『魔猪の谷』
―その後、水汲みから戻ってきたユートに『何故この依頼を請けた?』と、騎士殿は質問した。
それに対し、ユートは。
「え、誰かを護るために『魔猪』と戦うとか、ロマンじゃないか?」
と、ほぼ予想通りの発言をし。再び騎士殿は奇妙な表情を浮かべ。
『冒険者ってわからん……』と漏らした。
―そのような夜を越え、俺達は二日目の旅も早々に『魔猪の谷』へ足を踏み入れた。
既に、周囲から。魔法陣を張っていなくとも強い圧力が伝わってくる。
レネイは既に王女殿下の傍らにつき、魔法陣を展開し。臨戦態勢に入っている。
俺達が歩いているのは周囲を断崖に囲まれた谷の底、谷のわずかな傾斜と、地面に残る流紋がかつて此処が川であったことを示している。
「なあ、ユート。自衛の基本、覚えてるか?」
俺は、ユートに訊ねる。
「『護衛対象』と敵の間に立ち、先に進ませない。だが必ず『生きて戻れ』」
俺は、その解答に満足すると。叫んだ。
「レネイッ!騎士達を連れて全力で走れ!」
それと同時に、俺は出来る限り天高く。事前に用意していた閃光弾をぶん投げた。
狭い谷あい、昼間だというのに薄暗いここで起こる閃光は、二十分に魔猪の和を乱した。魔猪共は不意を突かれ、混乱しながらも。本能からか谷を降って襲い来る。
「おっと、思いの外量が多いな。しかしユート、連中は最早群れじゃない。分かるな?」
「ああ、これなら奴らの連携を気にせず一対一を繰り返すだけで良くなる」
そう言うと、俺は全身の刻印に魔力を回し、ユートは風の加護による『身体強化』、『精霊王』の『神器召喚』によって戦闘準備を整えた。
そのようにして、俺は先ず退路を邪魔して立つ魔猪の牙と鼻を叩き斬った。
「よしッ!次!ユート、進みながら倒していくぞッ」
不意の一撃で暴れる魔猪をユートが轟炎の魔法で確実に焼き落とす。
俺は更に降ってくる魔猪を見ながら足に思い切り力を込めて魔猪の足元へ滑り込み。その心の臓腑へ剣を通す。
そのままの勢いで剣を振り抜き、直ぐに態勢を立て直して更に前へ向かって回転しながら跳躍する。
「おい!ユートッ……コレなーんだ!」
俺が懐から取り出したのは、二つの布で巻かれた掌大の玉だった。
「……まさか、爆弾?」
「大正解」
それを聞くやいなやユートが更に速度を上げて走り出す。俺は二つの玉を、ユートの少しばかり後ろに対して投げ落とした。
魔猪の集団は更に混乱する。爆煙は奴等の視界を奪い、爆発音は強い耳鳴りを起こす。ユート達と冒険をしていなければ、こんなトンチキな戦い方など、考えも及ばなかっただろう。
「よっしゃこれで後続は気にしなくて良くなったな!このまま馬に追いつく勢いで走りながら殺し抜けるぞ!」
俺は足へ更に魔力を回す、これをするとスタミナ切れが早くなるからあまりやらないが、刻印術は魔力を回せば回すほど効果が強く現れる。……やり過ぎると普通に筋肉や骨がぶっ壊れるが。
そのように、身体強化と肉体強化。互いに人を超えた速度で走っていると、正面に一際大きな魔猪が立ち塞がっているところが見えた。
「アレがこの辺りのボス格ってとこだな。殺せそう?」
「アッシュがいなければ、一瞬で」
「やっぱり俺足手まといかよ、これでもオッサン頑張ってるんだけどなあ!」
そんな事を言いながら、此方に向かってくる魔猪の勢いを利用し、壁に向かって足を立て、横へ向かって跳躍しながら片方の牙を落とす。ついでにそのままの振りに合わせて、目を潰し視界を奪う。
「じゃあ、この隙にオッサンは逃げるから!ユート、よろしく!」
そういってユートが詠唱する為の隙を作ると、彼は魔猪の背後へ回り。谷の奥へ突きさすように剣を構えて詠唱を始めた。
―突き立て、穿て。この地を支える絶対の理、風と共に駆け抜けよ―
ユートの構えた剣に風が集まる、俺に対しても、逆風が襲い来る。そしてその風は地面を抉り、岩石を混ぜながら拡大し、暴風となって魔猪を消し飛ばした。
「……あ、やば」
しかして、魔法を放った後にユートはそのような事を呟いてから。全力でこちらへ駆け出してきた。
「やば、ってなんだよ」
「分かるだろ、こんな狭い所で風なんか起こしたら」
「あ、吹き戻しか……全力で走れッ!」
「言われるまでもないよ!やばいやばい、これ間に合わないって!」
俺達は、どうにか、無事に。五体満足で『谷』を抜けることに成功した。
「ああ……死ぬかと思った。主にユートの魔法で」
「いや、ホントゴメン。僕も死ぬかと思った」
あの後、もう間に合わないと悟った俺は。せめて身体を地に打ち付けないよう跳びあがり、そのまま激流に身を任せるよう吹き飛んで、谷の出口辺りで着地した。
ユートはユートで『身体強化』に更になにやらかんやらを上乗せして、とんでもない速度で本人がさらなる風を生み出す勢いで逃げて行った。
「……信じられん、本当に『魔猪の谷』を抜けるとは」
騎士殿も、馬に並走していたせいか少しばかり呼吸を乱しながら、俺達に対して言う。
「だから言ったろ、見掛けで、判断するなって……ヤバいユート、久しぶりに、本気で、走った……から」
「ああ、とりあえずオッサンは休んだほうがいいな。で、レネイの方はどうだった?騎士様」
「……実に的確な防衛戦術を見せてもらった。魔獣の習性や身体の構造……あらゆる情報を駆使して殿下の駆る馬の道筋を確保していただいた。あの戦い方は、彼女が編み出したのか?」
ユートとレネイは、その問いに対して。仰向けになって全力で呼吸をしている俺の方をさした。
「……それは真か?」
「ああ。戦闘中に依頼人を護る方法も、動物の習性を利用した戦い方も、全部彼から教わったんだ。『自分が出来ない分、あらゆる可能性を模索する』そう言って僕達をひたすら分析して、教えてくれた」
騎士は今だ倒れ込む俺を見ながら、口を開いた。
「成程、これはとんだ拾い物だな……貴公、名は何と謂う」
「『アッシュ』……元牛飼いの三男坊……だから、家名は無い」
「一応、『兎脚』とは呼ばれてるらしい」
そのようなユートの補足を聞いて、騎士殿は俺に握手を求めてきた。
「成程、『兎脚のアッシュ』殿、貴公の働きによって予定より早く谷を抜けることが出来た。深い礼と共に、貴公らを捨て石として扱ったことを謝罪しよう」
俺は、何とか上体を起こしてその手を握り返す。
「そりゃ、何より。俺が仕込んだ二人、中々のモノだったろう。きっと今後も役に立つ筈だ」
「……今後?」
騎士殿の疑問に、俺は口を開く。
「王都奪還作戦、正式な作戦名は知らないが。一枚噛ませてくれ、報酬は要らない。俺達が求めるのは……」
「ロマン、だろ。まったく、『冒険者』め……。敬意を込めて、我が名も名乗らせてもらおう。私は『エリーゼ・ハースト』、王女殿下を守る『王の剣』、宮中伯の肩書を背負う者だ」
「ははっ、そいつはとんだ大物だ。『王都奪還』、共に成し遂げよう」




