反攻の旗
『魔猪の谷』を予定より早く抜けることに成功したこともあり、俺達は『彼等』の予定を一日ほど前倒しにして。王党派の騎士が潜伏するという村へ辿り着いていた。
騎士……エリーゼが村の人間に問うと、厩にて数人の騎士を匿っているという。
彼等は、『万が一』の時の為。『フィオナ』殿下に戴冠をさせ、『王』の空位を避けるという任も負っていると述べた。
「此度の反乱の最終目的は、先に述べた通り『王家』の転覆。それにより権威を失った領主と、彼等の治める領地の簒奪。軍閥による分割統治と、騎士団上層部は見ています」
それに対し真っ先に声を上げたのは、エリーゼであった。
「なんと軽率なことを……!そのような統治、自治権など直ぐに有耶無耶になる。領主以外の誰も『領土の保有』を保証しないのだ!そのようなこと、歴史が百年単位で逆行する、隣接する列強国がそのような隙を見逃すとでも思っているのか!」
エリーゼの言う事は正しい。だが、これは彼女の思う『大儀』など何処にもない、只の大規模な武装勢力による『一揆』なのだ。不満を解消した後の事など、まるで考えていないのだろう。
「……行きましょう。それだけは、必ず阻止せねばなりません。仮に王家が無くなったとして、最も苦しむのは私でも、諸侯貴族でも、まして蜂起した騎士達でもない。土地を、生活を、命を踏み荒らされる……民草なのです」
「ああ、全くその通りだ、王女様。俺も何度か『いくさ』というものを経験してきた。だから、殿下の仰ることがよくわかる。改めて言う。是非、俺達にも協力させてくれ」
しかし騎士達は、俺の提言に異を唱えた。
「たかが冒険者に何が出来るというのだ、忠でなく金で動く傭兵もどきを。この危急の事態に徴用するなど……」
「口を慎め、同じく王に忠誠を誓う者よ。なれば逆に問おう、貴公は無給の暴王に仕え続けると言うか。今直ぐ命を捨てろと言われ、理由も聞かず死せるのか!貴公が口にしたのはそう言う事だ。王の名を背負う名誉ある騎士が、他者の名誉を汚すことなどあってはならない!」
その言葉に、騎士は口ごもり、やがて閉じた。そのような彼等を見るに『王家直属』というのは、ガワだけでもないらしい。皆王の元に在るという事を、誇りに思い仕える騎士という事だ。
「まして、この者達はあの『魔猪の谷』にて。殿下をただ一つの傷で汚すこともなく、己がの手腕のみで切り抜けて見せた猛者達だ。殿軍でありながら、臆さず、決して我々を見捨てずにな」
エリーゼは、騎士達を鼓舞すべく。更に言葉を重ねる。
「諸君、我等は今、一個分隊にも満たぬ一歩兵の集団に過ぎない。しかして王都内には今だ民を、王を、この国を守らんと武器を手にし戦う同志が、誉高き『騎士』が残っている。貴公等は同志より希望を託されここに在る。王女殿下が戻った今こそが潮である。我々はこれより殿下を護りて王城へ向かい、王都から逆賊を打ち払う。我等こそが正しき『騎士』と高らかに謳えッ!」
そのように、エリーゼによる士気向上の演説の後。俺達は速やかに反攻の手筈を組み始めた。
幸い、王城への道行きは王党派の騎士が陣を張り押さえているらしく、そこが崩されていなければ入城は容易いらしい。
しかし、万一という事がある。その為に俺は、王女の護衛にユートを推薦した。俺が知り得る最強の攻城兵器だ。
そして、俺とレネイは「陽動」として馬上にて『王立騎士団』の旗を掲げ戦場を駆け乍らに、王都中に分散し戦闘を続けている騎士の援護をする役割を賜った。
「しかし、何故私は殿下でなく貴公と行動を共にせねばならないのだ」
エリーゼはそのように不満を漏らすが、それに俺は当前である、と返した。
「よし、よく考えてみろ。今王都は反乱動乱の真っ只中、そこで絶賛陣を張り交戦中の騎士様の元へ俺達がのこのこと向かえば。どうなると思う?」
「……敵味方の識別なく近づくなり魔法兵に殺される」
「満点の解答だ。その通り、俺達が幾ら援軍を名乗っても信用される筈がない。だがエリーゼ宮中伯殿が先陣を切ってくれさえすれば別だ」
俺の言葉に、エリーゼ宮中伯は改めて鉄製の帽子を被り、訊ねた。
「貴公等、馬はどの程度扱える」
「伯が生まれた頃に俺はもう手綱を握ってたさ」
「牛と変わらないなら、多分……」
牛。
「寧ろ私は牛を駆る方が難しいと思うが。まあ、問題ないだろう」
―そのように、俺達が殿下を影に隠し『ガラデア』王都へ突入した時。繁栄の象徴と謳われた都は、それはもう酷い事になっていた。
しかし、立ち止まる訳にもいかず。殿下達が路地へ消えるのを確認しては全力で馬を駆る。
「おい、なあエリーゼ殿。本当に騎士団は無事なんだろうな」
「敬称はよい、今の私には部下を信じるほかにない」
そうして、エリーゼは大きく『王立騎士団』の旗を掲げながら、『すわその時の為に』と整備されていた『精霊教会』へ駆けて行った。村で聞いた話では、当初の混乱で王都に出ていた騎士達が三個小隊程、民を礼拝堂にて保護しつつ戦闘を継続しているという。つまり、そこだけで百人近くの兵が居るという事になる。
「しかし、それだけの人数が押し込まれているのだ。それだけでも逆賊は我等騎士団兵力の三分の一を抑えていることになる」
エリーゼの脚がさらに速くなる、もう三日は籠城戦を続けているのだ。一秒でも早く辿り着かねばなるまい。
「レネイ、捕捉された『壁』を出せッ!」
「ッ『理を知るものよ己を律す冷たき壁よ、我が心を形に現せ』」
レネイが流紋岩の壁を展開すると同時に、その向こう側で爆発音が鳴り響いた。
「……一応陽動としては役に立っている様だな。レネイ、こっからは俺が魔法陣を展開する。威力効力は落ちるが今は『速さ』と『物量』が全てだ。ユートの魔力に同調させたように、俺の陣に同調して牽制を続けろ」
レネイなら出来る、彼女の消耗を出来る限り減らして兎に角『量』をぶつけさせる。それが最も俺達の生存率を上げる方法だ。
王城への侵入は想定より上手く行った。特にレネイの降らす黒曜の雨が反乱軍の目を引き、此方の『陣』の微かな動きは気にも留められなかった。
「己が城へ侵入、と言うのも奇妙な話ですが……この惨状を目にしてしまえば納得せざるを得ませんね」
城内は、酷く荒らされていた。敵兵こそいなかったが、今だ斃れた騎士の亡骸はその場に残されたままであり、如何に騎士団が追い込まれているか。という事を物語っていた。
そのような、荒れ果てた城内を案内され僕達はある一室に通された。
そこにはエリーゼと同じように片掛けの外套を纏った騎士が複数人詰めており、フィオナの顔をみるや一様に安堵の表情を浮かべた。
「嗚呼、殿下……よくぞご無事で。何たる僥倖か」
その言葉に、フィオナは答える。
「ええ、全ては我が国の騎士と、冒険者のお陰です」
その言葉に、少しばかり影を薄くできないかと一歩下がっていた僕へ騎士たちの目が向く。
「……あー、ユート・キサラギと申します。少しでも殿下の助けになればと思って」
とても気まずい。
「彼は冒険者、装束こそ少々乱れておりますが。忠勇、実力共に確かな人物です。彼の事よりも先ずは現在の戦況を、アルノード騎士団長は如何に」
そのような掛け声に、一人の大柄な男が声を上げ、卓上から布製の地図らしきものを巻き取ってフィオナへ近づいた。
「は、アルノード、此処に。こちらが王都全図に、斥候を放ち収集した情報を纏め書き込んだものであります。連中は先ず商業区、町民街へ姿を現し、一帯に混乱を起こしました。その鎮圧に向かった騎士が一個小隊程。民には負傷者こそあれ死者が一人も出なかった事は幸いでありましょう。しかし、その後反対より現れた第二軍が武家地を越え精霊教区まで侵攻、現在も二個小隊が教区にて応戦中、先日には商業区に外出禁止令を下した一個小隊も合流しましたが、今だ小康状態が続いております」
フィオナは、それに訊ねる。
「それほどまでに、反乱軍の練度は高いのですか」
「いえ、一戦交えた限りでは左程。しかし物量差に於いてこちらは圧倒的に不利な状況であります……事実、初動の勢い凄まじく一度城内への侵入まで許した程」
「……では、王陛下と妃殿下は」
「亡くなられました。なす術もなく……この情報は高級将校のみに共有しております。『王』の存在こそが士気を保つ最後の綱なのです」
アルノードと呼ばれた男は。おそらく、怒りと己の不甲斐なさに震えながら口にした。
「『王の盾』である筈の我々が、せめてその身をもって庇う事すら成せぬなど……許される筈が、どうか殿下、我々を許さないで戴きたい。この国を護る事敵わなかった我々を……」
乾いた音が響いた、フィオナはアルノードの頬を打ち。口を開いた。
「許します。王たるもの、許さねばなりません。まだ『国』は滅んで等いない、盾達は民を護り、戦いを続けている。我々を、王を信じる『民』がある限り、『ガラデア』は滅びない。貴公等は『王の盾』、王が民を護るための『盾』なのです。王がおらぬのなら私が王になりましょう。剣も、盾も私が振るいます。私は王の責務として民を脅かす逆賊を討ち果たします。アルノード、貴方は私の剣となりなさい。今この時より、我々は攻勢に出ます。その為に私は『イリア』から戻ってきたのです」




