参
葬儀から数日後。
高氏は街をぶらりと歩いていた。
身分を隠して市場を歩けば、様々な情報が入ってくる。人と物が集まるところは貴重な情報源だった。
とはいえ、そこまで変装をしているわけではないから、どこぞの武家の者くらいには思われているだろうが。
春も近づき、一連の変事を起こした首謀者らの処遇が決まった。
粛々と事後処理に追われていたら、またいつもの忙しい日常に戻ってあっという間に日が過ぎていく。
屋敷からほとんど出る暇もない高国に、何か土産でも——そう思い食材店を覗いた。
「あ、旦那。ご無沙汰でしたね」
なじみの店主が腰も低く挨拶してくる。
「ああ。ちょっと忙しくしていてな。何か入ったか?」
「ちょうどいい!旦那、確か下野国のご出身とおっしゃってましたよね」
「?——ああ」
店主がおおい、と声を掛けた。
現れたのはまだ若い青年だった。——少年、と言ってもいいかもしれない。
小柄で、ころころと忙しく動いている下働きのようだった。
茶色い髪に、同じく色素の薄い茶色い大きな目をしている。手を拭きながら小走りで近づいて来た。
「こいつ、下野国の方から色々持って来たんで——ほら、ご紹介しろ」
「あ——」
少年の方は、高氏を見て何かに気づいたようだった。
「私を知っているのか」
足利領では領民の間でも普通に顔が売れているので、知られていてもおかしくはない。
見下ろすくらいの身長差に、まだやっと家業を手伝い始めるくらいの年頃かと思う。
子供に足利の棟梁だと言われると面倒だ。そう思って釘を刺そうと思ったら、少年の方から思わぬ名が出た。
「高国様は、お元気ですか」
高国様。その言い方と声に、一気に記憶が蘇って来た。
「お前……!」
「お知り合いですか」
店主がにこにこと尋ねる。
「ええと……何だっけか、お前」
名前が思い出せない。
確か高国は、木の実から来た名前だと後に語っていた。
ええと——。
「どんぐり?トチ?……ええと——」
「シイだよ」
「そうだ、シイ!お前元気だったか?何してたんだ、あれから……10年、か?」
ぶっきらぼうに答えられるが、それよりも無事で、成長しているのが嬉しかった。
「お前……えらく立派になったなあ」
しみじみとシイの頭から足までを見つめる。
細くて頼りなかった子供が、肉付きも良く、すらりと姿勢の良い少年に成長している。
着物こそ平民の着る粗末な小袖だが、少し着飾ればどこかの貴公子と言われてもおかしくない美少年に成長していた。
「あれから探したんだぞ」
正確には、高国が。
気が付いた高国が、真っ先に気にしたのはシイの事だった。意識が朦朧とする中シイの名を呼び、無事を確かめてくれと言われた。
大丈夫だからと言って聞かせて何とか安静にさせていたが、動けるようになったら真っ先に離れに向かっていた。誰もいない離れを見た時の、あの寂しい背中はなぜか忘れられない。
随分と気にして、落ち込んでいたようだったから、高氏もシイを探すのには協力した。各地の寺や農家を探して回ったが、高国は山の方ばかり探そうとしていた。危険だからと父が許さなかったが。
「お前、どこにいたんだよ」
4歳の子供があれからどうやっていたのか気になる。
「出てけって言ったのに、僕のこと探したの?」
「う……ま、それはな……まさか一人で出てくと思わないだろ」
言い方はそっけなかったが、恨み言を言うという様子でもない。
そういえばこいつは高氏にはいつも、こんな態度だった。
「で、何してたんだ」
「別に。普通に暮らしてた」
「どうやって?」
どうやって、の質問の意味が分からないようだった。
「4歳の子供が、一人で生きていけないだろう?」
「もう一人前、っていっただろ。色々、高国様に教えてもらったから、飢えることもなくなった」
「そうか……」
そう聞くと、随分と大変な思いをしていたのかと思う。
「良かった。いや、本当に良かったよ。——立派になったな。見違えたぞ」
「高氏様は、歳をとったな」
「おまっ……」
ああそうだ、こういう奴だった。
話しているとどんどん思い出す。
店主の方が驚いてあたふたとしているから、高氏は少し人気のない場所へシイを引っ張って行った。
「なに?——あ、名前呼んじゃだめなんだっけ。ええと、若様……?」
「もう若様じゃねえよ。継いだから当主だし、大輔様と——いや、いいよもう、名前で」
シイは怪訝な顔つきでいる。
平民だからというのにも少し疎いような。山で暮らしていたからだろうか。
「高国様は……」
シイは再び同じ質問をした。こうして高氏と話しているのも、それを知りたいからだと言うように。
「お前まさか、高国を追って来たのか?」
「……………」
黙ってそっぽを向いてしまったが、そうなのだろう。
下野国を出て、もう随分と経つ。
鎌倉を拠点としているから、下野国の山にいたら高国の様子は分からないだろう。
鎌倉にいたところで、役職についていない高国の話は聞こえてこないだろうが。
——10年だぞ。そんなに慕ってたのか。
高氏は純粋に驚いた。
「会って行くか?屋敷に入れてやるから、ついて来いよ」
歩き始めようとした高氏に対し、シイは動かなかった。
「いかない」
「何でだ?高国も気にしてたぞ」
「……………」
「シイ?」
「また高国様が怪我したら、大変」
「いや、もう子供じゃねえんだから」
「会わない」
シイの表情は固かった。
「高国様の傷は?もう痛まない?」
「普通に暮らしてるよ。あんなのもう何でもねえよ」
シイはようやくほっとした顔をする。
「元気?しあわせ?楽しそう?」
「お前……そんなに気になるなら会えばいいだろう」
「会わない。何が良くないかわからないから、会わない」
「……………?どういう意味だ」
シイは黙って答えなかった。
相変わらず、よくわからない奴だ。こんなに高国を慕っているのに——そうだ。
「じゃあさ……お前、足利のために、働かないか?」
高氏は自分の妙案とも言える思い付きに、声が高くなった。
「足利……?」
「高国の為だよ!ちょうど探してたんだ。調べても、私達と全くつながりが見えてこない人間」
大人より子供。今まで使ったことのない人間。
「僕、これから忙しいんだけど……」
春になれば作物が一気に芽吹く。稼ぎ時だ。
「報酬ならやる。いくらほしい?今いくら稼いでんだ」
「——銭はもらってない」
物々交換で成り立つ仕事だ。たくさんの山の恵みを売って、ようやく米が1升もらえるくらい。
「米、5升でどうだ」
「え……」
「月、じゃないぞ。日当が5升。銭でもいいが。——危険はそれほどないと思うが、だれにでもできる仕事じゃないからな」
「——仕事の内容より、先に報酬の話をする奴は信用するなって思ってる」
「お前……賢くなったな」
色々苦労したんだろう。高氏がしみじみと言う。
「——ここじゃ話せないが、まあ貴人の小姓だ。それをしながら、私の手の者に定期的に情報を渡す役割を担ってもらう」
「貴人……」
「そうだな、おそらく行き先は——隠岐の島だ」
「隠岐……」
シイには聞いたことのない島の名前だった。




