ありがとう
アメリアは下を向いたまま言い募った。
「フェイにとっては余計なお世話かもしれないけど、あのボンクラが少しでもフェイのこと思い出したらいいなと思って・・・。
フェイ、昔から笑わなかったけど・・・、アイツと会ってた時が一番楽しそうだったから・・・。
初めて会った時から、フェイはいつも大人びてて冷静で、子どもっぽくなくて・・・。
私が笑わせてやる!って思ってたけど、私バカだから全然ダメで・・・。
ハロルド様がフェイの婚約者をアイツに決めた時、これでフェイも幸せになれるって思ったんだ・・・、だから、なにかしたくて・・・
でも、私たちの自己満足だったのかも・・・。
・・・ホント、ごめんっ!」
フェリシティは黙ってアメリアの言葉を聞いていたが、突然アメリアに向かって歩き出した。
「アメリア・・・あなたって、世話焼きのくせに空回っちゃうんだから・・・」
今にも泣きそうなくらいの小さな声だった。
アメリアはその声に顔をあげる。
「・・・フェイ?
・・・怒って・・・ないの?」
アメリアの瞳に映るフェリシティは、困ったように首を傾げながら苦笑いを浮かべていた。
「正直に言えば、怒ってたわ。私の日記を勝手にって、最初だけね・・・。
だって、気付いたの。私の為だったのかなって・・・。
そしたら、なんだか怒りもどこかいっちゃった・・・」
「フェイ・・・」
フェリシティの瞳は潤んでいた。
「私、声に出して笑うのは得意じゃないけど、アメリアにはいつも笑わせて貰ってるのよ。"セオ"様にさよならを言えなかった小さな時も、初めてバラを育てて枯らしてしまった時も、いつも、励まされてるわ。
貴女は私の大事な親友、でしょう?」
フェリシティの言葉を最後まで聞き終わる前に、アメリアがフェリシティに抱きついた。
「・・・フェイぃ・・・、ホント、ごめん・・・」
フェリシティは優しく微笑みながら、アメリアの頭を撫でた。
「いいのよ。その代わり、もうこんな事しないでね。あんな駄文をセオ様に読まれるなんて、恥ずかしいもの」
嗚咽混じりで泣いているアメリアは、フェリシティを見た。
「そんな事ないよぉ。あのボンクラも、気にしてたもん」
フェリシティの頬がピクっと動く。
「・・・セオ様が、何かおっしゃっていたの?」
フェリシティの様子には気付かず、アメリアは答えた。
「うん。伯爵家の通用口で張られてて、逃げたけど追いかけられたもん。差出人を教えろーって、気にしてるでしょ?」
フェリシティは思わずため息をついた。
「セオ様はそんな事、一言もおっしゃっていなかったわ・・・」
「恥ずかしかったんじゃない?使用人を追いかけてたなんて、醜聞ものでしょ?見つかってからは、毎回応接室に案内されてフェイの事聞かれて・・・それでやめたんだ。大事にしたくなかったし。フェイに誤解されたくないし」
「セオ様には、ちょっと話をお聞きしないとね」
アメリアの涙も止まり、フェリシティをまじまじと見つめる。
「今日のフェイは、いつもよりよく喋ってくれるね・・・」
フェリシティは目元を緩ませた。
「今回の件がきっかけで、私は表情が乏しいから、もっと言葉を尽くすべきなんだって実感したの。
みんな私の為に色々尽くしてくれて、でも私の気持ちは置いてきぼりで・・・
私の気持ちなんて、私にしかわからないんだから、ちゃんと伝える努力をしないとダメなんだって。
だから、セオ様より前に、アメリアと話したいなって思ったの。
いつも、私の事を大事に想ってくれて、ありがとう」
涙が止まったはずのアメリアの瞳からは、新たな雫がこぼれ落ちた。
その夜は、フェリシティの部屋からいつまでも楽しげな話し声が聞こえていた。
◆◆◆◆◆
「アメリア、そんなに押さなくても、ちゃんと向かいます」
「お母さんが間違いなくフェイの所に向かうのは分かってるんだけど、早く行ってほしいんだもん。
フェイが待ってるんだから」
1日の仕事が終わり、グレースはフェリシティの部屋に呼び出されていた。昨夜アメリアから伝えられていたが、「仕事終わりに」という事は、プライベートの話なのだろう。
近頃、セオドアから届く手紙に返事を書いていない。今までのフェリシティなら、手紙を読み終わるなり、すぐにペンを手に取っていた。
日記を渡していたせいで、返事を書きづらくしているのだろう。当事者であるグレースでは、フェリシティの力になれないかもしれない。それでも、フェリシティにとって両親よりも身近な存在と自負しているグレースは、心から謝罪をして励ましたかった。
「貴女はまだ仕事があるでしょう。もう戻りなさい」
フェリシティの部屋の前で、グレースはアメリアに振り返る。
「うん。お母さん、泣かないようにね」
アメリアはニヤニヤしながら手を振って仕事に戻っていった。
グレースは静かにノックする。
「どうぞ」
すぐにフェリシティの返事が聞こえた。
グレースはゆっくり扉を開ける。
「失礼いたします。アメリアから聞いて参りました」
フェリシティはゆったりとソファに座っていた。
目の前には、カップが用意されている。
「どうぞ、かけて」
「失礼いたします」
フェリシティの向かい、下座に座る。
「もう仕事は終わった時間だから、畏まらないで。昔の様に話して欲しいの」
「わかりました、フェイ様。
これはハーブティーですね。フェイ様が淹れられたのですか?」
「ええ。覚えてる?
貴女が初めて外に誘ってくれた時、王立植物園で勧めてくれた、ローズヒップとハイビスカスのブレンドにハチミツを入れたの。あの時から、ずっとグレースが淹れるのを見てたから、私にも出来るようになったのよ?飲んでみてくれる?」
グレースは匂いを楽しんでから、ゆっくりと口をつけた。
「・・・少し酸味が強いので、もう少し茶葉を減らしたり、ハチミツをもっと足してもよろしいかもしれません。
ですが、とてもお上手です」
グレースの言葉に、フェリシティは口元だけで笑う。
「グレースったら、相変わらず甘党ね。私はこれくらいの酸っぱさが好きだわ」
フェリシティの言葉に、グレースも口元を綻ばせた。思ったよりも、フェリシティは落ち込んでいないようだ。
「そうですね。甘い方がホッとするんです」
2人の間には、長く一緒にいるからこその温かい空気が流れている。
「・・・グレースとこうやってお話するのは、いつぶりだったかしら」
「そうですね・・・、ご婚約が成立した日にお話しましたね」
「そうだったわね。なんだか、もっと長く感じるわ。今後は定期的に個人的なお茶会をしてもいいかもね」
「その際は、ぜひ、ご招待くださいませ」
2人で見つめ合い、微笑み合う。
「今日来てもらったのは、貴女に伝えたい事があったからなの」
グレースは居住まいを正した。
「はい」
「そんなに畏まらないで。私が照れてしまうわ・・・。
えとね、・・・これまで一緒にいてくれて、ありがとう。私にとって、グレースは家族だから・・・本当の家族の代わりに、私にいっぱい愛情を注いでくれて、ありがとう。両親があんなだったから、グレースもいつか私を捨てるんじゃないかって、一線を引いていたの・・・それでも変わらず接してくれた。グレースがいなかったら、もっと捻くれてたと思う。私を見捨てないでくれて、ありがとう。私にグレースとの時間をくれて、ありがとう」
「・・・」
「貴女には、もっといっぱいのありがとうを伝えたかったの・・・でも、こういう事に慣れてなくて、上手く言葉にならないわ。今後はもっと、私の気持ちを言葉にしていくからね。
・・・グレース?」
グレースは肩を震わせて、俯いていた。
「ごめんなさい、もしかして家族だなんて、迷惑だったかしら・・・」
フェリシティが不安げにつぶやいた。
そんなつぶやきに、グレースが首を振って答えた。
「そんなこと・・・ある訳ありません」
「それなら、どうか顔を上げて?」
「フェイ様・・・」
グレースの瞳からは、今にも溢れそうな涙が浮かんでいる。
「これからも、一緒にいたいのだけど・・・
お願いしてもいい?」
フェリシティのその言葉に、とうとう涙が溢れた。
「・・・もちろんです。フェイ様」




