差出人
セオドアとフェリシティ、エヴァが王立植物園で会ったその日。フェリシティが馬車でタウンハウスに帰宅した後、フェリシティはすぐにグレースを呼び出した。
「グレース。私の過去の日記が見つからないの。知っていて?」
グレースは突然の質問にも動じることなく、むしろこの時を待っていたとばかりに口を開いた。
「失礼ながら、私がお預かりしております」
その答えを想定していたフェリシティは、グレースを問いただすこともせず、表情を変えずに口を開く。
「今すぐ、持ってきてちょうだい」
「かしこまりました」
グレースは頭を下げ、退室した。
フェリシティはグレースを待つ間、窓から見える中庭の花壇を見下ろす。そこには様々なバラが咲き誇っていた。その中には、ブルーサファイアローズもある。
グレースはすぐに戻ってきた。
「フェリシティ様、失礼いたします。日記をお待ちいたしました」
「ありがとう、グレース」
グレースから日記を受け取ると、フェリシティは久しぶりに見る日記の表紙を、ゆっくりと撫でた。
フェリシティはソファに座って、日記をパラパラとめくる。
「・・・・・・いくつか抜けている箇所があるわね」
フェリシティは日記が抜けていることも想定内だった。日記の事も。グレースが知っているだろう事も。真相のすべてを。
ただ、フェリシティの瞳が、なぜ、と訴えている。
「フェリシティ様、すべて私の独断です。
ウェスト伯が忘れてしまったものを、思い出すきっかけになれば、と。日記を拝借し、何枚か、ウェスト伯にお届けしました」
「アメリアも協力していたのかしら」
「その通りでございます」
フェリシティの過去の日記は、鍵の閉まるクローゼットに置いていた。その鍵の場所を知っているのは、昔から世話をしてくれているグレースだけ。ただ、グレースはほとんどをフェリシティと共にいる為、グレースだけで行った事とは思えない。それならば、協力者がいたはず。一番に考えられたのは、グレースの娘でフェリシティとも仲の良い、アメリアだ。
フェリシティは"セオドア"と最後に会った日から、日記を書いていた。日記と言っても、もう会えない"セオドア"に宛てた手紙のような書き方だったが。
「そう・・・」
グレースがフェリシティを貶めるような事をするとは思えない。グレースはフェリシティが産まれてから今まで育ててくれた、母のような存在だった。フェリシティはグレースを信じている。今回の件は、フェリシティの事を想ってした行動なのだろうと。
「グレース、貴方はこれ以上セオ様との接触を避けるように、アメリアもよ。
これは私とセオ様の問題です」
「・・・承知いたしました。出過ぎた真似を・・・申し訳ございません」
「いいえ、グレース。貴方が謝ることはないわ。私を想ってしてくれた事でしょう?
もう仕事に戻って構わないわ」
「はい・・・失礼いたします」
グレースが下がるのを見届けて、フェリシティは日記を見つめた。
◆◆◆◆◆
「君の名前を教えてよ」
「私はフェリシティ・・・」
「フェリシティ・・・フェリシティ・・・・・・、フィーでいっか」
「うん・・・貴方の名前は?」
「僕は、セオドア。セオって呼んでよ」
◆◆◆◆◆
「フィーは、今4歳くらい?」
「ええ・・・どうしてわかるの?」
「僕は9歳だもん。フィーの見た目で、それくらい分かるよ」
「9歳なの・・・背は私と同じくらいだけど・・・」
「少食なんだ。これから大きくなるよ」
◆◆◆◆◆
様々な思い出が、フェリシティの脳裏をよぎっては消えていく。"セオドア"は優しくて、でも時々イジワルで・・・どうして小さいのかとか、どうして肌の色が白いのかとか、どうして同じ"セオドア"という名前の似ている子がいるのかとか、教えてくれなかったけど、それでも大切で、愛しい人だった。
◆◆◆◆◆
その夜、フェリシティはアメリアを部屋に呼んだ。
「アメリア、侍女のお仕事はどう?慣れたかしら?」
アメリアが部屋に入ると、部屋の主人であるフェリシティ自身が紅茶を淹れて待っていた。
その光景に、アメリアは知らず口の中に溜まっていた唾を飲み込んだ。
アメリアは母グレースから日記のことがフェリシティにバレたと聞かされていた。セオドアとは接触しないようにとも。その後、フェリシティから呼び出されたとなれば、これは怒られる・・・と、覚悟して部屋に向かったのだ。
それが、部屋に入った途端、リラックスした様子のフェリシティが紅茶まで用意して待っていたのだ。
(約束の時間を過ぎていた・・・?)
子どもの頃からフェリシティと付き合いがあるアメリアは、昔はフェリシティに対して横柄な態度をとった事もあるが、今は手汗を気にしてエプロンを握るほどだった。
「・・・仕事は、まあまあかな・・・。
それより、こんな遅くに、どうしたの?」
2人きりの時は敬語なしで、という約束だったので、言葉遣いはいつも通りだ。
「グレースから聞いたかしら?私の日記の事・・・」
「・・・う、うん。ごめん。あのボンクラがフェイの事覚えてないって聞いて、何か手伝えたらって思って・・・」
アメリアは思わず早口で言い訳をする。
フェリシティは黙って聞いていた。
「・・・フェイ・・・、怒ってるの?・・・そりゃ、怒るよね・・・。勝手に日記を渡したんだもん・・・」
俯くアメリアを、フェリシティは黙ってじっと見つめていた。




