お祖父様
フェリシティは膝に乗せたセオドアの頭の柔らかな黒髪を撫でながら、付き添ってくれていたアメリアを待っていた。
セオドアが倒れてから、すぐにアメリアにウェスト伯爵家に行ってもらい馬車と男手をお願いしていた。フェリシティはセオドアの苦しげな表情を見て、やはり話さない方が良かったのでは、と思っていた。しばらくそのまま頭を撫でていると、「うっ」という声と共にセオドアの意識が戻ったようだ。
「セオ様、気がつかれましたか?どこか痛いところはありますでしょうか?」
いまだ焦点の合わないセオドアの瞳を覗き込む。
「本日はもう屋敷にお戻りください。今馬車を呼んでおりますので・・・」
「・・・ぁ・・・ぁ゛あ゛・・・」
「セオ様?」
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!」
「セオ様!」
「兄さん、兄さん・・・っ!あ゛あ゛あ゛!」
叫びながら、セオドアの瞳からは大粒の涙が流れ出た。
「僕がっ!あんま事しなければ・・・兄さん、兄さんはっ!!」
「っ・・・」
苦しそうに吐き出すセオドアに、フェリシティは自分の浅はかさを知った。やはり思い出すべきではなかった。会うべきではなかった。セオドアにかける言葉もなく、ただ側にいるだけ。あの頃向けられた嫌悪をぶつけられるかもしれないが、それはフェリシティが受け止めなければいけないものだ。
フェリシティは震えるセオドアの身体を、精一杯抱き締めた。セオドアは抱き締められた事にも気付かないようで、ずっとカインへの謝罪を繰り返していた。
「ごめんなさい!ごめん、兄さんっ・・・ごめん・・・」
◆◆◆◆◆
ウェスト伯爵家からきた老執事にセオドアを託し、フェリシティはキャンベル家のタウンハウスに戻ってきた。霧はより濃くなっており、日も落ちた時間のため窓からは何も見えない。セオドアが心配だったが、フェリシティにもまだやる事があった。
「フェイ」
ソファに腰掛けたハロルドは、静かにフェリシティを呼んだ。
「ヨーク侯爵の愛娘が来たんだってね。カントリーハウスの管理人が、青い顔をして謝罪してきたよ」
「大切なお友達です」
「友達か・・・オリヴァーまでフェイの味方をして、少し寂しいよ」
「私はいつでもお祖父様の味方です」
「その言葉、覚えておこう」
カントリーハウスを抜け出して来た事を責められるかと思ったが、ハロルドの瞳は優しげだった。フェリシティはその事に拍子抜けしたが、話を続けた。
「お祖父様、本日はお時間をいただきありがとうございます。よろしければ、紅茶をいかがですか?」
「ああ、頂こう」
フェリシティは薔薇のほのかな香り漂ようカップを、ハロルドの前に出した。
「ありがとう。キーマンか、良い香りだ」
ハロルドが紅茶を喫する。ゆっくりとカップを戻すのを確認して、フェリシティは口を開いた。
「こうして2人きりでゆっくりするのは、いつぶりでしょう」
「そうだな・・・まだこちらに来たばかりの頃かな」
「あの頃は、生活が一変してしまって、なんだか夢を見ているようでした」
「・・・辛い生活から、救いたかったのだ」
「お祖父様のお心遣いには感謝しております」
「私が招いた種だ」
「・・・そうですね。父と母を無理やり政略結婚させたのは、間違いだったかもしれません・・・私はただ産まれてきただけで、なぜこんなにも両親から忌避されなければいけないのか・・・。私、怒っていたんです。父にも、母にも・・・お祖父様にも」




