96、嵐
「……では、《創造》」
空中に浮かぶオレたちの足下に光が集まり、海上にいつもの帆船が出現。
「じゃあ今日は俺の番ってことで、帆を展け、出航ー!」
「「ヤー!」」
いそいそと船長役に引き継がれている三角帽子を被って指示を出すと、なぜかセーラーではなく横縞半袖シャツに短パンという海賊風で揃えることになった船員役の嫁たちが応えて行動に移る。
(さてさて、今日は何が出るのかね)
海に出て数日、サメや硬そうな殻を纏った魚や、オウムガイのような丸まった殻の中から触手を伸ばしてくる奴にイカのようなタコのような軟体生物といった巨大魔物に襲われた。
そして、当然のように鬼ごっこの結果は全戦全敗なのだが、全く成果が無かったかと言うとそんな事はない。
まず、仲間内で海獣と呼ぶことになったこれらの巨大魔物以外の海洋生物に関しては、泳ぐ速度に特化している生物が多く、まれに気配を消すのが上手い奴らがいるくらい。
そして問題の海獣に関しては、どうやら家族単位くらいで大まかな縄張りがあるらしく、少なくとも違う種が一度に襲って来たことは今までのところはない。そしてなんと、縄張りと縄張りの間に、ごく細い安全地帯があることが分かったのである。
(ということで、たとえ速度で負けてても、その場所まで逃げきれれば鬼ごっこには勝てるんじゃないかと思ってるんだけどねぇ)
その細い安全地帯を発見するキッカケにもなったのだが、速度に特化しておらず気配を消せるわけでもない、そんな生物が群れなして回遊していたりするのだが。何かを感じているのか、永くその状態が維持されている結果その範囲内の生物が生き残っているのか、はたまた全く別の理由があるのか……。
(まぁ、俺が考えたところで答えは出ないんだけどね)
もし安全地帯が固定されているのならば、それを辿ることで安全に海を渡れるようになるのかもしれない。
と、それはともかく、初日のラストアタック後に発見した安全地帯、だいたい直径100〜200キロくらいの範囲になる海獣の縄張りの間を縫うように存在するこれを出発点とすることで、今のところ朝になったら安全地帯じゃなくなっているなんてこともなく平穏な出航を続けられている。
「……来ないな」
安全地帯の幅は100メートルもない。いつもなら船長役が指示出しなどを一通り楽しんだ頃には感じるはずの海獣の気配が、結構な距離を進んだ今になってもいっこうに現れない。
「反対側で狩りの最中とかですかね?」
と、本日操舵手役のカーラ。
縄張り内に入るような生物のほとんどは海獣より速く泳いでいるのだが、そこは海獣の方もよくしたもの。左右や下方など進路に対して垂直方向から襲撃したり、家族と思われる数匹で追い込んで狩ってみたりと、速度に優る相手を狩るのはお手の物。というか、海獣にとって獲物とは基本的に自らよりも高速で泳ぐものであり、オレたちに絡むのは見慣れないものに対する好奇心からという感じなのだ。実際、鬼ごっこ開始前にオレたちと他の生物が同じくらいの距離からオレたちの方が少し近いくらいならば、間違いなく他の生物の方が優先されるようなので、たぶん獲物とはみなされていないと思う。
「ふむ、家族総出で狩りに行くタイプの海獣って可能性もあるか」
「家族のいない一匹狼タイプという可能性もあるかもしれませんね」
「なるほどね。ときに、カーラ的にはこの鬼ごっこはどんな感じだい?」
「どんな……? ジャンケンに負けて船長役が最後になってしまったのは確かに残念ですが、現状みんなと一緒に楽しんでますけど?」
「そう? てっきり、海獣なんかさっさと吹っ飛ばせばいいのに、なんて歯がゆく思ってるんじゃないかと心配してたんだけど」
「……アキラさん、いったいわたしを何だと思ってるんですか?」
「あはは、ごめんごめ――」
「確かに、アキラさんの魔力をどばどば使わせてもらって極大威力の魔法を海中に放ったらどうなるのかとか、興味はありますが……」
「あ、やっぱりそういう事したいのはしたいんだね」
「興味はありますが、わたしだって時と場合は選ぶんですよ」
「あ、うん、そうだねー」
「おや? なんですか、その適当な返事は。何か言いたいことでも?」
「いえいえ、何もないです」
なんて感じで、のんびりカーラと雑談していると。
「船長! 進路上空に黒雲!」
三本の中で一番高い真ん中の主帆柱、その上の見張り台に登っていたアリスからの警告。
「……嵐になるってことか」
「もしかして、反対側で狩りとかじゃなく、嵐の時は上がって来ないとか?」
「なるほど、嵐の気配を感じると、荒れる海面付近からは興味を失う。みたいな?」
「そんな感じかもしれませんね。どうします?」
カーラの最後の問いかけは、鬼ごっこになりそうにないし嵐は来てるし、今日はやめときますか? という感じだろう。
(さて、どうしたものか)
本来の目的である鬼ごっこが出来ないとはいえ、海を渡れる可能性の調査という建前的には嵐の中の航海というのは悪くない気がする。
ということで。
「危ないようなら即避難ってことで、嵐の中に入ってみたいんだけど、いいかな?」
「「ヤー(笑)」」
オレなりにしっかり考えて結論を出したつもりなのだが、嫁たちには分かってましたよと言わんばかりに笑い混じりに応じられてしまった。
(むう、解せぬ)
そんなに分かりやすいつもりはないのだが、嵐の中の航海はなんだかんだで楽しそうだという思いが見透かされたようである。
「総員配置につけ! 横帆は畳んで縦帆だけで行くよ!」
「「ヤー(笑)」」
気まずさを誤魔化すように指示を出すと、これもバレバレだったようで、やっぱり笑い混じりに返されてしまった。
「海錨を使って嵐をやり過ごすのも面白そうなんですけどね」
カーラが言う海錨とは海中で広がるパラシュート状の物で、帆を畳んで船首から流しておくと、これに対する水の抵抗によって風に押し流される船の船首が風上へと引っ張られ、それによって風浪と呼ばれる風で起こる波を横から受けて転覆するのを防ぐことが出来るという物だ。
「まぁ、それもいずれはね」
船で向かう第一目的地まででも一ヶ月以上かかる予定なので、その機会にはこと欠かないはず。
と、そうこうしているうちに上空はみるみる黒雲に覆われ、吹き荒れる風によって波も高くなってきた。
「思ったより風が強そうだな。前後縦帆も畳んでくれ」
「「ヤー」」
前に進んでいないと舵が効かなくなって横波を回避できないし、帆を張っていると突風で破れたり帆柱が折れたり転覆したりといった危険もある。
「面舵10度! 波に乗り上げるぞ! 総員衝撃に備えろ!」
「「ヤー!」」
雨足が強まる中で右前方からの大きめの波へと船首を向けると、すごい勢いで持ち上げられ、ふわっとした無重力感があった次の瞬間に叩きつけられるような勢いで落下する。それほど高い波には見えなかったのだが、二階から飛び降りるくらいの衝撃はあったように感じた。
「むむ、思ったより高い波だったな」
「この船なら問題ないと思いますが、長い航海で傷んだ船だと、今くらいの波でも連続して受けるのは厳しそうですね」
雨と高く舞い上がる水飛沫によって視界が悪くなり、風や波の音もどんどん大きくなっているが、身体強化ができるオレたちなら何の問題もなく会話も可能である。
「取舵一杯! 上手回し!」
「「ヤー!」」
「面舵15度! 帆の角度を合わせてくれ!」
「「ヤー」」
その後も、この数日で慣れ始めた操船技術によって順調に荒れる海を帆走していたが。
「取舵10度! 上手回し用意!」
「「ヤー!」」
その波を越えたら再び進路を大きく変えようと準備していたその時。
「あ……」
右前方からの風が止んで真正面からの突風が。
「やばい」
これにより、左舷側に固定されていた主縦帆が開きを変える前に、それまでと逆へと膨らんだ。推進力となるのとは逆方向から風を受けてしまう、いわゆる裏帆を打つという状態である。
「面舵一杯! 主縦帆畳め!」
「「ヤー!」」
慌ててブレーキへと変わってしまった主縦帆を畳むように指示を出す。
しかし、もともとそれほど速度が出ていなかったために、すでに舵は効きにくくなっており。さらに、嫁たちが頑張って素早く帆を畳み終えたのを見計らったかのように、再び右前方から吹くようになった風によって意図しない向きへと船が流される。
「あわわ、主縦帆展け!」
「「ヤー!!」」
そして、再度帆に風を受けて速度を回復しようとするも、時すでに遅し。
「「あーーれーー」」
この日一番の大波を横から受けた船は、なす術なく押し倒されて転覆してしまった。
ーーーーーー
「あそこで風向きが変わるとは、ね」
転覆した船からそれぞれで脱出して空中で集合し、いつものようにシェルター内のリビングで反省会。
「作業速度は随分上がったけど、まだまだいろんな経験が不足してるわよね」
と、ヒカリが言うように、今回は初めての嵐だったというのが最大の敗因ではあると思う。
まぁ、ある程度無茶をしても致命傷にならないオレたちだから言えることなのだが。
「経験が浅い海上なので、まだ完全に把握してはいませんが。風向きに関しては、周囲をよく観察していればある程度予測できますよ」
と言うのはフェリ。
自然の風である以上、突然発生する魔法によるものと違って必ずその兆しが存在するらしい。
言ってることは分からなくもないが、フェリを弓の名手たらしめている理由の一つであろうそのスキルを、はたしてオレが身につけられるものなのかという問題がある。
「ま、なんにせよ実践あるのみよ。次、行きましょう」
「まぁ、そうだね」
難しそうなことだからと、出来ないと決めつけるのはきっと良くない。
ヒカリが言うように、実践あるのみ。嵐の中を帆走するためにも、フェリほどではなくても風を読めるようになってみせる。




