています。公式に協力するのは不可能です」
「公式にする必要はない。──神崎が穴に近づくとき、管理局が"偶然"封鎖を解くことは可能か?」
桐谷は考え込んだ。「……黒田局長が了承すれば。でも──」
「俺が話す。黒田に」
凛は窓の外の天蓋を見た。格子のパターンが──今夜は不規則に揺れている。天蓋全体が、震えているようだった。
残り110日。




