出逢い
その日は快晴で気温が上がったためか、カフェは混雑していた。店員が申し訳なさそうに、
「相席でもよろしいでしょうか」
とこちらを上目遣いで伺う。グレースはフェリシティに問いかけ、フェリシティは頷いた。
案内された席には、すでに親子連れがいた。
艶やかな黒髪と青い瞳の男性と女性、それにフェリシティより少し年上の男の子が2人。
容姿の色合いから、家族なんだとわかる。
聞かなくても、4人の表情から幸せなんだなと感じる。
フェリシティとの差を感じて、知らず唇を噛んだ。
親子連れから目を逸らし、同じテーブルの反対側に腰掛ける。
グレースに勧められて、ローズヒップとハイビスカスをブレンドしてハチミツを加えた、ハーブティーを頼む。
ウェイターが運んでたのは、透明感のある黄色味の赤に、花の香りがするハーブティーだった。
「とても良い匂い」
一口飲むと、酸味の中にハチミツの甘さが優しく広がる。
「甘くて美味しいわ。グレース、ありがとう」
フェリシティはふわりと、柔らかく微笑んだ。自然と溢れた笑顔に、グレースの瞳が潤む。久しぶりに見た、フェリシティの笑顔だった。
フェリシティは小さい頃から視線を引きつける少女だった。産まれてからほとんど切られていないホワイトブロンドの真っ直ぐな髪は左右の耳横で編み込まれ、花のように巻かれている。大きなベビーブルーの瞳は、感情が抑えられていても窓からの日の光にきらめき宝石のよう。4歳だというのにその視線は物憂げで、人形のように整った顔と相まって色香が漂ってる。ほとんど外に出ていない肌は白く、透明感があり柔らかい。外出してすぐに視線を集めていたが、フェリシティはそれに気付いていなかった。今も微笑んだフェリシティを見て、ほぅっとため息のような声が周囲から聞こえてくる。
(年頃になられたら、どれほど周囲を魅了するだろうーーー)
グレースはフェリシティの将来が楽しみでもあり、
また不安でもあった。
ハーブティーを飲みゆっくりしてから、またローズ・ガーデンを散策し帰宅した。
そんな散歩は週に一度の楽しみになった。
ある時は、霧に煙るバラを見て、癒されたり。
ある時は、雨の後の透明な真珠を散らしたようなバラを見て、感嘆の溜め息が溢れたり。
ある時は、品種改良されたバラを特別に見せてもらえたり。
ある時は、しつこく付き纏ってくる少年から逃げたり。
いつしか、ある少年と毎週会うようになった。
それが"セオドア"だった。
◆◆◆◆◆
ローズ・ガーデンの中にあるベンチで、フェリシティがグレースを待っている時だった。
目の前を歩いていた同い年くらいの男の子が、突然しゃがみ込んだ。
「・・・はぁっ、はぁっ・・・っく・・・ぁ・・・」
「大丈夫?少し動けるなら、こちらのベンチに座って」
思わず近くに走り寄って声を掛けた。癖のない黒髪が揺れて、のぞいた顔にはビックリするくらいに綺麗な青い瞳が苦しそうに眇められていた。油汗が浮かび苦しそうだった。肩をかして、ゆっくりベンチに座る。男の子は同い年くらいなのに、とても軽かった。
「少し横になる?」
フェリシティの言葉に、男の子は小さく首を振った。答えるのも辛いのだろう。
「お行儀が悪いかもしれないけど・・・私の膝に頭を乗せて、横になって」
膝を叩いて促す。それ以上問答するのも辛いのか、男の子はおずおずとフェリシティの膝に頭を預けた。
ここは日差しを遮るものがない。以前、グレースが
「日差しに当たり続けると、疲れてしまいますよ」と言って日傘を差してくれた。なので、持っていた日傘を広げて、男の子が日陰に入るようにする。
先ほどよりも、男の子の息遣いは落ち着いてきたが、額に浮かぶ油汗は引いていない。
両手で支えていた日傘を片手に持ち替えて、空いた方の手でハンカチを取り出す。日傘がグラグラするが、取り出したハンカチで男の子の額を拭う。ある程度拭ったら額にハンカチを置いて、また両手で日傘を掴んだ。
たまに吹く風に、フェリシティのホワイトブロンドの髪が揺れる。
「・・・あの、ありがとう・・・」
ゆっくり起き上がった男の子は、恥ずかしそうに口にした。
「いいえ。大したことはしてないもの」
「ハンカチは・・・新しい物をプレゼントするよ」
「要らないわ。気にしないで」
「そこは素直に受け取って欲しいな」
「・・・わかった。また会えたらね」
薔薇で彩られたトンネルの奥に、こちらに向かってくるグレースの姿を見つけてフェリシティは立ち上がった。
「侍女が来たから行くね。お大事に」
フェリシティは男の子を振り返る事なく、歩いて行った。
◆◆◆◆◆
その日は朝から小雨が降っていて、午後になると雨も止み少し日差しが出た。雨粒が日差しに煌めき宝石のような薔薇を見るのが好きなフェリシティは、グレースに頼んで王立植物園に出掛けた。
男の子を助けてからすでに数ヶ月経ち、フェリシティはすっかり忘れていた。
「やぁ、また会えたね」
あの男の子が、ベンチに座っていた。
「・・・お久しぶり。お元気そうで良かった」
すっかり忘れていたが、その瞳を見て思い出した。印象的な透明感のあるブルーサファイア。いつか宝石の図鑑で見た、コーンフラワーブルー。こんな綺麗な瞳があるなんて、と驚いたのだ。具合の悪い人に言うことではないと思って、言葉にはしなかった。
「この前は、助けてくれてありがとう。これ、受け取ってくれる?」
「これ、ハンカチ?また会えたら受け取るって約束だったものね。ありがとう」
そう言って、小さな包みを受け取った。
「あれからしばらく経つのに、覚えていたのね・・・」
「忘れないよ。大切な思い出だから」
「大切な?・・・えと、私は薔薇を見に来たの。それじゃあ・・・」
「うん。楽しんでね」
そう言うと男の子とは別れ、フェリシティはグレースと共に小道を歩いて行った。
◆◆◆◆◆
「フェイ様、あの方はどなたですか?」
帰宅中の馬車の中で、グレースは思い切ったようにフェリシティに尋ねてきた。あの男の子の事だとすぐわかったフェリシティは、なんでもなさそうに答えた。
「名前は聞いてないの。以前、ローズ・ガーデンでしゃがみ込んでいたのを助けただけ」
「まぁ、そんな事が・・・。その包みはなんですか?」
「ハンカチよ。私が持っていたハンカチを使って汗を拭いてあげたから、新しい物をプレゼントするって言っていたの」
「それはいつ頃の話です?」
「え?えーと、3ヶ月?くらい前かな」
「それでは、その間植物園に行く度に新しいハンカチを持ち歩いて、こちらでフェイ様を待っていたのですね」
「え・・・そうなのかしら。なんだか申し訳ないわね」
「その包みを開けてみませんか?」
「いいけど」
グレースは微笑んでいたけれど、目が笑っていなかった。なんだか怖くなって、急いで包みを開けてみた。
「・・・あれ?」
入っていたのは、ハンカチではなくーーー薔薇の花が収められたガラスドームだった。
◆◆◆◆◆
「あれ、ハンカチじゃなかったわ。なんで?」
ローズ・ガーデンであのベンチに男の子が座っているのを見つけ、フェリシティは顔を見た途端問いただしていた。
「気に入らなかった?」
「・・・気に入ってるけど」
あれから薔薇のガラスドームを部屋に飾り、毎日眺めている。とても素敵で、1番のお気に入りになった。
「じゃあ、今度こそハンカチを用意したから、受け取ってくれる?」
「本当の本当に、ハンカチ?」
「うん、薔薇の刺繍付きだよ。薔薇、好きだよね」
「うん・・・ありがとう」
「ううん。お詫びの品だしね」
帰りの馬車の中で確かめてみたが、今度こそ本当にハンカチだった。
それからも度々ローズ・ガーデンであの男の子と会った。いつも一言二言しか喋らないが、半年も経つと会うのが楽しみになった。お互いに名乗りあい、男の子名前が"セオドア"である事、5つも年が離れている事も知った。楽しい時間が過ぎるのはあっという間で、終わるのもまた、あっという間だった。
フェリシティの父親から送られてきていた生活費が、滞ってきたのだ。グレースがなんとかやり繰りしてくれていたが、とうとう限界になってしまった。両親ともに手紙を送っても返信がなく、グレースは母方の祖父キャンベル公爵に助けを求めた。
もともとフェリシティの母の侍女としてキャンベル公爵家から付いてきたグレースは、顔が知られていた。
キャンベル公爵は孫娘の現状を知り、すぐに引き取る事を決め行動した。あっという間にキャンベル公爵家に養子として迎えられる手筈が整うと、グレースと2人で過ごした屋敷をあとにした。
「フェリシティ、すまなかった。
エラへの負い目から、今まで関心を寄せなかった為にこんな・・・苦労をかけて、すまない。
これからは、私がお前を守ろう。エラの分まで」
鋭い目をした、精悍なお祖父様。
その瞳はフェリシティや母エラと同じ、ベビーブルー。
「お祖父様、ーーーグレース共々、お世話になります」
そう告げたフェリシティは、すでに5歳になっていた。
キャンベル公爵家のタウンハウスは今までの屋敷と比べるまでもなく、その中に大きな庭園があった。
庭園には様々なバラが咲き乱れ、まるでローズ・ガーデンのよう。それから週に一度の外出は叶わず、"セオドア"にさよならを言う機会もなかった。




