払暁
―翌日、日が昇るより少しばかり早い時間。
三人の冒険者は王都『ガラデア』への道に続く、西の大門前にて依頼人を待っていた。
食酒亭の親仁からも名を伏せられる人物。本来ならば合流の為に提示される『旗印』さえない。
して、特に話すこともなく。各々が四方へ目をやっていると、或る暗がりからこちらへ歩いてくるものがあった。
アッシュの見立てでは、少なくとも傭兵ではない。街の番兵より装備が整っている。また所作にも隙が無く、今だ街の中だというのに、常に戦場に在るかのような緊迫感を持っていた。
「貴殿ら、冒険者か」
鍔のついた金属製の帽子を目深に被り、飾り羽に……恐らく鋼の胸当て。そのような人物は、近づくやいなやアッシュにそう訊ねた。
「ああ、さては貴公が『依頼人』だな。コレが依頼書だ、確認してくれ」
アッシュは、彼……否恐らく彼女が依頼書を読むさ中、更に装備の様子を窺う。片掛けの、如何にも良生地であろう外套。歩き方に癖があった、きっと外套の下には細剣あるいは刺突剣を下げている。恐らく、この人物は『騎士』或いは『従士』と呼ばれる立場の人間であろう。アッシュはそう結論付けた。
「確かに、貴殿らが我々の護衛の任を負った者に違いない。暫しそこにて待て」
『騎士』はアッシュへ依頼書を返すと、つかつかと再び暗がりへ向かい。そこから馬を……否、馬上にて座る謎の人物を連れ出した。
こちらは『騎士』と異なり、袖付きの大きな外套に身を包み。顔は黒めいた薄布に隠されどのような人物像であるかは把握することが出来なかった。
「たった三人……?食酒亭の主を疑う訳ではありませんが、子供二人に全盛期を過ぎたる男性。そのような者達が『魔猪の谷』を越えられると?」
馬上の人物は、アッシュに尋ねる。
「でなければ、ここに居ない。親仁直々のご指名で俺達はここにいる。冒険者を見掛けで判断するってな得しねえぞ」
アッシュの、そのような粗雑な物言いに『騎士』はピクリと右手を動かしたが。馬上の人物がそれを制した。
「成程確かに。ましてここで時間を費やすのは無駄でありましょう。道中、よろしくお願い致します」
そのようなやり取りから暫し、馬を引いて歩く『騎士』から三歩程離れて。俺はユートに話しかけていた。
「……なあ、どう思うよ」
「何がさ」
「この仕事のことに決まってるだろ。『魔猪の谷』を通るにしては随分と奴等軽装過ぎやしないか?」
俺の疑問に、ユートも確かに。と頷いた。
「もしかして、僕達を囮にして抜ける積りなんじゃないかな」
「その通りだ。貴殿らには我が主があの谷を抜ける為の時間を稼いでもらう事になる」
どうやら、俺達の話はしっかりと『騎士』の耳に届いていたらしく。更に隠し立てもすることなく答えられた。
「それは、どういうつもりだ」
それに対し、ユートは若干の憤りを込めた声色で問う。
「依頼を請けた時点である程度は察していただろう。かの谷は『冒険者』数人程度雇い入れた所で『まともに』越えることは不可能だ」
如何にも、その通りである。俺が考えるに、『魔猪の谷』を並の方法で越えるならば、歩兵を一個小隊は用意せねばならないだろう。しかしながら、此方は『まとも』ではない。
「ああ、無論。アンタらの思惑も込みで護衛を請け負った。だが、『囮』で終わる気は毛頭ない。俺達も含めて、『魔猪の谷』を越える積りだ」
俺は、ユートとレネイに目をやった。二人は確かな自信をもって、頷いて見せた。
『魔猪の谷』より少しばかり手前。谷を越えるにあたり、馬も『騎士』も万全の状態でありたいという意向によって。この日はそこで野営を行う運びとなった。
交易都市『イリア』の西側は殆どが荒野で形成されている。それは丁度この辺りが気候の変わり目に位置しており、植生が安定せず、動物が定住するに向いていない……まさに『何もない』地域であった。
俺は、いつも通りにレネイが集めてきた木に、手持ちの麻ひもを解して入れ、打ち金で火を点けながらに言う。
「布でも引いた方がよろしいかな、依頼主殿」
そのような悪戯めいた言葉に、『騎士』が口を開く。
「言葉を控えろ、殿下は貴様のような……」
彼女がそれを言い切る前に、俺は考えを口にした。
「『殿下』か……成程ね、今回の戒厳令は王族周りということか。差し詰め諸侯お抱えの騎士が反乱でも起こした……ってところだろう」
「えっ、なにかあったの?『殿下』?……あの、え?」
俺は、しっかり火が立ったことを確認すると、座り込んで果実酒を口に含む。
「察しが悪いな、レネイ。コイツ等は両方共『並人族』、そんでもって御付きの『騎士』は女だ。さらに『殿下』と敬称されるのは王族でありながら、王ではない者。そして今の『イリア』を治める総督は……まあ、簡単な話だよな」
アッシュの言葉を聞き、馬上の主は漸くその外套から顔を覗かせた。
「その通り、私は『ガラデア王家、第二王女』『フィオナ』に相違ありません。確かに、冒険者を見掛けで判断するべきではないようです……しかし、何故反乱だと?」
「アンタが連れているのが『騎士』だからさ。『イリア』はこの国最大の交易都市、無論商人の護衛を目当てに滞在する傭兵も多い。しかしアンタは敢えて傭兵の運用を避け、直属の『騎士』と『冒険者』を選んだ。理由は王都に傭兵を連れ込むのが拙い状況だからだ。そこで最近の時勢へ思考を向ける。昨今は隣国との諍いもなく、起こるとしても国境沿いでの小競り合い程度。諸侯はその為だけに『騎士』を徴用するよりも、傭兵を送った方が経済的負荷が少ないと判断した。そうなれば『騎士』は無用の長物、名ばかりの食い詰め者になる。そうして、溜まりに溜まった不満が『王家』へ向いた。今『ガラデア』では王家直属の騎士団と、地方騎士の集団とで戦闘が起こっているんだろ。そこに傭兵なんざを投入すれば、王家への不信はさらに高まり……下手をすれば直属の騎士団ですら反旗を翻しかねない。そうだろ?」
『騎士』は目を見開いて、俺を睨みつけた。
「貴公、そこまで分かっていて……何が目的だ」
「目的も何も、そこにロマンがあったからさ」
「……ロマン?」
「俺の仲間、ユートが時折謂う言葉だ。『王女様を護り戦場で武功を上げる』……夢があってカッコいいと思わないか?」
そう言って、俺は再び果実酒に口を付ける。
「たったそれだけの理由で危険な仕事と分かりながら請けた、と?」
俺は、それに笑って答えた。
「ああ、そうさ。『冒険者』の動機ってなそれだけで十分なんだよ。なあ、レネイ」
「まあ……確かにそれも、かっこいいよね。私は困っている人がいるなら助けたいって思ったからだけど」
「そういう事だ、多分ユートも似たような事を言うと思うぜ」




