98、島
「「島が見えたぞー!」」
水平線上に現れた点は徐々に大きさを増し、その島影はやがて緑生い茂る姿を顕にした。
全員で見張り台に登っているのでぎゅうぎゅう詰めだが、まったくものともせずにわいわいと喜び騒ぐ嫁たちにほっこりする。精霊ズも双子とオレの頭の上で伸び上がったり前足でたしたしと叩いてきたりと、興奮しているのがうかがえる。
「うん、間違いなく島だね」
「ええ、感じる気配からも間違いありませんよ」
ついつい安堵して漏れたつぶやきだったが、さすがに真横にいたアリスには聞こえてしまったようだ。
海に出てひと月半ほど、ひたすら東へ、この場所を目指してやって来たわけだが、ある程度以上の大きさの陸地があった場合に分かるようにしただけの簡単な使い魔任せで、オレ自身が視覚をつないで島の姿を確認したわけではなかった。それは、オレ自身も含めた全員で初めて見るものを楽しみたいという考えからである。
しかし、魔力という未知のエネルギーが多大な影響を及ぼすこの世界では、島を目指して来たつもりが擬態した巨大生物であったり、そこに有るように見えるだけの幻であったりと、そんな可能性も十分にあり得たので内心ハラハラしていたのだ。
(まぁ、そんなのがあったらあったで見てみたい気はするけどね)
今回は、ごく単純な感知能力だけの使い魔だったおかげで、かえってそういったものに引っかからなかったのかもしれない。
これなら、この辺りの大まかな地形は使い魔から得た情報通りと見ていいだろう。
「あ、向こうにも島影っぽいのがもう見えてるよ」
「「えぇ!? どこどこ? ……あ、あったーー!」」
ヒカリが指差す方へと目を向け、少し時間差はあったもののそれぞれ発見して歓声を上げ、再びわいわいと喜び騒ぐ嫁たち。
そう、ここは無数の小さい島々が点在する多島海なのだ。
しかも、かなり広い範囲で水深は浅めになっているようで、連敗記録更新中の海獣との鬼ごっこも今日は一度もやっていない。
気ままに雲が浮かぶ青い空はどこまでも遠く透き通り、頬を撫でる気持ち良い風は力強く船を押し、紺碧の海にどこまでも真っ直ぐな白い軌跡を描く。これまでにない、なんとも穏やかな航海。
(海獣との鬼ごっこも楽しいけど、こういうのも良いね)
ちなみに、精霊ズも含む全員で見張り台に登っているため、甲板上には召喚魔法で作って並列思考で操っているオレの分体がぽつんと一人。ぱっと見、なんとも寂しい感じで舵を握っている。
「よし、じゃあそろそろ上陸準備だ!」
「「ヤー!」」
船をアイテムボックスに収納して飛んで行く、なんてお手軽上陸も出来るが、今回は島の近くに錨を下ろして小舟を漕いで行くという雰囲気重視なやり方だ。船の留守番は引き続き分体で。
「「せーのっ!」」
タイミングを揃えて、いっせいに白い砂浜へと降り立つ。
近隣の島も含めて感知出来る範囲内に人の気配はないので、何か変わった動植物がないかを調べるのが主な目的となる。
無造作に降り立ったが、船は何度も作り直している物だし、上陸するにあたって半袖シャツにハーフパンツにサファリハットという探検服へと着替えてもいるので、外来種の持ち込みなどは心配しなくていいだろう。
「……うーん、ぱっと見た感じでは、そんな変わったものはなさそうかな?」
と、手でひさしを作って見回すヒカリの言う通り、ぱっと見は南部地方の植物とさほど変わらないように見える。
この島は、砂浜からすぐに森になり、緑に覆われたさほど高くない山が一つ。感知出来る気配的に、あまり大きな生き物はいないと思う。
「さて、どうしようか? とりあえず島を一周してみるか、山頂を目指してみるか……」
「登れば島を見渡せるし、山頂でいいんじゃない?」
ということで、オレの提案にヒカリが答え、みんなの同意も得たので森へと入ったのだが。
「……うえっ!?」
森に入ってすぐ、何気なく南部地方でも見かけていたヤシっぽい木を鑑定してみると、なんとその結果はアンノウン。この世界で初めて出会った、まだ誰にも名付けられていない存在だった。あの海獣たちにすら、それぞれの種族名があったというのに。
「どうしたんですか?」
心配そうなアリスに答える時間さえ惜しみ、手当たり次第に鑑定しまくってみると。
「全部、アンノウンだ……」
見た限りでは南部地方の植物と変わりはなさそうなのだが、いったい何が違うというのか。
「ほ、本当ですか!?」
この旅の間、それを探し求めていたメアリが目を輝かせる。
「とうとう新種発見です! 何か特徴的な新種はありませんか!?」
おとなしめな元皇女様のこのテンションの高さは珍しい。彼女が書いている物語に登場させたいのかもしれない。
「うーん……。見える範囲にあるのは、どこが違うのか分からないようなのばっかりかなぁ」
「むむむ……。では、もっと奥へ行きましょう」
ぐいぐいと俺を引っ張って行こうとするが、オレ一人で確認出来る範囲なんてたかが知れている。
ならば。
「……鑑定ルーペ〜〜。かける八個」
新たに《創造》したのは、オレの鑑定のアビリティと同じ能力を付与した虫眼鏡。それを嫁の人数分の八個。
とりあえずアイテムとして創ったが、後で望まれればオレと同じようにアビリティにしてもいい。
「これは、鑑定というキーワードで見た物の情報を知ることが出来る、手のひらサイズの虫眼鏡なのだ!」
「「おぉ〜」」
オレの唐突な行動にも、軽い拍手で応えてくれる嫁たち。
ずいぶん久しぶりだった気がするが、相変わらずノリが良くてありがたい。
「では、それぞれ鑑定で特徴的な動物もしくは植物のアンノウンを探しつつ山頂を目指すこととする! 我々が知らない危険な生物が存在する可能性もあるため、十分に気をつけるように! 総員散開!」
「「了解!」」
せっかくなので、そのままの勢いで探検隊っぽい感じで出発。
大きな島ではないが、実際に未知のものがあったのだから、ガラパゴス的な進化をした特徴的なものもきっとあるに違いない。
ーーーーーー
「今日は残念だったね」
テーブルでやっていたカードゲームの輪を抜け、オレの隣へやって来たメアリに一言。服装は、探検服でもなく海賊風でもない普段着に戻っている。
日が暮れるまで島内を探索したが、結局これはというほど特徴的なものは見つからなかった。
「なかなか思うようには行きませんね」
オレと同じように舷側の手すりに肘をつき、暗く沈んだ島の方を見ながらため息をつくメアリ。
日が暮れてからは、海獣が出ない海域ということで、錨を下ろした船内で一泊してみようということになった。そこで、何個ものランプで照らされた甲板にテーブルを出し、複数の大皿料理で宴会という流れになり。その後は、お酒も飲みながらのカードゲーム大会へと突入。
(お酒、ちょっと心配だったけど大丈夫そうだね)
ドワーフでザルな双子以外の嫁たちは、ちょっとお酒に弱い傾向があった。しかし、今日飲んでいるこの海上には海獣は来ないとは言え、シェルター内とは違って絶対に安全な場所ではないということは理解しているのだろう。ほどよい緊張感を持って、ちょっとテンションが上がる程度に飲酒量を抑えているようだ。
ちなみに、なぜオレが一人離れていたかと言うと、カードゲームでいっそ見事なほどに負けまくって心が折れたからである。
(まったくもう、少しくらい手を抜いたり接待してくれてもいいのに)
そんな感じで、嫁たちの楽しそうな声と寄せては返す波の音をBGMにして手すりに寄りかかって黄昏れていたところ、オレに続いてメアリが抜けて来て今に至る。
「……まぁ、まだまだ島はたくさんあるから」
「……どうでしょうか。後はこの島とさほど変わらないのでは?」
「……変わらないかなぁ」
「……その可能性が高いと思います」
「……でも九割方アンノウンだったんだよね」
「……そうですよ」
「……特殊な進化をしてそうなものなんだけどねぇ」
「……それも不思議なんですよね」
「……そうだね。確かに不思議だ」
「……見たところでは、ほとんど違いは分かりませんでした」
「……うん。だけど、鑑定は違うものだと判断した」
「……つまり、絶対に同じものではないはずなんです」
「……そうだね、どこかが決定的に違うはずなんだけど」
「……不思議です」
「……不思議だねぇ」
途切れ途切れに、ぽつりぽつりと言葉を交わしていたのだが。
「……ん?」
それまで夜空の星を黒く塗りつぶしていただけなのに、なんだか島の輪郭が浮かび上がって来たような。
「どうしました?」
「なんか、島おかしくない?」
そう自覚して見ると、その変化はよく分かるように……いや、そうではない。明らかに、変化のスピードが上がっているようだ。
「おーい! みんな、島を見てみろ!」
今はもう、その変化がなんなのかがはっきりと分かる。
「……え? 島が、光ってる!?」
いち早くオレの言葉に反応したアリス。
そう、その変化とは島が、正確に言うと島を覆っている植物が、光を放っているのだ。
「「……うわ〜、綺麗〜」」
オレとメアリが居た舷側に全員が集まり、キラキラした目を向ける間にもどんどん光が強くなっていく。それは、炎のような熱い揺らめく光ではなく、月のような冷たく静かな光。
アンノウンな割に南部地方のものと見た目が変わらなくてショボい、なんて密かに思っていたが、これなら別種というのも納得せざるを得ない。
やがて島の姿が闇の中にくっきりと浮かび上がるようになると、その表面から小さな光が飛び散るようになった。不規則に動くその光は、どうやら虫や小鳥といった小さな生き物が飛び交っているらしい。
「おっ! 向こうの島も光ってるな」
昼間は霞んで見えないくらいだったのだが、今なら遠くの島もどこにあるのかよく分かる。この島近辺だけではなく、この海域にある全ての島が同じように光っているのかもしれない。
「おーい、みんな。ここで見てるのも悪くないけど、どうせならあそこに行ってみようぜ」
「「賛成ー!」」
オレの提案に「それだ!」とばかりに歓声を上げる嫁たち。
外から見ていても十分に綺麗だが、あの島の中はもっと幻想的な感じに違いない。




